持たざる者と既に持っている者
ヒップホップは持たざる者に神が与えた不平等な音楽。
スーコはヒップホップをそう例える。バトルが終われば、マケルの前から消えてしまいそうなスーコを何かから必死で守ろうとするマケル…この世は不条理に満ちている。
スーコはその子供の頭を撫でながら
「なあマケル、マケルにとってヒップホップやラップて何?」
と聞いて来た、マケルにとってヒップホップやラップは生き甲斐だと思っていた、しかしスーコや他の面子の話を聞いて、今まで命までかける程の生き甲斐だったのだろうか?悪そうなMCがカッコよく見えていただけ?マケルは急に自信が無くなってきた。
「俺は、そうだな…ラップは生き甲斐だと思ってたし、ラップって悪いやつや、生まれた環境が良くない人が、そこから這い上がる為にするラップがカッコ良くてリアルだって思ってたけど…スーコや他の人と会って、その価値観が全て吹っ飛んだって言うか…」
それを聞いたスーコは頷きながら
「それは合っている所もあるけど間違ってもいる、じゃあマケルのリアルって?アタシのリアルとマケルのリアルは一緒?それに悪いってどこまでがワル?」
要するにスーコは、人の価値観なんて人それぞれだと言う事を言っているのだ。
「アタシはさ、ヒップホップって持たざる者に天が与えた不平等な音楽だと思ってるの。アタシはラップと出会ったからこの孤児院を建て直せた、マケルが言う這い上がったってのに近い、ラップは持たざる者に力を与えてくれる」
スーコは力強く、自信たっぷりで言った、しかし
「マケルだって喧嘩じゃ勝てない相手にMCバトルを挑む勇気を与えられた…でもアタシはU次やヒデを失ったし、マケルは首に爆弾を埋め込まれた…音楽ってこんなに対価を求められる物なのかな?ラップをしてたからかな」
マケルは頷きながら聞いた
「アタシは思うんだ、ヒップホップは真っ暗闇に差し込む一筋の光だからこそキラキラしている物に見えるんだ、明るい所にいちゃ見えない、でも暗闇に立っている持たざる者が本当にその光に辿り着くかどうかは神のみぞ知る…」
そして韻牙島の端で暗くうずめく立会海峡を照らす灯台を指差し、そのまま続けた
「それにさ、最初から光の中にいる人が暗闇にいる様なふりをしている事もある、マケルの言う悪い奴らってのはもしかしたら最初から光の中にいる『既に持ってる者』が『持たざる者』のふりをしてたのかも知れないし、そう言う人ほど自分が光の中で悪者ぶってラップをしてラップは悪い奴らがやる物だって形を作っちゃってる事に気づいて無い事もある、でもこの国はそれで良かったんだ、その方が平和なんだよ」
マケルはその意味が理解できそうで出来ず、もどかしい気持ちだった。
「ヒップホップやラップって持たざる者の武器にもなるし、武器にしなくてもいい人の飾りにもなる、アタシは音楽なんて飾りであって欲しい…アタシは武器にしちゃったし、それしか出来無くなっちゃったけど、マケルはこのバトルが終わったらちゃんと勉強して、ちゃんとした大人になって欲しい、アタシはそれが出来ないから…」
と言って膝で眠る男の子の手を握りながら韻牙島を眺めた
「何言ってんだよ!スーコだってまだ学校に行けるじゃないか、ラップが出来るんだから押韻学園を入ればいい!」
マケルはスーコと話していて、このバトルが終わったらスーコが自分の目の前から消えてしまいそうで、ムキになって言った。
孤児院の運営費をまだバトルで稼がないといけないから?それとも他の理由で学園には行けない?マケルは色々な思いで感情をかき乱されたが、スーコは少し寂しげな顔でマケルを見ながら、腰のポーチからボロボロになった小さな逆引き辞典をマケルに手渡した。
「こども逆引きじてん」
と書かれた辞典の表紙では「にこにこビーフ!」のキャラクター「スクラッチ侍」と愛馬「ライムくん」が楽しげに「さあ!踏んじゃおう!」と言ってた。
キャラクターの前には、今となっては完全にトメ子と認識出来る子供が、自分の顔ほどもあるマイクのセットに向かって満面の笑みを浮かべて写っている。
「アタシはさ、ラップはこれで良かったんだ、リアルだとかリアルじねぇとか、アタシにはどうでも良かった、MCバトルは楽しく勝ち負けが決まるゲームで良いの、今でもそうだよ…」
そう言ってスクラッチ侍とライムくんの写真を細い指でなぞった。
「でも勝てなきゃここが無くなっちゃう、ヒデもU次も同じ気持ちだったけど…お金の為にバトルで勝つために色んなラップを聴いて、それからバトルに出る時は出場者の弱味を掴んでMCで最後にその弱味を叩きつけた…不良みたいなラッパーは皆プライドが高いから、頭に血が登れば大体は只の口喧嘩みたいになって終わり、そんな事ばかり続ければそりゃ怨みも買うよね」
マケルは言葉を失いかけたが、食い下がった
「それとスーコが学校に行けないのとは関係無い!だからいなくなっちゃう様な話し方はやめてくれ!」
スーコは少し驚いた様な顔をしたが、膝の上で眠っている男の子を抱きしめながら笑うふりをして泣いていた。そして
「さてと、こいつ歯も磨かず寝ちまったな、どうすっかな」
と言って男の子を抱えたまま寝室に向かった。




