6
エドガー作の似てない人形たち……
「室長~、全然似てないんだけど……!」
「エドガーさん。これは……さすがに……」
「エド。悪いが、作り直してくれないか」
「エドー?私こんなにかわいくないし……こんなに胸もない。」
エドガーはいきなり全員の文句にさらされる。
エドガーは心外だという表情を浮かべてむしろ堂々と言い訳する。
「いや、お前ら、よく考えろ。半年ぶりなんだぞ。
お前らの顔、全然正確に思い出せない!しかも、俺は盲目!
もはや実物は見えない!このくらいが再現の限界なんだよ!!」
「私、そこまで猫っぽくないな~」
「私もここまで神経質そうな顔はしてないですね……」
「おいおい、俺に至っては顔中に髭が生えてるんだが。
もはや顔すら見えないんだが。エド。お前の俺に対する印象って髭だけか?」
「私、こんな美少女に生まれたかったなー」
各々が言いたい事を一言ずつ言っている間にも人形は走り出している。
「文句ばっかりうるせぇぞ!ゾンビはきっと外見で個人を判断しねぇよ!
人間らしかったらなんでもいいだろ!
ってか、リリアンに関してはかわいくなってんなら奇跡だし何の問題ないだろ!
さっさと俺を担いでくれ!リカードは出口をふさいでいる鉄の除去!」
「はい!創造魔法・鉄の変形」
リカードの指示によって食堂の出入り口をふさいでいた鉄の塊が変形し、通路を作る。
「えー!また私?アランのほうが力持ちでしょ!」
「アランでは身長が足りないんだ。俺は地面に膝を擦り付ける趣味は無い。
それに、俺はいざというとき魔法で支援したい。体力は温存したいんだ」
「……わかったよう」
リリアンはしぶしぶエドガーをおんぶする。
エドガーはリリアンの背中で意気揚々と宣言する。
「行くぞ!」
「あんたが言うな!」
全員、人形に続いて食堂から外に出る。
階段を登ると、すでに多くのゾンビが人形に続いていた。
人形は足にガラスのコップをつけているのかと思うほどガシャンガシャンと大きな音を立てながら走る。
エドガーはリリアンに状況を問う。
「どうだ?」
「ゾンビはみんな人形について行ったみたい」
「ふぅ。よかった」
「あら、天下の天才様も不安だったの?」
「当然だ。別に目が見えなくなる前だって、いつもうまく行くか不安だった。
それに、俺は半年前に一度大きな失敗をしてしまった。
やはり、もしかしたらという感覚はぬぐえない。
今回は議論の時間も短く、たいして検証もできていない。
仕方のない事だが、だからこそ、うまく行ってもらわなければ困るのでな」
そうして五人は中庭に出る。五人中四人はそれぞれ息を飲む。
「うわぁぁぁ……」
「これはひどいですね……」
「うわ~ここまでひどくなってるとは~……」
「エド……。これは……」
四人の目の前にはぐちゃぐちゃになった中庭が広がっていた。
中庭に広がる雪には大量の足跡が残り、植え込みは踏み倒され、木は殴り倒され、噴水はバラバラに割れている。
地面にも縦横にひび割れが入っている。
そして、所々に人が倒れている。いや、かろうじて人とわかる個体がいくつか。
ほかは赤い塊だ。おそらく人だったもの。ゾンビ同士の潰し合いか。
それとも、ゾンビにされることなく潰された人間だろうか。リリアンは口に手を当てる。
「ひどい……」
「リカード。これで写真を撮ってくれ。俺が自分で撮るのはなかなか厳しい」
「はっ、はい、了解です」
エドガーの言葉で正気にもどったリカードは受け取ったカメラをしばらくいじっていたが、すぐに中庭の様子や倒れているゾンビパシャパシャと写真を撮る。
「なんだ、カメラ」
写真を撮り始めたカメラから、エドガーは話しかけられる。
「こんな景色見たくないって?あとでフィルム出してやるから。そしたら忘れるだろう?」
エドガーは耳をふさぐ。
「わかったわかった。そんなに叫ばなくたって出してやるから。
ったく、わがままでいかんな。アラン、先行しろ」
「わかった」
アランを先頭に、リカード、エドガーを背負ったリリアン、アナベルの順に進む。
