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後悔のその先へ  作者: 神崎涼
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 目を覚ました。


 ここは……どこだ。周りを数秒間見回して、自分が大学時代に一人暮らしをしていた部屋の中だと気付く。懐かしいベッドの上で眠っていたみたいだ。

 なんでこんなところに……。まさか。俺は勢いよく起き上がってカレンダーを確認した。カレンダーが示していたのは、さっき紙に記した三年前の四月の日付だった。

 ……何ということだ。本当に過去に戻ってきたのか。慌てて部屋の鏡を覗くと、そこにはさっきまでの自分よりも少し髪の長い大学四回生の頃の自分がいた。「どうなってんだよ……」とつぶやいてみたが、自分一人しかいない部屋からはもちろん何も返事はない。一人でいても混乱は解けないので外に出てみることにした。


 過去に戻る前の記憶は残っているみたいだ。なので、今日という一日を俺は過去に一度経験していることになる。とは言っても三年前の記憶なんか鮮明には残っておらず、過去の自分が今日この日に何をしたかも覚えていなかった。

 この時期は確か遥香と付き合ってから二週間くらいたった頃だ。とりあえず遥香を一目見たかった俺は遥香に今から会えないかと連絡し、昼過ぎに大学近くの公園で会う約束をした。遥香にまた連絡できるという、それだけですごく嬉しかった。


 先に待っていた公園に遥香が入ってきた時、何だか泣きそうになった。最後に遥香に会ったのは一年前だが、今目の前にいるのはさらにその二年前の遥香ということになる。


「どうしたの、急に会いたいなんて」

「なんか急に会いたくなってさ。……久しぶり、遥香」

「久しぶりって、一週間ぶりくらいだよ? 変な洸一」


 そう言って笑う遥香を抱きしめたくなったが、この時期の俺たちはまだ手さえ繋いでなかったはずだと思い出して、踏みとどまった。

 今の自分の行動によって未来がどう変わるかは分からなかったが、むやみに行動して遥香との未来を変な方向に変えることは万に一つも避けたかった。変えるべき未来を変えるために、俺は過去に戻ってきたのだ。


「俺さ、どんな職業に就きたいか本気で考えて、全力で就活頑張るよ」


 突然の告白に遥香は驚いた顔をしていたが、俺の表情から真剣さをよみ読み取ってくれたみたいだ。


「うん、応援してるね。私も保育士になれるよう頑張る!」


 遥香は立派な保育士になれるんだよ、と心の中でつぶやいた。



 過去に戻ってから一日が経った。寝て起きたら昨日までいた三年後の世界に戻っていたりするかとも思ったが、目を覚ましても相変わらず一人暮らしのあの部屋にいた。

 いよいよ本当に、俺は過去に戻ってきたらしい。なぜ過去に戻れたのかはいくら考えても見当もつかない。知る術があるとすれば夢の中のあの声に直接聞いてみるしかないが、夢には出てきてはくれなかった。

 しかし、前の世界に心残りは微塵もなかった。何と言ってももう一度遥香と過ごせるのだ。過去に戻るときに願ったことを思い出す。もう一度遥香と過ごせたら、今度こそ遥香と結婚すると。

 遥香と結婚するためにはどんな職業に就けばいいかを考えてみることにした。前の世界では、転勤があったから俺たちは離別した。ならば、転勤がないというのは重要な条件だろう。前の世界では就活を甘く見ていたために苦汁をなめる羽目になったので、この際自分の就きたい職業をしっかり考えてみようと思った。

 調べてみると過去の自分では見向きもしなかった中小企業に、自分の求める条件の企業は転がっていた。業種は食品系や繊維系など様々であったが、そのどれもが本社しかないか、本社に大部分が集約しているような小さな企業だった。

 給料は前に勤めていた自動車メーカーに比べると下がるが、転勤の心配はほとんど無く、残業が少ないという謳い文句も俺にとっては魅力的だった。遥香も保育士として働くのだから、給料が多いよりも家事などに使える時間が多い方が二人の生活には都合がいいと思ったのだ。

 今回は一社一社しっかりと調べて、自分の条件に合った企業にだけエントリーシートを送ることにした。


 

 一度就職まで経験した自分にとって、二度目の就活は一度目とは比にならないくらい楽なものだった。なにせ全てを経験した上で内定をもらったことがあるのだ。周りの人たちが焦っている中で、何かと勝手が分かっている俺は一度目の時とは違う意味で焦ってはいなかった。

 遥香とは昔と同じように週に一回程度会っていた。俺はできるだけ当時の自分の気持ちや行動を思い出して遥香と接した。一度聞いた話も初めて聞いたようにリアクションをとったし、遊びに行ったことがある場所にも喜んで遊びに行った。それでも、全然苦痛ではなかった。遥香と再び一緒に過ごせることが何よりも嬉しかった。



