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1.カゲとスミ

「カゲくん数学の課題見せて~」


 授業合間の休み時間にスマホゲーへ勤しんでいると、机の正面から声がかかった。

 視界の端には、ピンクのリボンタイに白い半袖の女子制服を纏った人物が映り込んでいる。


 俺は顔を見るまでもなく、目の前に現れた女生徒が誰か判別することができた。

 なぜなら、景吉かげよしという名にちなんで俺のことを「カゲくん」と呼ぶのは、幼馴染の玄井くろい澄恵すみえしかいないからだ。

 

 そんなことより、今は大事なボス攻略用の編成を考えている最中なので、澄恵の相手をしている場合ではない。


「スミちゃん。今いいとこだからちょっと待って」


「ねぇねぇ、そんなんいいから課題見せて~」


 俺の背後に回り込んだ澄恵は、まるでおんぶをせがむ子供のように縋りついてくる。今は梅雨まっ盛りの蒸し暑い季節なので、体を押しつけられると暑苦しいことこの上ない。


「むむぅ、課題を見せてくれないならこのまま呪い殺してやる~!」


 そう告げた澄恵は、呪い殺すという言葉とは裏腹に俺の首を締めあげて物理的に殺しにかかる。


「むぐっ! しにゅ! しにゅから! ほんちょにしにゅから!」


 たまらずスマホを手放した俺は、澄恵の手を掴んで己の首を解放する。

 ヒョロガリの俺は腕力もクソザコだが、澄恵はもっとヨワヨワなので物理攻撃に抗うのはたやすい。


 すると、俺の腕力に屈した澄恵は、いきなり脱力して俺の体に覆いかぶさってきた。

 澄恵の長いストレートの黒髪が首筋に当たり、ぞわぞわとこそばゆい感覚が全身に走る。


「もういいもん。ボクを無視するってことは、カゲくんはボクに興味がないんだ。カゲくんのこと友達だと思ってたボクが間違ってたよ……やっぱりボクは、もとからボッチだったんだ。独り寂しく高校生活を送る運命なんだ。よよよよよ……」


 澄恵はうさんくさい泣き声を出して情に訴えてくる。

 正直なところ、俺はその精神攻撃に弱い。


 なぜなら、他人とのコミュニケーションを苦手とする陰キャとしてこの世に生を受けた俺にとって、澄恵は唯一無二の友達だからだ。

 そして、俺と同じく陰キャを自称する澄恵も俺以外に友達はいない。


 『カゲ』と『スミ』という皮肉の効いたあだ名で呼び合う俺たちは、スーパー陰キャボッチの二人が共鳴合体フュージョンすることで「一応、友達いますけど(焦)」という体面を保つことに成功した相互依存関係にあるのだ。


 だからこそ、その関係破棄をちらつかせる澄恵のやり方はずるい。まるで友情を試されているかのようで、無下にできなくなってくる。


 しかし、澄恵もまた俺と同じ弱き存在だ。

 仮に、数学の課題をすっぽかしたことが教師に露見すれば、澄恵は大いなるはずかしめを受けるだろう。

 俺にも経験がある。恐ろしき教師とせせら笑う周囲の視線に射抜かれ、三日三晩は忘れられない最悪の経験が待ち受けているのだ。


 ならばこそ、救いの手を差し伸べるのも友の役目だろう。

 というわけで、澄恵の手を解放した俺はゲームを中断し、カバンの中から数学の課題として出されたプリントを取り出してやった。


「ほらよ。これでいいか」


 すると、今までただの重しと化していた澄恵はすかさず俺の正面に回り込み、満面の笑みと共に自分のプリントを取り出した。

 互いの席が前後にあると、こういう時に便利だ。


「やっぱり頼れるものは友達ですな~。このお礼は必ずや……」


「ふっ、礼なんていらないさ……俺たち、友達だろ? 今日のところはジュース一本で勘弁してやるよ……」


「お代官様! ボクの懐がスースーするくらい寂しいことは知ってのことでございあしょう! お慈悲を……お慈悲を頂戴したく!」


「キミのお胸が寂しいくらいにスースーなことは承知している……ならば弁当のおかずを進呈せよ……」


「ははっ、母君謹製のミートボールを必ずや……冷凍食品なので味は保障つきでごぜぇやす。必ずや、お代官様のお口に合いましょう」


「いいからさっさとプリント写せよ……」


 時代劇風のノリから急に冷めてしまった俺のぶっきらぼうな態度にめげることなく、澄恵はめちゃくちゃ不器用なウィンクを見せてから答案の書き写しを始める。

 すると、そんな俺たちの聖域に近づこうとする危険因子の存在に気付いた。


「今日も見せつけてくれんじゃん。お前ら本当にラブラブだよなぁ。しかも苗字が一緒だし、もう結婚してんのか?」


 そんなセリフと共に姿を現したのは、クラスの陽キャ四天王が第一位の夏川なつかわ陽太ようただ。

 むろん光属性の彼と闇属性の俺たちに交友関係はない。

 それでも陽太は、こうして時たま話しかけてくるのだ。圧倒的なコミュ力の成せる技だろう。

 ちなみに、俺と澄恵は確かに『玄井』という同じ苗字をしているが、たまたま住んでいる地域に同じ苗字が多かっただけだ。兄妹きょうだいでもなければ籍を入れているわけでもない。


