「不死」
「ところでいいのか。死に装束が下着一枚だけで」
「ええよ。動きやすいし、死ぬんはアンタやしね」
「初夏とはいえ夜中だぜ。まだまだ寒いと思うが」
「ウフッ。そう思うなら、ハグで温っためてや♡」
アワシマが少女のような笑みで駆け寄ってくる。その顔にただ黙って愛銃を2回撃つ。
「あうっ!!」
倒れ込んでもなおブチ込み続け、その度噴き出す血がパールホワイトの下着を赤黒く染める。2mほどまで近づく頃にはピクリともしなくなったが、念のためもう3発と。
「もう終わりか? すぐイク女は嫌いじゃないが」
遠い間柄じゃないし死に水でも取ってやるかと顔をのぞく。開かれた瞳孔、締まりない口、額の風穴から血がだらり流れている。
死んだか――まあ当然だがな。俺に似てさしもの美形もこれでは路地裏のホームレスとそう大差ない。やはり美醜というのは生あってこそだな。
「ウフ」
その時だった。死んでいたはずの顔が不気味に笑い出し、同時に右脚の蹴りが俺の手首を鋭く打つ。
「フフ! 調子に乗ったら負けって何回言わすん」
「何ッ! 急所だぞ!?」
起き上がり、俺の手から離れ宙を舞う銃を器用につかむとやつはそのままこちらを撃ってきた。とっさにガードするも弾は掌を易々と撃ち抜き、額を無情に一直線貫く。
「グハッ――」
「ウフフフッ」
アワシマの嘲笑と貫通した弾が後方の電信柱か何かに当たる。その音を最後に目の前が暗闇となり、
「ふうっ――」
再び明るい視界が戻る。
「恥ずかしながら帰って参りました――ってな!」
「――ッ!?」
まさか倒れず反撃してくるとは思わなかっただろう、その隙へ同じようにこの長い脚での蹴りで銃を叩き落とす。
「痛ったァ! ツキヨ、アンタ……まさかっ!?」
「俺から銃を取り上げるとは大したものだ。徒手空拳の方はどうかな」
「なめるんやないで!! 今度こそ殺ったら!!」
そう言った身体が小さく跳ねたのち宙で一回転、踵落としの二連撃がこっちの頭へ戦斧のごとく振り下ろされる。
「うぐっ!!」
なんという素早さとキレだ。回避など追いつかず俺にできたことは再び、両腕での防御に留まった。
「クォッ!!」
一撃、二撃。受け切ってみせたが相当な重さだ。しかし痛みに顔をしかめる間もなく次が襲い来る。喉目がけた後ろ回し蹴りだ。
さすがにこれは喰らうわけにいかない。首をへし折るどころか切断してしまうだろう圧、いや烈だ。
スウェーで何とかかわし、刹那の隙を見逃さずやつの頬から顎にかけてのカウンター、右ストレートを浴びせる。
「あぐっ!!」
俺は身長196で、アワシマは-30ほど。その差で首を狩るには、跳躍から着地まで時間を要するのが仇となった。
殴った際親指を目に突っ込み、視覚へのダメージを与えとくのも忘れない。そして倒れるより速く鼻っ柱に膝蹴りをぶち当てる。
「がはっ!!」
さらにはみぞおち狙い、再び自慢の脚でのハイキックをお見舞いだ。
「ぐぼっ!!」
赤にむせぶ濁った悲鳴。渾身の一撃をモロに受けた身体がサッカーボールのように飛んでいく。あとは地面かそこらの建物にでも
「ええ加減にせえやドアホ!! ボテくりこかしまわしてさらにコレシバき倒したろかいコラァ!!」
叩きつけられるはずの身体がなんと空中で一回転、そのままきれいに着地した。何だ今の、まるでアクションゲームの空中受け身みたいなのは。
そもそもさっきから的確に急所を狙ってるんだぞ。どれだけ身体能力が優れてても痛みとショックでこんな動きのできるはずは
「赤猫這わしてエンコ詰めさしてさらにコレいてこましたるわイチビリヤロォォッ!!」
などと考える暇もなく、やつは力強くもしなやかなステップで30mはあった距離を一気に詰めてきた。まるでドラゴンボールだ。
“グシャッ!”
そうして突き出したその拳が俺の胸をプリンみたく抉り削り穿ち、深々と刺し貫く。今度は心臓か。チッ、さっきから痛いって。
吐いた血の降り注ぐ先にはちょうどやつの顔があり、頬に付着した赤色を舐め取って、
「戻してやらんとねっ♡」
抜いた腕を今度は俺の首に回し、身体をぶら下げるようにしがみつくと、その舌を唇に無理やりねじ込んできた。
「ぐっ――!」
さっきとは大違い、興奮もムードも何もあったものじゃないキスだ。俺がオオゲツにやったように猛毒でも仕込む気か? しかしそうはいくか。
「――ががっ!! あ痛たたただだだ!! だだだだだだだだだ!!」
侵入する“それ”に万力のように、獲物を狙う鮫みたく食らいつく。がっちりと挟んだ歯をノコギリのごとく左右小刻みに動かし、
「痛だいあわわ痛だいやめてがばばばわわわうぇあわわわッ――!!」
やがて喉奥に広がる生臭いフレーバーも意に介さず、そのまま一気に噛みちぎった!!
「痛だぁぁぁぁぁぁッッ!! あがががああああああ~~~~ッ!!」
クチャクチャ、ペッ。まあさすがに食うまではしない。牛タンですら俺は嫌いだしな。
「ガハアアッ!! こらツキヨォ!! さっきからエゲツない真似ばっかしくさって!! どこがフェミニストなんやワレェ!!」
「俺が愛してるのは“女性”だからいいんだよ。ゴキブリや蚊をつぶすのにオスかメスかなんて逐一気にしないだろ」
「気にするわ!! つぶしたら卵飛び散ってえらいことになるしそもそも血を吸うのはメスだけやクソッタレ!!」
しかし一体全体何だってんだ。こんな重傷では話すことなどできないはずなのに、やつは俺に人差し指突きつけて文句垂れる元気がありやがる。
マーライオンのような激しい吐血もどういうわけか少しずつ減っていき、ついには蛇口をひねったようにピタリ止まった始末だ。
「この痛み、倍返しじゃすまないでェ。乗返しや」
と俺をにらむその顔からも、出血や腫れ跡がきれいさっぱり消失してる。眉間に作ってやったはずの第三の目と鼻孔も元通りだ。
「お前不死身かよ? どうなってんだ、その身体」
「それはこっちの台詞や。毒盛って脳ミソぶち抜いて心臓突き刺してやったのに、なんでそんなピンピンしとんの」
「いいだろう、なら先に教えてやるよ。――“変若水”さ。この身にはそいつが流れてる」