精霊契約
今日は、家族四人で、「精霊の湖」へ行く。
天界の一角にある場所で、自然が多く、たくさんの精霊様がいるらしい。
精霊様は各々何かを司っていて、神様の縮小版の様な感じだ。
それに関係するものになら、多少の干渉ができて、だからこそあまり外と関わらない。狙われるからね。
そして、それを保護したのが天界。
天使と精霊様は結構仲がよくて、契約をしている人も多い。
契約とは、精霊様が力を貸し、契約者が魔力を与える、という両方に特のある関係。
名前をつける事で、契約完了。
あくまで「力を貸す」のが精霊様で、奴隷の様にこき使ったものは軽くない被害を受けているとか。
そして、私達が精霊様に会いに行く理由。
一つが、お礼参り。
天界の発展に大きく貢献していただいたので、定期的にお礼に行っている。もちろん、他種族の方々も。
…………まあ、様付けは断固拒否されてたけど。精霊様は、その辺ルーズらしい。
二つ目が、私とアデラと契約してくれる精霊様を探す事。
王族が例として示す事で、更に仲が発展するのが目的らしい。
ちなみに、母様と父様も契約している。
少し飛んでいると、湖が見えてきた。
水は蒼く透き通っていて、周りに生える木々は青々と茂っている。
少し霧が出ているのもあって、幻想的な風景だ。
そして、たくさんの光———精霊様が近づいてきた。
………うん、もう、何百単位で。
私が現実逃避している間に、きっちり並んでくれたみたいだけど………ほんと、怖いから。
思わず叫ぶところだったから。
そして、二名の精霊様が現れた。代表者かな?
おっとりした女性に、快活そうな男性だ。
『初めまして〜
精霊の湖へ、ようこそ』
『景色を楽しみながら、親睦を深めていってくれ———ください』
男性が女性に小突かれた。仲良いねぇ。
軽く挨拶を交わして、自由行動となった。
父さんから「無闇には契約するな」と忠告ももらって、いざ、出発!
一時間あるし、たっぷり回れそう!
林を歩いていると、たくさんの精霊様とすれ違う。
土の精霊様、色の精霊様———紙の精霊様などもいた。
皆、賑やかで、話を聞いているだけで楽しい。
行き止まり———植物で塀ができているところに、小さな穴を見つけた。
怪しい……。
私は、迷わず屈んで入り込む。
その先は、長い、長い廊下だった。
何処までも続いていて、終わりが見えない。
そして、たくさんある扉にかかった板には、色々なイラストが描いてある。
花に、音符に、宝石に。
綺麗なものもあれば、虫や、骨など、あまり好かれなさそうなものもある。
よく分からないので、取り敢えず、一番側にある、花の扉をノックする。
『はい、どうぞ』
柔らかく、高い女性の声が聞こえる。
優しい声だ。
扉が勝手に開き、温風と花弁が流れてくる。
ああ、本当に花の部屋だ。
『こっちへいらっしゃい』
奥———、一際大きな花が咲くところから、また声がする。
黙ってそちらへ行くと、淡い黄色の髪に、ピンク色の目の、可愛らしいお姉さんがいた。
『エステラ様、ね
私は花の精霊
此処は、精霊の住居、と言えばわかるかしら
力が強い精霊は、利用されない様、あまり出ない様にしているの』
なるほど……。
確かに、精霊様一同でかかられたら、どんな大国も滅亡しそう。
『此処には、普通の子は入れないはずなのよ
だから、特別な貴女にお願いがあるの
聞いてくれるかしら』
花の精霊様は、寂しげに笑う。
きっと、外の人と関わるのは久しぶりなのだろう。
私は頷く。
『ありがとう
奥の、三つの扉
本と、時計と………真っ白な板がかかっている部屋
そこにいる子達を、連れ出してあげて欲しいの
そんなに難しい事じゃないわ
貴女なら、拒否される事はないはず』
———頑張ってね。
そう頭に響いた後、私は気がつくと、突き当たりに立っていた。
近くの板には、言われたイラストが描いてある。
…………凄い急展開だけど、まあ、協力はしよう。
早速、本の部屋をノックする。
…………けれど、返事はない。
「入っていいですか?
入っていいですよね?
入りますよ〜」
というわけで、堂々と入る。待つの面倒だし。
扉も開いてる。無用心極まりないなぁ。………私がいうのも何だけど。
その部屋は、本であふれていた。
何処を見ても、視界には本、本、本。
辞書、絵本、小説、参考書、詩集、雑誌など。様々な本がある。
そして、その本の山の中心に、精霊様はいた。
博士帽にローブを羽織っていて、学者にしか見えない青年だ。
「何を読んでいるのですか?」
「この量の本、何処から入るんですか?」
「全部、読み切れるんですか?」
私が周りをうろちょろしていると、無言を貫いていた精霊様も、不快げに口を開く。
『勝手に入ってきて……何が目的だ』
「え、貴方を連れ出す事ですが?
