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高原署に神留まり坐す  作者: 公月奏
現代パート1
13/56

「動揺」

『邪魔するぞ、建速よ』

『これは月読の兄貴様か。毎度ご苦労なことだが今日も今日とて茶の一杯も出す気はない。さっさと失せよ』

『つれぬなぁ、よい話を持ってきたというに』

『しつこいぞ、おれは莫迦ではない。反逆など貴様ひとりで勝手にするがいい』

『フフ成る程、確かにこの国にあの(ばけもの)、あの(あやかし)に太刀打ちできる者はおらぬ。そなたの力をもってしてもな』

『ふん……』

『だがあくまでこの国には、という話だ。――外界の助力を頼れるとすればどうする』

『何だと』

『しかし暑いな、喉が渇いた。冷たき茶でもなくば口を開くも億劫よ』

『面白い――今日は聞いてやるとしようか。とびきり熱い茶を伴にな』

「――うお、ッ!?」


 どすんという衝撃で目を覚まし慌てて辺りを見回す。が、敵襲でも何でもない。見知ったうちの、高原署の控え室だ。

 否――この光景は違う。思い出した、我が不肖の兄の犯したへまの所為で松江の警察署へと連行されて来たのだった。

 待たされている内に頬杖が外れたというだけ、か。間抜けな話だが、それにしても随分と永い間眠っていた気もする。

 島根迄を二輪車に同乗して来たのみで、然も見知らぬ場所で呑気に転た寝だと。おれも耄碌してきたか、それとも――


「嘘だと、申せ……」


 向かいの長椅子に目をやるとだらんと無防備な姿がしきりに寝言を零している。愚兄のこんな様を見るのは初めてだ。

 まあ態々起こす事も無かろうし、暇潰しがてら部屋を出、廊下の婦警に「応よ、珈琲でも貰えるかい」と声を掛ける。


「は?? いや……あちらに自販機ありますんでどうぞ、そっちでお願いします」


 だが当人は大層嫌そうな顔をしてこう言うのみで、足早にその場を去ってゆく。

 けっ、最近の若い者は。全く、女とは言えあんなのが警察にも蔓延ってるようじゃ多分この国も長くは保たんだろう。


「駄目やん、そんな愛想悪くしちゃ! あの顔確か、高原署の佐能さんやで!?」


 だが仕方無しに販売機へ歩くと後ろから良く通る声が聞こえてきて、今程別れたのと合わせ婦警が二人近寄って来る。


「わあ! 本物の佐能さん……ですか!?」

「信じられへん! 会えて光栄ですぅ!!」


 一転羨望の眼差を向けられる。成程中々どうして、今時の若いのも可愛いもんだ。この国も未々捨てたものじゃない。


「佐能さんがいるってことは、相棒の読山さんもおいでですよね!?」

「読山さんも一緒に来てはるんでしょ!? ねえねえそうでしょ!?」


 嫌な予感を刹那で察し即座、踵を返し立ち去ろうとするも両腕を掴まれぴくりとも動けない。莫迦な、このおれが??


「別行動中? ならこれ読山さんに渡して下さい! それと、私が口紅つけたコーヒーも!!」

「あっずるい、そいじゃアタシのも渡して下さい! んで今全部含んで戻したコーヒーも!!」


 そうして連絡先(らいん)の控えと飲み物を押しつけ嵐の様に去って行く。やれやれと部屋に戻ると兄貴様も目を覚ましていた。

 珍しく寝惚けている顔にぼとる容器を寄越してやり暫くゆるりとして居ると、本件の責任者と名乗る男がやって来る。

 そして二人が挨拶やらをしている間――おれはというとずっと、あの時高速道路にて遭遇した婦警の事を考えていた。

 そう――あれはもういつの頃になるのだろう。記憶を辿る中、何気無く聞こえてきた一言で再び現実へ引き戻される。


「うちの者とあなた方を襲ったあの車両は、やはり穢レの連中ですな」


 【穢レ】。


 その名は機密事項故、子細を口に出来ないがおれ達が水面下で長らく追っている、破壊活動を目的とする狂人集団だ。

 成程合点がいったぜ、彼奴等ときたら嫌に装備が整っていたしな。連中までもこの島根で八俣と何か企んでいるのか。

 ともあれ奴等を同時に叩き潰せる機会に恵まれたと考えりゃ、島根まで来た甲斐もあらあな。


「ハ~イおふたりさん、長旅お疲れちゃん」


 それから五刀も合流し、明日より正式に捜査に加わる迄の間、この後はこれより各々自由に行動と云う運びとなった。

 色々と疲れたので一先ず解散というのは賛成だ。この後は()()にでも行って夜はゆっくり温泉にでも浸かるとしよう。

 そこで歩きながら遊郭に連絡をしていた兄貴様が電話を終えて言う。


「ところで芦名課長、帰る前にあの婦警さんに話を聞きたいのですが」

「まもなく戻るかと。――あっ、あれですな。今歩いてくる子ですよ」


 指し示す通りその姿が見えてきて、当人もおれ達に気づいたのか小走りになる。

 そうして段々その顔が近づいてくるにつれ、我が心中のざわめきも大きくなる。


「課長、ただ今戻りました。そして皆様にも、先ほどは大変失礼を致しまして、誠に申し訳ございませんでした……!」

「気にしないで、こいつらが全部悪いンだし。私、五刀小夜子よ。どうぞ気軽にさよちゃんって呼ん……って、は??」


 五刀の表情から瞬く間に笑顔が消え失せ険しき色へ変わってゆき、そして急に振り返るなり脇腹を肘で小突いてくる。

 ケッ……だからってこのおれの知った事かってんだよ……畜生めが。


稲田(いなだ)眞姫(まき)です。どうぞお見知り置きを……ってあれ? あの、どうかしましたか皆様……?」


 そしてその名を聞いた途端、おれを含め全員が静かに目線を落とす。

 婦警は婦警で何事かと、静まり返った空気の中只々困惑するばかりだ。くっ――取り敢えず話を聞かねばなるまいか。

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