「嵐のち月夜 ~吹キ荒ブ嵐・輝夜ノ刀」
「ぐわはあっ!!」
襲い来る男共を回し蹴りで吹き飛ばす。奴さん等巻き込んだ机や椅子、壁に頭から見事にめり込む。
「てめぇぇっ!!」
その後出入口より再び別の敵が現れる。お次は携えた日本刀を勢い良く躊躇い無く振るって来るも、
「えっ!? なっな――なんで!?」
刃はおれの骨肉はおろか、腕の皮膚すら傷つけられず動きを止める。
「応、鉄亜鈴ちゃんと握ってっか。おれはやってる、だから斬れねえ」
莫迦な、という顔に対し自ら諸肌を脱ぎ「耳を澄ませもう一度だ。おれの心臓は此処だぜ」と促す。
「うおおおっ!!」
光輝く鋼が一直線正中を突く。然しそれでも結果は変わらず、その先端が空しく欠けたのみだった。
「応、重量上げきちんとやってっか。おれはしてる、だから貫けねえ」
「そんなばかな――ぐぼあおっ!!」
これ以上は無益故、鉄拳を顎下から喰らわすと男は打ち上げ花火の様に天井を突き破り消えてゆく。
「あーあそんなの抜いて、出しちゃってさ。もう手加減できないよ?」
「るせぇっ、蜂の巣にしたらぁ!!」
背後では五刀と他の連中が対峙している。銃の構えられた刹那、鉛玉が横殴りの嵐の如く放たれる。
“ヒュンヒュンヒュンヒュン――ッ”
そんな中奴は、先刻の男の持っていた刃を風車のように素早く、精密に回して射撃への防壁を作り、
「えっ、なんで当たらな――っ!?」
“シャキン――”
一頻り往なした切先に沿い床へ一筋、鈍色に光る一列を並ばせる。今程撃ち込まれた弾丸の全てだ。
「『The sword is mightier than the gun』――いい勉強ンなったね?」
そして反撃の刃が鋭く振り上がる。一瞬視界が歪んだ程の圧、空気諸共を斬り裂く様は正に鎌鼬か。
「ぴ!」「ずお!!」「たあぶ!!」
一陣の風は黒き死の風。跳ね返された魔弾で其々、特定の箇所を寸分の狂いも無く貫かれる射手等。
「腿、眉間、心臓。だから言ったでしょ。手加減できない、ってさ」
「やれやれ。ヒトにゃあ時代の趨勢がやら言うくせ、無闇にやっちまうたぁあぶねえ女だなおめぇは」
「にしてもずいぶんと少ないね。弾丸使用数のギネス狙いに日夜張り切ってる、あのバカの仕業かな」
「ああ、無論違いねえだろうさ。『一日に五七人と枕を共にする』とかいう、別の意味の発砲数もな」
「はあ、前それで街中の女に声かけちゃ別の署の警官に捕まるし。何やってンのかしらねあのアホは」
軽口を叩きつつ辺りを見回す。応全くだ、まさか本当にこれで仕舞いだとすりゃ興醒めもいい処よ。
「止まれ!! 銃を捨てなさい!!」
「一歩でも動けばこの女殺すぞ!!」
だが杞憂だった。前方には先刻の扉より猟銃を持って来た女将、後方では例の男女の片割れが叫ぶ。
成程。この男も仲間で、女の金目当てに此処に通わせてたって訳か。
「女を人質になンざ本当クソ野郎ね。サノさん、ママの方はよろしく」
「だから動くんじゃねえ、来んじゃねえ! マジでこいつ殺すぞ!?」
「Ok、やってみな」
「なっ、何っ!?」
「ほら、さっさとしなよ。さもなきゃ痛い目見ンのはそっちだけどね」
そしておれの方も女将と相対する。
「はっははは、早く捨てろってのよ! その頭ブチ抜かれたいの!?」
「応、来なよ。その代わり確実にやりな。弾ァ全て撃ち尽くすんだぜ」
ほんの一瞬が何分にも思える重苦しい空気が辺りを包む。業を煮やした敵二人は冷汗を流しつつも、
「動くなって言ってんだろォッ!!」「なら望み通りくたばりな!!」
と、遂に同時に引金に手をやるが、
「どわぐっ!?」「ぎゃはあっ!?」
決着も同時、刹那の間だった。先刻の五刀の斬撃が今になり壁掛時計を落下させ、男の脳天を襲う。
更に女将の腕にはバチバチと弾ける“電流”が這い、銃の狙いをおれでなく明後日の方へ向けている。
「あががが――なっ何これ腕が!? うっうう動かない――ッッ!?」
夏の風物詩の如く、閃光がおれの手より散らされる。これこそが筋肉の真骨頂にして秘伝の奥義よ。
そう、生き物ってなその身に微力ながら電気を帯びており、筋肉が動くのもその働きによるものだ。
故に、鍛錬に修練を重ねりゃあそいつを飛ばす事で、他者の動きにさえも干渉が出来るって寸法さ。
「畜生ォ! ――きゃあああっ!?」
それでも奴は使い物にならん右腕から左に銃を持ち替え足掻いてみせる。ふん、往生際の悪い事だ。
然しその瞬間乾いた銃声が響き、その手より得物が吹き飛ばされる。
「はは、そんなに乱れないでよお姉さん。そそられちゃうじゃないか」
そこに現れたのは高級背広に身を包んだ長身の男。先刻からの話に出ていた不肖の兄“読山月世”だ。
「よう建に小夜子、お前らもお疲れ」
むっ。何だ、余裕綽々な面して出てきた割にゃ中衣も上着も穴だらけだな。随分手子摺ったもんだ。
「まあな。今まで散々穴に挿れてきた分穴を空けられる、因果応報さ」
「バカ言ってンじゃねっつの。終わったンならさっさと連行よ、ホラ」
五刀が手錠を投げて寄越す。だがその前に拳銃を女将へ突きつけこの人と二人、高らかに言い放つ。
「大月姫香。大人しくお縄につきな」
「同じ白い粉でも、味付けは砂糖だけにしとくんだったね。お姉さん」
「否、ああいう甘ったるい菓子にゃ隠し味に塩も入ってるもんですぜ」
「おっ、そうだな。――同じ白い粉でも、味付けは砂糖と塩くらいにしとくんだったね。お姉さん?」
「あと、あの材料にゃ檸檬果汁や“ほわいときゅらそ”なんかもあるか」
「お姉さん、味付けは砂糖と塩とレ」
言い終えぬ内、程無くしてやって来た応援の警官隊に身柄を引き渡す。良し、これにて一件落着だ。
「じゃ、私この蛙田さんを送るから」
「俺も今から約束だ。報告任せたぜ」
チッ、良い御身分でよ。精々妙な病でも貰わんこったぜ。――そうしてその後、車で署まで戻る頃、
「おっ。こいつぁ風流なこった――」
辺りに吹き荒れていた嵐はすっかり穏やかな夜風へ変わり、空には満月が鮮やかに顔を出していた。