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高原署に神留まり坐す  作者: 公月奏
現代パート1
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「序幕 ~呑ミ干ス月」

 桜と清酒、星とビール、月とウイスキーに雪とワイン。四季折々の自然こそ最高の肴であり、それだけで充分酒は美味いもの。


 “ぐるるるるるる――”


 そう自分へ言い聞かせるが――クソッ、やはり昨日から何も口にしてないのは堪えるな。

 しかし『働けどはたらけど(なお)、わが生活(くらし)楽にならざり』。銀行残高もとうにマイナスでトゴやトナナの闇金からも見放された。

 無論いかなる時でも清潔感は大切だから、今日も()()デアのスーツと()()()ガモの靴と()()ガの時計でビシッと決めてはいる。

 しかしこれ以上はまずい。びんぼっちゃまと化すのも時間の問題だろう。チッ、税と物価は際限も容赦もなく増やすくせ肝心の賃金は右肩下がりかい。

 ああ嗚呼こいつは傑作だ、最高だぜ。本当ふざけてるよな今のこの国は。なあ聞いてるのかよ“姉さん”?


「さあ! 行け(ライト)!!」


 いかん、言ってるそばから心が貧しくなってたか。とにかく俺の今なすべきは目の前の酒を、うわばみのごとく飲み干すこと。

 果たして俺の月給一体何ヶ月分なんだよっていう、そんな高級酒・リシャールを、な!!


「ボトルが一瞬で!? キャアッ、すっご~い!!」


 惜しみなき拍手喝采に、そして何より客の女の子の黄色い歓声。男冥利につきる最高の誉れに不敵に口を拭って応えてみせる。


「神話の怪物ヤマタノオロチ顔負けの呑みっぷりだな! おい双葉、月にアレ入れてやれ」


 興奮の冷めやらぬまま眼前が強い光に包まれる。お次はシャンパンタワー。豪華絢爛、贅沢の限りを尽くした一大イベントだ。

 テーブル全体にそびえ立つ城塞(グラス)の威光はライトアップ前でもただただ圧巻の一言で、頂上から注がれるは純米大吟醸“稲田姫”。

 さて気になる料金だが、縁起良く末広がり8段に組まれた大盤振る舞いからすると250万ぐらい、か。時給400円換算の俺の年収より間違いなく多いな。

 ちなみにこれ、日本古来の婚儀“水合わせ”が起源なんだぜ。互いに家を巣立ち、伴侶と築いてく新たな幸せを意味するめでたいことこの上ない儀礼だ。

 まあ今言ったように現代のこれはべらぼうに金がかかるがな。幸福どころか借金(カケ)まみれ、逆に根の国への入り口にもなり得る。


「……」


 やはりかとそんな彼女は、俺の身体を張った一気芸が大盛況に終わりいそいそと閉店準備のされる中も、依然幸薄そうな顔で酒を静かにあおり続ける。


「少し飲みすぎでは?」

「……アンタに言われたくない。ほっといてよ……」

「まあ酔い覚ましに迎え酒、こうして窓から月見で一杯、ってのもオツなものですけどね」

「外、大雨じゃん……」

「そろそろ止みますよ」

「フン……変なやつね」


 ふたりで飲み直しながら、引き続き彼女に尋ねる。


「ところで、帰らないんですか? それにさっきから様子が変ですよ。何があったんです」

「……私、この店来るのは今日で最後なの。いっぱい借金しちゃったから、ここの紹介する所で返すんだ」

「……まさか風俗か?」

「うん、海外のね。このあと手続きで、あのタワーは仲介料代わり」

「待て、考え直せ。二度と生きて帰って来れないぞ」

「いいの、これは私の許されない罰だから。美人局したお金で遊び歩いて、子供が放置の末死んで、旦那と山へ埋めて――そんな取り返しのつかない罪」

「!!」

「んで、そいつとも別れて、今度はこの店の男目当てにたくさん通って――気づけば今よ」

「……」

「でも、最近ようやくあの子のことで泣くようになって。だからもうどうでもいいの――こんな私なんて」


 それはあまりに衝撃的な告白だった。しかし驚く暇もないうちに、


「おい月、双葉よ。いつまでも駄弁ってねえで来い」


 と店長に裏の事務所へ呼ばれ、まずは「体験入店でよくやったな! イケメンで話上手、酒も強いしで大好評だ。お前素質あるよ!」と切り出される。


「面接の時に言ったな。『女が喜ぶと書いて自分も嬉しい。女のマタに力入れると書くように“精一杯”努力します』とよ。その言葉に嘘はねえだろうな」

「もちろんです。眺めてよし触れてよし揉んでよし、舐めてよし吸ってよしに挿れてよし、その返報は当然。男として果たすべき責務だと思っています」

「ほお、いい心がけだ。だが時には黒いこともしなきゃならないぜ」

「いいお客ばかりじゃない。その時は“沈めて”でも回収する、と?」

「ああ、一流のホストを目指すなら誰もが通る道だ。期待してんぜ月。いや、読山(よみやま)月世(つきよ)よ」


 さあ本題だな。俺への態度とは一転し、鋭い視線を注がれた当人がつらそうにうつむく。


「まあこれも因果応報、自業自得だがな。そうだよな、双葉ァ!?」


 そして彼女が「はい、したことの責任は果たさなきゃ。私にぴったりの末路です」と涙ながらに答えた時、不意に自分の口からも独り言がこぼれ出た。


「因果応報、か。そうだな、俺も昔“やつに散々飲ませて苦しめた”のがさっき、こうして自分に還ったし」

「あ? ――どうしたよ月、いきなり何の話なんだ」


 怪訝な顔の店長をよそに続ける。そう、すべての行いは巡り廻って己へ還り、それが怒りや争いによるものならば愚かで唾棄すべき怨嗟の連鎖となる。


「店長、干支は何です」

「は? 巳年だがそれがどうした。さっきから一体」


 しかし逆に正しきからであれば、それは未来永劫貫くべき変わらぬ信念と言えよう。やはりこれは俺にとって、あの時から連綿と続く使命のようだな。

 さて。そうと決まれば女を搾り上げ食い物にする悪い蛇は、しかと退治するとしようか。


「月……テメェ何者だ。な、何をする気だ……!?」

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