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高原署に神留まり坐す  作者: 公月奏
昔話パート3
51/56

「沙汰」

『ぐううっ、うううう――』

『ニャーン、ゴロゴロ――』


 何者かのすすり泣く声と、獣のようなものの気配で目を覚まし、辺りを見回す。

 地割れにでも落ちたのか、四方は岩壁に囲まれているのみで光も遠く、仄暗い。


『フニャー、プシシッ――』


 大地と大気の匂いといい、高天原にはおらぬはずのこの生物といい間違いない。

 ここは下界、葦原中国か。あののち我が身に何が起こったか、回顧を試みた時、


『ああ、よかった。気がついたンだね――』


 獣を膝上に乗せ、私の近くに座していたひとりの“男”が、嗚咽を押し殺しながら強ばった笑みで語りかけてきた。


『ひっ!? やめて!! 殴ンないで!!』


 だが、咄嗟に構えた私が何者か、と尋ね終えぬうちに再び身を震わせてみせる。

 見てくれに反してこの振る舞い、まるで年端もゆかぬ童のようで存外歪である。

 兎角、斯程の敵意も邪気も皆無と見て相違はないが、それを察した時不意にこの身の異変――否、不変を認める。


『兄者から受けた傷が――治っておるだと』

『……』

『これはそなたによるものか。何故、私を』

『なぜって? 痛いのは、可哀想じゃんか』

『何?』

『ああ、あの時もそうだった。目の前に“俺”がいたから、助けようと思っただけなンだ。それなのに、ううっ――』

『……』

『俺は、自分が誰なのかもどこから来たのかも知らない。けど、あれは確かに俺だった。それはわかったンだ――』

『……』

『傷ついた自分を見てられなかったンだよ。だけど声をかければ口から炎が出て、手を伸ばせば地面が裂けて――』

『……』

『ンで、ツキヨミとロキ、ってのか。そいつらがなんでか俺を殺そうとしてきて。ンなひどいこと、あるかよ――』

『……』

『何も、何もしてないンだぜ。ただ、痛みに苦しんでるのを黙って見てられなかっただけなンだよ。うううっ――』

『一体、そなたは何を言っておるのだ……』


 その時さめざめと手弱女のように涙を拭う手元より、何やら別のものも雫とともにこぼれ落ちた。“鱗”であった。


『そなたはまさか、蛇の……“魔の者”か?』

『うん、そう言われた。何のことかは知らないけど俺、今のこの状態と化け物の、ふたつになれるみたいなンだよ』

『……』

『きっとあの時はあんな姿だったから襲われたのかと思ったけど、ついさっきも同じだった。まるで一緒だったよ』

『……』

『この見た目になってやっと力の暴走も収まったから、アメノウズメっていう他の人たちの傷も治した。でも――』

『……』

『そいつらまで、俺を“マモノ”って追っかけ回してさ。誰かを助けたいって思うのがそんな悪いことなのかよ――』


 ――ただ泣き、一心に叫びひたすら嘆き喚き続ける。どこまでも弱く脆く儚く。

 だがその様相の奥に感じ入るものがある。見てくれは決して似ても似つかぬが、我らが養父と同じ強大な“魂”を。

 そして此奴はあの方を自分自身と称した。なればこの者の“正体”は、まさか――


『でも君は、君だけはいい人みたいだよね。俺の話に、耳を傾けてくれたし――』

『……』

『もしかして君も誰かにいいように裏切られて、傷つけられたの? なんとなくだけど――そんな気がするからさ』

『……』

『よければ、俺、君についてっていいかな。こんな場所でまたあんなひどい目に遭うなンて、もう絶対に嫌だから』


 天命。これぞ私にもたらされし起死回生、千載一遇、僅有絶無たる好機僥倖よ。

 この力が側に在らば、我が宿願もきっと実現しよう。そう、私を裏切った兄者、月読への報復が。頂きの奪還が。

 奴めより離れ、私の胡座に安坐をかき始めた四足の寝息を膝に受けつつ応える。


『いいでしょう。命を救って下さったご恩、この蛭子の命を賭して報いましょう』

『いや、そんな。別にそういうつもりじゃ』

『そう、見返りを求めぬその美しさ高潔さ。さような尊き志を持つあなた様によもや、牙をむく不埒者がおるとは』

『……』

『許せませぬな。あってはなりませぬとも。なれども、それもまたこの世の下らぬ摂理。そのお力でどうか打破を』

『えっ……?』

『よいですかな。正しきを成すがため戦う、それこそが正しさです。むしろ対話にて安寧を求むるなど見果てぬ夢』

『……』

『攻撃、怒り、報復の果てなき応酬。愚かな怨嗟の連鎖を断つ魁となって下され。力なくしては護れるものもなし』

『……そうだね。君みたいな優しい人を守るためには、逃げるンじゃなく立ち向かい、倒さなくちゃいけないのか』


 見ているがよい、憎き月読よ。貴様が明の星の威を借るのであらば、私はそれにどこまでも抗い阻んでみせよう。


『うん、わかった。そんな人たちのために、悪意は叩きつぶしてでも止める。俺は俺の力を、正しいことに使うよ』


 この者とともに、貴様の覇道を失落させし“敵対者”となろう。さあ、第二の幕開けよ。首を洗って待つがよいぞ。


『救うべきを救い、滅すべきを滅す。すべての“沙汰”はお心がままに。【サタン】――それがあなた様の御名です』

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