鶏口牛後とはよく言ったもんだな
この田舎街の名前はウルル。若者は刺激を求め大都市へ…。あれ? ってことは、また友達が出来ない!? 同年代の若者がいれば、友達が出来ると思っているのかって? いいえ、多分、無理です。だから、この街で問題ありません。それにラッキーな事に、門番が配っているパンフレットで、移住支援制度があることを知りました。
印象操作の範囲外になるように、なるべく人との距離を3m以上取り、パンフレットの案内通りに進みました。
街の職業斡旋所で、『初心者歓迎!』、『住み込みOK!』、『亜人OK』という条件で仕事を探してもらいます。畜産農家などという選択肢はありません。シャーク師匠には戦いのノウハウなど教わっていませんからね。魔物が外壁から侵入したら、即アウトです。
「その条件ですと、『商人のメイド』と『鍛冶屋の見習い』がありましたが…。魔女さんはハンター志望ではないのですか? もしくは…それだけいやらしい体なら…夜のお仕事でも…」
「『商人のメイド』で!!」
「ですよねー。では、推薦状を書きますね。えっとお名前は…」
門番い続き受付嬢とも、二年ぶりの人間との会話は無事終了しました。推薦状を持って、商人の邸宅へ向かいます。内壁の門から伸びるメインストリートは石畳ですが、一歩脇道に入ると土の道に姿を変えます。馬車が通行できる幅の道ならば凸凹した深い轍があり、歩道ならば大きな水たまりが出来そうなな穴だらけです。
人通りはそれほど多くないし、若者は殆どいませんでした。あぁ…夢のマイフレンド計画が…。でも脇道でも怖い感じがしないのは、この街の治安が良いからかも知れません。ストリートチルドレンも見かけませんでした。そのまま住居区画へ進みます。
街の建物も清潔感がありますね。お屋敷は勿論、小さな個人の家もです。玄関先も綺麗に掃除されていますが、住民が率先して掃除しているのかな? 比較的城壁に近い目的の商人の邸宅は、誰も寄せ付けないような威圧感はなく、邸宅を囲む森の自然と調和の取れた安心するお屋敷でした。
よくあるライオンのドアノッカーを鳴らすと、これまた小奇麗な老紳士が現れました。
「雲ひとつ無い素晴らしき天気ですね。フィロア邸の執事を勤めさせて頂いております、ロバートと申します。本日は、どのような御用でしょうか? 魔女のお嬢さん」
「私はパルだ。ある地方では、深海という意味らしい。ここのお屋敷は…森に優しく包まれて…とても嬉しそうだ」
「お褒め頂ありがとうございます。それは職業斡旋所から推薦状ですな」
性格は強気なのだが、会話が出来ずパニックに陥った私を、簡単にメイド応募者と判断したことに驚きました。なんだかんだで、応接間に通され、執事のロバートさんが、お茶を淹れ終えるのをジッと待ちます。無駄を極限まで省いた動作は、まるで舞踏会で踊っているようでした。レベルが高くて…このお屋敷のメイドになることに尻込みしそうです。
ちなみにロバートさんは、何故か印象操作の影響を受けていないようです。
推薦状に一通り目を通したロバートさんは、仕事について説明を始めました。朝一番の仕事は雨戸を開け、不要になったランタンの灯を消すことから始まるそうです。それから朝食の準備です。コックのオルドーさんの指示に従い手伝いながらテーブルセッティングします。それと同時に、このお屋敷の主であるフィロア様と、孫娘のアリア様の身の回りのお世話を…食事の準備が出来るタイミングで終わらせるそうです。とても難しそうですね。
そんなこんなで、ロバートさんから、一日の仕事内容から賃金や休日といった待遇を説明され…最後に「では、本日からよろしくお願いしますね」と…いつの間にか契約が成立していたのです。
一人で寝泊まりするには十分すぎる広さと充実した家具が揃った部屋を割り当てられました。制服として、よくあるメイド服が支給されたのですが、汗が空気に触れると緑色のドロドロに変質して溶してしまいますから、このメイド服をそのまま着るわけにはいきませんよね。私はメイド服を広げ、隅々まで観察します。デザインは勿論、色や、縫い目、手触りや、裏地まで…。
【呪詛印操作】で、魔女ローブと体のコーティングを解除すると、つるっぱげ&素っ裸になった私の体から、イカ臭い香り発散され…悪臭が部屋に充満していきます。急いで、透明なドロドロの汗で体をコーティングし直すと、今度はメイド服をイメージして体に纏わせます。最後に黒髪を作り上げます。推薦状で亜人とカミングアウトしていますから、茶色の耳と尻尾は出したままです。そして、部屋の小窓を開け、イカ臭い部屋の空気を換気しながら、自分の運命を呪って少し涙ぐみました。
着替え終えると、ロバートさんの元に戻り、今度は、お屋敷を案内してもらいました。その途中で、薬草師兼コックのオルドーさん、警備兼御者兼庭師のアルマさん、アリア様にも挨拶出来ました。最後に、このフィロア様と会話をする中で、孫娘のアリアに読み書きを教えて欲しいと頼まれました。