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さぁさぁ、物語の始まり始まり〜
四方を山に囲まれたノースウッド王国。
一年中雪が降るこの国では、その生活のほとんどを良質な魔石生産によって賄っている。
冬以外の季節がない厳しい土地であるが、それゆえに彼らは命をかけて魔石を掘り出し、敵から身を守るために魔法を磨く。
王国の北部。
標高五千メートルを超え、刃物のように妖しく切り立ち光り輝く山々。
普段は白銀である山々も月明かりを受け、世にも美しいダークシルバーの刃を見せている。
美しい刃の中ほど、魔石の採掘によって落盤し大きく陥没した盆地がある。
深い雪と激しい風という厳しい気候のせいで雑草ですら侵出するのを拒んだこの盆地に、場違いな赤いレンガを積んだだけの屋根、黒い煙を吐く煙突、木枠にガラスをはめた窓、灰色のレンガ造りの壁が雪の中から生えている。
古めかしく、だがその印象とは裏腹に荘厳で城と呼ぶにふさわしい巨大な建物が七つ並んでいる。
城はそれぞれが一つの村を作れるほどの広さを持っている。
城は周囲の気候など全く感じていないかのように、屋根で雪を集めることも、風を受け止めて窓を揺らすこともしていなかった。
雪は城に触れるだけで溶け、風は城を避けて吹いた。
この建物こそがノースウッド王立魔法大学の校舎である。
この校舎では全世界から集まる魔法のエキスパートたちが、日々魔法の研鑽に明け暮れている。
校舎に囲まれた中庭。植え込みのすぐ脇、雪が積もる中に彼女はいた。
「ここは……?」
リリアン=マーチャントは自分に降り積もる雪の冷たさで目を覚ました。
顔に積もった雪を手で振り払うと、彼女は両手に最大限力を込めて起き上がる。
体育座りで座ると、ゆっくり周囲を見渡す。
月明かりを受けた雪がリリアンの視界を白く埋める。
手についていた雪をパッパッと払うと、子供のように両目をこする。
そして、頭を振り乗っている雪を落とす。
赤く艶やかで長い髪が姿を表す。
中庭の中心に見える樹齢千年を超える巨大な木は雪を抱え、キノコのようだった。
地面に置いた手を動かすと、冷たい雪の下に芝生の空気を含み衝撃を吸収するふわふわとした感覚を得る。
「中庭ね……?」
口の中に入っていた雪をぺっぺっと吐き出しながら彼女は考える。
なぜこんなところで寝ているの……?。
彼女は立ち上がり、魔法警察を象徴するワインレッドの制服についた雪を払い、周囲の状況を確認する。
中庭に人の姿は少なく閑散としている。
徐々にぼんやりとしていた感覚が元に戻り始める。
耳の感覚が戻ってくると、うっすらと警報音が聞こえてくる。
リリアンは制服の胸元にある警察の紋章についた雪を払い終わると自分のほっぺたをパンっと叩いて正気を取り戻す。
冷たい手による刺激でリリアンは意識が戻り、改めて理解する。
大学構内は大騒ぎだった。
悲鳴がそこかしこから聞こえている。
だが、この物々しい雰囲気を一番演出しているのは、耳の奥まで刺さる音質で鳴っているサイレンだ。
サイレンは危険魔法発動を知らせるために、魔法によって人の心に重く響くように設定されている。
この音を聞いた人間は無意識に逃げることを選択させられてしまう。
彼女は急激にその場から離れたくなる不自然な衝動を感じる。
彼女は目を閉じると息を深く吸い込んだ。
いつも通り魔力によって精神力を強化しサイレンの効果を打ち消す。
この方法は王立魔法大学に入学した新入生が最初に覚えなければならない方法だ。
理由は簡単。
サイレンは毎日一度は必ず鳴り、人をその場から引きはがそうとするからだ。
出席しなければならない授業中。
好きな人に告白してる時されてる時。
