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高原署に神留まり坐す  作者: 公月奏
現代パート2
21/56

「真相」

「え~、ではひとつ小話を。“ヤマタノオロチ伝説”はもちろん知ってるよね?」


 そう、英雄スサノヲが大蛇を酒に酔わせて見事退治し、救い出したイナダヒメと結ばれたというあまりに有名な言い伝えだ。

 勇気あふれるスサノヲの伝承は遥かな時を経た現在も、島根だけでなく様々な地方の氏神様として多くの信仰を集めている。

 一方で、ツキヨミという神のことは知っているだろうか。日本神話の始祖であるイザナギの子供ら【三貴子(みはしらのうずのみこ)】。その一柱だ。

 こちらもメジャーなのでわかる人も多いだろうが、ではそのツキヨミが一体何をしたのか、そこまで理解しているだろうか。


「よく知らないって? ああ、それもそのはずだろうね――」


 そう、ツキヨミは名前こそ有名な反面、逸話らしい逸話がほとんど存在せずまさに、夜そのもののように謎に包まれている。

 そこで結論から述べると、ツキヨミの伝説は残っていないのではなく自らの手であえて消し去った――のだ。

 オオゲツヒメをはじめ気に入らぬ者は容赦なく殺める冷酷さと、何より底知れぬ野心をイザナギはかねてより危惧していた。

 そこで代わりに世の実権をすべてアマテラスに委ねるも、ツキヨミはそれを不服とし弟であるスサノヲを唆し反逆を企てた。


「しかし結果は失敗、あえなく敗れ去り下界へ追放された。さて――前置きが長くなったね」


 そう、どんな物語においても事実とは異なる脚色がされているものだ。そこでこれより話すのは冒頭の伝承の“真相”となる。

 オロチから姫を守るべく神が助けに現れるという導入は変わらないが、そこにはスサノヲだけでなくツキヨミの姿もあった。

 その姫の名前も正確には“クシイナダ”といい、二神は同時に彼女を見初めた。


「よって、先にオロチを討ち取った方が姫を娶る、として退治に臨んだんだよ」


 結果彼らは八ツ首もあるオロチの頭をそれぞれ三ツずつ斬るほどの快進撃をみせたが、最後までは力及ばず倒れてしまった。

 そして処断の日、オロチの前にクシイナダが駆けつけこう申し出た。


「この身を血肉を、骨まですべてを捧げます。どうか彼らをお赦し下さい、と」


 オロチは彼女を喜んで喰らった。当然約束など守る気はない、すべて目論見通りだと笑いが止まらなかった。

 しかし姫もまたその企てを予期していた。よって死せる前にツキヨミとスサノヲを救うべく、その身に猛毒を仕込んだのだ。

 窮地を脱した二神は苦しみ悶えるオロチの首を再び斬り落としたが、結局は最後のひとつを残したまま逃げられてしまった。

 仇敵を討ち取ること叶わず愛する者も死なせてしまい、彼らの心にはただただ悲しみが残るのみの結末に終わったのである。


「――これでは誰もが知っている事実に繋がらないだろうって? 実は彼女の下には娘がもうひとりいたのさ」


 その幼子こそが姉にあやかり名付けられた“イナダヒメ”だったのだ。

 クシイナダは死にゆくさなか、最期の願いを二神に託したのだった。遺される我が妹をどうかよろしくお頼み致します、と。

 そしてスサノヲはその遺言を守り抜き成長を見届けたのちは妻とし、間に五十猛神(イソタケル)ら多くの子を為し出雲国の英雄となった。

 一方ツキヨミは、クシイナダを喪って心のままに嘆き悲しみ、同時にこれまでの行いを深く恥じ、悔い改めるようになった。


『これも“因果応報”か。いや違う、愛する者を救えなかったまこと許されざる大罪だ。わたしにこの世に名を遺す資格はない』


 そして自らの足跡を消したのち、人知れず旅立っていったのだった。

 わたしの贖罪は終わらない……。奴めを討ち滅ぼすまでは、決して。


『蛇との“再びの闘い”か。これもすべてはあの時からわたしに課せられた縁、決して逃れ得ぬ咎なのでしょうか。義父上……』


 こうしてツキヨミはクシイナダの無念を晴らすべく、オロチを追って今なおこの国のいずこかをさまよっているのだった――



* * *



「ってことでェ~ッ、ご清聴どうもありがとうございましたァッ!!」

「へえ、ツキヨミ様とスサノヲ様を同一神とみる説は聞いたことありますが、そういう解釈もあるんですね!」


 はぁ。あのね、今のはこの男が勝手に作った嘘っぱちの眉唾の完全なるホラ話だからね――

 と稲ちんを諭すが、すっかりでき上がってるこのペテン師野郎はなおも与太話をやめない。


「実はこの僕が解明したんだ。これでも神道の博士課程を持っててね」

「え~っすごい! 読山さん、学者さんだったんですか!?」


 さらには「どうだろうこの新説、本にしたら売れるかなァ」などと、ジョッキ片手にニヤつく笑みのなんと下卑たることか。


「可笑しいな。おれの聞いた結末じゃあ傷心の果てに色情に狂い、夜な夜な若い女を襲う妖魔に成り下がったって話ですがね」

「何ィ!? 建この野郎、なんてこと言いやがるんだ!! 公然侮辱名誉毀損いや不敬罪でしょっぴくぞ!!」


 ああっいい歳して、本当にいい歳して騒ぐ大の男がふたり。こりゃ恥ずかしい。だけど即座その不毛な言い争いを稲ちんが、


「こらあ喧嘩はやめなさい!! 周りのご迷惑でしょう!!」


 とテーブルを叩きメニューを引き裂き呼鈴をブッ壊して一喝する。これにはさすがのふたりも借りてきた猫のようになった。


「たっ、建。悪かったな、大声出して。お前もビール飲むか」

「いっ、否。おれの方こそ申し訳無い。酒は筋肉に悪いから余りやらんが、折角だし一杯だけ付き合いまさぁ」

「まあ、たまにはこんなのもいいだろ。ほらもう1、いや2杯」

「おっ、応。ではあと三杯だけ、頂戴するとしますかね――」


 はあ、まったくはあ。チッしょうがない、フォローしといてやるか。


「私が知ってンのはさ、改心したあとヒトに害なす妖怪扱いされた“日陰者”らを慈愛の心で救って回った、って内容なのよね」

「小夜子……?」

「いろんな説があるってことなのよ。わかったら静かに食う。いい?」

「……」


 その時一瞬だけ、飲み過ぎで酢ダコのように真っ赤で締まりない顔がほんの刹那の間元に戻り、私へ優しく笑んだ気がした。


「というわけでお姉さん、瓶ビールあと3、いや4本追加でお願いね!」

「応ッ、おれも“きんぐさいず”の全乗せとっぴんぐ、代わりを頼まぁ」


 まあ気のせいだろうけどね。案の定すぐまたこれだしさ。ふう、こうして島根の夜は更けてゆくのだった――

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