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高原署に神留まり坐す  作者: 公月奏
昔話パート3
44/56

「氷月」

 建速に先陣を、蛭子とロキ殿にその後を任せ進軍し、ついに憎き敵大将(あねうえ)の待つ都へとたどり着いた。


《月読様、お覚悟――ぐお!!》


 ふっ、さてこれよりはこの月読の番である。穢れたる紅陽を喰らい尽くす蒼影が今ここに。さあ開幕よ。酒池肉林、月下の狂宴と洒落こもうか。


『まだ昼真盛りではありませんか。逐一キザったらしいこと。ぷんぷん』


 傍らのヘル殿がぶつぶつと不貞腐れている。圧倒的寡兵であるのにこちらの絶対的優位な戦局により、活躍に恵まれずすこぶる不機嫌のようだ。


《ぐっ、まだまだ!!》


 幼子のように頬を大きく膨らませる様がとても愛らしく、思わずその白く細い顎を摘む。


『……なんですか一体』

『義父上から教わったのだが、払わぬ女子は“えむ”の気質があるらしい』

『ではSとなります。ぱしっ!』

『可愛らしい御方よ。【死の女神】などと物騒なる異名が嘘のようだな』

『あなた様こそ【月を読む】などと哲学的な御名ですから、さぞ理知的で紳士的な方かと思っていましたのに。父様がふたりに増えたようですわ』

『ほう、ではそなたは父のような者が好みか。わたしと言葉を交わす度、この初心なる素振り――。身体は正直のようであるな』


 そう、耳元で囁けば都度ぴくり肩を震わし頬を紅潮させる。長い黒髪に覆われし双丘を眺むれば、頂きに生るその果実が天を衝


『ハイ、それ以上だめ~! 今の発言にはセンシティブな内容が含まれておりまぁす!!』


 やれやれ、お決まりの「齢十八に満たぬ者の閲読を禁ずる」か。この国では十も過ぎれば一人前なのだがな。世知辛いことだ。

 されどますます気に入った。次代の王たるこの(わたし)の妃に相応しき(うつわ)よ。


『だからなに勝手に決めてるのですか! それよりそちらの方、放っておいてよろしいの』


 ヘル殿の示す方へ目をやるとゼェ、ゼェと肩で息をする羽虫の姿がある。フン、先刻からこの蜜月の一時に水を差しおって。まったく目障りな。


『先へは決して行かせませぬ!』

『その有様でか。やめよオモイカネ、老齢の拙き武芸で倒せるほどわたしは弱くはないぞ』

『退けぬものは退けぬのです!』

『姉上を倒したのちはその知を存分に重用してやろう。今ならばまだ赦す、大人しく去れ』

『笑止! 逆賊の甘言に唆されるほど我が魂、忠節は腐っておらぬわ!』


 馬鹿めが、では望み通り滅してくれようか。貴様がいかに策に秀でていようが所詮は我が掌の上よ。


 “シャッ”


 指に挟んだ三本の短刀を背後に投げる、すると「うぐっ!」という叫びが物陰より響く。

 やはりそこにいたかアメノコヤネ。あえて武に劣るオモイカネを使い油断させ時を稼ごうとしたのであろうが、我が慧眼の前には下策も下策よ。


「クッ、看破されておったか!」

「ご懸念召されるなオモイカネ殿、すでに“気”は満ちておりますれば!」


 現れたそやつ、もう一匹の雑魚はそう叫ぶと幾重にも畳まれた奉書紙(ほうしょがみ)を翼のごとく広げ、神妙なる声色で呪い詞を唱え始めた。

 黒の筆字が次第に朱く輝いてゆくのが透けて見える。確かこの者は歌の名手であったな。

 大方我らの動きを封じるか、さもなくば呪い殺す腹づもりか。だがそれも無駄なことよ。


 “ヒュオオオォォォ”


『きゃっ!! ひゃあんっ!!』

『むうっ!? なっ、何だこれは!! “空気”が凍って、吐息まで!?』


 言の葉を乗せ流るる風をも凍てつかせし、我が義父上直伝の【氷の秘術】。自慢の“言霊”とて耳に届かねば折れた矢に同じよ。

 そして念には念をとヘル殿の耳も塞ぎ護っておいた。我が伴侶となりし者の身を危機に晒すなど天地が返ってもならぬゆえな。

 ともかくも万事において貴様らが我が知略の上をゆくは決してなし、終に残るはもの言わぬ氷像のふたつのみよ。フハハハッ!


『あッ、ふぁっ――! ちょっとツキヨミ様! 早くこれ溶かして!!』


 頭を抱え屈みこみ、脚をばたつかせる様もなんと愛らしきことか。望み通り“弱き所”の耳に息を吹きかけ、再び反応を愉しむ。


『あ~、もうばか!!』


 フッ、ちとやり過ぎたか。顎に熾烈な一撃を喰らった拍子に天を仰ぐ。

 ふん、姉上め待っておれ。次は貴様の番よ。そう思った時、喉元のすぐ横をひゅんと何かが掠める。


『ツキヨミ様、それ……血!?』

『ほう、少しずれておれば首と胴が泣き別れとなっておったな。大した手練もいたものだ』


 刃のような何かの飛来せし方を見やると『うふふ』と不敵に笑む、ひとりの女があった。

 この者はアメノウズメだったか。見事な腕よ、あの情けなき男らに爪垢を飲ませてやりたいほどだ。

 我が身を案じてくれる上目遣いに案ずるな、暫し下がっておれと言い、


『避けられたのは殴ってくれたおかげだ。やはりそなたこそ我が女神よ』


 さらにその唇に感謝を伝える。


『……〇♡☆※☾×!?』


 そしてヘル殿は頬を瞬く間に紅蓮に染めると、鼻孔より熱き血潮をぶちまけ無言のまま地に崩れた。

 そう、これでよい。戦のならいとはいえ想い人に血にまみれし闘争などみだりに見せるべきでなし。わたしは眼前の敵を指し高らかに宣言した。


『来いアメノウズメ、言っておくが今のわたしは優しくないぞ。ヘル殿在る限りもはや他の娘はすべて獣、ただの雌も同然ゆえな。手加減はせぬ』

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