限界まで我慢してやっとたどり着いたトイレにいる時。
強制的に上げられた心拍数が下がり、逃げなければならないという焦燥感が落ち着く。
リリアンは深呼吸をする。
突如、後ろの校舎から女の人の声が響く。
リリアンは思わず背筋をピンッと伸ばす。
「マイク!無理しないで!ねぇ、ムツカ!正気を取り戻して!」
続いて男の声が聞こえる。
「ミミ!俺の後ろに!クソ!!ムツカ!これ以上こっちに来るな!!」
リリアンは振り返る。
窓の奥に人族の男と女が見える。
二人とも大学指定の制服を着ていることから、この大学の生徒であることが分かる。
青色のブレザー。二人とも学部生のようだった。
リリアンはさっと状況を把握する。
どうやら逃げ遅れた彼女の事を彼氏がかばっているようだ。
リリアンはマイクと呼ばれた男の視線の先に目を向ける。
じっと目をこらすと二人の前に別の男の影が見えた。
年季の入ったガラスは向こう側の様子をおぼろげにしてしまう。
リリアンは窓の向こうの様子を掴もうと慌てて窓に駆け寄る。
窓の向こうに起きている状況が良く掴めなかった。
だが、リリアンはムツカと呼ばれた男の体が赤色に光っているのを見た。
どうやら壁際に追い詰めた男女に対して何かを魔法を使おうとしているらしかった。
そして、マイクと呼ばれた男に向かって何かを唱え、手を向ける。
手のひらから赤いモヤのようなものが現れ、あっという間にマイクを包みこみ、全身を赤く染め上げる。
「ムツカ!やめろ!……ううっ……!うぁぁぁ……!」
マイクは直立のまま苦しそうな声をあげて硬直する。
「ダメ!マイク!しっかりして!!」
だが彼女の声は届かない。
彼氏はゆっくりと愛する彼女のほうに振り返る。
窓にへばりついて様子を確認していたリリアンはその瞬間の彼氏の顔を見た。
目も口も真っ赤だった。
ただ、それは普通の赤色とは違う、人に現れることのない不自然に濃い赤褐色だった。
そして不気味なことに、笑顔だった。
それも笑顔から怒りの感情が読み取れる。
そんな残酷な笑顔。
リリアンは背筋を伝う恐怖感を無理やりぬぐい捨てると慌てて動き出す。
「一人だけでも助けないと……!」
魔法警察として戦闘訓練は普段から積んでいる。
戦闘に入るための動作は一瞬。
腰のベルトに固定してある魔導書を左手で取り出し対象のページを開くと、右手を対象に向けて略式の魔法始動語を唱える。
「鎮圧魔法」
魔法を唱えたムツカ、女を襲おうとしているマイクの周りに幾何学模様とルーン語が描かれた半透明なロープ状の光が現れる。
ロープに書かれた模様は止まることなく常に動き続け、同じ模様を成すことは無い。
多数の円や多角形、そしてどこかで見たことがあるが決して読めない、そんなもどかしい文字列がふよふよと踊る。
だが、ある時点、最も調和のとれた美しい状態で、その模様の動きが止まる。魔法の完成だ。
「捕縛!」
次の瞬間、半透明だったロープが実体化する。
人を捉えるための丈夫な麻のロープとなり、二人の男たちをきつく縛り上げる。
赤く光っていた男たちは一撃で捕縛され倒れてしまった。
「ぐあぁ!!」
男たちの叫び。
人から発せられる声だと全く思えない。
ダミ声を三倍に濃縮した声をさらに一オクターブ下げたようだ。
まるで地の底から響いてきているような低い叫び声。
「人の声じゃないみたい!うううううっ!?」
彼女は急激に体から魔力が持っていかれる感覚を得てふらつく。
何とか壁に寄りかかることで体勢を立て直すと叫ぶ。
「何!?」
リリアンは縛り付けた男たちの様子を見る。
二人とも拘束を解こうと暴れまわっている。
もしかしてロープから抜け出そうとしているの?こんな力、信じられない。地上人じゃないわ……!
