「序幕ノ弐 ~静カナル嵐・月下ノ蛇」
「はいよっと。早速“Ton 80”ゲットね」
「お? 何だいそりゃあ、凄ェのか?」
「最高点の取り方よ。はいまたTon 80」
「真ん中じゃねえのにか。妙な遊戯だ」
「17トリプル、20ダブルからのブル。はい、0-495で私の勝ち」
あ? 零で上がりたぁどんな理屈だ。昨今の連中は可笑しな遊びばかりしやがるな。射的なら流鏑馬でよかろうがよ。
尤も今やそれ等古来の流儀もとんと衰亡し、拝めるのは精々年一度催す神事の時位だと云う。嗚呼嘆かわしい限りだ。
「アンタもいい加減時代を受け入れな。元号も変わったンだし」
“同輩”が“きゅう”とか何だとか称する棒を構えて長机の前で腰を折る。チッ、球遊びならば蹴鞠で事足りるだろうが。
「9ダーツにブレイクエース!? あの女の人、プロかな!?」
「いや、男のほうのがすごくね。6投全部“1”とか天才っしょ!」
「プッ。ちょっと、聞こえるよ――!」
ふん、聞こえてらあ。それに何だこの“びりやーど”ってのも。目当ての球を直ぐ狙えんたぁ回りくどいにも程がある。
これも奴さんにぴったりだ。“過程を愉しむ”やら“突いて堕とす”だの、正にあの女口説きと淫らな腰使いそのものよ。
「お客様、そろそろご注文の方を……」
「ごめんママ、遊びすぎちゃった。私、ストロベリーサンデー」
県内某所の地下酒場にて。さる理由でこんな欧米気触れも甚だしい処に来る羽目になり、更に余計なのも一緒ときた。
やはりこんな対面席に椅子という酒の場は好かん。畳の上で茶の湯を供に、独り静かに和歌や俳句に興じるに限らぁ。
添え物にしても、まるで水葬が如く花瓶に活けられた得体の知れん渡来種でなく、外に踊る桜の生きた舞を眺めてな。
「飲み物は“スネークインザグラス”ね」
そもそも日本人ならば清酒か焼酎や、でなくば梅酒にどぶろくだろうが。ハイカラと面妖を履き違えてくれやがって。
全く、逐一外来語にせねば気が済まんのならせめて、おれにも解る永ちゃんのウイスキー・コークにでもするがいい。
「お連れ様の方は、いかが致します?」
心中で毒づくおれに、名札に“大月”と記された女将が尋ねる。
「応、今決めるよ。所で姐さんはオオツキさんって云うのかい」
「いえ、これ“オオゲツ”って読むんですよ。珍しいでしょう?」
「へえ、おれのはこう書くんだよ。“佐能素男”――読めっかい」
「うーん。“サノウモトオ”さんかな?」
「残念、サノさ。判り易く野っ原の“野”でなくてどうも悪ィな」
「いえ、神話のスサノオ様みたいで格好いいですよ。うふふふ」
「そうかい? そりゃ嬉しい事言ってくれるな。はははははは」
「――ところでご注文は、まだですか」
「おっと済まねえな。“稲田姫”貰うぜ」
此方が注文するのを受け先刻おれを笑いやがった男女も続く。
「何だか今日は変わった名前の人が集まるね。私も“蛙田”だし」
「それよりよ、俺来月は勝負かけるぜ。唯菜、いくら使える?」
「えっ。いや、でももう風俗辞めたし、お金はそんなには――」
「その割にここ通う余裕はあんだな?」
「ごっ、ごめんね。なんか最近来ないと落ちつかなくてさ――」
“兆候”が出ているな――やれやれ今日来て正解だった。あんな阿呆でも飲食店に食い物にされては笑い話にもならん。
そう、先刻から厭に胸が悪い。其れは今宵も鼻の曲がる程の悪意が臭って仕方ねえからだ。早に片付けるに限らぁな。
持参した缶珈琲を喫しつつ思索していると、やがて席に“すねーく何とか”と白い某なる菓子に、おれの分も置かれる。
「――持ち込みはご遠慮願えますか?」
「おっと、そりゃあどうも悪かったな」
「今日はもう、お仕事終わりですか?」
「否、それが生憎これからなモンでね」
「えっ……飲んで大丈夫なんですか?」
「平気さ。飲むつもりゃあねえからな」
「は?」
「“黄泉戸喫”って知ってっか。如何わしい処の物を喰らうと禍いが起こるんだ。此処の酒より販売機のこいつで充分さ」
「――さっきから何なんですかあなた。営業妨害は困ります!」
喚き散らす女将をよそに、同輩から火の点いた煙草を借りて熱を移す。煙を吐く行為が同調し甘い芳香が二重に漂う。
「ちょっと!! ウチ禁煙ですよ!!」
ふん、ガラム位ェ好きに吸わせろというものだぜ。おれ等のような愛煙家は言ってみりゃあ高額納税者なんだからな。
「それには同感ねェ。おちおちブラックデビルも吸えないしさ」
「あなたまで! 一体何なんです!?」
「ごめんねママ。でも犯罪のニオイよりマシでしょ。近頃若い女の行方不明が相次いでる――組織的人身売買よりはさ」
「……」
「犠牲者は皆ここの常連で、その中のひとりは失踪直前から体調を相当崩しながらも、ここへは毎日通ってたンだって」
「手を離してくれませんか――お客様」
「話変わるけど、私も結構変わった苗字でね。ハイこれ身分証」
“特別司法警察員身分証明証 高原署第一捜査課 五刀小夜子”
革の帳面を見せられ白い顔が次は蒼くなる。そして同輩が眼前の水果に煙草を突き入れ、付着した泡を舐めて言う。
「やっぱ私のに入ってたね。エンジェルマッドにダストカクテルでも混ぜた? この絶妙な配合、リピ率スゴイわけだ」
そう通告した刹那、女将は脱兎の如く店の奥へと駆け出した。
「ちくしょう! こいつらサツか!?」
直後、女将の消えた扉と出入口の双方からおれ達を挟むようにチンピラ共が現れる。ふう、随分と待たせてくれたぜ。
「さあ行くよサノさん。倒した人数少ない方の奢りってことで」
「応よ。的当じゃ敗けた分こっちで精々吠え面かかせてやらぁ」