アランは寝転がっているゾンビを蹴ったり踏んだりして余計な刺激を与えて起こしたりしないようゆっくり進む。
「お、千年樹は無事らしいな」
アランは巨大な木を見上げて小声で呟いた。
中庭の真ん中にある千年樹。
一周するだけでも一苦労な木である。
幹はゴツゴツと多くのコブができている。
枝は太陽の光を得ようと上へ上へと伸びている。
葉は降り注ぐ太陽の光を一条足りとも逃すまいと生い茂っている。
この大樹の下は完全な影になってしまう。
「みつけたぜ!」
妙な声が中庭に響く。アランは上を向く。
研究棟の屋上に真っ赤な目をした森人族の青年が立っている。
だが、すらりとした青年の腕はその容姿には不釣り合いなほど大きく膨れ上がっており、異常な筋肉量が見て取れる。
破けるぎりぎりまで引き伸ばされた柄物のTシャツ、短パンにはいくつか血の跡がついている。
その姿をリカードはすぐさまカメラを構えて写真を撮る。エドガーは全員の緊張感の高まりを悟って警告する。
「全員、防壁魔法の準備」エドガーの合図で全員が魔導書を構える。
「誰だ!」
「僕?僕はグラディス!」
「アナベルの説が当たったな。ゾンビは変化途中だった。
変化が進むと言葉を話すようになるのか。
それにダミーに引っかからない知能も。最もこれで打つ手の候補がかなり絞られてしまったが」
エドガーが冷静に分析してくれたおかげで、アランは慎重に優しい声で問いかける。
「グラディス君、俺たちに何の用だ?」
「僕のミッションは強化人間を増やすこと」
「何だと?強化人間?ゾンビを作りだす魔法か?」
グラディスはそう言うと両手を広げる。
彼の左右に十を超える数の赤い球が浮かぶ。球の表面にはルーン語と幾何学模様が躍る。
「こりゃ~、やばいかも~」
アナベルが冷や汗を流しならつぶやく。
最初、十個ほどだった赤い球はすでに数十個に増えている。
最初に現れた球のルーンと幾何学模様の動きが止まる。
「光魔法・光球の雨!」
数十個の赤い光弾がエドガーたちを襲う。
エドガーは号令をかける。
多人数での同種魔法の同時展開はタイミングが重要である。
魔法の完成の瞬間が少しズレると魔力配置の際の濃度に差が出てしまう。
つまり、今回のバリアであれば、つなぎ目の強度が落ちてしまうということである。
「防壁魔法!」「「「展開!」」」「展開!」
リカードが遅れた。
原因はカメラ。
ぎりぎりまでグラディスの魔法を写真に収めようとしていたため動き出すのが遅れてしまった。
赤い球の一つがリカードとリリアンの防壁のつなぎ目に命中する。
赤い球は防壁を突破する。
魔法警察として普段から防壁を張る訓練をしているリリアンは、こういった状況に慣れていた。
隣の者との魔法のつなぎ目に魔法が侵入した場合でも慌てず、自分の防壁を維持できた。
だが、リカードは違った。
「うわぁ!しまった!うわぁぁぁ!」
リカードは赤い光弾が防壁を通過してしまった時、動揺した。
自分のせいでチームに犠牲を出してしまう。
それに隣は自分が守るべき相手。
必死で開いてしまった穴を無理やりふさごうとした。
結果、防壁全体の魔力バランスが崩れ、魔法が壊れた。
「何やってるメガネ!」
アランが慌ててリカードを支援する。
しかし、アランのフォローは間に合わなかった。
リカードの腕には赤い光球が命中していた。
リリアンはそれを見て驚きの表情を浮かべる。
「やばいよ!リカードが魔法を食らった!」
「リカードこっち来い!」
エドガーは自分の足元を指差す。
座れと言う意味だ。
リカードは自分の自我が急速に押さえつけられていることを感じ、それに必死に抵抗する。
内側から何かに吠えられているような気分だった。
「うぐぐ……、はっ、はい……」
「アラン!アナベル!しばらく応戦頼む!一撃もくらうな!
できればほかの固体に連絡を取られる前に倒してくれ!」
「「了解!」」
アナベルとアランはエドガーたちとグラディスの間に割り込み、赤い光弾を防ぐ。
「リカード、気を確かに持て!」
「殺してください」
「は?」
「殺してください!ぐっ……!
