00・東京某所の病院にて・愚痴(陣)
今日は月曜日。
なので昨日はもちろん日曜日。
いやあ昨日は本当さんざんだった。
休出夜勤でよりによって事務所で一番面倒な先輩の仕事引き継いで、んでもって、その仕事で夜中に普通人が立ち入らないような「重度危険放棄地」まで出向いたからね。
その危険な場所に俺を呼び出した、事務所で一番面倒で重要な俺の指導教官でもある先輩は、肋骨折れて、内臓ぶっ潰れて、何故か結構ぴんぴんした状態で入院中。
いや、うん、ぴんぴんしてるは言い過ぎか。
うっかり動いたら心臓止まるかもしれないから、しばらく動くの禁止らしいし。
で、俺はというと、その面倒な先輩のお見舞い……じゃなくて、途中だった仕事を持ってこいって言われて出向いてる所。
怖いよー、もうまじこの人恐いんだって。
普通自分が死にかけてる時に仕事しようなんて思わないだろ?
少なくとも俺は思えないって。
けどこの先輩にとって、自分という存在が社会の浪費物扱いらしくて……何このサイコパス、って感じなんだよ。
あー、ごめん、サイコパスは言いすぎだ。逆だ逆、この人サイコパスの真逆の人だわ。
今日中にまとめた資料持ってこいって言われて、今は午後三時。
これなら先輩とのブリーフィングも、学校が終わる時間までに何とか終わりそうだな。
「先輩、元気してます?」
先輩の入院している病室は、もうほぼ先輩専用と化してる個室。
先輩は忙しい時は月に四、五回ここに入院してる。
ほぼ別宅じゃない?
逆に忙しくないときは、年に四、五回ほど海外に旅行行ってる。
優雅な時とそうでないときのギャップ激しすぎやしない?
まあそれも元気な証拠ということで……。
「元気にしてるように見えるなら、お前の目は節穴だ」
ですよねー。
先輩はこちらをちらりとも見ずに、先に送信していた資料をタブレット端末で見ている途中だった。
その腕には点滴が二本。
どんな薬か栄養剤かは知らないけど、感染症予防だったり、しばらく摂れない食事代わりだったり、ってやつだろう。
まあそんな点滴のチューブさばきも手慣れたもんで、先輩は以前プリントアウトした紙資料とかタブレットとかを交互に見たり、赤ペンで何かを書き付けたりしてる。
あー、あの赤ペン月に五本換えるって噂本当なんだろうか?
多角的情報をまとめて閲覧するには、パソコン画面は目に負担すぎるんだ、って言って、先輩いつも紙資料欲しがるんだよなあ。これが結構整理がめんどい。
「入院はいつまでっすか?」
「今夜縁さんが熊本から来てくれる。そうしたらすぐだ」
縁さんって、社長の双子の妹さんか。社外の人だけど、この人治療の異能持ちで、しかも内臓系に強いって聞く。俺は幸いにして一度も世話になったことはない。
他にも、クロノスには外部から雇ってる、治療特化の女性がいるとかいないとか。
そんな人いるなら、どちらか東京に常駐させておいた方がいいと思うんだけどねえ。聡先輩がうっかり死ぬ前にさ。
「えー、ちょっと働き過ぎじゃないっすか? まだ少しくらい」
「……」
無言。
メッチャクチャ無言。
余計なお世話と思われたか、採るに足らないと思われたか。
余計な軽口叩いても、聡先輩基本は怒らないんだよな。
だから余計に怖いっていうか、この人人間らしい感情あるのか? って感じることが多々ある。
「すみません」
とりあえず謝ってみる。
先輩は驚いたように顔を上げる。
ああなんだ、働き過ぎって言葉、言われ慣れすぎてて反応返す必要性感じてなかっただけか。
「何に謝ってるんだ? それより陣、あいつらは?」
あいつら、って聡先輩が聞いてくるのは、たぶん昨日聡先輩と一緒に危険な放棄地に行った二人だな。
あの子ら本当先輩のこと好きだからな。
けど先輩は会社では仕事モードだから、二人の事身内扱いあまりしないようにしてる。律儀だねえ。
「元気ですよ、今日はちゃんと学校行きました」
「そうか」
聡先輩の養い子、時雨君と青晴君、二人はまだ高校生。
平日昼間は学校です。
で、ちゃんと学校に行ったって伝えただけでこの心底ほっとした顔。
この先輩も本当あの子らの事好きだよなあ。
そんなんだから、現状よく把握できないっていう危険な場所にも、お互いのために平気で飛び込んで行けちゃうんだろうな。
昨日の事件っていうか案件は、実際の所聡先輩が直行する必要はなかった。
ウォッチャーと呼ばれる情報収集者が殺害された時点で、重要な危険があるってことで、もっと別の実働部隊を編成したり何だったりをするべきだったんだけど……。
まあ放棄地にされて日も浅い場所だし、危険性物が冬眠直前でほとんど動かない今の時期は、子供も平気で入り込んじゃう程度の警備しかしてなかったし、何より先輩があの子らと一緒に暮らしてる場所に滅茶苦茶近かったこともあって、先輩は子供らに危険が及ばない内に事態を収束させたいって、自分から突っ込んでいった。
普段慎重に物を考えているように見えて、他人に危険が迫ると、この人って本当に直情的だ。
