8・化け物←敵!(青晴)
飛ぶように階段を駆け下りて公道に出ると、丸で俺たちを待ち構えていたかのように数人の人影がいた。
たぶん大人くらいの身長。街灯もろくに整備されてない場所だから人影がるってのがせいぜい見える程度。
時雨はもうちょっと見えてるかもしんないけど。
「この辺って人住んでたよな?」
「僕たちの住んでるところが放棄地のギリライン外、この辺りは電気は引いてあるけど上下水道は不整備、済んでる人間が居るとしたら、訳あり」
俺の質問に答える時雨。もうその手には抜身の平成式胴田貫。
魔女の秘術だか何だか知らないけど、古代の魔王の力だか何だかで現代に蘇った最強の刀だ!
鎧兜どころか車も断ち割れるっていう切れ味と硬度。らしい。詳しい説明はたぶん時雨が知ってる。
すとんと地面に落とすだけでアスファルトにも突き刺さる危険物だから、普段は異能やそれに類する力を散らす特殊な鞘に入れてある。
そんな平成式胴田貫をこいつが有無を言わさず抜いたってことは、この黒い影はまともな人間じゃないってことだな。
よく見えないけど、俺も抜いておくべきか……。
「っ!」
今、どこから?
右腕が焼けるように痛んだ。攻撃を受けたんだと思う。
けど俺にはよく見えなかった。
時雨は何が起きたのか見えていたのだろう。俺の右腕を攻撃した何かに対し、水平に刀を振るった。
「僕らの邪魔をするな!」
ギャウン!
聞こえた悲鳴は高い犬のような声だった。
少なくとも人間の声帯で出すような声じゃない。
血の匂いは人間と似てる。いや、人間よりも随分と臭い。たぶんこれ……腐肉も食べるような雑食の獣の匂いだ。タヌキとか、そういった奴に似てる。
腕の傷に触れて確かめてみる。
三本、少し歪な平行に走ってる。深さがそれほどないのは、今日仕事用の服を着てたおかげだな。近くだし面倒だとか言わずに、上着も着ときゃよかった。
「いってえ……こいつは幻じゃないんだな。つうか、人間じゃない!」
言い方は悪いが、人間じゃないなら殺しても問題なし!
何より俺たちの事本気で攻撃してきたしな。
時雨の目なら俺の傷も見えてるんだろう。すぐに俺の右手について、これ以上誰にも攻撃されないように守ろうとしてくる。本当律儀なやつ。
時雨はさっき降りてきた階段を一瞬だけ振り返る。
「青晴! 下がれ薬飲んでろ!」
時雨が下がれっていうってことは、たぶん後ろ、階段の上には他に敵はなし。
「わりい」
階段駆け上って、少し休憩。
ボディバッグに入れてたオキシドールで傷口を洗う。
殺菌作用強すぎてめっちゃ痛い。けど動物相手に怪我をしたって考えたら、一体どんな病原菌貰うか分かったもんじゃないしな。
時雨に飲んどけって言われた薬も、そういう感染症予防のやつ。
異界から流入した存在でも、基本はそんなにか分からないらしくて、抗生物質飲んでおけばそこまでヤバい物には感染しないんだと。
傷口を包帯で強く巻いて、一応止血完了。
時雨は一人で謎の影相手に立ちまわっていた。
動きは人間より俊敏。けど大ぶりで目測も何もあったもんじゃない雑な攻撃を、時雨が受けるはずがない。
俺よりも決定打にかける時雨だけど、相手の攻撃よけるのは誰よりも上手いんだ。
右からくれば大きく下がって、身をかがめるように前に平成式胴田貫を突き出す。骨も裂く一撃で、一瞬にして内臓に到達。そのまま内臓ぶちまけるように、捻りながら切り上げる。
刃を引き抜くのに相手を蹴り飛ばして、後続にぶつける。
そのままもう一度平成式胴田貫を突き出して後ろの奴まで貫通させる。別にそれで倒すつもりはなくて、後ろの奴を怯ませるだけ。もう一度蹴りつけて二人まとめて転がす。
数が多い時は無理やり止めは刺さない。行動する元気を奪って、奪って、殺せるときに殺す。
こう暗くちゃ残り何人いるのかわからないし、そのやり方で減らしていくしかない。
「ぜあああ!」
気合たっぷりに叫んで、時雨が急に飛び出した。
その振りかぶった刃が、影の一つの頭を物の見事に断ち割る。
あ、今の瞬殺だ。
いくら平成式胴田貫切れ味がいいからって、普通に振り回してるだけじゃ頭蓋骨割るほどの攻撃なんてできないわけで、今の一撃は時雨の手にも結構衝撃というか、ダメージがあったんじゃないか?
