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Dragoon→Dragon Knights  作者: 巫 夏希
第一章
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第六話 いのち

 葬式の場所は、村の中央にある大樹の根元だった。

 ラインハルトがメアリに聞いたところによれば、かつてこの大樹はドラゴンだったのだという。永い年月を経て、ドラゴンの骸が大樹と化した。彼女はそんなことを語っていた。

 実際のところ、それが本当のことなのかは彼には分からない。しかし、ドラゴンは長く生きるとして有名であり、その溢れるる生命力は人間の比較にもならないということは、ドラゴンと共に生きることを辞めたテスラーのラインハルトだって知っている。そうして彼ら(りゅうのたみ)は生き、そうして彼ら(テスラーのたみ)は生きたのだ。


「なあ。俺が参列しても問題ないのか?」

「どうしてですか? 別に彼はあなたたちテスラーに殺されたわけではありません。それに、生命を悼む心があれば、誰だって……」

「分かった。もう、分かったよ」


 メアリの言葉に、ラインハルトは必死に否定する。別に否定することの話ではない。別に珍しいことでもない。テスラーにだって葬式はあるし、人の命を悼む気持ちだってある。

 だからこそ、他の種族である自分が参加することに、少し違和感を覚えたのだ。本当に参加していいのか、本当に自分が参加しても問題ないのか。ずっと、ずっと、考えた。


「……さん、」

「……、」

「ラインハルトさん!」

「わっ!」


 メアリが思わず大声を出したので、ラインハルトは思わず声を上げてしまった。


「どうしましたか?」

「いや、何でもない」

「気分が悪いようなら、私の家で休んでいただいても問題ありませんよ」

「いや、参加する。……参加させてくれ」


 参加することでなにかを得られると思った。

 残念ながら、それはただのエゴだ。そんなことは百も承知だった。他人の死を悼んでなにかを得ようなんて冒涜にも程がある。

 だが、だからこそ。


「……なら、このフロリエンスの葉を一枚お持ちください」


 平べったい楕円型の葉を一枚受け取る。触ると表面がまだ瑞々しく、若干棘があるのかチクチクする。


「これは? 何に使うんだ」

「フロリエンスの葉を焼くと甘い香りがします。普段は使ってはいけません。何故ならばそれは、中毒性があるからです。その中毒性があるフロリエンスの葉を焼いていいのは、葬式の時だけ。とどのつまり、禁欲の解禁とも言えます。封じ込められてきた欲を、解禁する。或いは、もう死んでしまったから中毒性の意味を成さない……いろんな言葉がありますが、まあ、それについてはあまり気にすることもないでしょう。ただし、フロリエンスの葉を焼くことは普段は禁止されている。それだけは忘れないでください」


 そう言って彼女は自らの持っていたフロリエンスの葉を鼻に近づける。


「お、おい」

「大丈夫。焼かなければあまり香りは強くなりません。……だからこそ、焼かないときの方が一番恐ろしいのですが」

「どういうこと?」

「フロリエンスの葉は乾燥させてしまうと、香りが消えてしまうんですよ。代わりに、焼くと出てくる甘い香りはより凝縮されたものになる。つまり、中毒性が強くなるということです」

「あー……葉巻みたいなもんか……」


 もっともあれは臭いし煙たいし何で吸うか分からない代物だけれどね、と付け足す。


「へえ……。テスラーにも私たちのフロリエンスに似たようなものがあるんですね。面白いですね! 全く違う人種なのに、似たような考えのものがあるなんて!」

「そうだね。でも……葉巻は葬式には使わないかな。中毒性はあるけど身体に害はあるし、そもそも殆ど税金だからめちゃくちゃ高いし、それを逆手に取って『俺は高く税金を払っているんだぞ』といばり散らしている人もいるし。まあ、テスラーの葉巻についての考えも人それぞれかな」


 まあ、と笑いながらメアリはフロリエンスの葉をそっと見つめた。


「フロリエンスの葉は、普段は使いませんが、この時だけは特別。そして、一人一人が一枚一枚を棺に手向けることで永遠の別れを忘れないという意味を込めているんですよ」

「成程……。そんなことが、」

「あっ。私の番だ! ねえねえ、私たちは一緒に入れませんか? あなたも、未だ私たちの暮らしにはあまり知識がないようですし!」

「ええ、まあ……でもいいのか? 一緒に入れるということは、つまり二枚同時に入れることだし……」

「そこまで細かい決まりはありませんよ。ほら!」


 そして、彼女はフロリエンスの葉を持ち合わせていないもう一方の手で、ラインハルトの手を持つと、駆け出した。

 ラインハルトとメアリは棺をちょうど見下ろす形の位置に立っていた。棺は既に埋まっていて、後は蓋を閉めて、土を被せればお終いというところまで来ていた。

 棺には誰だか分からない人が、正確にはエルフが、入っていた。分からないことぐらい仕方がないことだし当たり前だと思っていたが、こう面と向かって死相と見合うと(棺の中のエルフは目を瞑っているから正確には見合っていない)、やはり何処か背徳感が押し寄せてくる。

 本当に自分がこの葬式に参列しても良いのだろうか?

 何度もメアリに肯定された行動なのに、何故だか違和感は拭えない。


「さあ、入れましょう!」


 そして、ラインハルトがそんな深い考えに陥っていることを知ることもなく、彼女はフロリエンスの葉を棺に投げ入れた。

 あとは、ラインハルトが入れるだけだ。


「名残惜しい気持ちは分かりますが、入れないと葬式が進みませんよ〜?」


 間違っている。

 そんなことを思っているわけではない。

 彼の中に押し寄せているのは、とてつもない背徳感と……、


「絶望」


 ぽつり、と。

 一言、感情にも表情にも行動にも表現できる、ある一つの単語を零すように呟いた。


「え……?」


 そして、その言葉は、メアリにだけ届いていた。


「いや、何でもない」


 一瞬だけ。

 ほんの、一瞬だけ。

 棺の中のエルフが、自分に見えたなんて……誰が理解できるだろうか?

 ラインハルトはそんな下らない考えなど捨てるべきだと一笑に付し、そしてフロリエンスの葉を棺の中に投げ入れた。

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