10・放棄地、敵地、包囲突破戦(青晴)
俺たちはいつのまにか囲まれていた。
場所は一歩も動いていない、さっき聡さんを見つけたその場所だ。
時雨が言う所のマレーグマモドキ、一体こいつら何匹いるんだよ?
聡さんを餌に俺たちをおびき出したってのか?
「二十五匹」
時雨が敵の数を数得て教えてくる。
メッチャクチャ多い。
んでもって、補足を聡さん。声がヘロヘロしてる。大丈夫か?
止血は今時雨がやってるけど。
「そいつらがここが放棄地になった理由だ。駆逐失敗、食人行為をする、夜目がほとんど聞かない異界の獣。極端に寒さに弱い。25度がこいつらの活動気温ギリギリ。だから昼間のみ活動してたはずなんだが……どうやらここ最近、というか今朝方異界の浸食が起こったことで、性質が変質したか、もしくは何か活動に適した能力でも得えたらしい。ウォッチャーがやられた」
寒いと活動しないとか蚊か! いや、あいつら意外と活動できる気温の幅狭いから、暑くても動かないらしいけど。
「何よりこいつらは……普通の方法じゃ死なない」
「どうやったら死ぬんすか?」
「凍らせるか、たぶん焼くでも」
凍らせる……今の時期無理だろ。
いやとりあえず、焼くはできると思う、っていうか、確かにさっき時雨が切れた電線に向かって投げた奴の死体は残ってるけど、それ以外が消えてる。
聡さんが防刃ジャケット着てないのも理由が分かった。たぶんっていうか、やっぱりっていうか、簡易の爆弾として使ったんだ。
テザー銃の方がどうなったかは見えないけど、この数だし、聡さんくらい射撃できても普通にやられる。聡さん反復練習欠かさないから、射撃だけは俺たちよりも上手いし。
何よりこいつら、切っても砕いても動いてくるってんなら、行動不能にするのなんて、単なる一時しのぎだ。
悠長に話しているうちにも、じりじり距離詰めてくるし。
「ちくしょうが」
とにかくやるっきゃない!
聡さんの傷の手当てが終わったらしい時雨が、ゆらりと立ち上がる。
あ、駄目だ、これ、切れてるキレてる。
「聡さんを傷つけるなあ!」
気迫一閃、不用意に近づいてきた奴を、時雨は真正面から断ち割った。
じりじり近付いていたマレーグマたちの輪が、少しだけ広くなる。
さっきから倒しても倒しても無防備にやってきやがるって思ってたけど、こいつら、自分たちが早々死なない存在だから、平気で刃物の前に飛び出してくるんだな。
けど時雨やりすぎだ。これ以上やると、時雨自身がきっと後でぶり返しで動けなくなる。
今は聡さんがやられたの見て気が高ぶってるんだろうけど、もう後ろに下がらせなくちゃ駄目だろ。
「一刀両断か……」
聡さんが感嘆の声を上げる。そういや聡さんはいつも事務仕事か後方支援だから、俺たちがどれだけ強いのか、実際には見せたことなかったよな?
俺たちは強いよ。聡さんが思ってるよりもずっと強い。
「そうっすよ、だから俺たちいた方が、聡さんも安全でしょ?」
だから……もっと頼ってよ。俺たちを信用して欲しい。
「……分かった。なら、陣が来るまでの間、お前たちに仕事をしてもらう……ただし、無茶は絶対に許さない」
聡さんが強い口調で聡さんは命令してくる。無茶する人がよく言うよ。
けど、きっと俺たちが無茶したら、聡さんはもっと無茶をするから仕方ない。
「分かってる!」
時雨も俺たちの会話聞いていたようで、強く頷き返す。
「任せてください聡さん!」
聡さんは大きく深呼吸すると、自分の顔に爪を立てた。
あ、これって……。
「……時雨、俺の目、耳、鼻を全部君に貸す、だから、存分に使え」
それは聡さんの仕事モードの時の声だ。俺知ってる!
「はい!」
「青晴、お前には足と心臓と肺と骨だ」
「うっす!」
返事とともに、俺の心臓が、肺が、骨が、いつもよりも熱を持ったような感覚がした。
肺に大きく空気を吸いこむ。血管に回る血液が増えたのを感じる。
全力疾走をした後の酸素吸入のような、急激に視界がクリアになっていくあの感覚だ。
「ああ……」
時雨が呻く。
きっと聡さんの怪我の状況が、さっきよりもより鮮明に分かるようになったんだろう。
何せ聡さんから「借りた」感覚器官だ。
「……怪我だけはしてくれるな、君らの血は……見たくないんだ」
聡さんはそう言うと、大きく息を吐き、その場で横になる。
俺たちに体の多くを貸したから、今の聡さんは視界がぼやけ、耳も鮮明に音を聞き取れない。喋ろうと無理に呼吸をすれば肺が痛み、心臓は悲鳴を上げるんだ。
この人が、文字通り身を削って貸してくれたこの力、これは聡さんを守るために使う、絶対にだ。
平成式胴田貫。こいつ持ってきてて本当に良かった。
俺たちはこれ以上言う事は無いと、マレーグマたちに切りかかった。