ゾンビになってあなたを襲うようなことがあっては私が死んでも死に切れません」
リカードは赤く染まりつつある目をエドガーに向けて懇願する。
だが、エドガーはそんな目を見ることはできない。
その目をあっさりと無視するとエドガーは青い本を取り出す。
「殺せって?それは最終手段だ。俺が考え付く方法をすべて試してからだ。
青い本。俺の魔法をバックアップしろ」
エドガーはリカードの状況を手のひらをかざして把握する。
「俺の詠唱に合わせて、リカードに効きそうな魔法をピックアップしてくれ。
いくぞ。リカードに対する魔法的影響への抵抗力を高めろ。抗生魔法・抵抗」
「うぐぐぅ。グァァ……。グオおお……!」
「黙れリカード。俺の気が散る」
「そ、そんな……無茶な……!」
「いいぞ、青い本、その調子だ。よし、それいくぞ!」
エドガーは眉間にしわを作る。
「ページ数を言われてもわからん。読み上げろ」
エドガーは賢者と協力して次々と魔法を繰り出す。
効果があるかどうかの確認をする暇もなく、リカードに魔法の効果を遅らせることができそうな魔法をかける。
一方、アナベルとアランは苦戦していた。
いつも通り、アランが前衛、アナベルが後衛を担当する。
しかし、アランは思っているように攻撃できていなかった。
第一に位置が悪かった。
魔法で作り出されたものはその時点で重力の影響を受ける。
上から下を攻撃することは簡単であった。
しかし、下から上を攻撃するには重力の影響をよく考えなければならず、さらに、威力も減少してしまう。
さらに悪い事に、グラディスは太陽を背にして戦っている。
アランからグラディスは大部分が影になってしまっていた。
第二に彼らは先手を取られていた。
嵐のように降る光弾の攻撃に対して、彼らは反撃の機会を失っていた。
「アナベル!魔力はまだ持つか?」
爆音が響く中、アランは叫ぶ。
「う~ん、このままの状態があと三分続いたら私の魔力はなくなるね~!」
「どうする……!」
アランは頭を抱える。だが、アランは数秒も迷うことなくすぐに結論を出す。
「ダメだ、俺はこういう遠距離戦が最も苦手なんだ!アナベル、お前が攻撃してくれ!俺が防壁を張る!」
「わかった~!」
「防壁魔法!三つ数えたら交代しろ!三、二、展開!」
アランが前に出るのと同時に、アナベルは後ろに下がる。
「くぅぅぅ、強い、なんでここまで強いんだ……!
これだけ、大量の光球を生み出したなら、一個ずつの威力はもっと落ちるはずだろ!」
「アラン~、ちょっと強烈なの行くよ~。生活魔法!」
中庭の温度がすっと下がる。アランは鳥肌が立っていることを自覚する。
グラディスの周囲には大きな球状にいくつもの氷塊が現れ、グラディスの周囲をぐるぐると回る。
氷塊が停止する。一瞬の静寂が訪れアナベルの声が響く。
「冷凍保存!」
氷塊が一瞬でグラディスに集中する。氷塊はグラディスの動きを確実に封じ、彼を氷の中に閉じ込めた。
「これでどうかな~?」
「よし、いいじゃねぇか!これであいつもしばらく」
バリーンとガラスが割れる様な音が響いて、グラディスが中から飛び出す。
「うぉ!これでも足りないのか!」
「う~ん、並みの人間だったら、自分から出ることなんてできないんだよ~?」
「僕にそんなことをしても無駄だ。こっちは強化されてるんだから。
さっさとこの魔法喰らってくれないかな?」
グラディスはぞっとするような笑みを浮かべると、再度、呪文を唱え、光球を作りだす。
アランはもう一度防壁魔法をくみ上げる。
「クソっ!だが、光球を止めないと!このままだと、俺たちの魔力が尽きる!」
「一体いつまで打ち続けられるの~?……光弾が止まればいいんだよね~?
