泪大橋を逆に渡れ
マケルは「スーコ」と言う少女を知っていた、しかもMCバトルの連戦練磨だ。
今韻牙島で一番ホットな女の子、今目の前にいるのは本当にあのスーコなのか?
しかしマケルは「スーコ」と言う名を聞いた事がある。
たしか学園下街にあるレコードショップの店員が客と話していた
「ヤベー音が手に入ったんだ、西地区ギャングのスネークがスーコ潰しで主催した野良の八百長バトルにスーコが自ら出場して、スネーク仕込みの客を味方につけちまってスネーク一味の金庫の中身全部賞金としてかっさらって行った事件があっただろ?」
マケルは「すげーことが学園の外では行われてるんだな」と聞き耳を立てた。
「決勝の相手が押韻学園の韻研で全員スーコにやられちまった例のアレよ、動画撮影禁止だったらしいんだが、その全試合の音響がぶっ殺されちまったらしく、ライン録りされてた試合の音源が流出したんだ、しかも今回スーコが1小節で4回韻を踏んで、それが16小節だぜ?信じられねぇよ全く、あの子まだ16だったか?」
そうだ、その時に聞いたスーコに違いない、とマケルは思った、それに16歳?マケルは「同い年じゃないか」と呟いた。
私立押韻学園は東京湾を埋め立てた「韻牙島」と言う人工島に建造されており、そこにはラップで名を挙げたいラップの猛者達が全国、否全世界からやって来る。
他校生からは「ヒップホップのアルカトラズ」とまで言われている程孤立した学園で「泪大橋」と言う日本最大の超大型吊り橋以外出入りする事が出来無ず、泪大橋の下に流れる立会海峡も流れが早く泳いで渡る事が出来無い。
いつしか学園や韻牙島で天下を取って世界で名声を手にすると言う意味も込めて、学生や韻牙島でくすぶっている輩達は、韻牙島のフリースタイルバトル地獄の輪から抜け、本土に戻る事を「泪大橋を逆に渡る」と言う様になった程だ。
実際、韻牙島に出入りするには通行手形が必要となり、スーコ他野良MC達は偽造手形を使って島を出入りしていると言うのがもっぱらの噂だ。
また、学園下にはレコードショップや楽器屋が、まるで神社の参道にある土産屋の様に軒を連ねており、国内外のヒップホップ音源やそれにまつわる物で手に入らない物は無いとまで言われている。
よって世界中のヒップホップマニアが日々訪れ、押韻学園主催の公式MCバトルだけで無く、そこかしこで野良MCバトルや闇バトルが開催され、前出した様に地元ギャング団の主催する興業MCバトルでは何百万~何千万円単位で賞金が動くし、MC賭博も横行していた。