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高原署に神留まり坐す  作者: 公月奏
昔話パート3
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「再奔」

『ええと、保存食もたくさんありますし替えの下着もヨシ。お薬も充分持ちまして、っと』

『……』

『やだっ、大切なモノを忘れていましたわ! ツキヨミ様とお揃いの“マガタマ”も、と♡』

『……』

『エヘヘ、せっかくの夫婦(めおと)の証なのにワタクシったらもう、うっかり屋さんなんだから♡』

『……』

『ホラッ、いつまでもそんな浮かないお顔をなさらないで。もはや過ぎたことなのですし』

『……』

『確かに、今回の件でさぞお力を落としでございましょう。されど今のあなた様の隣には』

『結構だ、もうよい。――厚き心遣い誠に感謝するヘル殿。どうかずっと側に居て欲しい』

『ウフフ、こちらこそ末永くお頼みします♡ 何しろこの“責任”は取って頂かねば、ね♡』


 夕陽を背景にふたつの影の至るところが重なり絡み合う。ああ、やっぱ若い男女と海辺ってなァいつの世も絵になる組み合わせねェ。

 押しては引いてを繰り返す紅い小波はさながら情愛の炎の揺らめきのようで、どこまでも続く水平線の長さは両者の歩んでく未来を象徴してるかのごとく果てしない。

 とにかくふたりの新たな門出に幸多からんことを、やむなき事情で不在の新郎家に代わり僭越ながら、新婦父たるこのロキのご挨拶としてお祝いさせて頂きます、と。

 えっ、ウチの娘とヨミちゃんがなんで急にここまでの仲になってんだって? ああ、なんかあのコらこの下界に落ちてから三日三晩は瓦礫の下に埋もれてたんだとさ。

 なのにヘルったら意外と元気だった上に、皆を治す力も残ってたワケだから、たぶん出てくるまでの間“元気でも注入してもらってそういう免疫”が付いたんじゃない?

 そう、心なしか肌もツヤツヤしてるしね。いや別に、確証はないからわかんねェけどさ。和姦だけに――ってあっ、言っちまったか。


『応よ、貴様等いつまで惚気けている気だ。征くのなら早に征け。時は待ってはくれぬぞ』


 つかの間の一時がタケちゃんの一声により破られ、アタシたちに再び現実を突きつける。


『義が為()()()()()の面倒は暫くみてやる。あの蛇めの首級をさっさと獲って来るが良い』

『すまぬ、建速。そなたに騙し討ちを企てたにも拘わらず――何と申すべきか言葉もない』

『……』

『さらには高天原ももはやこの世にないが――わたしの戻りし暁には必ずや、この借りは』

『そんな事はどうでもよい。此度、姉上に完膚無きまで叩きのめされおれは心底悟ったよ』

『……ほう。して、それは一体』

『復讐などという理由では誠の強さは決して得られぬ事だ。敵を滅ぼすのではない。“己に負けぬ為の武”を追い求め、極め続けてやる』

『……フッ』

『何だ。可笑しい事を言ったか』

『“怨嗟の連鎖”。攻撃と憤怒の反復は渦巻く暗海がごとく、光天から最も遠い感情である。――かつての義父上の言葉を思い出したよ』

『……ふん』

『“天に愛されし器”。己になく仇敵(あねうえ)にあったものに目を背け反抗するでなく、追従し倣い取ってみせるもまたひとつの道やも知れぬな』


 ――何だろ。これもよくわかんねェけど、こんなことになってもこの兄弟の今後にゃ悪くない結果に収まったのかな。ヒルちゃんは可哀想に貧乏くじ引かされたけど。

 とりま、アタシの求める“面白いもの”は今回たっぷりと見せてもらったし、今後もそりゃもうたくさん味わえそうだからいいけどさ。


『ロキ殿にも、改めて御礼を申し上げます。目的を果たすまでの間、どうか再びご助力を』


 ふっ。乗りかかった船だし気にしないで、って返答を終えないうちにヘルが割って入る。


『父にそんな言葉は不要です。仁などなく、どうせ暇つぶしとしか考えておりませんから』


 おっ、さすがは我が愛娘ね。そう、アタシはただただテメェが楽しけりゃそれでいいの。

 でも、万年“ネンネ”だったアンタにようやっと春が来て、近く孫の顔が見られるかと思うと悪くない気分なのはマジ真面目な感想よ。


『いざ出立!』


 こうしてアタシたちは再びの旅へと船出した。――吹きつける潮風の中思う。ルシファーはこうも言った。夜に瞬く星は陽光に消え、それもやがて暗雲に閉ざされる。

 光明をつかもうと手を伸ばせば脚を搦め捕ろうと、深淵より次なる障害の種が蔓を伸ばす。都度乗り越えられるか否か、このコたちを待ち受ける運命は如何にってね。


『ロキ殿、何を案じておいでで』

『う〜ん、まあ端的に言うとさ。今後目的を達してようし、さあ国に帰って来ましたよって時にもしお姉ちゃんが生きてたらどうする。次こそ本当に殺られるかもよ?』

『無論幾度であろうと戦うまで。道を切り拓くは“逃走ではなく闘争”。恐れず立ち向かうことこそが希望を引き寄せる――それが此度、わたしの得た真理であるゆえに』


 ふふっ、若いのによく気づいたじゃない。浮いて沈んで、昇って堕ちて。栄えて枯れて、興きて滅して。禍福、吉凶。明暗、黒白――

 生とは流転する定めにひたすら抗うこと。だからその路はいつもいつでも波乱万丈だし、器にない者は耐えられず腐り、壊れちまう。

 だからアタシは全部呑み干し喰らい啜りブッ壊し尽くす。どうせ生きてかなきゃならないならそ〜ゆ〜姿勢でいた方が愉しいからね。

 そう――今まさにこの時新たに芽吹こうとしてた因縁も。そして何つうかこれが“始まり”の気がする。それこそ向こう数百年、数千年は退屈しなさそうなぐらいのね。



* * *



『くっ。一体ここは――何処だ』

『ああ、気づいたンだね。よかったよ――』

『!? 貴様ッ――何奴ッ!?』

『俺が、誰かって? ――知らない。自分でも自分のことがまったく、わかンないんだよ』

『何っ……?』

『むしろあの時“俺の前にいたのは俺”だった。なあ、俺は何者なンだ? 教えてくれ――』

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