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高原署に神留まり坐す  作者: 公月奏
現代パート1
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「日常」

「ねえ、まだなの。早くしてよね」

「だから待てって。――三十二、三十三と。良し仕舞いだ。やはり一日の目覚めは筋肉と共に、ってな」


 翌朝おれは自宅にて日課である、べんちぷれすの重量挙げに励んでいた。

 最早七百キロ程度では物足りぬ、次からもう百加えてみるかと思索しつつ鍛錬後の食事の完成を待つ。


「さて、今朝はチゲ鍋だ。豆腐に椎茸や卵と鶏肉等、手当たり次第高蛋白食を詰め込んだ――な。フフ」


 そう、食も求道の内だ。筋肉の成長には限界までの修練と充分な休息に強壮満点の栄養が必要不可欠。

 このように日々を(きよ)(あか)く、正しく直く暮らす事こそが健全頑強なる心身を創るのだ。


「“たなァつものォ、百の木草も吹き荒ぶゥ、風神様の恵み得てこそォ”。――頂きます」


 具材と白飯を旨辛い赤色と共に胃に流し込む。うむ美味い、成分が染み渡り疲弊した筋肉が歓喜する!


「早くしろってのよ。草薙部長をどンだけ待たすつもり?」


 先刻からの喧しい声の主にして、昨夜仕事を共にしたこの女は同輩の“五刀小夜子”だ。

 得意の陰湿で執念深い捜査手法により、いつしか付いた異名は“すねーく五刀”である。


「ほほ、これは大変無礼なる御紹介、恐悦至極に存じます」

「冗談だよ。朝餉はもう済ませたか。おめえもおれ特製“筋肉鍋”食うかい」

「結構。そのような彩りも盛り付けも何もかも醜きゲテモノなど、まっことまっぴら御免被りますれば」


 チッ、折角の至福の一時に無粋なもんだ。何でも我らが上役が、どうしてか朝一番からお呼びらしい。


「ガラケーでもいいから持っててくれりゃ、こうして呼びに来なくても済むのにさ。とにかく早くして」

「だから待てと言ってんだろが。プロテイン牛乳をもう一杯飲まにゃあな」

「まったく、今でさえラオウみたいなのにどンだけ鍛えりゃ気ィ済むのよ」

「肉体美の求道に終わりはねえ。女は乳房、男は胸筋。よく言うだろう?」

「はあ……兄弟ふたりそろってよくもまあ。セクハラでしょっ引くわよ?」


 ふう、かくして面倒事に付き合わされる羽目になったが考え様によっちゃ儲けもんか。

 只で奉公先までの足が出来た訳だからな。運転がこの女という難点に目を瞑ればだが。


「こっちだってアンタなんか乗せンの嫌よ。男臭くなるし」

「応、永ちゃんの“しーでー”かけてくれよ。“ラスト・シーン”で頼まぁな」

「ンなもんないわよ。ロックはKISS、それ以外認めないわ」


 やれやれ、何の因果でこいつと同伴出勤なんぞせにゃならねえんだ。そんな気怠さを煙草でかき消す。


「はいヤニのクリーニング代5万ね。なけりゃ“トロク”で都合つけたげる」

「へいへい。所で呼び出されてるたぁどうせおれだけじゃねえだろ。兄貴様はどうした」

「わかってンでしょ。アレはアレでスマホ代も払えず連絡つかないから、ついでに一緒に探すンだって」

「だろうな。最近じゃ自宅にも寄りついてねェようだしよ」

「そう、いつも郵便受けに督促状の山だもんね。電気も止まってたし、そろそろ水道もやられる頃かな」


 なら余所を探しゃいい、ってな。「そうね、慣れって嫌よね」と溢す運転でやがて盛り場に辿り着く。

 そして案の定“もーてる”の扉から外套を羽織った長身の男が出て来た。ったく、やはり此処だったか。


「おっ、ふたりして同伴出勤か? ちょうどいいや、ホテル代で素寒貧になってたところだし俺も頼む」

「何だよ独りで出てきたりして。寝てる間に逃げられでもしたんですかい」

「さすがご明察だ。あの子は陽の当たる道をゆくとさ。珍しく振られたよ」

「ああ……昨日“女狐(ナリコ)”に頼んでたことね。とりま、そんな不潔で下劣で低俗なるアンタにも呼び出しよ」


 事情を話して一緒に乗せる。火急の用という事で奴さんもはてな、と怪訝な顔をしつつ煙草を咥える。


「はいこれで計10万ね。なけりゃ“トジュウ”で勉強したげる。――ほら着いたわよ、ほれ降りた降りた」

「何だ、お前は一緒に来ないのか」

「うん、生憎ね。呑気に筋肉メシ食ってたり行きずりの女としけこんでる人らと違って私、多忙なンで」

「はあ、俺あれが本業なんだがな」


 応さ、その通りよ。おれもとれーにんぐこそ務めだ。こっちは趣味だな。


「はいはい。それじゃおふたりさん、乗車賃込みで来月の給料日、楽しみにしてるンで」


 見送りながら今更ながら思う。“親父様”からの呼び出したぁ昨日の件か?

 やれやれ、無事万事全部片付いたってのに態々一体全体何だってんだか。


「そりゃ当然決まってるさ、ズヴァリ上からの表彰状にご褒美の特別ボーナスよ! さあ、何買う!?」


 おお特別賞与――! 嗚呼それが誠だとすりゃなんと素晴らしい響きか。

 二人して肩を組み、すきっぷしながら玄関を通る。然し、そんなおれたちを待ち受けていたのは――

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