1-46 静かに
静かに息を吐くのに合わせて、トーチライトさんが囁いた聞き慣れない言葉には、歌のようにも聴こえる、不思議な抑揚がある。
呪文ですか、という言葉を飲み込んで、トーチライトさんの手元を見ていると、白い光が指の隙間から、水のように流れ落ち始めた。光る水は地面に差し掛かる前に、蛍に似た小さな光へと変わり、一つ、二つと、その数を増やし浮かび上がっていく。
やがて互いにより合わさって、茶碗蒸しのお椀と同じぐらいの大きさの、光の球になった。揺らぎながら、路地に落ちている建物の影の輪郭を、薄く溶かしている。
「行きましょうか」
胸元の辺りにあった光の球にトーチライトさんが触れると、ゆっくりと下に向かって動き始め、足元付近で落ち着いた。
あ、かしこい。
「お供しますです」
「何言ってるのよ」
いえ、思わず。
「すごいですね。魔法……魔導でしたっけ」
「そう? 今は、魔道具があるから、こういう呪文を街中で使うことは、あまりないんだけど」
歩き始めた私たちの足元を照らしながら、光の球がふわふわとついてくる。
「なんか、かわいいですね」
生きているわけではないんでしょうけど。
「そうね。覚えたての頃は良く、この光を、家の中で連れ歩いたりしたわねー」
かわいいことしますね。
「子供だったから」
ほへー。子供。
子供?
「子供の頃から、こういうことを、トーチライトさんはできたんですか?」
「あー、えっと、そうね」
もしかして。
「トーチライトさん、元、天才少女とかだったり?」
「うーん、まぁ、いいじゃない、昔のことは」
あ、お茶を濁した。
でも、嫌だったり、照れくさかったり気まずかったりすることを聞き出したりするようなことは、私も嫌いだ。
「了解であります」
敬礼してみたら、トーチライトさんは、ほっとしたみたいだった。
「あのー」
私から、話を変えよう。
「これ、敬礼っていうんですけど、こちらの世界の方々は、こういうこと、したりします?」
何度か、私、これしてますけど、誰にも何も言われなかったんですが。
「しないわよ」
おぅ。
「でも、なんとなく、意味は分かるから」
「なるほど」
と、頷いていたら、通りがかったお店の中から、おじさん成分が多めの、楽しそうな笑い声が響いてきた。
「賑やかですね」
「ええ」
お酒を飲んだりするお店なのかな。日本酒とか、あるんだろうな、やっぱり。
転生者の尽力、か。
「あのー、質問なのですが」
「はい?」
賑やかなお店の方を見ていたトーチライトさんが、私に顔を向けた。
「転生者って、いつ頃から、そのー、いるんでしょうか」
スプリングフィールドさんは、ジャブラジャーラ案件について、私が生まれる前から、という言い方をしていたような記憶があるけど。
「二百年以上前。正確な数字は、二百十九年前、かな」
明治と大正と昭和を足した期間よりも、長いんかーい。




