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第0層 勇者 その6

「ほほう? 急に川に落ちてきたと、な?」

 村長はその立派な顎髭を撫ぜながら、俺の話に相槌を打つ。俺は村長の言葉に頷いた。


「ええ、しかも無一文みたいです」

 隣へじろりと視線を向ける。隣では謎の青年が暴食の嵐を繰り広げていた。

 村人の何人かはその食いっぷりに感嘆の声を漏らし、村長の奥さんは炊事場で調理しながら満足げにその様子を見ていた。謎の青年はテーブルの上に次々と空の皿を積み上げていく。小間使いの少女が炊事場と食卓をせわしなく往復している。


 青年が倒れた後、背負って帰るにはギルド支部は遠く、依頼を出していた村に戻ることになった。村長は迷うことなく食料を分け与えてくれた。


「すみません。この借りは必ず返します」

「ええんじゃよ、別に。こういうときはお互い様じゃ」俺が頭を下げると、村長は首を横に振った。「それに、あいつも久々に腕がなると喜んでおるし」

 村長は優しい眼差しでその奥さんの方を見た。奥さんは炎の上でフライパンを器用に動かし、炒め物を作っている。ときどき鼻歌が聞こえてくる。


「あ、この肉、うめー。ソース何使ってるんですか?」

「ふふ、そうだろ? そいつはうちに代々伝わる秘伝のソースでねぇ」

「へぇ、材料は?」

「秘伝だっていってるだろ。そうやすやすとは教えられないね」

「またまた、もう。ちょっとくらいいいでしょう?——ヒントヒント、ね?」

「はいはい、クイズじゃないんだから。新しいのできたよ。——ほら、持ってって」

「うわ、この野菜炒め、美味しい!」


 村長の奥さんやその小間使いの少女、その様子を見に来た村人たちと次々に会話していく。気づけば、打ち解けていて和やかな雰囲気に包まれていた。


「これ、なんて食材? これは村の特産? へぇ、王都でも売ってるんだ。今度探してみるよ」


「ずっと思ってたけど、君かわいいねぇ。——村長のお手伝い? 娘さんかと思ってた!」


「でしょ! その大剣かっこいいでしょ? ——え、ダメダメ、そんな簡単には貸せないさ」


「え、ああ、あなたがあの子のお父さん? きっとすごく美人に——ん? どうしてそんなに睨んでるんですか?」


 横で話を聞くだけだったが、なんだか胃が痛くなる。

「本当、なんかすみません」

「いやいや、賑やかで何よりじゃ」俺はもう一度頭を下げるが、村長は暖かな味のある言葉をかけてくれる。「もう空も暗い。今日は止まって行きなさい」

「ありがとうございます」

 俺は最後にもう一度頭を下げる。


「うわ、この酒もうめぇ!」

 呑気にそう叫ぶ青年を見て、頭を掻く。どうしてこうなってしまったのか……。


***

「ガッ!」

 バタリと俺の前でゴブリンが事切れる。


 俺は昨日のお礼にゴブリン狩りの続きを申し出て、森の更に深くまで出かけていた。村の生活圏内からは離れていたが、やるに越したことはない。

 今しがたゴブリンを切ったナイフを腰に直す。


 今回、ゴブリンたちは四匹の群れだった。昨日に比べればやりやすかったが、それでも群れの規模としては大きい。やはり、何かがおかしい。


「おー、お見事!」

 藪から青年が現れ、パチパチと手を叩いた。

「そりゃどうも——ってお前も戦えよ」

 じっとりと青年の持つ大剣を睨みつける。村から借りたのか、青年の服装は昨日とは別の服だったが、大剣だけはきっちり背中に背負っている。俺の視線に対し、青年はどこ吹く風だった。