家庭内暴力用に開発した魔法だけど、使えるかな~?生活魔法!」
アナベルは両手を空中へ向ける。
アランの防壁の外側に新たな半透明の膜が出来上がる。
膜にはルーンと幾何学模様が描かれる。
「魔力障壁!」
アランは自分の障壁に当たる光球の衝撃が軽くなるのを感じる。
だが、アナベスはアランの言葉に何も返さない。
必死の形相で魔法を支えている。
アランの防壁魔法の前にアナベルの魔法の膜が張られたのだ。
アナベルはグラディスの重さに耐えかねて膝を落としそうになる。
「く〜……!重たい〜!魔力もここまで高密度だと重たいね~」
アナベルの魔法はアナベルは膝にグググっと力を込めて持ち上げると叫んだ。
「ぬぁぁぁ……!魔力反転!」
アナベルの張ったシールドが赤く光ると、続々と光弾に変化する。
「いけ!」
光弾は、グラディスに迫ると、次々と爆発する。爆発は大きく広がり、グラディスの足場を奪う。
「ウッ!」
グラディスの姿が見えなくなり未だに空中に浮かんでいた残りの光弾が消える。
「やるな、アナベル……!」
「でも、まだだと思うよ〜。少し余裕ができただけ〜。
アランは一応、防壁魔法そのまま使ってて〜。室長の元に行くよ〜」
アナベルとアランはリカードの治療を続けるエドガーの元に駆け寄る。
「室長〜、リックはどう?」
エドガーは流れる汗をぬぐいながら答える。
「あまり良くない」
「……すみません。迷惑をかけます……!」
「ホントだよ、馬鹿野郎!心配させんな!!」
アランは場違いな罵声を浴びせ、リリアンから冷ややかな視線を送られる。
思っていたより元気そうなリカードの声を聞いてアナベルは少し笑顔になる。
「おお〜、さすが室長、リックの自我は保たれてるんだね〜」
「ああ、なんとかな。変質魔法を途中で止めることはやはりできなかった。
だから、リカードを猫にする魔法をかけたんだ」
「なるほど〜、変質魔法の相殺か〜。魔力源はどこから〜?」
「魔石だ。持ち歩いていてよかった。これがなくなったらリカードはゾンビになる」
エドガーはリカードの首にかけた巾着袋を持ち上げて見せる。
白い繊維の隙間から魔石の青い光が漏れ出ている。
この光が無くなったときリカードはゾンビになる。
リカードは厳しい表情を浮かべると言う。
「もってあと、三時間といったところでしょうか……」
エドガーはそんなリカードの前で微笑む。
「安心しろ、三時間以内に解決してやる。
ただし、うつるかもしれないから誰かに触れる様なことはしないでくれ」
そんなエドガーを見てリカードはうっすらと笑うと、覚悟を決めた表情でうなずいた。
「……わかりました。ゾンビにするほうだけ解いて、猫の方を解くの忘れないようにお願いします」
「おいおい、その森人族はもう強化人になったはずなんだけどなぁ〜?」
全員、崩れかけた校舎の方を見る。
だが、建物の上にグラディスの姿は無かった。
彼はすでに中庭に降りてきていた。
リカードは改めて彼の姿をよく見る。
エドガーと同じくらいの身長に服装。
だが、異様なのは首から下の筋肉。
筋肉質な人は顔も引き締まっているものだが、彼の顔は少しぷくっとしており、顔と体のバランスが全く取れていない。
「ダメか〜、やっぱ、そのくらいじゃ死なないよね〜」
「……誰が仲間だ……!」
リカードは苦しそうにそういった。
「メガネがてめぇらの仲間になんてなるわけないだろ!引っ込んでろ!」
アランは大声で叫ぶ。
「お前ら全員、仲間になるんだよ!光魔法・無限の光嵐」
グラディスは手を右手を持ち上げると横に振る。
その動作だけで彼の周囲には無数の赤い光球が作り出される。
あっという間に模様が固定されるとアランに向けて打ち出される。
「ちっぃぃ!この魔法ばかり!芸がねぇな!ゾンビ!防壁魔法・槍展開!」
アランは防壁魔法を敵に向けて尖らせて展開する。リリアンはそれを見て感心する。
「なるほど、斜めに受けることで光弾を弾けるのね。
受け止めることになっても斜めに受けるから防壁が実質的に厚くなる。
アラン、なかなかやるじゃない。警察の魔導兵器にも応用できそうだわ」
だが、リカードの注釈がはいる。
「……あれはエドガーさんの知恵だ。決してチビヒゲが考えたことではない」
「……エドの知恵ならいらないかも」
リリアンは眉をひそめる。そんな話をよそにエドガーはアナベルに話しかける。
「あいつの魔法は光弾か?」
「そうだね〜、しかも、量が半端ないんだよ〜。魔力無限にあるみたい〜」
「そんなことはないだろう。原因に考えはあるか?」
「考え~?……全然……」
エドガーはさっとグラディスの魔法を観察する。
「おそらく、敵に当たらなかった光弾の魔力を回収しているんだ。
その時、音と光だけは出ている。校舎も多少汚しておく。
そうして、爆発に使われているはずだった多大な魔力を回収しているんだ。
