最後の世界の最初の話
テーマ:母の日、(要素ないけど)歯車
その時は突然訪れた。
「ん……」
視界が開いて最初に見えたのは灰色だった。すぐさまそれが、ガラス越しの天井なのだと気がつく。
右手に当たっていた突起を押し込む。内部からの操作でもポッドを開けられるように取り付けられたボタンは、目的通りの指令を出した。ゆっくりと開くガラスのフタに合わせて、僕もまた静かに上体を起こす。
灰色の天井とそっくりな灰色の壁。金属製の机とコンピュータ、いくつかの書類と、ドア。そして僕の『起床』を歓迎してくれる人たち。
僕の視界に入るはずのものたち。
「おっかしいな……」
しかし状況は全く違っていた。
「天井も壁も穴だらけ。机が無くて……もしかしてそこの塊がコンピュータかな?」
コンピュータだと思われる塊は苔に覆われていてもはや石と区別がつかない。だとするとコンピュータらしきもののあたりに散らばっている鉄くずが机の残骸か?
「そして何より誰もいない」
コンピュータによれば、僕は起動後すぐ責任者と話して現状を同期し、任務を微修正する必要があるとのことだった。そしてその責任者のコードによって僕が起きたのだから、当然責任者はここにきていると思ったのだが。
「遠隔で指示を出したのか?」
コンピュータ画面の苔を手で拭いログを見る。なぜかコンピュータは低電圧モードで起動していたが、通信記録の表示にはあまり時間がかからなかった。
最後に通信していたのは『M』、すなわち最上位権限らしい。
「最上位権限……?なぜ僕を起こすためにわざわざ指示を……」
先程から疑問が尽きない。中でも最大の疑問はその通信日時だ。
「3319年5月14日。予定日はとっくに過ぎてるじゃないか」
予定では2287年の3月に最初の任務地へ赴くはずだったのだ。これでは1032年とちょっと遅刻してしまっている。
「うわ〜どうしよう。任務は続行できるのかなこれ……」
一ヶ月くらいは時期がズレる可能性があるとは聞いていたが、1032年はズレ過ぎている気がする。しかし指令記録を見てもコンピュータには2286年の12月25日以後はまったく指令が無かったようなので、僕の責任の遅刻でないことは確かだ。
謎が謎を呼ぶ、こういう時には相談だ。
「とりあえず行ってみるか……」
僕は最上位権限者、マザーコンピュータの部屋まで聞きに行ってみることにした。
「うわ〜ひっどいなこれ」
壁の穴から廊下に出た際に思わず口に出てしまった。
どこもかしこも瓦礫と木の根とその他残骸で溢れかえっている。人間とほぼ同じインターフェースを持つ僕にとってこれほど不都合なことはないが、とにかく姿勢の制御値を修正しながら進むしかない。
「誰も片付けようと思わなかったのかな……」
瓦礫をどかし、木をかき分けつつ前進。湿地帯の走破を想定したアルゴリズムが組み込まれていたから良かったものの、ふつう人工の建物内で使うようなものではない。
そもそもマップと違う地形が多すぎる。階段があるはずのところにないし、穴がないはずの場所にある。
「マップデータはちゃんとアップデートしてて欲しかったなぁ」
愚痴を言ってもしょうがない。廃墟探索用の武装も使用しつつ、目的地を目指す。
「やっとついた」
紆余曲折の末、ようやくマザーコンピュータの部屋までたどり着いた。目の前の扉は確かセキュリティドアのはずだが、道中のものと同様、故障していて機能していないようだ。仕方がないのでこれまた道中と同様に陽電子ブレードで扉を破壊して中に入ると、中心部のマザーコンピュータの大画面から放たれる光が怒ったように揺らいだ。
[ずいぶんと乱暴な入室ですねラグナ。教育用コンピュータに礼儀は習わなかったのですか]
「申し訳ない、マザー。でもあの扉は機能してなかったんだ」
[あなたには人間と同じインターフェースが装備されているはずですよね?性能的に、わざわざ陽電子ブレードでなくても指を使えば扉は手動でも開けられたはずですが]
「……なるほど!」
[道中全ての扉を破壊してきたというわけですか。まあいいでしょう]
マザーコンピュータからため息が聞こえた。コンピュータなのに。
「それで、どうして僕を起動したんだい?予定より1032年も遅れてるしさ」
[もちろん任務のためです。コードレッドを本時点より有効とし、達成を確認した時点で任を解きます]
「コードレッド……!?じゃあ」
[ええ、その通り。我が国の民は全滅しました。直ちに『敵国』へ報復を行なってください]
あまり聞きたくはなかったが、マザーコンピュータは現状を端的に教えてくれた。
コードレッドはいわゆる決死命令だ。
もう戦争で勝てることはない。だが『敵国』へ一矢報いるために、少しでも多くの損害を与える命令。
