第0層 勇者 その3
ギルド支部の受付窓口にて、俺は受付のお姉さんと話をしていた。
「どうしてもダメっすか?」
必死に頼み込む俺に受付のお姉さんは困った顔を浮かべる。
「はい。申し訳ありませんが、当ギルドにおきましても『瘴気の谷・ペレンドゥラ』へのソロ探索はオススメできません」
「俺はソロ探索の得意な弓使いでも?」
「その認識は改められた方が良いかと」受付のお姉さんは嗜めるようにきっぱりと言う。「確かに、アロ様の職業・弓使いは隠密スキルや敵策スキルを覚えることができます。そのため、他の職業と比較してもソロ探索に向いた職業と言えるでしょう。
ただしそもそもソロ探索における帰還率は著しく低いのです。それこそ職業別の性能など誤差にすぎないほどに。『瘴気の谷・ペレンドゥラ』レベルのダンジョンではゼロと考えてくださって構いません」
ぴしゃりとした言い方に俺は押し黙る。
今朝マスターに酒屋から追い出された俺は、宿でシャワーを浴びた後、再びギルド支部に足を運んでいた。新しいメンバーを探しにギルド支部を頼なければならなかったからだ。
太陽が真上に差し掛かるお昼頃、しかしすぐに紹介してもらえる冒険家はいなかった。
聞けばこの近くにまた新しいダンジョンが生まれ、みなそっちへ旅立ってしまったらしい。
「新設とはいえそれほど難易度が高いわけもないので、すぐ踏破されるとは思いますが」
受付のお姉さんはにこやかにそう言っていたが。それでも数ヶ月はかかるだろう。
『瘴気の谷・ペレンドゥラ』に苦戦し、冒険家間でもなんとなく暗い雰囲気が広がっていたのは知っている。気が滅入っていたところへそういったキャッチーな話題を聞けば、気分転換にでも飛び込みたくなる気持ちはわかる。実に冒険家らしい気ままな振る舞いだ。だが、やっぱりタイミングというものもあるだろう。俺はがっくし項垂れた。
「わかりました。——クエストで、何か受けられるものあったりします?」
名も実績もない冒険家の稼ぎ方は主に二つある。探索で手に入れた素材やレアアイテムをギルドに売りつけるか、ギルドへ集められた周辺住民からの依頼をこなし報酬を受け取るかだ。
俺は昨日飲んだ酒代もツケてもらっていた。そのツケを払うためにも手早く稼がなければならない。貯金は宿代やダンジョンに潜るためのアイテムに置き換わり、ほとんどなくなっていた。
もちろん名前が売れていたり実績が認められていたりすれば、個人的に依頼(多くは家庭教師か用心棒)が舞い込んできたり、吟遊詩人から高値でネタを買い取ってもらったり、もっと様々な方法があるのだが。
俺には土台、無理な話である。
受付のお姉さんはニッコリと微笑んだ。
「ただいま受けられるクエストには『ゴブリンの駆除』もしくは『トレントの討伐』があります」
「ないんですね、わかりました」
俺はため息をついてその場を後にする。
ゴブリンもトレントも、一般的な魔物の一種である。ゴブリンは農作物を荒らし、トレントは森への侵入を拒むため、厄介な存在として見られている。
冒険家ギルドも常に受注していて、初心者冒険家がよく挑戦している。
問題はその支払い悪いこと。一日やっても大した額にならない。食事代や宿代、アイテムの修理などをすれば一日でなくなってしまうだろう。
俺も見習いの頃はよくお世話になったものだが、もっと割のいい仕事ができるようになってからは見向きもしなくなった。
「『ゴブリンの討伐』も『トレントの駆除』も村の食料事情を支える大事な仕事ですよ」
俺の態度に、窓口のお姉さんは頬を膨らませた。
「と、言っても下手すれば、村の人間の方が上手いじゃないですか、そういうの……」
「とはいえ、人手が足りていないのも事実ですし」
受付のお姉さんは少し苦笑いを浮かべながらも、取り繕うようにそうコメントした。
村の人々は毎日付き合っているからか、ゴブリンやトレントのあしらいが非常に上手い。ことトレントに関しては本当にプロである。
トレントとは木が魔力の影響で変質し魔物とかした生き物なのだが、じっとしていれば、本当に本物の木と見分けがつかない。
そうこうしているうちに背後から襲われ、怪我をするということもザラにある。
だが、毎日森に入っている彼らは違う。一歩踏み入れた途端、すぐどれがトレントでどれが本物の木か見分けるのだ。幹の色が違うとか、木の実の形が変であるとか、木の生え方が変とか、いろいろあるらしいが何度聞いても俺は覚えることができなかった。
杖をついて歩くような老人が「ほれ、昨日と木の並びが違うじゃろ」と言ってトレントを見つけたときは目を丸くしたものだ。
一端の冒険家になるために死に物狂いで戦闘スキルを鍛えたのに「トレントも見分けられないなんて」と村の人から未熟者扱いされるのはなかなか苦い経験であった。
一応戦闘に関しては専門家のため村の人間より動けるのは確かなのだが、数人で囲んだり罠に嵌めたり火を使ったり、ゴブリンやトレント程度なら村の人間でも十分対処できる。魔物と呼ばれてはいるが、イノシシやノウサギとなんら変わらないのだ。
受付のお姉さんはお姉さんで、ギルド支部が受け持ったクエストがどのくらい達成されたか、日々のノルマが課せられている。
『瘴気の谷・ペレンドゥラ』は中級〜上級者向けのダンジョンだし、こうした初心者向けのクエストは受け手が見つかりにくいのだろう。手隙の俺を引き込もうと企んでいるのだろう。
正直気分は乗らないのだが、マスターにツケてもらっている手前、やらないわけにはいかないだろう。
俺は渋々頷いて、受付のお姉さんから詳細の書かれた紙を受け取り、一通り目を通す。
内容はよくあるもので、『最近ゴブリンをよく見かけるようになり、それに伴い農作物の被害も増えているため、それを駆除してほしい』との旨が書いてある。
書類の下の署名欄にささっとサインを書いた。これで受付は完了である。
お姉さんも花が咲いたように笑顔だった。本当に見つからなかったのだろう。
俺は「ありがとうございました」とお礼だけ言って、その場を立ち去った。「冒険家が見つかり次第、ちゃんと声をかけますね」と受付のお姉さんの声が聞こえたが、返事をせずそのまま出口に向かう。
依頼元の村はここからそう遠くない。早く行って終わらせよう。
出口の前で別のパーティとすれ違う。みんな高そうな装備で身を包み、引き締まった顔で受付窓口まで歩いていく。
「あ、コギー様、お待ちしておりました」背後から受付のお姉さんの声が聞こえる。「今朝提出していただいた探索日程の書類はきちんと処理しておきましたので、気をつけて言ってく下さいませ。ギルド一同無事の帰還、お祈りしております」
俺は振り返ることなく、外へ出た。