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高原署に神留まり坐す  作者: 公月奏
昔話パート3
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「反逆」

一二三(ひぃふぅみぃ)、ざっと十万か。三下共が雁首を揃え御苦労な事だ』

『フフフ、そしてあの兵どももこれよりは余さず、ここ高天原の塵芥と化す。暗君に仕えたばかりに不憫でなりませぬな』

『さらに民を照らすどころか、焦がし尽くさんとする悪しき(あねうえ)など早に滅してやらねばな。このわたしが月に代わり、とくと仕置きしてくれよう』


 広大な蒼穹の色以外になし、見渡す限り荒涼とした平原の、さらに地平線の果てに無数の軍勢が陣を敷く。

 そんな圧倒的物量差、絶対的戦力差にも怯まず鋭き眼光を向け、不敵な笑みすら浮かべてみせる男らの姿もそこにある。


『ひゃ~空気がキレイ。イザヴェルを思い出すわ』

『ちょっと、父様。決戦の前にそんな呑気な――』

『……』


 後方にはさらに、この国のものとは異なる装いに身を包みし異形の影が控える。その中のひとり、堂々沈着なる眼光に反し軽薄なる語り口そのままの童の姿をした者が、


『昔からの夢なの。広野を一旦全部焦土に消してさ、地面を鋼の魔術でどこまでも続く鉄板に変えてさ。世界中から集めた牛とジャガイモで超デカいステーキを焼くの!』


 と無邪気に笑う。


『アースガルズ流、ホワイトソース超増し増しマッシュポテト添えですね! じゅるり――って父様、もう少し緊張感を』

『否、四足では脂が多過ぎるゆえ鶏が良い。加えて頑強なる肉体を造るには鮭、茸、豆等も要よな。全てを一即多に煮込み我が国の誇るコメと頂く、これぞ至高の逸品よ』


『お得意の“筋肉鍋”か。それもよいが大陸由来の“麺”も美味ぞ。チーズクリームをたっぷりと和え、鶏卵を投じる“パスタ・カルボナーラ”がそれはもう頬の落ちるほどだ』

『まあっなんと濃厚なる響き――じゅるり! さすがツキヨミ様、わかっていらっしゃる』

『【氷】の秘術を使うゆえ、こってりしたものを食わねば身の熱量が減ってしまうのでな』

『ではこの戦ののちは、各々好むものを持ち寄った豪勢な宴を開くと致しましょう! ウフフ――じゅるり』

『ふん、贅沢病(とうにょう)にかかっても知らぬぞ。でぶめが』

『ムッ、聞き捨てなりませんねスサノヲ様、この身体はムッチリと呼ぶのです!』


『左様。上から九九、六三、九六といったところか。なんと見事なる造形であらせられましょう。クククッ』

『やだ、ヒルコ様っ。だからと言ってそんな、舐めるように見られては困ります』

『ステーキもよいが、どうせならばわたしは是非とも貴殿の肢体という、極上の肉を賞味仕りたいものだな』

『はあ!? ツキヨミ様、さらりとなんてことを仰るのですかっ!? ばか!!』

『余りし凸と足りぬ凹がぴたり嵌るのは何故だと思う。それは元々そう出来ているからだ。かような美女が目の前におれば、誘わねば無礼千万よ』


『うん、いい機会だから“卒業”させてもらったら? その歳で処女はさすがに恥ずいしね』

『いい加減になさい父様! 実の娘に対して! 超ばか!!』


 かほども緊張感のない掛け合いの中その内のひとり、蛭子と呼ばれた長髪の男がため息をつきつつも笑う。


『やれやれ兄者よ、言葉選びが酷いにも程がありますぞ。それでは我らが父のことをとやかく言えますまい』

『ふん、そんな者は知らぬな。わたしの父はこの御方だけだ。後にも先にも、な』