リリアンは女に叫ぶ。
「早く逃げて!」
「マイク!マイク!しっかりして!」
女は捕縛されたマイクに手を伸ばす。
だが、マイクはうっすらと赤く光っている。
リリアンは嫌な予感がして叫んだ。
「触っちゃだめ!」
だが、女はマイクと呼ばれた男に手を触れた。
直後、マイクから女に赤いもやが素早くうつる。
女は慌てて手を離すも、すでに手遅れだった。
手の先から電撃を食らったかのように痙攣すると、体が硬直する。
「あっ……がぁっ……ぐっ……!!」
リリアンはその光景を見て、捕縛の魔法を解いた。
信じられないほど強い力で縄をほどこうとしてくる男を二人もとらえていたリリアンは、彼らの動きを抑えるために相当の魔力を使っていた。
全身の力がふっと抜けてしまい、ガクッと膝をついてしまった。
「鼻血……!」
一瞬で魔力を使いすぎてしまったようだ。
魔法を使うとき魔力を扱うのは脳だ。
使いすぎるとオーバーヒートしてしまう。
鼻の下を乱暴に拭きながら顔を上げると、得体のしれない存在となったあわれな男二人と女は赤い光を放ちながらゆっくりと廊下を歩いて行くのが見えた。
「……一体何なの?人から人に移る魔法なんてあったかしら……」
リリアンは思案する。
だが、すぐ頭を振る。
そもそも、リリアンは純粋な大学の研究者ではない。
考えることは苦手だった。
もともとは魔法警察官になるつもりだったのだ。
そのために、貴重な青春の時間を全て勉強に費やし、超高倍率な試験を首席で突破した。
だが、首席で突破してしまった事が彼女の人生を狂わす。
優秀な人材と思われた彼女はあろうことか警察魔法研究科に配属されたのだった。
警察魔法研究科では犯人の鎮圧や拘束など、戦闘や公務執行に関する魔法を無害化そして効率化を行なっている機関だ。
リリアンが望んだ犯人を追いかける現場の刑事とはかけ離れた仕事だった。
それでもリリアンはすでにいくつかの業績を上げており研究所内でも高い評価を得ていた。
今はとある理由で出向することになり魔法大学に来ている。
「……エドに聞いてみよう」
エドガー=レンフィールド。
リリアンの幼馴染。
研究バカ。
百年に一度の天才と言われている。
おだてられて調子に乗ってるけど。そんなかっこいいものじゃないわ。
リリアンにしてみればエドガーはただの生活無能力者だ。
片づけない部屋、洗濯されない服、洗わない食器。
そして、手紙を読まない。
本人はいつでもだれでもテレパシーを飛ばせるらしいが、普通の魔法使いがポンポンテレパシーを飛ばせると思ったら大間違いだ。
そんな一方通行な連絡手段があってたまるかとリリアンは一人ツッコむ。
「あんな変なゾンビみたいな奴が来る前に行かなきゃ……!」
リリアンは大学の地下にあるエドガーの部屋へと急ぐ。
幸いなことにエドガーの部屋への入口はすぐ近くにあった。
扉は潜水艦などにありそうな円形のハンドルが付いた密閉式の頑丈な作りだ。
さらにそれを魔法で固めてあるため、生半可なことでは部屋の中に入ることすらできない。
リリアンはガチガチに固められたハンドルを力づくで無理やりこじ開ける。
リリアンの予想に反し、扉は素直に開く。
「あれれ?ここの扉ってこんなに緩かったっけ?」
リリアンが扉を開けると濃密なアルコールの匂いが漂ってくる。
二日酔いの時、鼻の中に感じる不快なアルコール臭がリリアンの鼻腔を攻撃する。
「うわっ。酒くさ!おェェ!マジで?」
リリアンは酒の匂いにむせあがり、沸き上がる嘔吐しそうな感覚を何とか飲み込む。
換気したいが、外には変な化け物がうろうろしている。
リリアンは泣く泣く扉を閉める。
普通に降りるには急すぎる階段を降りる。階段というより梯子だ。
