「激昂」
「こんな所でどうしたんです。“玉造”のお家がなくなっちゃって、こっちの玉造に引越ですか」
吐き気を催すほどゲロ以下の臭いのプンプンする、底なしの邪悪さを感じさせる笑みで見下ろしてくるこの男。
ああ、何年経とうと忘れもしない。血液が沸騰し逆流するかのような怒りが全身を支配する。
「ヒィルゥコォッ!! このクソ野郎ォッ!!」
喰いちぎってやろうと左足首に噛みかかるが、空いた右足で帽子ごと頭を踏み押さえられる。
「下品な言葉はおやめなさい。育ちだけはまあまあ良いんですから。田舎者にしてはですがね」
「うぐぐッ!」
「まあ地に堕ちた名族の末路にはお似合いですか。せめてもの情けに引導を渡してあげますよ」
させるか! 銃を握る野郎の手に束ねた自分の髪を鞭のように叩きつけ、狙いを逸らさせる。
そして起き上がると同時、私は宙を舞う銃を左手で取り右に自分のを構え、眼前の腐れ外道の額と胸のそれぞれに突きつけた。
「地に堕ちた? No! 降りてきたのよ!!」
「あっ、あら? ちょ、話せばわかりま――!」
白々しく両手を上げるが気にするものか、迷いなく零距離から一心不乱に二挺の引き金を絞る。何度も何度も。
「うあああ!! ああああああッッッ――!!」
放たれる弾がやつのクッソださいグラサンを真っ二ツにブチ割る。
冷蔵庫の余りもので作られたような面に第三の目と鼻の穴ができてくが、なおも鉛の嵐を浴びせ続ける。何度も何度も何度も。
「ああああああアアアアアアぁぁぁぁぁぁ!!」
返り血で服と帽子が汚れ脳漿が雨のように降り注ぐが、まったく意に介さず轟音を響かせ続ける。何度も何度も何度も何度も。
「――ひでぶ」
ちょうどどちらも撃ち尽くすとやつは軒先のボロ雑巾のように崩れ落ちた。
そんな、持ち主の価値よりよっぽど高級そうなアウターも台無しだが、ボトムスはまだ原型を留めてるから中途半端はだめだ。
愛銃キングコブラに弾を込め直すと今度は下半身を狙い遮二無二、再びの弾丸を見舞った。何度も何度も何度も何度も何度も。
「終わりだ、死ね、逝け去れ消えろ失せろ滅びろ爆ぜろ壊れろ堕ちろ裂けろ砕けろ、ここで来世の分も全部置いてくたばれ!!」
引き金の絞り過ぎで指先がチリチリする。ひたすら呪詛を吐き口の中はカラカラだ。仇が蜂の巣になるのを視て目の奥が熱い。
「ハァ、ハァ」
だが不思議なことに頭はビビッドレッド一色なのに、心はパステルブルーそのものだ。我ながら極めて冷静に弾丸を込め直す。
まだまだ、もっと撃てる。そして時計もいいのみたいだな。けどもう時間が見れないようにたたっ壊してやる。
その顔面の方を徹底的に念入りに綺麗さっぱり跡形もなく。何度も……何度も、何度も。何度も! 何度も!!
「……」
何発薬莢を落としたのか。溜息ののち顔をハンカチで拭い髪をかき上げる。
ついでに根の国への餞別にくれてやろうかと、元の柄がわからなくなるほど赤く染まったそれを、打ち覆いとして放り被せる。
「フフ、やってくれますね。おかげでプラダのコートがボロボロだ」
その時だった。不気味な笑い声とともに横たわる腕が突如動き出し、ハンカチを払い落とす。
ヒルコ、だったかどうかも判別できないくらいにしてやったはずのそれは突然、かつ悠々と立ち上がってきた。
依然全身を染めるつぶれたトマト色はそのままだが、あれだけ削り穿ち抉ってやった傷自体はまるで最初からなかったようだ。
「ちょっと失礼。――うっぷ、おふっ。うごぉっ! あごぉっ!!」
野郎がその辺の下品なオッサンのように咳き込み、路に何やら吐き捨てる。
コロコロと乾いた音を立てるそれは、私がさっきからしこたまぶち込んでやっていたはずのマグナム弾だった。
「まだだいぶ残留していますねぇ、誰かさんのせいで。あなたのこと育ちはいいと言いましたが、訂正しますよ」
「うん、確かに今のあの辺は下品なヤンキーも多いし何より、全国魅力度ワースト1の不名誉を誇ってンからね」
「……あまり驚かないのですね。あれだけ荒っぽいことをしてずいぶんと冷静でいらっしゃる」
これで何度目か、弾を込め直し銃口を向ける。
「むしろ嬉しいくらいだわ、まだまだテメェをブチのめせンだからさ。八つ裂きならぬ八百万裂きにしてやンよ」
「おお怖い怖い、蛇にも逆鱗があったとはねぇ」
「生憎そンなのはとっくに剥がれてンのよね。さあ第2ラウンドよ」