6・焦るより考える(青晴)
時雨が酷く固い声で問う。
「聡さんは何処?」
あわてて表示されてる地図を引きにする。広い範囲を見ることが出来るようにして探すけど、聡さんを示す点は見当たらない。
このスマホのある場所だけが表示されてる。
「やば……反応消えてる」
「はあ?」
うわ、そんな地獄から響いてくるような声出すなよ。
まさかあの発信機が壊れるわけないと思ってたんだよ。だって……。
「防刃ジャケットに隠してたんだ……内側の、縫い目解いて、奥に入れた……」
目に見えるほどに時雨の顔が強張る。
「ちょっと待て、それって……」
いつも気丈な時雨の声が震える。気持ちは分かる、俺だってまさかこんなことになるなんて思ってなかった。
発信機は防刃ジャケットの内側に仕込んでいたから、それが機能しなくなるってことは、防刃ジャケットが破損するようなことになったんだと思う。
あの骨の欠片で出来た人形みたいな奴ら、あれに襲われたとしても聡さんならたぶん普通に逃げ切ると思う。あの人細いし俺たち程体力ないけど、運動できないわけじゃないし。
あとテザー銃が確実に効くのは生物だけ、無機物や憑依型の異界生物には効かない場合も多い、っていう事を俺たちに教えたのは聡さんだ。聡さんはそういうことに詳しい。だからちゃんと逃げることを選んでると思う。
俺たちが平成式胴田貫っていう特殊武器を使う理由になったのも、聡さんからの助言があってのこと。
聡さんは俺たちよりもよっぽど異界の生物への対処法を知ってる。だから……。
「大丈夫だ……聡さんならきっと」
きっと防刃ジャケットは破損したんじゃない、自分で脱いだかなんかしたんだ。
聡さんは俺たちに比べて体力は普通の人間だ。だからあんな十キロ近い装備身に着けてると、すぐばてるって言ってたし。
それに俺あのジャケット触って知ってる。
あの中には自爆装置が付いているってこと。
よくまあそんな危険な物をって思うけど、ちゃんと普通の方法じゃ爆発しないように、科学的な起爆と異界の技術による起爆の二重のセーフティしてあった。
ってそんなもの使う時点で、今回の案件は相当ヤバいって聡さん思ったのかな、やっぱ。
大丈夫とか言っておいて、我ながら嫌な予感しかしない。
「探す!」
時雨が目標も分からないのに飛び出していこうとするから、思わず襟首掴んで足をかける。
うわ、思ったより足払いが上手く行きすぎて、時雨がひっくり返った。
さすがに地面に転がすわけにはいかないので背中から抱きとめると、時雨が苛立ち紛れに頭突きしてきた。
「ぎゃ、痛い!」
「痛くした!」
何だよそれ。
「いいから離せ、聡さんを探しに行く」
羽交い絞めにする俺を振り切ろうと暴れる時雨。ああもう、すっかり冷静さを失ってるな!
こいつこのキレやすい性格のせいで、しょっちゅう下手する癖に。
「待てって! 闇雲に行くなって! 聡さんだったら絶対考えろっていうだろ!」
聡さんの名前を出せば少しは抵抗が弱まるけど、それでもまだあきらめきれてないらしい。
「もう嫌なんだ!」
主語言わなくても分かる。俺もやだよ、聡さんが怪我したり、ましてや死んだりしたら、絶対悔やんでも悔やみきれない。
けどさ、聡さんがどこにいるか分かんないし、何が起こってるのかもまだはっきりしてないんだから、むやみやたらに走り回るってのは下策中の下策だろ。
「聡さん助けたいのは俺も同じだ! だから聡さんの居場所探すために冷静になれ馬鹿!」
今度は俺から時雨に頭突きをしてやると、時雨はぐっと呻いて、ようやく抵抗を止めた。
「もう一度言うぞ? んなんじゃ逆に聡さんに迷惑かけんだろ馬鹿、聡さんだったらこういう時程冷静に考えんじゃねえのか?」
「分かってるよ……」
聡さんは何時だって何かを考えてる人だ。あの人が、ただ黙ってやられるわけがない。
きっと助ける目はあるはず。
落ち着いた時雨を離してやると、時雨は大きく肩を落とし、少し深呼吸をしてから顔を上げた。
その時雨の顔が、驚愕に引きつる。
「おい……何だあれ?」
震える指先が指す方角を見れば、そこらのビルよりもずっとでっかい、謎の影が立ち上がっていた。
「うっそだろお……」
その影は俺たちが知る何かに例えるなら、おそらく「怪獣」としか表現のできない物だった。