「凶襲」
現在は19時。束の間の憩いの松江観光も終わり、最後に派手に飲み食いし一日を締める――
ってのには賛成だけど私たちは今なぜだか、全国どこにでもありふれたチェーン店にいる。
夜は温泉街に泊まるわけだからネットにも載ってる“若〇寿し”あたりを期待してたのに、なぜ島根に来てまで牛丼屋なンだろう。
「手前ェ五刀、莫迦抜かすない! 高蛋白と糖質の均衡の美事さ! 筋肉の友だろうが!!」
「その通りだ、安い早い美味い、薄給な俺たち公僕の財布にも優しい至高にして珠玉のメニューだぞ!! 牛丼に謝れ小夜子!!」
「そうですよ、牛丼美味しいじゃないですかさよちゃんさん! 紅生姜も使い放題だし!!」
うう、なんで私が悪者になってンの? もっともこの面子でンなとこ行った日にゃ、会計が目玉の飛び出る額になりそうだけど。
やがて女性店員が来て「あのうお客様……これで3杯めですが大丈夫ですか?」と、非常に迷惑そうなトーンと顔で尋ねてくる。
「応よ、心配すんな。前もきんぐ十三杯に、卵は九十六個食えた」
「そりゃすごいなあ。給料日前の俺でもそこまでは無理だろうな」
「ん? ――おい姐サンよ、大分化粧臭ェぞ。飯が不味くなるから控えてくれや」
「上から86、63、87か。お姉さんシフトいつまで? 明日の予定はどうだい?」
左からはいちゃもん、右からはセクハラを受け店員が足早に逃げていく。ったく、その特技を普段からもっと仕事に役立てろよ。
「おふたりは目と鼻がいいんですね?」
「ああ。この視力は顕微鏡並み、建の鼻は警察犬顔負けさ。だから僕らはうちの鬼部長、草薙の【右目】と【鼻】って呼ばれてる」
「へえ、ってことは【左目】の方も?」
「うん、僕らは5――いや3つ子で、一番上の姉がそれだね。まあ雲の上のエリート様だから、一緒に仕事することはほぼないけど」
ったくヨミさんめ、酔ってるせいか他言すべきでないことまでべらべらと。これでよく国防の仕事が務まってるよ。
「いた、読山さん!」「月世サマ~♡」
とまあそんな下らない話をしてると若い女性のふたり組が来店してくるやいなや、黄色い声をあげまっすぐこちらに歩いてくる。
「待ってたよ君たち、それじゃ早速行こうか! ではではお前ら、またあとでな」
ンで両手に花で店を出て行く。なるほど今度は3Pですか、本当お盛んなこって。
「えっ。さんぴー、って何ですか??」
「稲ちんさ、それわざとやってない?」
それにしてもさっき温泉街で狙われたばかりだってのに、舞い戻って呑気にお楽しみなンてあまりに危険すぎるよ。
まあ今晩の宿は混浴らしいからそこはどうあっても譲れないってのかね。どうせキャンセル料も払えないだろうし。
何にせよ徹頭徹尾下半身に忠実に生きる姿勢、サノさんが脳まで筋肉ならばあいつはイチモツそのものが脳なンだろな、きっと。
「さて会計は――4人分で16,070円ね」
「あっ兄貴様の野郎め畜生、逃げられた! ごっご、五刀よ。金持ってっか??」
「モチロンよござんすとも。だけど私10日10割だから、そこンとこよろしくね?」
そして店を出たあと、サノさんの運転で改めて温泉街を目指す。
窓から流れ込む夜風が心地よく、やっと温泉で旅の疲れを洗い流せるかと思うと唇も緩む。タマツクリって言葉の響きもいいし。
「そういやおめえも玉造って処の出だよな。里帰りはしてんのか」
思わず漏れた独り言を聞かれてたようだ。フン、余計なお世話よ。どうせ、今さら帰っても誰もいないンだからさ。
――やがて、そろそろ降りて宿まで歩くかとなって、少し先の路肩へと速度を落としながら進んだ、その時だった。
「フフ」
電柱の影から男がひとり、突然おどり出てきたのだ。ブレーキが間に合わない!
と皆考えただろうが不思議なことに、ぶつかる寸前でなぜかぴたりと止まった。
「フフフ」
いや違う、車体が少しずつ傾いてく。これは、すごい力で“止められてる”のか。
「フフフフ」
ライトに浮かぶ、夜だというのにサングラスをかけた不気味な笑み。そいつが拳でガラスを破り、車内に何かを放り込んでくる。
「爆弾ッ!! おめえ等早く出ろ!!」
――。
全身に熱さと激痛が走る。くっ、一瞬激しい光の中に消えた視界もだんだん戻ってきたが、どうも様子がおかしい。
これは、車が転覆してるのか。爆発と叩きつけられた衝撃でメチャメチャにひしゃげた窓から何とか外に這い出る。
「どうもこんばんは。フフフフフ――」
見上げるとさっきの男が匍匐前進する私の前に立っていた。即座にストッキングから銃を抜くも、右手を踏まれ阻まれてしまう。
「お久しぶりですね、行方のご息女よ。早くもサヨウナラですが」
こいつは、この顔は、テメェは――!! ああ、忘れもしない。
「“ヒルコ”ッッ!!」
 




