11・混戦(時雨)
切り伏せたマレーグマモドキは全部で十八匹。とりあえず聡さんが持っていたバックパックの中からカーボンファイバーのロープを取り出し、再生していく端からぐちゃぐちゃに丸めて縛り上げた。
ロープが食い込み、ギチギチ鳴くような声を上げている。再生する肉が食い込んで、自分で身動き取れなくなってる。
これ、以前陣さんから借りた漫画であったから試してみたんだけど、上手く行ったみたい。
バトル物の漫画って本当に便利便利。
って、本当はこのロープ、いざという時の人命救助用らしいけど。
一応人が乗ってる軽乗用車を吊るすくらいは考えての強度らしい。何でそんなもの吊るす想定なのかは教えてもらった事は無い。
でも人の発想力なんて、十年数十年で大きく変わる物でもないし、考えたとして蜘蛛男っぽい救助の可能性とかかな?
とりとめのないことを考える余裕があるのは、聡さんの状態が安定してるから。
体を人に貸してる分動けないみたいだけど、意識ははっきりしているし、さっきから僕に情報を伝えたり、聞いたりしてくれてる。
「陣さん来るまであとどのくらい?」
青晴がスマホを見ながら言う。
「分からないけど、会社にいたならここまで来るのに三十分以上はかかると思う」
どれくらい前に連絡したのかわからないけどね。
あとこの辺り放棄地の周辺は、危険な存在がいないか監視するためにかなり明るくしてあるけど、実際放棄地に入ってくると、街頭とかあっても、大きい道とかにぽつぽつ、中心部に行けば行くほど暗くて、この辺りは放棄地の中心近くだから結構暗い。
もしかしなくても、もっと時間かかると思う。
「マレーグマたちは一体何をしてたんだろう? またここに来んのか?」
不安げな青晴。
その気持ちは分かる。
十八匹倒したはずなのに、縛り上げてみたら十五匹しかいないし。
クソ、肉片吹っ飛ばした分どっか逃げたな。
単純に十匹以上の敵が、まだそこらにいるってこと。
マレーグマたちがどこにいるかはわからないけど、その行動を抑制することはできるかもしれないって聡さんは言う。
「……これは俺の想像だ……さっき見たデカい怪獣、あれが、あのマレーグマたちが夜間に活動できるようになった要因じゃないかと思う」
あのゴジラモドキ、今日の今まで見ることが無かった存在で、そのゴジラモドキや人が恐怖するような存在が見えるようになってから、あのマレーグマたちが活発になったってことだから、何かしら関連があるんだと思うって聡さんは言う。
ちなみに公園の遊具に絡んでた骨人形は、昼間に放棄地に入り込んだ、以前放棄地内に住んでいた子供が見た悪夢だという事もすでに調べが付いているのだとか。子供ぉ……。
怖いもの知らずや好奇心の強い猫はすぐに死ぬんだぞ、少しは自重しろ。
聡さんが会社から支給されてるタブレットを僕らに見せて、ここら辺に異界からの接触、異界の浸食を疑わせる電磁波、音波、振動派、気温の歪み、光の屈折、重力の変化、諸々の兆候が見られるんだって説明する。
ゴジラモドキの出現やマレーグマモドキの活性化が別の異界からの接触や浸食、別事象だったとしたら、今計測されてるのとは別の波形になる可能性が高いらしい。
これはマレーグマモドキにやられたウォッチャーが最後に残してくれた情報って、聡さんは悔しそうに言葉を終わらせる。
聡さんは、そのウォッチャーの敵を討ちたいんだと思う。
だったら、僕もその意思に乗ろう。
青晴を見れば、こいつも同じことを思っていたらしく、頷き返してくる。
人の恐怖を投影する幻。幻と言っても完全に実態が無いわけじゃなく、視覚、聴覚、嗅覚に作用する何かのエネルギーは存在している。
そのエネルギーを払えば、別の事象が起こるかもしれない。
その事象を観測できれば、事の起きている場所、この奇怪な現象の発生地点が分かるかもしれない。
可能性の話だけど、やってみる価値はあるんじゃないかと思った。
少なくとも、あのマレーグマモドキは、僕たちが骨人形や魔王水害の幻を打ち払ったことに気が付き、僕たちを襲ってきた。
あれはきっと僕たちの行動があいつらにとって都合の悪い事だったからなんだ。
青晴に問う。
「ゴジラモドキに近づけるか?」
「おう」
あの怪獣はかなりの巨体だ。ここから一キロは離れていないだろうけど、それでも結構距離があるように見える。
