表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

第一幕 あの頃の僕ら

その日は、五月蠅い蝉も鳴き止むような、暑くて長い一日だった。

季夏も中頃。風鈴は微動だにしない。

受験生に夏休みなんてものはなく、外に出れば灼熱の太陽で溶けそうになる。

そんな季節、ある日の午前八時。

「んん……あぁ。そろそろ学校にでも行くか」

 荒れた喉に気を使いながらクーラーのスイッチを切り、ベッドから起き上がる。

 昨晩から吊るしておいた制服へと着替え、カバンを拾い上げる。

 先ほどまで騒々しく喚いていた目覚まし時計に別れを告げ、リビングへと向かう。

 妹が朝食を用意していてくれなければ遅刻する時間だというのに、こんなことでいいのだろうかと少し思う。

 香ばしい匂いが漂ってきた。今日の朝食はトーストのようだ。

 リビングでは、丁度エプロン姿の妹が、机に皿を置いたところだ。

「あれ、お兄ちゃん。また出かけるの?」

 妹がそう言ってきた。

「仕方ねーだろ。お前と違って頭悪いんだから。今日も補習があるから、結構遅くなると思う」

 不機嫌そうに妹は口を膨らませる。

「そうは言っても、たまには構ってよ。最近全然構ってくれないじゃない」

 中学生だというのに何とも甘えん坊な妹だ。

 まあでも、嫌われてしまうよりはマシというものだろうか。

「分かった分かった。帰りにコンビニでケーキでも買ってきてやるから」

 財布に余裕があるというわけではないが、たまには機嫌を伺うことも必要だろう。

「やった。お兄ちゃん大好き」

 ケーキでつられるとは、なんとも安い妹だな。

 そんなことを考えたが、それで機嫌を直してくれるなら楽なことこの上ない。

「おう。じゃあ……行ってきます」

家のドアを閉め、学校へと向かう。

家を出て数歩、何となしに触った鞄に違和感を覚える。

運悪くお、安全祈願のお守りを忘れてしまったようだ。

そう言えば、昨日部屋で外した気がする。

今から取りに戻ろうかと、少し悩んだが、ここから家まで帰るとなると時間がかかる。

毎日つけているお守りが今日に限ってないというのはなんだか落ち着かないものだ。

だからといって、学校に遅れる訳にもいかない。

仕方がない。今日は諦めよう。

少しもどかしい気持ちになりながらも、学校に向けて歩く速度を上げた。


 はあ、暑い。何という暑さだ、

 ここ連日の猛暑日に加え、蝉の音が余計に暑さを感じさせているような気がする。

 そもそも、夏休みの補習とはなんだ。

 折角、サッカー部の練習が休みで、妹の相手でもしながら1日中ゆっくりできると思ったのに。

 小学校の頃は得意だった勉強は、中学になってからはどうも伸び悩んでしまっている。

 特に国語。現代文とか対策もろくに出来ない内容の割に、問題が異常に難しい。

 多分、試験科目に国語さえなければ席次も人並みだろうと思うほどだ。

 まあでも今日の補習は、先生がぬる……優しいことで有名な社会だ。日々の練習疲れを休める暇もあるだろう。

 なんてことを考えている内に、学校についた。

 考え事をしていたせいか、少しふらつく。

 いつも通りの学校は、部活生の喧騒と補講へ向かう生徒の足取りで、夏休みとは思えないほどにいつも通りだった。

 ドアを開けると、ひんやりとした風が当たる。この炎天下を歩いてきた身としては、まるで天国のようだ。

「おっはよー。康ちゃん」

 教室に入った途端、クラスメイトが挨拶をしてきた。

 女子のような呼び方、恥ずかしいから辞めて欲しいといつも言っているのだが……

「ちゃん付けはやめろっていってるだろ、雪原」

「いいじゃん。似合ってるし」

 白髪の少年はそう続ける。

 彼は幼馴染で親友の雪原凜だ。

 名前に似合って、まるで女子のような体躯と白い肌をしている。

 ちゃんづけを平然とスル―した彼に、俺は尋ねる。

「……っていうかなんでお前がここにいるんだよ。お前頭は良いハズだろ?」

 そう、こいつは頭がいいのだ。少なくともテストの結果は見るたびに9割以上が丸で埋まっている。

 夏休みを返上して学校に来なければいけないわけではないはずなのだ。

「いやー、今年はインフルエンザにノロウイルスとか、盲腸の手術だとか、いろいろあって学校休みすぎたから、授業日数たりてないんだよね」

 雪原は、少し残念そうに言う。

「体が弱いってのも大変だな。でも補習は余裕だろ?頭いいんだし」

「うーん。そうでもないよ」

「はっはっは。俺程じゃないがな」

 突然、眼鏡をかけたいかにも優等生”風”な男が話に割って入ってくる。

「急に入って来んなよ、岡坂」

 雪原と同じく幼馴染の、岡坂浩二が話に入ってきた。

「ん?どうした。俺がそんなに嫌いか?」

 岡坂は、そうふざけた返事をする。

「っじゃなくて、お前急に入ってくるからびっくりしたんだよ」

「まあ勉強のできないお前が嫉妬するのも分かるが落ち着け」

 岡坂はメガネを上げながらそう言う。

「お前馬鹿にしてんのか?そもそも、俺と大して成績は変わんないだろ」

 そう、こいつ、見た目こそ頭がよさそうだが、実際はそうでもない。

 見た目が優等生ということもあり、むしろ俺よりも大分残念な部類だ。

「まあまあ二人とも落ち着いて、ね?」

 雪原が宥める。

「話は変わるが、近くのコンビニ、リニューアルオープンしたらしいぞ」

 また急に話題を変えやがって……

 とはいえ、それは知らなかった。

 今日の帰りにでも寄ってみるか。

「おっ。いーねー。ねーねー康ちゃん。じゃあさ、帰りにアイスでも食べにいこうよ」

 その誘いに、俺は用意しておいた返事を返す。

「名案だな。だがじゃあお前の奢りな」

 言いだしっぺの法則というなら岡坂なのかもしれないが、ここはリアクションが面白そうな雪原に振る。

「それには賛成だな」

 岡坂も便乗したことで、早くも今日の奢りが決定しそうになる。

「ええー。ひどいよー二人とも」

 だが、不服そうに顔を膨らませる雪原は、それで済ませる気はないようだった。

「じゃあ誰が奢るかトランプで決着付けようぜ」

「浩二ちゃんはトランプ、昔っから好きだもんね」

 結局、トランプは休み時間の間に決着がつかず、それぞれ自分の分を出すという結果となった。

……そんな、普通に友人と笑い合える学校生活は、本当に平和だったんだ。


御読了いただきありがとうございます。

中学時代に初めて描いた作品で、黒歴史晒しの為に投稿させていただきました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