前からリリアンは梯子と主張しているのだが、エドガーに言わせると階段らしい。
この段々は階段の定義に沿ったつくりだそうだ。
登り方、降り方ははしごのそれと同じなのに。
リリアンは階段を下りながら部屋の様子を伺う。
エドガーの研究室は広々とした地下空間になっている。
天才に与えられる富と権力を、この大量の書物と実験器具が並べられた広い研究室が物語っている。
「こんな部屋、エドには勿体無いわ……。体育館にしたほうが有益ね」
入口近くにある大きな机にはルーン語や魔法陣が殴り書きされた紙が積み上げられており、椅子にはいくつもの酒瓶が乗っている。
椅子の後ろにはくしゃくしゃに丸められた紙が散乱し、机の前には書籍と、丁寧に重ねられていた紙が崩れた後のような山ができていた。
おかげで、床のいたるところに書類や研究用の試験管やビーカーと言ったガラス器具が散乱している。
散らばっている物の中にはあと魔力を流し込むだけで発動してしまうような、幾何学模様とルーン語を埋め込んだ魔法陣が描かれた紙なども放置されている。
魔法使いは物を探すときも魔法を使う。
だから整理整頓された魔法使いの部屋というのは珍しい。
そんな珍しい魔法使いの一人であるリリアンからすると、このように足の踏み場もないぐちゃぐちゃなのは耐えられない。
濃密なアルコール臭によって吐きそうな感覚をこらえ、リリアンはその辺に落ちている紙や本を踏んづけながら、研究室のソファで寝ているエドガーに駆け寄る。
エドガーはいつもボロボロの黒いシャツ、黒いズボン、白衣。
だが、いつも焦げたり破れたりしていた白衣は、酒のシミで所々に様々な色がついてしまいボロボロになっていた。
髪の毛は真っ白でぼさぼさだ。
こちらは酒のせいでも、若白髪のせいではなく、最初から真っ白だった。
校内からは美形と噂されるエドガーの顔もひどいものだった。
高い鼻に切れ目。
とんがった耳は西の国の血を受け継いでいることをよく表している。
だた、今は酒で全て真っ赤であり、元のかっこよさなど微塵も残ってはいなかった。
汚らしく長い髪、伸ばしっぱなしの髭。
何日も風呂に入っていないことがわかる体臭。
リリアンとしては確かに美形だと思っているが素直にそれを認めるには何かが邪魔をしている。
リリアンはソファの上でうつぶせになって寝ていたエドガーをひっくり返す。
「エド!ちょっと!寝てる場合じゃないよ!起きて!」
リリアンはエドガーの体をゆする。
「うわっ、濡れてる!」
液体がついた指のにおいをかいでも酒の匂いしかしない。
おそらく酒で濡れていると信じたい。
一度、似たような状況で起こしたときに、巨大ナメクジの粘液だったことがあるリリアンは一応警戒して、指先だけでエドガーに触れる。
何度かツンツンとしたあと、指刺さって死ね!と思いながら放った一撃で、エドガーはゆっくりと目を覚ます。
「ああ?リリアンか?……何してる」
「何してるじゃないよ!大変なことになってる!」
「まて。リリアンだと?なんで?」
エドガーは怪訝な表情を浮かべる。
リリアンは頭に血が上りそうなのを我慢しながらエドガーに話しかける。
「なんでもなにもリリアンだよ!あんたの幼馴染の!あんたと幼馴染だったせいでこんな大学によこされたかわいそうなリリアンですよ~?」
「いや、……そんなことはどうでもいい。この匂い。埃っぽいな。ちょっと焦げ臭いし。一体どこを歩いてきたんだ?それに、草の匂いもする。こんな時間から中庭でお昼寝とは良いご身分だな。
ん?これは何の匂いだ?香水か?今度の香水は少し趣味が悪いんじゃないか?
それに。この布ズレの音!
