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高原署に神留まり坐す  作者: 公月奏
昔話パート1
15/56

「追憶」

『釣れぬな、建速』

『……』

『釣れたか、建速』


 わたしの名は月読命(ツキヨミノミコト)。眉目秀麗なる美男子にして知略においては右に出る者なし、金甌無欠たる稀代の傑物である。


『喧しいぞ……全く聞くまでも無かろうが』


 そして弟であるこの、筋骨逞しくも暑苦しき偉丈夫の名は【一騎当億】の異名を取りし、武の誉れ高き建速素佐能男(タケハヤスサノヲ)

 此度は奴めとともに高天原(たかまのはら)の主にして我らが姉、天照(アマテラス)への謀叛を試み見事打ち負かしてやった。

 敗走の末に岩塞、天岩戸(あめのいわと)へ息を潜める他なくなったあの百孔千瘡の姿たるや、今でも酒の肴に回顧してやまぬ情景よ。


『むううっ、困ったものだな。一匹も釣れぬでは、あやつめに格好がつかぬぞ』


 兎角、この反逆は日を喰らう月或いは凍てつく炎がごとく、所詮見果てぬ夢かと諦めかけたこともある悲願であった。

 ところが奴めの配下の思金(オモイカネ)天宇受賣命(アメノウズメ)らの手により形勢は一転、なんと瀕死の淵から天照を甦らせてしまったのだ。

 以前のそれを遥かに超えた力には流石に敵わず、あえなく敗れ去った我らは外界“葦原中国”(あしはらのなかつくに)へ流刑、という憂き目に。

 そうしてたどり着いたる先は肥河(ひのかわ)という流るる水豊かな地、出雲国(いずものくに)といった。


『――月読さま、素佐能男さま、首尾はいかがでしょうか~!』


 そんなある日の没する頃合いのこと。向こう岸で我々に手を振るひとつの声がある。この地で出会った娘、奇稲田(クシイナダ)だ。

 此処に至るまで女子には険しき道だと言うに健気にも毎度出迎えに来てくれている。なんといじらしきことであろう。


『上々よ! 今宵はさぞ豪勢な夕餉となろうぞ! わははっ!』

『はっ、よくもまあ息を吐く様に出任せの尽きぬ事よ。結局唯の一匹もかかっておらぬだろうが』

『フッ、ゆるりと釣りも一興とは思ったがもはや、なりふりを構っておれぬな。建速よ、頼むぞ』

『ふん、貸し一つだな。――おらぁっ!!』


 地を揺るがし風を震わす雄叫びとともに、拳を強く激しく叩きつければ水が割れ底が露となる。

 うむ、大漁大漁選り取り見取りよ。相も変わらぬこの馬鹿力は先の戦でも大層役立ってくれた。


『最初からこうすれば良かろうによ。金銀にも等しき時をどれだけ浪費したか』

『無益を愉しむがこそ最上の享楽よ。適解を求め続ける生などまこと味気なし、つまらぬ限りだ』

『……ほう』

『我らが力を無闇に振るうべきでなくば、自然が理もみだりに乱すべからず。あの娘も悲しもう』

『貴様の口からよもやそんな台詞が出ようとは。此処での暮らしで腑抜けたか』

『……何?』

『己が宿願が為血の繋がりし“もう一人”を非情にも切り捨てた男も、随分と牙の丸くなった事だ』


 腑抜け。成程、確かに違いない。わたしも思わず自ら耳を疑ったほどだった。


『まあ、こんなにたくさん? 流石は御二方で御座いますね!』

『なに、この程度造作もなきこと。さあ帰ろうぞ――奇稲田よ』


 そう。“帰る場所”のなんと心地よきことか。これまで敗けを続けてきた我が座右の銘は【日蝕】【報復】【下克上】。

 所詮この世は喰うか喰われるか、奴めに勝たねば何も始まらぬ。さもなくば終生奪われ続けるのみ、そう思っていた。

 だがどうだ、皮肉にも敗れることによって得た居場所と新たなる生。わたしの世界はいつしか変わり始めていたのだ。


『月読さまはこってり、素佐能男さまはあっさりがお好みでございましたね?』

『左様、今宵はムニエルを頂きたい気分だ。製法はわたしが手解きしてやろう』

『むに、える??』

『さる縁でな。“海の向こうに住まう恩人”に教授頂いた至高の逸品よ。頬の落ちるほどの美味ぞ』

『まあっ! それは楽しみでございます!』


 この慎ましくも穏やかなる時、これがずっと続けばと思った。されど変わるものはまた変わり、そうならねばならぬ。

 因果応報、犯した業は自らへと還るもの。わたしがそれを知るのはこのすぐ後のことであった。

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