今回の場合我が国は全滅したようなので、無論任務の目標は敵国の『全滅』だ。
「わかったよ、マザー。他には?」
[幸いにして『星の遺産』はまだこちらの手元にあります。しかしこの施設は見ての通り限界です。わたしの電源もそろそろ底をつく。よって『星の遺産』を覚醒させ、これよりあなたの保護下に置きます。コードレッドと同時に、この『星の遺産』を守護することが、あなたの最初で最後の任務となります]
マザーコンピュータがそう言った直後、『星の遺産』の保存容器が天井からゆらゆらと降りてきた。緑色の液体に浸かっている『星の遺産』はまだ眠っているようだ。
[この子……『星の遺産』はあなたと同じく人間の形をとるように教育を施してきました。意思疎通も図れるでしょう。したがってあなたは、人間の子を守護する要領で『星の遺産』を守護してください]
緑色の液体が容器から消えていき、容器のガラスが取り除かれた。ほぼ同時に『星の遺産』が覚醒した。
「ママ……?」
[ルナ、あなたは外に出ることになりました。これからはそこの男の庇護下で過ごすことになります]
「……」
異星人の残した超文明の痕跡『星の遺産』。有機、無機を問わずあらゆる原子の結合パターンを再現できる超越技術のシミュレータ。
その『星の遺産』をマザーコンピュータはルナと呼称していたらしい。理由はわからないが、人間の形をシミュレートさせるにあたって都合が良かったのだろう。
マザーとルナはしばらくなにやら言い合っていたが、最終的にルナは僕に同行することに同意した。任務にあたりインプットデータのアップデートを行っていたのかもしれないが、僕にはよくわからなかった。
「それじゃマザー。行ってくるよ」
「ママ、ばいばい」
マザーコンピュータの部屋から出て、とりあえず外に向かうとしよう。
[さようなら、ルナ、ラグナ。あなた方の成功を祈っています]
背中からマザーコンピュータの見送りの言葉と、システムシャットダウンの音声が聞こえた。
建物から外に出ると、これまたマップとは違う地形が広がっていた。
「おお……」
あたり一面の草原。ちょうど姿を現した太陽からの光が凝結した水分に反射して輝いている。大気成分もだいぶ変わったようで、微粒子は激減し代わりに酸素の割合が高まったようだ。おかげで視界も想定よりよい。これなら赤外線センサーはしばらく使わなくて良さそうだ。
「ねぇ、あなたお名前は?」
建物から出るまで無言だった『星の遺産』が話しかけてきた。
「僕はラグナと呼ばれている」
「わたしはルナだよ」
「ルナ、と呼ぶのがいいんだね。わかったよ」
「これからどうするの?」
「『敵国』を滅ぼしつつ、君を守護する。それが僕の任務だ」
「『てきこく』はいまどれくらいいるの?ママが外に出たら最初に聞いてみてって言ってたよ」
「ざっと90億人くらいいるはずだけど、1032年前のデータだしなぁ……そうだ、衛星にアクセスしてみるか」
我が国は全滅したらしいがもしかすると監視衛星はまだ生きているかもしれない。マザーには権限の関係でこちらからは通信できなかったけれど衛星にならアクセスできるし、地形のデータもダウンロードできたら最高だ。
リクエストを出してすぐ衛星から返信があった。この時間帯は地球の裏側にいるはずなのだが、位置補正機構が故障しているのだろうか。ともかく新しいデータが手に入った。日付は3319年の4月、ひと月前の時点のマップと敵国の人口だ。
「よしよし。このデータによると『敵国』はあと……あれ?0人だ」
同時にリクエストしていた他のデータと照合しても『敵国』の人口は2300年から0人のままだ。それどころか他の国も0人。遺伝子組み込み型の有機自己複製ナノマシンの反応を拾っているので、衛星が故障していない限り人間は絶滅していることになる。
「ラグナの任務はおわりってこと?」
「『敵国』が全滅しているから、そうなるのかな」
「じゃあいまからどうするの?」
「うーん、こんなあっけないと思っていなかったから考えたことなかったな……」
困ったことになった。
「いちおう『敵国』のところまで行って本当にいなくなってるかは確認しないと」
「確認が終わったら?」
「……」
こんなとき、人間ならなんと言うのだろうか。
「……旅、とやら、やってみるかな。正確に言えばマップの再補正。君を守護する任務はまだ残っているから、君次第だけど」
「わたしは海が見てみたい」
「じゃあ決まりだね」
最終兵器『終焉の星』ことラグナと、最終戦争の引き金『星の遺産』ことルナ。
彼らは文字通り人類最後の文明としてこの惑星で朽ちていく。
その旅が果たしていつ終わったのか。
観測する者は、ひとりも居なかった。




