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高原署に神留まり坐す  作者: 公月奏
現代パート2
20/56

「信仰」

 社に到着すると鳥居の前で見知った顔が煙草を吸っていた。その身体から女の香水に加えて血のニオイもする。

 ハッ、さてはまた何かやらかしたなとそれを前に深く溜息をつく。


「さすが【鬼の伊佐夫の鼻】だな。あとで話すよ」

「どうせ察しはつきますから、言わんでよろしい」


 四人で手水を済ませ境内を歩く。この八重雲神社とやらには初めて来たが、スサノヲとイナダヒメの夫婦二柱が祭神だそうだ。

 ヤマタオロチの難を逃れる為ヒメが身を隠した場所だと、現代にはそう伝わっているらしい。


「ケッ、勝手にこんなモン造りやがって」

「まあまあ建よ、抑えて。今はいいだろ」


 拝殿の前まで来て、皆さんお参りの時はお静かにとイナ田が言う。


「二礼二拍手の一礼、が一般的ですけど正しくは、最初と最後にも軽くお辞儀をするんですよ」

「ああ、(ゆう)だっけね。そういやそンなのもあるわ」

「では皆さん、ご一緒に。――はい、事件が無事解決しますように」

「逆に稲ちん、よく正式作法なンて知ってんね。皇學館でも出たの」

「一時期ここの宮司職を、私の曾祖父がやっていた代があるんです」


 神札授与所前の椅子に座り、やがてイナ田は身の上を語り出した。

 幼い時分に両親が離縁し母の元で育てられた事。年の離れた兄がおり、たまに会いに行ってはとても可愛がって貰っていた事。

 学校を出る頃になると敬愛する兄と同じ道に進むべく、母の反対を押して警察官を志した事。

 そして配属されたすぐ後に凶悪犯と揉み合いになり――あろうことか兄が己の目の前で殉職してしまった事を。


「あの時私も一緒に死んでいたかもしれない。一日一日、今を生きていられることに感謝するようになりました」

「稲ちん……」

「実はここには毎日通ってるんです。母の口癖でした。守ってくれている神様に、お前も清く正しく生きる姿を見せなさいって」

「へえ……。それは素晴らしい教えだわ」

「だからいつも、ここで力と勇気を頂いているんです。スサノヲ様は大海原の神様、荒れ狂う嵐のような闘争心と深い海のごとし包容力を持つとされていますから」


 ――ケッ、莫迦な事を。首でも括りたくならぁ。


「もう二度と恐怖から逃げないと、改めてここに誓います。亡くなった兄と、先輩のためにも」


 そう語る瞳には美しくも力強い光が宿っていた。だがおれは何を思ったかそんな彼女に対し、


「イナ田よ。神前で誓いだなんだの、そんな事に意味などはねえぞ」

「えっ?」


 するととても驚いた様子でおれを見つめてくる。更に五刀の奴も、


「ちょっとどういうつもり。なんてこと言うのよ」


 と、襟巻を掴み文句を垂れてくる。それでも尚、


「よせ小夜子」


 兄貴様が、そっと制するのを隣に言葉を続ける。


「日本の神サンなんて皆ろくでもねえ祟り神ばかりなんだ。手前勝手に奪い殺し暴れまわる、スサノヲなんざその最たるものさ」

「佐能さん……」

「誰かの願いだ望みだの、そんなこたぁ知ったこっちゃねえんだ。お参りすりゃ御利益があるなんざまやかしさ」

「……」

「神頼みそれ自体は否定しねえ。だが誰かが綴った真偽もわからん言い伝えがあり、誰かが造った寺社仏閣があり、誰もが行くからそこへ行く。“何も考えずに”な」

「……」

「だがこんな“与えられる物”は真の信仰じゃねえ」

「……」

「神前だろうが便所だろうが関係ねえ。こうと決めたならそれはおめえ自身の中で、おめえの為だけに誓うんだ」


 ――柄にもなく長話をしちまった。だがイナ田はそれをずっと黙って聞いてくれたばかりか、


「そうですね、結局それをやり遂げるのは自分の力ですものね。本当に本当に、仰る通りです」


 などと殊勝に返してくる。別段おれはその行動を否定する気も、偉そうに講釈を垂れるつもりは毛頭なかった。

 だが先刻からずっといたたまれぬ感情が胸を突き仕方がない。だからこんな台詞が出ちまったのかもしれない。


「やっと、私に話しかけてくれましたよね。ありがとうございます」

「お、応」


 その笑顔は相も変わらず美しく咲く花のようだった。されど尚もその目を直視できずにいるおれに、兄貴様が肩を叩いて言う。


「建、そんなに自分を責めるな。俺までそうしなきゃいけなくなる」

「……」

「この笑顔、今度はしっかり守ってやればそれでいいさ。そうだろ」


 腕時計を見るともう十七時を差していた。束の間の休息もそろそろ仕舞いか。おれたちはそっと社を後にした。

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