逆に言えば何かに当たるまでは爆発のための魔力が光弾の中に内蔵されている」
「なるほど……!それなら回収される前の光弾にちょっと細工してあげようかな~」
「ふふふ、あれがいいんじゃないか?仕込み魔法のやつ」
「あれか~、そうか、あれなら~最適だね~。さすが室長~」
エドガーとアナベルは二人して怪しげな笑みを浮かべている。
端から見ると気持ち悪い二人。アナベルは魔道書の準備を始める。アランは大声で叫ぶ。
「お前らぁ!俺のこと忘れてないだろうな?早くなんとかしてくれ!」
「アラン、ちょっと耐えろ!」
エドガーはテキパキと指示を出す。それに続いてアナベルも声を出す。
「リリィ!室長背負って私の後ろについて〜!」
リリアンはその声に反応してアナベルの後ろに移動する。
「室長〜!魔法を大きく拡散する魔法お願い〜」
「おお、任せろ。拡散する先を指定できないが問題ないか?」
「大丈夫だよ〜」
エドガーはアナベルに対して手のひらを向ける。
「アナベルに対して、次に使用する魔法が拡散する効果を与える。付加魔法・拡散!」
アナベルにエドガーの魔力が宿る。アナベルは喜々として自分の魔導書を構えると言う。
「よしよ~し。私の番だね?生活魔法・魔力吸収!」
アナベルの詠唱と同時にエドガーの魔法が発動する。
発動と同時に中庭の地面全てに青いルーン文字と幾何学模様が現れ、徐々に浮かび上がる。
十センチほど浮かび上がった模様は動きを止める。魔法が完成した。
「海!」
アナベルがつま先でぴょんと飛び上がり、着地する。
その瞬間アナベルを中心に薄く青い波打った円が広がる。
魔法犯罪防止用にアナベルが開発した魔法。
使用者の魔力量によって、一定範囲の地面を魔法無効にする魔法。
「すごい……!」
リリアンは思わずつぶやいた。
まるで中庭が海になったかのように、薄く青いベールが中庭に浮いていた。
光弾が命中した部分は水の中に弾を落としたように、青いベールが光弾を包み込む。
包み込まれた光弾は赤から青へと色を変え、ベールの中に解けていく。
魔法の海は無限に降り注ぐ光の弾を次々と吸収していく。
吸収された魔法は波動となってアナベルに集まる。
リリアンが足を持ち上げ、足元に波打つ青いベールを少し蹴ってみる。
だが、ベールはまるでリリアンの足が無いかのようなふるまいをする。
「リリィ~。そんなことしても無駄だよ~。この海に影響できるのは魔法だけだよ~」
「アナベル、どうだ?」
「室長!あの光弾の見た目と威力に合致する魔力を吸収できているよ~」
「やったな!これで魔力切れを起こしてくれればいいんだが……?」
だが、グラディス本人はすぐに魔力が急激に減ったことに気が付いてしまった。
「ちっ、何かしたな?」
グラディスはすっと魔力を下げ、魔法を消す。
雨あられと降り注いでいた光弾は何もなかったかのように収まる。
「なかなかやるな。もしかしてエドガーとかいうやついるか?」
急に名前を呼ばれたエドガーは思わず返事をする。
「何だ?俺を知っているのか?」
「やっぱり、いたか!あの方から、そいつだけは要注意と言われているからな!
先に殺させてもらうぜ」
「あの方?」
グラディスはまたも光弾を生み出す。だが、今度はその弾を槍の形へと変える。
「光魔法・光の槍!」
「まずい~!あの鋭いのはこの魔法じゃ無理かも~!」
海にも魔法を吸収する量には限界がある。
それに半透明な膜になっているこの魔法は、魔力の密度を高め鋭さを持つ魔法に対応するには薄すぎる。
アナベルの叫びと共にグラディスの槍はエドガーを急襲する。
「エドガーさん!」
リカードはエドガーの前に躍り出ると唱える。
「変質魔法・土の鏡!」
地面が隆起し、グラディスとリカードの間に壁ができる。壁は鏡になっている。
「何っ?」
「光の魔法なら、鏡に反射されるだろ!」
リカードの予想通りグラディスの魔法が全て跳ね返される。
「グァァァ!光魔法・光の盾」
グラディスは慌てて光魔法による防御を行う。しかし、間一髪間に合わない。
「クソがァァァァ!」
自分の魔法によって打ちのめされ、グラディスは吹き飛ぶ。
リカードはその隙にエドガーたちの方を見ると言った。
「みなさん! 今のうちに図書館の中に!リリアン!アナベル!ヒゲ!」
「はい!」「は〜い」「てめぇ!俺様の名前、ちゃんと呼べ!」
リカードに言われてアナベル、リリアン、アランは図書館の入り口に向かって懸命に走りだす。
だが、ゾンビは彼らの予想を上回る頑丈さを誇っていた。
「行かせやしない!強化魔法・脚力増強!」
吹き飛んだはずのグラディスは恐ろしい勢いで図書館に入ろうとする彼らに迫る。
彼の服はほとんど吹き飛び、全身血まみれであったが、自身のスピードでそれらが置き去りになる。
リカードはその姿に恐怖した。なぜ臆さないんだ!
