5・夜の墓場で(時雨)
風が冷たいのと、なんだか嫌な予感がした。
肩を震わせただけなのに、青晴はにやにやと馬鹿にするように問う。
「んだよ? 怖いの時雨」
「違う」
いや、そうじゃないな。
「……違わない」
聡さんが家を出るときに口にしていた言葉がどうしても引っかかって、それが怖かった。
いざとなったら地下に行け、あれは僕たちでも太刀打ちできない相手が出た時に、と決めたはずの符丁だ。
聡さんは受信したメールを見ただけで、俺たちでは無理だと判断したらしい。
それに防刃ジャケットはともかく、わざわざテザー銃を持って行ったんだ。しかも最低でも二時間以上の孤立戦闘を見越した時に持って行くっていうバッテリーも付けていた。
それで心配しないわけもないし、聡さんの安否を思って恐怖しないはずがない。
けど俺の言葉に青晴は、大丈夫に決まってるだろって、あほみたいに笑う。
こいつのこういう無神経なところ……嫌いとは言わないけど、なんだか無性に悔しくなる。
「俺たちは強い、だから絶対に、聡さんを助ける」
「分かってるさ!」
本当に、青晴のこういう能天気なところは……羨ましく思う。
けど能天気すぎると、事を見誤るもんなんだ。
「っ……何だこれ!」
僕たちは目の間に広がっていた光景に愕然とする。
小高い丘の上、そこは瓦礫の山のように、累々と倒れた墓石の山になっていた。
聡さんが向っていた公園は、少し高台になったところにあって、周囲には大量のお墓。その墓石は軒並み倒れ、しかも骨を収めてあるはずの場所がことごとく開いている。
囂々と風が吹きつけて、まるで肉の腐ったような甘さを含んだ異臭がしていた。
下層の風習のある日本で、ゾンビってのはないだろう、って思っていたんだけど……。
公園の中には遊具らしい遊具は半分埋められたタイヤと、謎ぞのジャングルジムっぽい何かのみ。
そのジャングルジムっぽい何かに、焼かれてバラバラになったお骨を、適当に巣くってでたらめに固めて作ったような、何とも形容しがたい人形みたいな奴が群がっていた。
一体につき何人もの骨を使ってあるようで、サイズは人間の大人とそう変わらないくらいだけど、筋肉や内臓すらも骨で出来ているその骨人形の骨密度はとんでもないことになっていそうだ。
ギチギチガリガリ音を立てながらジャングルジムに上る骨人形。
全部で二十体ほど。
「気持悪」
何をしてるのかわからない骨人形に、青晴が凄く当たり前の感想を漏らした。
とたん、骨人形たちが一斉に僕たちを振り返る。
鼓膜なんてないだろうに、声聞こえてるのかよ!
「青晴の馬鹿野郎」
「おう、今のは俺が悪かった。
そんな短いやり取りの間に、骨人形たちはジャングルジムから飛び降りて、俺たちに向かって四つ足で向かってきた。
うわ、変形するんだこいつら。
けど動きは恐ろしく単純。まっすぐ向かってくるだけだ。
本来目のあるべき場所には黒い眼窩があるだけで物凄く不気味だけど、何ら怖くはない。
「砕け散れええええええ!」
鞘に入れたまま平成式胴田貫をフルスイングすると、同タヌキの鞘が青い光を走らせる。
触れた瞬間骨人形は塵も残さず吹き飛んだ。
「あ! 時雨、こいつらめっちゃ弱い!」
青晴もまた、平成式胴田貫で骨人形たちを複数同時に消し飛ばす。
「これ幻みたいなもんなんだ、実体がないから異界の力の流れを断つだけで、簡単に消える。普通の人間にはともかく、僕たちには通じないな」
けれど放っておいたら一般人が巻き込まれないとも限らない。だからとりあえず一通り骨人形たちは打ち消さなきゃいけない。
異世界からこの世界に流入する存在には、実態をほとんど持ってない奴らがいる。
今回のもそういう物なんだ。
けどそういう奴らは流入した後にこの世界の物を取り込んで実態を得ることがある。
今回の骨人形なんかまさにそれだ。
けど遺骨を体のメインにするなんてひどい奴ら。
今東京に放置されっぱなしの墓はほとんどが無縁仏。供養する人間がいなくなってるとはいえ、それを異界の存在事吹き飛ばすってのは少し申し訳ない。
数が多いのはネックだけど、平成式胴田貫が触れる程度で骨ごと吹き飛ぶ。
流れ作業のように、二人で二十二体の骨人形を殲滅した。
結構ここって骨残されてたんだな。
まあそうか、ここは東京でも比較的災害跡地から離れたところだもんな。
今でも新築の建物とか見るし、時々人も流入してくるし、死の町東京と言われる中でも、まだ大分人間の町だ。
人間が居れば、人間が死ぬし、人間が死ねば墓を作る。
ってことは、個々もしかして、もっと東京の奥にあるような放棄墓地じゃなくて、現在進行形で使われてた場所かもしれない。
もっと申し訳なくなってきた。
「これで全部?」
最後の一匹を吹き飛ばして、青晴が確認する。
墓地を見やる。
暗くて良く見えないから「左目」を使ってみる。
誰もいない。間違いなく今ので最後だったらしい。
「ああ、そうだな」
僕の左目で見て異界の存在が見えないなら、と、青晴は信用してスマホを取り出す。
「よっしゃ、それじゃ」
「聡さんを探そう」
覗き込んだスマホの画面には、聡さんの居場所を示す点は見当たらなかった。