けど今聡さんの体の一部を借りている青晴なら、普通の人間じゃあり得ないほどの筋力を思う存分使えるし、馬並みのスピードで駆ける事だってできる。
車よりも小回りが利いて、猿のように跳躍もできる青晴なら、きっと怪獣の傍にたどり着くのに五分もいらない。
聡さんがバックパックにスマホに使えるワイヤレスイヤホンとインカムがあると教えてくれる。
通話アプリと併用して、スマホがハンズフリーの通信機になる。
この放棄地周辺の基地局が生きててよかった。
青晴のスマホのバッテリーを確かめる。少し少ないから、聡さんのサブのスマホを持たせる。
僕のほうのスマホは、家から此処までほとんど使ってないから充電は十分。
青晴一人で突入させることに不安が無いわけではないけど、聡さん一人残すよりも安全だと思うから……。
「あのゴジラモドキは任せる。……けど、あからさまに近づけば、攻撃されるかも」
僕の心配に対して、それなら簡単と、青晴は平成式胴田貫の鞘を振る。
「幻は払えば消える、消えない奴が敵ってことだな」
単純。でもそれで正解。
僕は目の前の道を真っすぐ指さす。少し曲がってはいるけど、此処を真っすぐ行って大通りに出るのが、ゴジラモドキに近づくのに一番手っ取り早い。
ただ気になるのは、右手に動く影が見えた気がしたこと。
「よし、ならそのまままっすぐ進め、右手から来るから気を付けろ」
「わかった」
青晴は返事とともに駆けだした。
大通りに出るよりも先に、右手から飛び出してくる影、たぶんマレーグマモドキを、腕力と平成式胴田貫の強度だけで叩き潰す。三匹。
さらに走る。
大通りに出た。
どうやら街路樹の枝の上に潜んでいたらしいマレーグマモドキが飛び出してくる。無視して突っ切る。と見せかけて、放置されていたバスストップの時刻表を掴み上げ振りかぶる。
振り切りそのまま放り捨てる。二匹。
残り五匹ほどだろう。
「これで全部じゃねえよな?」
スマホからいぶかしむ青晴の声。ちゃんと数えていたらしい。
「ああ。何か変わったことは?」
青晴は答えない。
僕の目からも見えないくらい遠くに行ってしまった。
スマホからは騒音も聞こえない。青晴が着る風の音だけだ。
「ゴジラモドキの腹の中に変なものが見える」
不意に、青晴がつぶやいた。
風を切る音が止まっている。立ち止まったんだ。
「何が?」
何があったのか、詳しく説明をしてほしい。ここらじゃあのゴジラモドキは黒い影にしか見えないんだ。
「分からないけど、明らかにヤバい奴」
ヤバいって何がだよ? そんな不安気な声を上げるようなものなのか?
「でっかい……卵?」
「卵?」
って、ゴジラモドキの中に? どういうことだそれは?
青晴は答えない。代わりにギャンギャンと喚く野犬のような声が聞こえた。
何が起きてるんだ?
青晴が気合の声を上げる。叩き潰される肉の音、砕ける骨の音、何か固い物が粉砕される音がした。
何と戦闘をしているんだ?
「青晴? おい青晴! 何が起こってるんだよ!」
青晴は答えない。
何かとの戦闘の音はまだ続いている。
クソ、クソ、クソ、あのマレーグマモドキか?
けどおかしい、絶対に数が多すぎる。十以上いるだろこの音!
聞こえる音に耳を傾けていたのだろう、地面に伏せたまま聡さんが言う。
「いけ時雨……お前らの安全が優先だ」
「けど、今此処を離れたら、聡さんが」
またのマレーグマモドキに襲われるかもしれない。
「問題ない、陣がもうそこに来ている」
そう言って自分のスマホを掲げる聡さん。
画面には、居場所の確認ができた、直行するって陣さんからのメッセージ。
「医療班も連れてきてるらしい、だから、俺はもう心配ない」
って、心配に決まってる。
でも、聡さんは僕がこれ以上ここでグダグダしてるのを許してはくれないだろう。
「分かりました……無事でいてください、じゃないと、怒りますから」
聡さんが「それは困ったな」って苦笑いする。馬鹿。そこは分かってるって答えてほしかったよ。
聡さんを置いて、僕は青晴の元へ向かって走り出す。
青晴がちゃんと答えなかったせいだ。
ちゃんと大丈夫って青晴が答えてれば、こんな聡さんを置いて行くようなことしなくて済んだのに。
青晴の奴、後で絶対殴るからな!




