「開幕」
「八俣……だと!? おっ、おめぇがあの八俣智……ッ!?」
「山口までは手薄とはいえ、この西日本で俺に挨拶なしで仕事とはいい度胸してンな旦那。ええ、おい?」
残るひとりに酒瓶を向け不適に笑む八俣殿。しかしその時、
「ウグゴオオオオオオッッ!!」
先刻銃弾を跳ね返され倒れたはずの男が起き上がり、目を血走らせてその左腕に喰らいついてきました。
ふむ、常人ではあり得ぬこの様子この反応、もしや大月が捌いていたという例の薬物の影響でしょうか。
「おっ? やるじゃねェか、ロイヤルストレートフラッシュ」
ともあれその一瞬は反撃を許すのに充分でした。羽山という悪徳警官が再び八俣殿へ銃撃を見舞います。
「死ね! って――えっっ!?」
しかし弾丸はまたしても彼に届かず、それも今度はなんと“宙に留まり”固定されたように微動だにせず。
「けど悲しいなァ。短い人生の栄衰は収支プラマイゼロ、アンタの結末はすでにDie and Dead――なのさ」
直後、八俣殿に噛みついた者の身体が蒼白く閃いたかと思うとなんと、一瞬にして粉々に砕け散ります。
それはまるでトランプタワーを崩すように。他に表しようがないほどに、断末魔のひとつもないほどに。
「えっ、えっ!? いっい、一体何がどうなって――っ!?」
依然、空中で止まったままの鉛玉を見やればそちらも純白蒼麗に、氷細工のごとし死色となっています。
フフ。彼の弁通りごく限られた刻と運命しか持たぬ、持てぬ存在が当然“我ら”に敵うはずもなしですが。
「さて、生憎と多忙でな。早いトコ役をそろえさせてくれや」
そして弾丸をモールス信号のように突くと即座、元の色彩と速度を何事もなかったかのごとく取り戻し、
「たわば……!!」
眉間を貫かれこの男も肉塊となり果てる――暇もなく骸も残さずに、粉雪のように消え失せたのでした。
「よう大月姫香さん。先に言っとくが俺はアンタをしょっ引きに来た正義の味方、ってワケじゃねえンだ」
「えっ、えっ!?」
「ひとつ計画、に利用させてもらいたくてな。ある意味死ぬより悲惨かもしれんが、まあ勘弁してくれや」
そして目と口を大開きに床にへたり込み震えるばかりの、ただひとりのみ残った大月その女はといえば、
「せいぜい初めましてからのサヨウナラ、にはならねェようにな。さあ動くなよ、じっとしてろよ――?」
「なっ何を――!? うっ、うううあああああああああ!?」
八俣殿に“スマホ”を顔面ゼロ距離まで突きつけられた途端激しく苦しみ悶え、いや慟き叫び錯乱し始め、
「うう……あっ……。私、いや我は……。我こそは……!!」
やがて立ち上がり話せるようになる頃、年齢相応の髪や肌には深い艶と瑞々しいハリが生じ、いや戻り、
「おお……おおおっっ……!!」
何よりもその眼光には、瞳の奥にはこの世のすべてを灼き尽くさんとする恨みと憎しみの黒い炎が宿り、
「ツキ……ヨ……ィィィッ!!」
あふれんほどの狂気――正気――のすべてをいよいよ完全に取り戻し、この現世に還ってきたのでした。
「ようし“成功”だ。――サヨウナラからの初めまして、だな。ちなみに久々のシャバはどんな気分だい?」
「……淀み穢れた空気がすこぶる不快にて敵わぬ。それよりも早に、その企てとやらをお聞かせ願おうか」
「Ok。俺もアンタの殺したくて仕方のねェ野郎とは因縁があってな。こっちにつけば引き逢わせてやるぜ」
そして誰もいなくなった店内の机上に酒代を置き、男3人女ふたりで霧のようにその場をあとにします。
「なぜ誰もが酒に酔いヤクを打ちモノを突っ込み受け入れ“脳を刺激”すンのか。考えたことはあるかい?」
「……」
「それが手前のブラックボックスをこじ開ける方法だと本能で知ってるからさ。これで実証済みだろうが」
さて、急拵えではありますがこれでカードも粗方そろいましたかね。フフフ、では開幕と致しましょう。
「さあ読山、佐能、そして我が妹よ。“死魔根”で待ってンぜ」