12・混線(青晴)
突然現れたマレーグマモドキ、数にして……多分に十五、六匹くらい!
くそ、最初からゴジラモドキの周辺に配置してたな。
メインの実働部隊は流石に俺たちへの対処に当ててたとして、でもやっぱりこうしてゴジラモドキの傍に現れるってことは、あのゴジラモドキの中にある卵みたいなやつ、あれがこいつらにとって重要な物ってこと……なんだと思う。
情報が足りない、時間も足りない、たぶん今の状態で聡さん抱えて逃げても、あのゴジラモドキが周囲に混乱を巻き起こす。
幸い夜ってのは良くも悪くも、混乱が起きにくいから、今は静かだけど。
何年か前の夜間に起きた大地震の時も、人が寝静まっているような時間帯だった。
あの時静かな混乱はあっても、地震による火災とか、群衆雪崩みたいな人の営みや混乱が引き起こす、二次災害はそう多くはなかった。
ただ粛々と非難をし、ただ粛々と明け方を待った。
夜に見る恐怖は、まるで悪夢であるかのように、人間は耐え忍ぼうとする。
どんなに耐えても、本当に朝が来れば報われるとは限らないってのにな。
両の手に持った獲物を振り回す。
俺は時雨ほど目がいいわけじゃないから、近付いてこられないと、相手がどんな動きを取ろうとしているのか見えない。
とりあえず、刀と鞘の範囲分くらいは、敵を懐に入れないようにする。
すでにもう十匹以上殴り倒したり腹掻っ捌いてるのになあ、全然減らねえ。
右から一匹、左から二匹、背後にも一匹。これは音で分かる。
身をかがめて、右の一匹にボディタックル。そのまま力任せに抱えて後ろに放り投げる。
グギャ! って悲鳴。左から来てた二匹にちゃんとぶつかったらしい。
背後から来てた一匹は、もつれて絡まる三匹から距離を取る。
攻撃をいなしているだけで、一匹も殺せてないから意味ないけど。
こいつらただ死なないだけじゃなくて、再生速度っての? あり得ないくらい速いっぽいし、無理やり殺すつもりでやるよりも、転がして足止め、くらいの方が労力少ない気がする。
「馬鹿晴! 左手十一時の方向から!」
時雨の声が聞こえた。言われた通りに左手の鞘を振る。
何か固い物をはじく手ごたえがした。
「ボヤったとするな! お前自分が囲まれてる自覚あるのか!」
怒声はイヤホンからじゃなくて、直接空気を震わせて聞こえてきた。
さっき俺が走ってきた方角。時雨が抜身の刀引っ提げて駆けつける。
「っつうかお前聡さんどうしたよ!」
俺の言葉に応えるように、イヤホンから聡さんの静かな声が聞こえる。
「……青晴」
低くて静かで、嘘吐きじゃないくせに、本当のことを隠すような聡さんの仕事モードの声。
「俺はいい、行け」
「嫌です!」
「行け」
ああもう、やっぱり有無を言わせねえ。
時雨もまた、俺の代わりにマレーグマモドキたちを切り伏せながら命令するし。
「行け! 青晴!」
そう言って視線を向けるのは、じりじりとどこへ向かうともしれない巨大な怪獣。
ゆっくりゆっくり動いている。その足元には瓦礫の山。
「あいつを消し去るぞ! あと卵ってなんだよ馬鹿!」
時雨は襲ってくるマレーグマモドキの足を、身を低くして切り飛ばす。んで掴んでめっちゃ遠くに投げた。
あ、そういう方法で時間稼ぎか。
そういやこいつら、最初に見た時大人の男、だいたい聡さんくらいの大きさあったけど、今見てみると、俺たちより身長低いような。
ってことは、うっかり飛び散った分は回復してない? 質量分しか回復できないんだな。
よっしゃ、じゃあ俺も、ってことで、時雨が切り飛ばすマレーグマの体の部位を手当たり次第拾って投げまくる。
「で、卵って?」
マレーグマたちがこれ以上体積を減らされてはかなわないとばかりに、俺たちから距離を取り始める。マレーグマモドキの包囲網を広げたところで、時雨は話を繰り返す。
「何か腹の中に見えるんだよ! お前もこの距離だった見えるだろ!」
平成式胴田貫で俺がまっすぐ示したのは、ゴジラモドキの胸。
小さな前足の裏側に、透けるように見える変な物体。
「え? あ……ああ、でっかい……卵だな?」
思わず時雨が間の抜けた答えを返す。
「だろ? 卵だろ?」
あの少し先端がすぼまったような長丸い感じは、どう見ても卵だよ。この距離ではっきり見えるって、たぶん人の頭より相当大きいだろうけど。
「俺思うんだよな、あんな分かりやすく変な物」
「まあ確かに、何かあるに違いないな」
俺と時雨の意見は一致した。だったらあとは突っ込むだけ!