また、警察の制服まがいを着てるのか!いい加減、未練を捨てて研究者になれよ。
うっ、口臭からニンニクの匂いがする。
昨日は焼肉だな。煙草の匂いもする。デートだな。新しい彼氏か?この煙草を好んで吸うのはアルダスだろう。交際はやめておいた方がいい。半年と少し前にあいつと一度会った時に分かったんだ。
大きな隠し事があるみたいだ。俺の前では終始おどおどしていたからな。
秘密のある奴はみんなそうなる。あいつのいるMCC社はなかなか狡い事やってるからな。
だいたい、なぜこの部屋に戻ってこれたんだ……?おいおい、昔かけた魔法まで作用しなくなるのか?」
「どうでもよくないわ!相変わらず細かいことへの指摘がうるさいわね!
あんたがアルダスの何を知ってるの?
もう五カ月も付き合ってるけど、私にはとっても優しくしてくれるわ!
それよりも大変なんだってば!校内が!」
だが、エドガーの表情はより歪んでしまう。
ゆっくりと体を起こす。
だが、まっすぐ座れていない。
左右にゆっくりと揺れている。
「ああ?校内が大変なのはいつもの事だろう。それより、誰かが大学を傾けたのか?」
「大学は傾いてないわ!エドが揺れてるの!それより校内にゾンビみたいなやつらが徘徊してるの!魔法をかけられたり、触られたりすると、変な笑顔を浮かべた人間になっちゃうの!」
「へぇ?」
ところが、それだけではエドガーの興味を引くことはできなかった。
魔法大学において『異常』なんてものは存在しなかった。
さっきまで隣に座っていた人が急に爆発したり、コップに入っているような水がもぞもぞと動き出したりなんてことは通常である。
リリアンもそのことはわかっていたが、人から人にうつる魔法なんて聞いたことが無かった。
そもそも、そんな魔法、あったら世界が崩壊しているはずだ。
うっかり変な魔法が流行ってしまえば……。
これまでにない『異常』であるはずの事態に動じないエドガーを見てリリアンはピンとくる。
「待って!もしかして、この事態を引き起こしたの、エドガーじゃないの?」
かっこよかった時の面影など残さない、髭面のエドガーの顔が渋くなる。
こうなってからリリアンは気がつく。余計な地雷を踏んだと。
「お前。俺の今の状態知ってるだろ。目が見えないんだ。目が。嫌味か?だいたい、なんだ?こんな昼間から。大学の人間がゾンビ化してる?結構なことじゃないか。魔法使いなんぞ全員死んじまえばいいんだ」
「なんてこと言うの!」
エドガーはビシっとリリアンを指さすと言う。
「お前もだ!リリアン!前にも言ったけどな!俺のことはもうほっといてくれよ!いつまでもいつまでも俺に構ってんじゃねぇよ!いい加減、邪魔なんだよ!」
「ひどい!こんなに心配してるのに!」
「ぐはぁ!」
リリアンの拳は座っているエドガーの腹にクリーンヒットする。
ぼごぉ!
という音とともにエドガーは寝っ転がっていたソファから扉を突き破って横の部屋の中に見事な人型の穴を開けて吹っ飛ぶ。
「いい加減、目を覚ましてよ!いつもの異常とはわけが違うんだって!」
「いってぇな!お前こんな力強かったか?くそっ!だから、覚ます目が無くなったって言ってるだろ!もう無理なんだ!俺が魔法を使うのは!」
エドガーは焦点の合わない白濁してしまった目をリリアンに向ける。
「いいか?大部分の魔法っていうのはな!視線が最も大事なんだ!」
エドガーはたかぶり過ぎた感情を抑えようと、一度息を深く吸い込んで、吐き出す。
「そもそも魔法っていうのは大気に充満する魔力を使い化学変化や物理変化に対して干渉することを言うだろ。
例えば、魔法で火を起こすのならば、『燃えるもの』『酸素』『熱』の全て、または一部を魔力で用意すれば良い……!
でもな、物を燃やすときも燃やす対象が見えてないとだめだ!
何かを生み出すとき、どこに生み出すか見えてないとだめだ!
