「死闘」弐
一直線に吹き飛ぶヒルコに持てる力すべてで追撃する。両手に構えたポールで袈裟、左薙ぎ、逆袈裟の左右二連ののち唐竹割り!
剣術の九方向の振りを順番に叩き込み締めの“逆風”で再び空中に打ち上げ、最後はその首にしかと狙いを定めて一閃に振り抜く!
「根の国までホームランになりな!!」
頭を飛ばしてやればさすがに生きてはいられまい。さあ終わりだ!
「おっと!? ははは、惜しい惜しい」
しかしその手応えも急に失われる。横薙ぎの一撃は野郎に届くことなく、片手で受け止められてしまっていた。
やつの軽やかな着地と同時、どういうわけかポールの握られた部分が急速に錆びてゆき、なんと最後はぽきりと折れてしまった。
「ぐふあっ!!」
先端プレートが転がる乾いた音が虚しく響く。一体何がと考える暇もなく逆にやつに首の根をつかまれ、近くの壁に磔とされる。
「生物の構成物質で最も多くを占めるのが“水”です。血液や栄養素を循環させる働きはすべて水によるものです」
そしてヒルコは空いた左手でまたまた懐から次のグラサンを取り出し、私の首を握る力を少しずつ強めてゆく。
「よって“血流をも自在に操れれば”銃弾をいくら撃ち込まれようとも致命傷には至らず、逆に体外に射出も可能」
「クソ野郎ッ、何を言って――っ!!」
「当然治癒力も劇的に強化されるため、身体組織がどれだけ損傷しても即座に修復できる」
「離せ――!! このド腐れがあ!!」
「あとは痛覚を特殊な薬で抑えれば不死身の肉体の出来上がり。傷を受けるそばから治る私を殺すことはできないというわけです」
うう、くっ――。妙な感覚が全身を襲う。つかまれたところ、首から胸にかけてが猛烈な汗のように濡れている。何だ、これは。
「このように水は恵みであり、同時に形あるものを滅する呪いでもあります。無機物を錆びさせ有機物を溶かしてしまうようにね」
何だと。じゃあこれは私の皮膚が溶けてるというのか。首から滴る液体が胸を伝い、服の中に入り込んでくる。
「首が飛ぶのはあなたの方ですねェ。しかし思っていたよりもずっと楽しかったですよ。それではごきげんよう」
首をねじ切られる――ここまでか。志も達せず無念に散るのか――そう思った時だった。
「たわばっ!!」
聞き覚えのある爆音とともに、横方向からやって来た一筋の閃光。
それはものすごい速さでヒルコに激突してその身体を一直線、派手に吹き飛ばしたのだ!
「遅くなった。よく頑張ったな小夜子」
絶体絶命の私の前に現れたのは他でもない、大型バイクにまたがったヨミさんだった。フフフ……来るのが遅過ぎンだってのよ。
「ようヒルコ。“妹”が世話になったな」
「ツキヨ……! 何ですか、ずいぶん“早かった”ですねェ。さすがのあなたももう衰えるような歳なんですかね」
「“日本全国竿姉妹計画”には回転率も重要でな。丁寧に相手するばかりが能じゃないのさ」
ふう、開口一番ろくでもないことしか言わない平常運転ぶりだけど今は勘弁してやるか。
ふふ、ついでにさっき牛丼屋でしこたま飲んで騒いでから間もない酒酔い運転の方もね。
「地面にキスしてろという言葉があるがそんな程度じゃ済まさんぞ。アスファルトとセックスする覚悟をしとけ」