 そして月読という名の者が、先刻とは打って変わった神妙なる様で応じ、


『この戦終わらば、あなた様仕込のパスタに葡萄酒を是非とも頂きたいものです。義父上』


 と微笑んでみせ、その視線の先にいる未だ物言わぬ美丈夫もまた一瞬唇を綻ばせたのち、


『戦力は十二分よ。策などいらぬ。方法も問わぬ。各々の望むままにせよ』


 と周囲に命ずる。


『あっスルーしやがったよこの堅物。ノリが悪いね、アンタと同じクソ真面目で』

『父様がクソばか過ぎるだけですわ』


 そして、ようやく口を開いたその男は「建速よ」とさらに言葉を続ける。


『先陣はそなただ。その一騎当千の力を存分に振るうがよい』

『任されよ。だが千などと見くびって貰っては困るな。我が武は“一騎当億”よ! その眼でしかと照覧あれ』


『蛭子とロキは建速に続き、戦場をひたすらかき乱せ。ただし恐怖を与えるのみだ。無益なる殺生は控えよ』

『フフ、委細承知! 全身全霊を尽くしましょう』

『任しといて~ん♪ 嫌がらせと大騒ぎでアタシの右に出るやつはいないからね!』


『ちょっと、父様! この地はツキヨミ様たちのものとなるのですから、やり過ぎは――』

『構わぬよ、ヘル殿。創り直し易く、この国は一度徹底的に壊してやるべきだ。何なら“極東のニブルヘイム”と称されるほど、完膚なきまでにな』


 その冷酷な笑みを、義父と称された男が制する。


『ならぬ。生ける命すべてが満ち足りし理想郷を築き、散った魂らの慰めが為、未来永劫安らかなる楽園を造る。それが王たる者の責務だ、月読』

『はっ』

『そなたの治める国があの兵たちの屍の上に成り立つことを、ゆめゆめ忘れるな』

『はっ』

『陽に代わり民を導く光となるのだ。闇を照らす標たる“月”の名を誇りとせよ。次代を担う者の自覚を持て』

『はっ。ですが義父上には敵いますまい。“ルシファー”――その御名は“光もたらす者”の意と存じますゆえ』

『フッ。私は天に唾した逆賊、志半ばに砕けた星の砂に過ぎぬ。今も昔も身の程を弁えず、正しき光に拙く抗うことの他はできぬ邪なる影よ。こんな背は追ってくれるな』

『……』

『私という愚者を後に生まぬ泰平を為す、そこまでが反逆である。とくと心得よ』

「はっ――しかと」


 握った拳を胸に置く月読に背を向けて、ルシファーと呼ばれた男は眼前の軍勢を指して高らかに宣言した。


『これよりが倭国変革の刻! 尊き子ら、月読よ蛭子よ建速よ! 折れぬ矢となり次代に翔べ、古き軛を今こそ射抜け!』


 そして各々が力の限り叫び、猛る。


『この武勇に然と刮目せよ! 我こそはスサノヲ、天を斬る雷鳴にして海を裂く烈風也!』

『フフフ、ハハハ! この日を待ちわびましたぞ姉上(ヒルメ)。我ら“三貴子”の報復の三倍ならぬ三乗返し、いざお愉しみあれ!』

『もう光に隠れる日陰者などとは呼ばせぬ。わたしは今こそ陽を喰らう月となろう。明の星たる義父上をも超えてゆく!』

『殴る斬る撃つ殺す、どれがいいかな? み~んなこのロキの前に跪け!』


 いざ反逆――高天原蹂躙戦、開幕!



* * *



(そう――怨嗟の連鎖、捨てられぬサガゆえに底知れたる器、所詮は同じことのくり返し。逃れ得ぬ因果、離れゆく天運――これこそが我が定め)

(この手で滅し、最後に残りし父なる世と母なる空の一欠片。お前の息子に治めさせてやりたいと願うは贖罪か、独善か)

(間もなく迎えしのちのその刻に、この子は何を感じ取ってくれるだろうか。ともに向こうで見守るとしよう――ナミよ)

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