感情と思考が連動してないっていうか、自分の命すら数字換算で物考えられるくせに、それを上回る感情論が常にあるって感じ。
それで失敗してりゃ世話ないでしょ。
まあ失敗、ってわけではなかったけど……。
「そういやあれ、結局何だったんです? 記録画像には黒い靄しか映ってない」
昨日の案件、仮称「巨大生物出現及び消滅」については、現場で見た物と、外部で得た記録として残したものに大きな誤差があった。
現場だと二十五度以上に感じていたけど、実際近隣で計測したら二十度下回るくらいだったし、映像記録も音声も、上がってる報告と全く違うしで、実際生身の人を現場に派遣するしかなかったってのは間違いなかった。
異能があっても、電子機器が発達しても、無人で操作できるドローンがあっても、異界からの浸食とかってこういうところがあるから面倒だよな。
危険な場所に人を派遣するには、これもまた色々面倒な手続きが必要で、先輩がウォッチャーの遺品回収ていう、人道的行為の名目で任意に現場に向かってなかったら、もしかしたら事態がもっと深刻になっていたかもしれない。ってのは緊急会議で言われた。
何せ事後調査及び後始末で、半不死の食人生物が三十匹以上見つかってるんだから。
それで現場では二十五度以上、半不死の食人生物が活動するのに適した気温が保たれていたというし、もし朝になるまで待っていたら、もっと人的被害が出ていたかもしれない。
やられたウォッチャーは装備品と骨の一部と体毛しか残ってなかったしな。
放棄地の周辺に住む人間なんてのはよほどの物好き、って感じであんまりいやしないけど、場所が近年放棄されたような所だと、すぐに引っ越すことが出来ないような、社会的に立場の弱い人間多いしさ。
そういう人たちが巻き込まれていたとしたら、本当に胸糞悪いよな。
弱きを助け、強きを挫く! そんなヒーローを目指して今の会社に入った俺としては、放っておけない案件だ。
先輩が見ていた資料の一つを、俺に差し出してきた。
何々? 何か分かったんですかね?
「まだ確定じゃないが、あれは悪夢と吉夢を同時に具現化する装置、みたいなものだそうだ」
うん? それってどういう……っていうかこの過去資料英文だ。
あー成程成程、うん、ちょっと待ってくれ、全く読めないわけじゃないんだけど、英文の資料ってのは異界用語が特殊というか、あんまり見ない単語だからすぐに日本語と結びつかなくて分かりにくい。
あ、でもこれか、赤ペンで注釈書かれてる。
ふうん、ナイトメアの一種。悪夢の卵。妖精の繭。物理的な事象を引き起こすこともある。
イギリスではたびたび見かけることもある物だってか。
重要って書かれてる、なになに、神話時代の遺物?
「悪夢と吉夢? っていうと?」
「想像しうる悪いことを具現化する代わりに、都合の良いことも具現化してやるよ、っていうこと。半不死の食人生物、あれらが自分たちの活動のために必要な気温を得るために、近くの人間の恐怖やトラウマを具現化させてた。この妖精の繭の出現が考えられる時間と、あの食人生物たちの活動からウォッチャーが被害に遭うまでのタイムラグは、眉の使い方が分からなかったか、食人生物たちにとっての悪夢も具現化されて身動きが取れなくなっていたか、それは分からないが……。ちなみにこれは、一種の魔王災害だ」
最後の最後でなんかとんでもない補足されたし。
魔王災害って……異界の流入や浸食じゃなくて、この世界そのものが引き起こす超常的災害じゃないか。
あーまじかあ、そうかあ、だったら、今後もこの妖精の繭ってのが、日本国内で出現する可能性があるのかもってことか。
これアイルランドではしょっちゅう超常現象引き起こしてるって一文があるわ。
「……まじかあ」
俺の呻きに、マジだよって、聡先輩が陰鬱そうに返す。
「ついでに言わせてもらうと……この妖精の繭は、人為的に発現させられたものだと思われる、らしい」
は? え? それってどういう……。
「俺も詳しくは知らない。ただ、ついさっきクロノスの本社の方から連絡があった。黒江の魔王ヶ淵に反応有り。明日あの妖精の繭を熊本まで陸路輸送するから、今日中に社長がこっちに来るらしい。お前、出迎える準備しとけよ」
魔王ヶ淵ってあれか、魔王災害の処理場にしてあるあの真っ黒な池か。
あそこに搬送するってことは、淵に沈めてなかったことにするんだな。
それに対して社長直々においでになるってことは、よっぽど危険が起こり得る、って情報を入手したんだろうけど……俺にはそこまでは詳しく言えない、か。
けど、先輩は社長の出迎えに俺をご使命だ。
「うおおおおお、まじかあ」
「ちゃんと歓待出来たら、社長からご褒美貰えるかもな」
ご褒美、って言葉はどうかと思うけど、クロノスの社長に目をかけてもらうってのは、スッゴイ嬉しい事なので、よし、俺頑張ろう!
色々と面倒ごとが起きそうな予感はするものの、これって俺も活躍するチャンスの様な気がするしな!