引きこもってる精霊様がいるので、是非ひっぱり出して欲しいと言われまして」
ニュアンスが合っていれば問題なし。
「今なら、日本語表がついてきますよ」
アデラ作、あいうえお表(カタカナ版含む)を見せると、目の色を変える精霊様。
やっぱり。この部屋の本は、全部この世界の文字だしね。
知識や本の精霊様なのに、知らない事があるのは屈辱だろう。
『…………分かった
お前は異界人の様だし、得るものが多いと判断した
名前をくれ』
………え、唐突に何?
『着いていくのなら、契約が手っ取り早い』
………なるほど?
まあ、私も知識の精霊がいてくれたら心強いし、本の話もできそうだしね。
口悪そうだけど、声に出して言うならまだマシだし。
うん、そうだね………。
「じゃあ、ジェードってどうですか?
翡翠の事で、石言葉は長寿、福寿、安定、知恵、などなど」
宝石は綺麗で好き。
多少なら、名前と石言葉も覚えてる。
『よし、分かった
僕はジェード。分かるだろうが、本や書物、知識を司る
己の無知に気がついた時は、助けてやらない事もない』
「私はエステラ
よろしく、ジェード」
『その程度知っているが………まあ、よろしくしてやろう』
そのツンデレた言葉に、私は思わず笑みをこぼした。
*
「次は…………時計の部屋に行こうかな
ジェード、何か知ってる?」
『ん…………ああ
時の精霊の部屋だな
双子だったが、片割れを失って暴走中だ
詳しいことは知らないが、人間の仕業で消滅したらしい
それから………自分の時を止められない様、気を付けろよ』
…………え、それ、肉体的に?精神的に?
どっちにしても、怖いんですが………。
取り敢えず、シールドでも張っておこう。
『開けるぞ』
ドアが、少し軋んだ音を立てる。
鏡や大時計、机に棚。
綺麗に整った部屋だけれど、あまりにも綺麗すぎる。
何もかもが揃っていて、絨毯やクッションには、皴一つない。
時計の針や、少し浮いたソファは、文字通り時が止まった様に静止している。
少しヒヤリとした空気を感じたけれど、何も起こらない。
…………シールド張ってて良かった。
多分………いや、絶対に人形になっていたから。
「あの子が………?」
希薄な少女が、部屋の中心の大時計に、手足を鎖で繋がれている。
その姿はとても痛ましい。
視線はこちらに向いているものの、焦点は合わず、虚ろに見える。
白い肌が相まって、本当に人形の様だ。
『だ…………れ………?』
澄んだ声が聞こえる。
それは、声というよりも「音」の様で、言葉となっているかは怪しいけれど。
「私はエステラ
貴女は………どうしてそんな状態に?」
『エス、テラ…………
わたし、は、みんな、を、とめ、る
だか、ら、わたし、の、こころ、を、とめた
これ、は、わたし、が、わた、し、を、とめる、ため、の、くさり
もう、だれ、も、うしない、た、く、ない…………
でも……………これ、しか、わから、ない
わたし、の、こころ、に、は…………
これ、しか、のこ、らない』
辿々しく言葉を紡ぐ彼女は、何よりも朧げに見える。
この子は、自分で自分を止めたと言った。
誰かを失いたくない………誰かを傷つけてしまった、と。
「ねえ、私と一緒にきてくれないかな」
私が言っても、その少女は首を少し動かすだけだけど。
「少なくとも、私の周りの人は、時間が止まる心配はないよ
そこでなら、貴女も自分の好きな様に生きられる」
瞬きを繰り返す少女。
「貴女には、『大切な人を傷つけたくない』という、願いがある
そのために引きこもるんじゃなくて、力を制御できる様に、努力しようよ
逃げるのは楽
積み上げるのは大変でも、崩すのは一瞬。何だってそう
だけど、苦労した方が、ずっと楽しいと思う
それが思い出になって
宝物になって
貴女の中に、積もっていくから」
これが、精一杯の、私の説得だ。
この希薄で薄幸な少女に、幸せになってほしい。
もちろん、私の自己満足で、ただのお節介だけど。
『おも、い、で………?
たか、ら、もの…………?』
何度か、自分に言い聞かせる様に呟いた後、少女は、初めて私を見た。
『い、く
にげ、たく、な、い、から……
………ねえ、さん…………ごめん、ね………
いって、き、ます…………』
悲し気に微笑み、こちらを向いて………初めて、この子が「生きている」という事を実感できた。
『な、まえ
ちょう、だい………?』
決意に満ちて………だけど不安気に揺れる瞳は、私達と同じだ。
「………ラリマー
どうかな?」
『ラリ、マー…………
…………ステラ…………ありが、と…………』
頬を紅潮させ、はにかむ。
この子が、過去に囚われない様に。
尽力するのも、私の役目だ。
*
さあ、最後だ。
最後は、真っ白な札の部屋。
「ジェード、此処は?」
『…………さあな
性格悪い、悪戯娘がいるだけだ』
んん?