「いいか、剣ってのはここぞというときに抜くからこその剣だよ」

 青年は胸の前で腕を組み、うんうんと首を縦に振る。

「もっともらしいことを言ってるけど、全く説得力ないからな」

「またまた、そんな言って」

 どこからそんな自信が出てくるのか、青年はニヤニヤと笑う。全く、呆れを通り越して感心してしまう性格だ。


 結局彼の素性についてはわからずじまいだった。何度か聞こうとしたものの、折が悪く、別の村人が話しかけてきたり、気がつけば話題も逸らされていたり、こっちも毒気を抜かれ、聞く気も次第に失せていった。


「で、これで終わりかい?」

 ゴブリンの死体を摘み上げ、青年は首を傾げる。

「いや、まだゴブリンの気配がある。もう少し奥まで行けば、別の群れと出会えるかもしれない……」

 特に振り返ることもなく、それだけ告げて俺は先へ進む。

「ゴブリンの気配なんてわかるのかい?」

 何が面白いのか青年も俺の後ろをついてくる。正直、六匹以上のゴブリンの群れと遭遇すれば、俺とて一筋縄ではいかない。安全が確保できない以上、一人で戦いたいというのが本音である。

 ただ彼も武器を持っている。危険が及べば自分でなんとかするだろう。俺が強く拒絶するのも変な気がして、そのままついてくることを許してしまう。


「俺は弓使いだからな。そういう追跡スキルや敵索スキルも使えるんだ」

 弓使いのスキルは元々森で生活していた狩人の業だった。故に弓使いのスキルには、獲物を追いかけ、仕留め、生きるための糧とする。そういった方向性のスキルが多く、弓使いがソロ探索を得意とすると言われるのもそのためである。


「へー、君は弓使いなんだね」

「昨日からずっと弓を背負ってただろ」

「騎士だって弓を使うよ」

「ぶ厚い鎧は着てないし、ロングソードも家紋も持ってないだろ」

「騎士だって鎧を着ないこともあるけど? お忍びの冒険なら家紋やそれに類するモノは隠すだろうし」

「だったら弓使いって嘘もつくよな」

「……それもそうだね」


 青年と話しながらも俺は森のあちこちに目を配る。ところどころ木の枝が折れていたり、藪が開かれたりしている。そこから高さや大きさを推測するに、ゴブリンのそれだ。

 俺は目を瞑り、精神を集中させた。身体中に魔力を走らせ、身体能力を向上させる。青年から見れば、俺の体を薄い緑色の膜が覆っているように見えただろう。

 今回強化するのは五感。そのうちの嗅覚だ。ゴブリンは独特の臭いがする。もし臭いが残っていれば、それを辿れるはずである。

 ピクリと鼻が動く。

 ——いた。


 目を開くと、うっすらと緑色の線が幻視として見えた。その線は森の中をうろうろと彷徨いながら、藪を突っ切り、右のほうへ進んでいく。

 俺は近くの気に登る。


「あっ、見つけたかい?」

 下から気の抜けた声が聞こえた。

「……この先にいるけど、お前はどうするんだ?」

「うーん、ま、ゆっくり追いつくよ」

 あくまで自分は戦う気がないらしい。


「ああ、そうかい」

 俺はそれだけ呟いて、木々を枝から枝へ渡っていった。


***


 またもや夕暮れ近くになり、俺は村へ帰還する。あの後、幾つかのゴブリンの群れを討伐することができた。

 ただ村へ帰ると、村は妙に騒がしかった。大人たちが村の中を走り回っては、何やら話し込んでいる。

 ただならぬ雰囲気に、俺は眉をひそませた。


「どうかしましたか?」

 青年がニコニコと村人の一人を捕まえて、質問した。

「ああ、あんたたちか」村人は身体中だくで、ひどく興奮していた。表情は優れず、瞳は憂いを帯びている。「ほら、村長のとこのお手伝いの子、いただろう?」

「ああ、あの可愛らしい」

「そう、あの子なんだけどさ——」

 村人は一瞬、言い淀み、諦めを含んだ声で決定的な言葉を放った。


「——あの子、森に入ったっきり、帰ってこないんだ……」

次の更新は今日の深夜を予定しています。

(難しそうであれば、朝になります)

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