「僕の邪魔をするならお前らの頭全てカチ割ってやる!」
けど時雨はそんなこと微塵も感じさせない怒気を孕んだ声で、影たちを威嚇し刀を構える。
それを見て不利だと思ったか、影たちが逃げる。
時雨はそれを追おうとはしない。
はったりだからまあ当然。
逃げる影を睨みつける時雨の後ろで、止めを刺していなかった一匹が起き上がる。
背後から時雨襲おうって? それ俺が許すわけないじゃん。
俺は階段から一蹴りで飛び出すと、立ち上がったばかりの影の肩に飛び乗り、着地の勢いのまま平成式胴田貫を突き刺した。
崩れる影から飛び降りて、驚き振り返る時雨に笑って見せる。
「後ろも用心しろよ」
時雨が何とも言えない、泣きそうな、怒ったような、困ったような顔をする。
「……怪我は?」
「いまんところ平気」
へへー。心配された。
消毒もしたし、薬も飲んだ。傷の感じからすると、本当に獣の爪に引っかかれたって感じだな。
相手が何かは分からないけど、まあ……うん、俺に怪我させたってことは、さっきの変な影だけは、普通の生物としての実体持ってる奴ってことだよな。
「何が起こってるんだこれ……」
ただの異世界の流入じゃないのかな?
意思を持って、わざわざ俺たちを襲いに来るとか……普通じゃない。
時雨が考え込むように顔を伏せる。
何かに気が付いた?
「あのさ、ゴジラ……あれ、昔、見た映画のだよな?」
不意に時雨がそう言った。
昔? 時雨の言う昔は、だいたいが聡さんに出会う前の話だ。
最近はハリウッドとかで映画になってるけど、それとは違うやつって言いたいんだろう。
「ん、そういや一番新しいのとは違ったな」
ハリウッド版のゴジラはもっと動きが滑らかで、格闘技とか出来ちゃうようなやつだった。
けどさっき見た巨大な体は、何て言えばいいのか、じりじりと押し迫ってくる、意思の無い巨大な災害みたいだった。
「……あれ、俺たちが共通して嫌いなやつ、だったよな?」
「うん……まあ」
時雨の言葉に、確かにそうだと頷く。
共通して嫌いっていうか……なんていうか、あの映像が……苦手だった。
感情とかそういうんじゃなくて、もうただこっちに向かってくるのが確定で、どんなに抵抗しても振り払えない恐怖って感じで、怖くて怖くて仕方なかった。
「瓦礫がいっぱいで、あの映像が嫌いで」
時雨が何かを追うように、虚空を見ながら言葉を紡ぐ。
ああ、嫌な目をしてる。
時雨が時々する目だ。
痛そうで、辛そうで、忘れたいはずなのに忘れられないって感じの目。
けど、そんな時雨の目に、ふいに光がともったような気がした。
どんな表情をしてるのか、細部は暗すぎてわからないけど、確実に、声音が変わる。
「魔王水害は、聡さんが血を見て倒れるようになった原因らしい」
魔王水害って、さっきの、黒い水?
「あの人倒れるの理由あったのか」
「あるよ、当たり前だろ馬鹿」
時雨がスッゴイ嫌そうな声出す。あー、あー、それ俺の事本気で駄目なやつだと思ってる時の声だろ。
あーけどそうなんだ、あれ理由あったんだ。
聡さんって時々仕事中に倒れるって聞いてたけど、あれ理由あったんだなあ。
まさか聡さんにぶっ倒れるほどのトラウマがあるとは。あ、いやあの人だったら有りそうか。
「いや、てっきり普通に貧血かと……いつぶっ倒れてもおかしくない顔色してるし」
「お前が面倒かけなければ、もっと楽させてやれるんだよたこすけ!」
「いだ!」
時雨が拳を俺のこめかみにたたきつけてくる。痛い。
けど……言いたいことは分かった。
「てて……えっと、つまり時雨が言いたいのは、俺たちの嫌いなものがこの辺り一帯に映し出されてるってことだよな?」
時雨が強く頷く。
俺たちの嫌いなものがこの周辺に映し出されてたなら、同じくらいの範囲に、魔王水害をトラウマとしてる聡さんがいるかもしれないってことだ。
探すのは骨が折れるだろうけど、けど思ったより遠くへは行ってない!
俺たちはこの周辺を探すべく、あのへんな影たちが逃げた方角へと走った。
だってさ、逃げるってことはそっちに何かありますよ、って言ってるような気がしない?