それだったら、何故引きこもり?
登校拒否?………学校ないか。
まあ、入ってみよう。
一応、シールドは掛け直して。
部屋の中は、何よりも真っ暗だった。
廊下から差し込む光以外は、何も見えない。
おまけに、光の当たる範囲には、少なくとも何もない。
『…………でてけ………』
気の強そうな、少女の声がする。
これが、この部屋の主の声だろう。
「姿を見せて」
虚空に向かって叫ぶ。
相手が何処にいるのか、この部屋の広さはどの程度か。
何も分かっていない分、結構不利だ。
『許可なく………入らないで…………
此処は…………私の部屋っ!!!』
叫ぶ様な大声と共に、私は黒い何かに掴まれる。
いや、もしかしたら色があるかもしれないけど、全く見えない。し、見たくない。
「っ、やばっ!」
急いで、私専用の剣——ノクティスで切り離す。
天界は、武力、武力、知力、体力………ぐらいの感じだし。
一応王族だから、しっかり学んでる。
それでも、手応えがない。
………というか、切れない。硬すぎるでしょ!岩なの!?
「【発光】【爆発】!!」
急いで魔法を発動。
こういうところが、本当に便利。
………………確かに、黒い何かは爆発して、私は自由になった。
だけど、暗闇が消えない。不発ってことはないと思うんだけど…………?
『…………邪魔』
私が気を取られていると、あの声が、いつの間にか後ろから聞こえる。
いつ回り込んだの!?
『…………スト、ップ…………』
空気が凍る。
冷気が流れ…………何かが変わった。
これは、ラリマーの力だ。
その証拠に、ラリマーの声が響いた。
『こいつ…………取り敢えず、引きずり出すか』
「え、あ、はい」
流石に雑すぎる、と思ったものの………他に方法が思いつくわけでもなかったので、大人しく従った。
部屋を出て、眩しさに目を細める。
あの部屋がどれだけ暗かったのか、よく分かるよ。
そして、件の精霊は………アーモンド型の瞳の、気の強そうな少女だった。
眉を釣り上げて、相当怒っていたのが分かる。
「結局、何の精霊様だったの?」
私がその子を眺めて聞くと、ジェードが口を開く。
『空間だろう
頭の悪い奴らは、転移や収納を見て「死の精霊」だの「消滅させた」だの、下らない事を言っていたが………
そう言えば、こいつが引きこもり始めたのも、それが原因か』
虐め………もしくは、好きな子を虐めちゃうアレか。
まあ、この子、可愛いし。わからなくはないけど………。
全く逆効果だと、声を大にして言いたい。
『きっと、さびし、い、の
わたし、も、ジェー、ド、も
さびし、かった、か、ら……………』
『寂しくない』
『さびしい、の、よ』
ふふ、この二人のやりとりも、なかなかに楽しい。
………けど。
「この子…………どうしようかなぁ
また引きこもったら意味ないし」
私が考えていると、ジェードが当然の様に言う。
『契約すればいいだろう
こいつも、誤解を知れば、少しは大人しくなるはずだ』
「え……………いや、本人の意思は?」
『大丈夫だろう
ラリマー、起こせ』
『ん…………』
ラリマーが少女の額に触れると、少女は跳ね起きる。
『なっ!?
あんた達…………何するのよ!!』
ちょっと無視させて。
私が契約だの何だのについて考えている間に、ラリマーとジェードが説得始めてるけども。
しかも、オッケー出してるし。
………もう、私の意思は関係ないな、これ。
『私の名前は?』
「………ガーネット
黒髪赤眼の貴女に、ぴったりでしょ?」
『…………まあ、気に入った
よろしく、ステラ』
そっぽを向いているけれど、頬が少し染まっているのが見える。
可愛い。ツンデレは、女子のが可愛い。
………いや、男子に「可愛い」は褒め言葉じゃないのか?
『…………エステラ
呼ばれてるぞ』
「え?」
『母親達
時間、何か言われてないのか?』
「…………あ」
一時間………経ってるよね、うん。
どうしよう………。
『ガーネット
転移できるか?』
『ん?
……………できるんじゃない?』
人事の様に………。
まあ、自信ありそうだし………任せてみるか。
『行くよ
…………ん』
赤い光に目を瞑る。
そして、目が慣れてから開けると、もう、初めの入り口に戻っていた。
「わ、凄い!
ありがと、ガーネット」
私が笑いかけると、照れ臭そうに顔を背ける。
そして、少し離れた場所から、アデラ達が駆け寄ってきた。
「姉様、大丈夫でしたか!?」
「うん、心配かけてごめんね」
アデラとなだめていると、父さんと母さんも近づいてきた。
そして………うん、怒られるのは、回避できなかった。