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高原署に神留まり坐す  作者: 公月奏
昔話パート2
32/56

「宿縁」弐

《精々気をつけよ。こうなってしまっては前ほど優しくはない》


 “なっ、何だっ。これがやつの、まことの姿なのか”

 “ひいいっ!!”


『うっ、狼狽えるな。民が為にも討ち果たさねばならぬのだ。今こそ我らが志を思い出せ!』


 連麻呂の鼓舞も虚しく兵らは、仮初の姿を捨てた谷津神の暴威の前に、次々と路傍の塵芥と化した。

 ある者は頭から噛み砕かれ、ある者はその吐き出した骨肉の砲弾で身を貫かれ、ある者は尾の一振りで胴を二ツに断たれ――

 八十ほど集った兵は刹那のうちにその一割ほどとなった。そしてその様を遠くより見やるふたつの影が、再び森中に企てを響かせ合う。


『チッ、糞ったれの小娘が。思ったよりやりやがンぜ』

『御無礼ながら、遠呂智殿。やはり少々甘い処遇では』

『そうだな。どうせ闘うとしても、国造どもに無様なる敗北を喫した方が愉快ってなモノか』

『ええ、私もそれがよいと存じます』

『そしてその悪しき名を残すに別段生きている必要もなし、か』

『では、お次はこの私めがひと肌脱がせて頂くと致しましょう』

『クク、頼むぜ蛭子よ』

『フフ、仰せのままに』


 男たちのうちひとりが、火桜舞う星河の中に流るる影を一筋走らせる。静かなる黒き星が暗躍に臨む一方谷津神は、


《さて、ようやくそなたの番じゃな》


 と画()点睛、ひとり残されし標的へ宿願を果たすべく、その憎悪の牙を今まさに突き立て喰らいつかんとしていた。

 対する連麻呂は傷を庇い跪くのみ、まさに蛇に睨まれし蛙と形容する他なき有様であった。

 長大な舌に巻かれ為す術もなく宙吊りとされ、眼下より迫り来る深淵の底に今にも沈まんとする――


『クッ!! 無念――』


 だがその時であった。月に照らされた何かがまるで流星のごとく滑空し、


《グア!? アッ――》


 谷津神の頭を横薙ぎに一閃、双角の片割れを砕いた。


《ガア、アアッッ!!》


 蛇の力の源たるは角、それを喪った谷津神は瞬く間にヒトの姿に戻り地へ投げ出される。連麻呂も同様に、解放された拍子に頭を強く打ち気を失ってしまう。


「さあ、今が好機ぞ! 早にやつめの首を獲るのだ!」


 颯爽と現れし姿が連麻呂に代わり高らかに言う。その者こそ、先刻の“蛭子”と称されし男であった。


『我こそは蛭子(エビス)。かの天照大神が兄弟にして“尊き日の御子”なり! 貴殿らに助力致そうぞ』


 誰も彼もが死に絶え、猫も杓子も望みを捨てたのちの一転攻勢。それは数少なき兵らの、雀の涙ほどの士気を盛り返すには充分過ぎた。


『放て! 蛇めを今こそ滅ぼせ!!』


 号令を受け、残された兵らが一様に次々と弓を引き絞る。それらが一本、また一本と地に伏す蛇姫の身を刺し貫く。


『ウオアアアッッ!!』

『まだ足りぬ射れ、まだ討てぬ撃て! 娘の姿とてあやつはかの大蛇、全身全霊でかかれ!』

『グガアアアッッ!! 貴様――!! 蛭子ォッ!!』


 横殴りの嵐が無慈悲に勢いを増す。脆く弱いヒトの形で傷を受け過ぎた。もはや指一本動かせない。


『大義であった。とどめは任せよ、みな刮目して見よ』


 血にまみれし蛇姫の首を、男が鷲掴み木に磔とする。


『蛭子ォ……おのれ、おのれっ!!』

『良い様だ蛇姫よ、墓標はそなたの刃で拵えてやろう』


 哀れ、その命は無情にも志半ばで潰えようとしていた。心通わせし者を奪った仇敵に、然るべき報復も叶わぬまま。


『ふははは! 成程“日る子”からの【日の御子】か。ものは言いようよな』


 しかし、まさに首と胴の別れようとしたその刹那、何処からか声が響く。


『誰ぞ、姿を見せよ!』

『エビス様、あそこに御座います!』


 兵の指す先には、大木の頂きにてこちらを見下ろすひとりの男があった。


『あ、新手の妖か!?』

『構わぬ! 射殺せ!』


 矢が一斉にそこへ向かう。しかしただの一本たりとも命中せず、空気ごと凍りついたかのように白く宙に静止する。

 そして戯れのように男が指で弾く度、それら矢であったはずのモノは音もなく砕け散り風に吹かれゆく。その情景はまるで、季節外れの粉雪のようであった。


『し損じたあやつめを追って、かような処まで来てみればうら若き娘を多勢に無勢に手込めとな。恥を知れ屑どもが』


 男はそう言ったかと思うと、その姿をふと霧氷のように消し去った。一体何が起きたのか。

 蛭子の気づく頃には兵らは余さず倒れ、磔刑を下すはずだった姫もそこにはおらず慌てて横を見た向こう、先刻の男の腕の中にあった。莫迦な、いつの間に。


『ただのひとりでよく闘ったな娘よ。妖と謗られ日陰に堕ちようと己が義を貫く志、気に入ったぞ。このわたしが力を貸そう』


 もの言わぬ姫をそっと下ろしてこちらへと振り向いてみせる。先刻は月明かりでよく見えなかったが、その顔には確かに覚えがあった。


『そして憎き遠呂智と通ずる貴様とここでまみえるとは何たる幸運か、笑いが止まらぬよ。なあ蛭子』

『きっ、貴様は』


 ――月読ッ!!

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