 それはさておき、陽太の接触を無視するわけにはいかないだろう。

 無視は敵意を示すに等しい。どうにかして適当な返事でやり過ごすべく、俺は必死に声を絞り出す。


「エエト、ボクタチ、ラブラブトカ、ソンナンジャナイッスヨ……ダヨネ?」


 俺の発言に対し、書き写しに集中するそぶりを見せる澄恵も態度を合わせる。


「ソウソウ。ワタシタチ、タダノ、オトモダチ……シュクダイ、ミセテモラッタダケダヨ……」


「ウソだろぉ。いつもめっちゃベタベタしとるやん。ホントは付き合ってんでしょ? みんな知ってっから隠す必要なんてないって。それでそれで、二人はどこまでいってんの?」


「ドコマデッテ……トモダチドウシデ、ソンナコトシナイヨ……ダヨネ?」


「ウンウン。ダッテ、トモダチダモノ……ミツオ……」


「まっ、お似合いだと思うけどさ、見せつけられる身にもなってくれってカンジ。あーあー、うらやましいねぇ。俺も彼女作って教室でイチャイチャしたいわ」


 そう告げた陽太は、ニタニタと笑みを浮かべて去っていく。

 なんて恐ろしいヤツだ。たったこれだけの会話で、俺たちのか弱い精神をどれだけ削ってくれたことか。属性相性の悪い俺たちでは、一生敵うことができないだろう。


 陽太が離れたことを確認した俺は、小さく舌打ちして澄恵に視線を戻す。


「ったく、何がラブラブだよ……俺らはただの友達だって何度も言ってんのにさ。だいたい、昔から一緒にいるんだから恋愛感情なんて沸かないっての」


 俺の言葉に対し、澄恵は何度か頷いて同意を示す。


「そうそう。兄妹きょうだいみたいなもんだよね~。カゲくんは、アニキみたな頼り甲斐あるけど、付き合うまでいくとキモいかな~」


「わかるわそれ。スミちゃんはかわいい妹みたいなもんだから、付き合うとか想像するのが申し訳ない感じするわ」


 と、そんな会話を交わしていると、いつの間にか休み時間の終わり告げるチャイムが鳴った。

 ギリギリのところで課題のプリントを映し終えた澄恵は、「ありがと~」と素直に告げて正面に向き直る。

 それから、退屈な英語の授業が始まった。


 なんとなく授業に集中できなかった俺は、先ほど澄恵と交わしたやりとりを思い出す。


 ……いやいやいや。普通に考えて、さっきのスキンシップは色々とヤバかった。

 澄恵のやつ、胸はスースーに見えるけど背中に当たった感触はめちゃくちゃ柔らかかった。髪からめっちゃいい匂いした。あいつ、体は小さいクセに色気だけは一人前じゃねえか。

 あやうく勢いで告白するところだったぜ。(ホントはそんな勇気ない)


 何を隠そう、俺は澄恵のことが好きだ。ライクじゃなくえラブだ。友達としてではなく、異性として惚れている。『首ったけ』とか『ぞっこん』とか言うやつだ。


 だが、澄恵は「付き合うのはキモい」とか言っていた。

 いやいやいや、どこがキモいんだよ。男と女なんだから別に付き合ってもキモくないだろ。お願いだからキモいというのは冗談であってほしい。


 だが、俺と澄恵は幼馴染としてひたすら仲がいいだけで、互いに恋愛感情ゼロということになっている。陽太は勘違いしていたが、俺と澄恵はラブラブなんじゃなくて、単にじゃれあっているだけなのだ。


 俺が求めているのは、関節技をかけあってゲラゲラ笑うような関係じゃなくて、恥じらいつつ手を繋いでときめいたりするような関係だ。

 そのためには、どうにかして澄恵との距離を縮める必要がある。


 だけど、素で親友レベルに仲のいい幼馴染とどうやって距離を縮めればいいんだよ。

 くそっ、夏川のアホめ。変な話振りやがって。俺だって普通に教室でイチャイチャしたいわボケ。


 と、そんなことを考えながら、俺は澄恵の小さな背中に視線を送り続けた。


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