「何てやつだ!変質魔法・鋼鉄監獄!」
リカードの変質魔法。地面から鋼鉄の板が五枚飛び出し、グラディスを囲う。
板は立方体を形作り、グラディスを捉える。完全に閉じ込められたグラディスは抵抗を始める。
鋼鉄の中から何をぶつけているのか、断続的な破壊音、鉄の軋む音が聞こえる。
「よし!開けるよ〜!リカード!こっち!」
アナベルは図書館の大扉に手をかける。
数十メートルの高さにもなる図書館の入り口には大量の取っ手がつけられている。
このとっての数だけでここを使う人の多様さがわかる。
アナベルは普通の人ようの取っ手に手をかける。
重量だけ言えば数十トンあるような扉だが、魔法によって開けやすくなっている。
アナベルは慎重に少しだけ開けるとリリアン、アランを手招きする。
「早く〜!」
「はい!」
「すまねぇ!」
「リカードはどうした!」
エドガーの鋭い声にアナベルはハッとしてリカードを見る。
リカードはこっちに向かって走ってきている。
だが、その後ろの鋼鉄の監獄にはすでにヒビが入ってしまっている。
次の瞬間に、鋼鉄は崩れ落ちた。
中から、真っ赤に燃え上がるグラディスが出てくる。
アナベルは理解する。燃え上がっているように見えているのは魔力の流れだ。
あれがグラディスの本気!
「逃がさねぇって言ってるだろ!光魔法・光の弾!」
「リカード!後ろ!」
アナベルには年に一回か二回しか出さないとっておきの鋭い声をだす。
「くっ!」
リカードは振り返る。だが、その目に写るのは目の前に迫る大きな魔法の光弾だっただろう。
リカードは顔の前でなんとか腕をクロスさせて衝撃に備えることくらいしかできなかった。
「ぐぁぁぁぁ!」
ドォン!と言う大きな音が鳴り、リカードは吹き飛ばされる。
おそらく、腕の骨はボロボロになり、打ち付けられる衝撃でトマトのように体の中身はバラバラになるだろう。
だが、そんな状況でも一つだけ、幸運なことがあった。
「リリアン!扉思い切り開けて!」
「はっ、はい!」
リカードはまっすぐ図書館に飛んできていた。
リリアンは慌てて扉を開くも、ほんの少し足りなかった。
リリアンの目はリカードが扉にまっすぐ飛んでくる状況をしっかりととらえていた。
「うわぁぁ!リカードちょっと待って!」
「待てるわけないだろぉ!」
リカードはそう叫ぶ。
リカードは図書館の扉を見ていない。
待ってと言われ扉が開いていないことを想像したリカードは背中に力を込める。
ところが、リカードの予想は裏切られた。それも悪い方向に。
「いったい!」
ボグゥという音がする。
リカードは開きかけの扉に腕を打ち付けていた。
そのままくるくる回りながら図書館の中に吸い込まれていった。
「おいおい!メガネのやつすっごい飛んでいったぞ?」
「リリアン!ナイス〜!扉閉めるよ!」
「リカード、ごめん!」
リリアンとアナベルは持てる力を全て込めて、図書館の扉を思い切り締め切った。
魔法によって重さを感じなくしてあるとは言え、実際の質量を軽くしているわけではない。
重い扉が急激に締まり、重苦しい大きな音がなり、図書館全体が振動する。
「リカード入ったか?」エドガーの心配そうな声。
「入ったぞ!」アランが返事をする。
「アナベル!施錠!」
「は〜い、生活魔法・完全〜」
アナベルの魔法により扉にチェーンの形をした模様が現れる。
少し、フヨフヨ浮かんでいたがすぐに止まる。
「ロック!」
チェーンは収縮し扉に巻きつく。
「これでもう大丈夫!」
「はぁ、危なかった……」
「なんとか、図書館に来れたな……」
一同はため息をついて自分たちの無事を再確認していた。
第一章終了です!
ここまで読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただけていると幸いです!!!
よかったらブックマーク登録お願いします!!!