マレーグマモドキたちは必至に追いすがってくるけど、体積の小さくなったこいつら、俊敏性も落ちてやがら。
単純に足の長さが変わったからか、筋肉量が落ちたのか、俺たちにもう追いつけないようだ。
もうちょっと、あとちょっとで……。
「いだ!」
何? 肩?
うっそだろ! どこから飛び出してきたんだ! この猫サイズのマレーグマモドキ!
ぐう、めっちゃ食いついて、掴んでも引っ張っても離れねえ。
「青晴!」
「俺はいい! いけ時雨! お前があいつぶっ飛ばせ!」
俺にかまうな、こんな奴すぐに引きはがすから。
時雨が立ち止まる事を許さず、俺は肩のマレーグマモドキ毎、近くの建物に体当たりをかました。
肩の骨が外れる。これ、聡さんに体借りてなかったら、俺の骨逝ってたかも。けどお陰でマレーグマモドキもぐちゃぐちゃだ。
外れた肩を嵌めなおしているうちに、時雨はゴジラモドキの足もとに。
デカすぎるゴジラモドキは牛歩の歩みでも、俺たちサイズからしたら車の徐行よりずっと速い。
これって、平成式胴田貫の鞘を当てるには後ろから追うんじゃだめだ。横から突き立てるにも、骨人形とか魔王水害の幻考えたら、完全に質量ゼロってわけでもなさそうだし……巻き込まれたらそれなりに怪我するんじゃ?
俺の心配より先に、時雨は近くに放置されてた軽ワゴン車の上に飛び乗って、さらにそこから何かしらの店舗跡っぽい建物の二階に上る。さらにその建物のベランダを伝って隣の建物の三階に。さらにその隣のビルの屋上にって、どんどん登ってく。
いつも思うけど、時雨ってああいうの器用だよなあ。筋力使うよりパズルっぽい感じ。
あっという間に五階建ての建物の上に時雨はいた。
そのまま飛び出して、平成式胴田貫の鞘をゴジラモドキの太腿に叩きつける。
「死ねええええ!」
いやそれ位じゃ死なないと思うけど。
死にはしないけど、時雨の一撃は、一瞬でゴジラモドキの左前脚を吹き飛ばした。
ぐらりと体を傾がせるゴジラモドキ。
「うわ……」
ヤバい。こっちに倒れてくる!
俺は無我夢中で平成式胴田貫の鞘を自分の頭上へと振り回した。
覆いかぶさってくる真っ黒な巨体。
まるで空気が何倍にも圧縮されたような重さが体にまとわりつき、視界を黒一色に塗りつぶした。
息苦しい。暗い。音もしねえし。これ、ヤバイかも……。
そう思った瞬間、急に視界が開けた。
いつの間にか俺は森にいた。
見たことのない森だ。
霧が出て、空気が冷たい。
「あ……何だこれ」
ヤバい、ヤバい、ヤバい、どこだここ? さっきまで俺は放棄された町のただ中にいたはずなのに。
何で周囲から建物が消え去った?
何でこんなにも気温が違う?
足もとから絡みつくような冷たい空気。これ……水場の空気だろ?
そう思っていたら、視界の端に真っ黒な水を湛えた水面が見えた。
広い湖にも見える。けどあまりにも黒い。黒々として、まるで水底から湧き出すように、人の手のような影が蠢いている。
「池? 沼?」
あ、これ……魔王水害の水と同じだ。
もっとよく……見る前に、その景色は一瞬で掻き消えていた。
気が付いたら、さっきの町中。
まるで何もなかったような、真っ暗な放棄された町に俺はいた。
ゴジラモドキの姿はどこにもなくて、少し離れたところに、茫然と立ち尽くす時雨がいるのみ。
あの卵みたいなのは、時雨の傍に落ちていた。思った以上にデカくて、人間が一人丸っと入りそうな大きさだった。
もうマレーグマモドキは何故か襲ってこない。
たぶん……今ここが、凍えるように寒いから、あいつら動けなくなってるんだ。
「……何だったんだよ、一体」