大きさの検討もつけられない!見てみろ」
エドガーはおもむろに両手を突き出す。
魔導書を必要としない魔法の詠唱。
エドガーが百年に一度の天才と言われたゆえんであり、二十歳という若さで教授の地位を得た理由でもある。
魔導書とは一つの魔法で何千、何万語にもなるルーン語を整理して記してある本である。
魔法の行使者は魔導書にあらかじめルーン語を記しておく。
睡眠から覚めた朝、脳の中の記憶が最も整理されているときにその魔導書を一行ずつ眺めることで、魔法行使の準備をすることができる。
これは《メモライズ》と呼ばれる。
そうしておくと、始動語と呼ばれる魔法の発動用の呪文を唱えるだけで使いたい時に使いたい魔法を使うことができる。
もちろん、魔導書に記しておいた魔法以外使えないが、そうしておくことで魔法を高速で始動させることができる。
だが、エドガーにその必要は無い。
わざわざ魔導書を用意する事なく、ルーン語をその場で紡ぐことができる。
つまり、変幻自在。
魔法を思うがまま自由に扱うことができる。
「水」
しかし、エドガーの前に水は出来上がらなかった。
少しだけ霧が見えただけで、霧散してしまった。
「ほらこれだ。一番得意な水の魔法ですらこの体たらく。
魔力の集まる一点は視線によって定義されるんだ。
三次元空間を理解するのにどうしても視力が必要なんだ。
視力を失った魔法使いの教授は良くて廃人。
悪くて自殺。
最悪の場合、無理に魔法を使ってどこにいったかわからない人もいるんだ。
何が天才だ!俺はもう終わった魔法使いなんだ……」
そう言うとエドガーは座り込んでしまった。
頭から頬を伝って血が垂れてきた感覚があったエドガーは頬を乱暴にぬぐう。
顔に血が広がる。
そんなエドガーにリリアンはなんて声をかけていいか迷ってしまった。
これまでの人生の中でエドガーを励ますと言うイベントを経験したことがなかったのだ。
「この部屋。この部屋だ。この魔法陣で俺は最後の実験をした」
エドガーは床に手をつくと、何かを探すかのように床を撫でる。
「俺の理論は完璧だった。
今考えてもどこにミスがあったのかわからない。
一つ考えられるのは魔法の行使中に起こった激しい頭痛とめまいだ。
しかし、俺の魔法にそんな副作用が出ることは想定できない。
どう転んでも頭痛とめまいがする要因がないんだ。
誰かが邪魔したのか。
研究室のメンバーではない。
あいつらの魔法ならだれが使ったかクセでわかる。
だが、そのようなクセは無かった」
エドガーはそんな考えを振り払うかのように頭を振った。
焦点の合わない目を空中に向けてため息をつく。
「……失敗は失敗だ。失敗の代償として俺は視力を失った。
そして俺は失敗の原因を追求する権利すら失った。
もう何もできないんだ。
……何もな。
俺の気持ちがお前にわかるか?」
「……ごめん。そうだよね。それで、エドが半年もふさぎ込んでいたんだもんね。思慮が足りてなかったよ」
リリアンはがっくりと肩を落とした。
実験に失敗して目が見えなくなっていたことは聞いていた。
しかし、それ以降一度だけ会いに行ったきり、半年はエドガーとは会えていなかった。
別に会う義務もないのだが、幼馴染としてあれこれ世話を焼いているうちにほとんど毎日会っていた。
それなのに、ここまで会う期間が開いたのは初めてだった。
それにしても、あの自信家のエドガーが、そこまで深刻に悩んでいるなんて。
昔から、自信満々でブライドの塊のような男だったのに。
今では塩に浸した菜っ葉のようだった。リリアンは少しかわいそうになりエドガーの頭にある切り傷を治してあげることにした。魔導書のストックから白色の魔導書を取り出す。
「……怪我してる。今治してあげる。治癒魔法」
エドガーの傷跡に白く幾何学模様とルーン語が記される。
だが、エドガーはその声を聞いて慌てる。
「っバカ!この部屋で魔法を使うな!」
「治癒!えっ?」
ここから、エドガーたちの冒険(?)が始まります!!
精一杯書きましたので、ぜひ私の魔法の世界を楽しんでいってください!
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