 六月になると人生二度目の面接が始まったが、今回は面接を受ける会社に対して、明確な動機と熱意を持っていたので、前回とは手ごたえが違った。結果も、六月中に早くも二社から一次面接合格の通知が届いた。

 大学の講義は出席があるものだけ仕方なく出ていた。一度受けたことのある講義だから退屈だったし、おそらく試験も一度解いたものだから勉強しなくてもできるだろう。  

 

 ある日、午前中だけで授業が終わって帰ろうとしている時に廊下で健治と会った。過去に戻ってきてから健治と会うのは初めてだったから、卒業して以来会っていなかった俺としては、実に二年ちょっとぶりの再会だった。

 大学時代の健治と変わってないなと感動したが、考えれば目の前にいるのはその頃の健治なのだから当たり前だった。


「健治! 久しぶりだな」

「おお、洸一か。確かに四回生になってから会ってなかったから三か月ぶりくらいか」

「そ、そうだな。篤史とかも元気にしてんのかな」

「篤史とは先週くらいに会ったけど、就活が大変だって嘆いてたぜ。あいつ金融系に絞ってるからな」

「金融系かあ。すごいな」

「そういう洸一はどうなんだよ。就活うまくいってんのか?」

「一応今のところ二次面接待ちが二社あるよ。そんな大きい会社ではないんだけど、条件がいいんだ」

「そうか……。洸一、なんか変わったな」


 急に真面目な顔でそんなこと言われたものだから俺は虚を突かれた。


「そ、そうか?」

「おう。前まではなんも考えてねえみたいな顔してたのに、いろいろ考えてんだな。やっぱ就活ともなると人も変わるか」


 相変わらず言ってることは酷いが、やはり健治は鋭い。

 実際、過去に戻る前に過ごした二年間で俺は変わったと思う。このことは遥香にも気付かれていないのに(俺が気付かれないように意識しているのだが)、健治は少し話しただけでそれを感じ取ったみたいだ。


「まあ、今後の人生に関わることだしな。絶対自分の納得いく企業に就職してやるんだ」

「気合入ってんなあ。俺も頑張んねえと」


 健治は前の世界でも大手の商社に就職していたし、健治ならきっと何度就活をやり直してもいつでもいい職業に就くはずだと思った。



 前までの二社に加えて一社から一次面接の合格通知が届いて、三社の二次面接に進んだ。

 そして結局のところ、三社ともから内々定をもらった。俺は三日三晩悩んで、食品系の企業の内定を承諾することにした。他の二社には誠意をもって謝罪し、辞退しておいた。三社から内定をもらえるなんて過去の自分では想像もできないことだった。


 就職する企業を決めたことを伝えると、遥香はその晩にケーキを買って俺の部屋にやって来た。


「洸一、内定おめでとう。六月中に内定決まるなんて早かったねえ」

「ありがとう。たまたま対策してた質問をしてくれたし、自分の思うように喋れたからラッキーだったよ」

「すごいことだよ。でも、ちょっと羨ましいな。私内定決まるの早くても一月とかになるし」

「俺も一月まで遥香のこと全力で応援するよ。それに筆記試験だって合格したんだし、遥香なら絶対大丈夫だよ」

「そうかな。そうだといいけど」


 大丈夫だよ、俺は未来を見たんだから。なんて、遥香には決して言えないけど。




 前の世界とは違ってこの世界では遥香は就活がなかなかうまくいかず……なんてことはなく、遥香は試験も内定もあっさりとクリアした。

 就職先に関しては、前の世界で勤めていた保育園に就職した。遥香からすれば初めてなのだが。


「おめでとう、遥香。やっぱ危なげなく就職決まったね」

「えへへ、ありがとう。洸一の応援のおかげだよ」

「特に何もしてないけど」

「洸一に頑張れって言ってもらえるだけで元気出たんだよ」

「そう言ってもらえると何よりだよ」


 俺は心配すらあんまりしていなかったのだが、遥香が嬉しそうな顔でお礼を言うので謹んで受け取っておくことにした。


「それとさ、前から思ってたんだけど、春から一緒に住むっていうのはどう? 私も一人暮らし……」

「いいと思う。一緒に住もう」


 遥香が全部話し終える前に、俺は食い気味で返事をした。

 遥香から提案されなければ俺から言うつもりだったのだが、この世界でも遥香が一緒に住むことを考えていてくれたことにほっとしたし嬉しかった。


「ほんとに? 良かった。急に二人暮らししようとか言って何て言われるかちょっと不安だったんだよね」

「俺も遥香と一緒に過ごせたら楽しいだろうなと思ってたし、それに……将来のことを考えると、二人で暮らしておくのもいいと思うし」


 前の世界では、俺が尻込みしてなかなか行動しなかったことも結果として別れた原因の一つだったと、今ならそう思う。今度こそ遥香と結婚すると心に固く誓ったのだ。

 俺の言葉を聞いて遥香は驚いた顔をしたが、すぐにその顔は今日一番の満面の笑みへと変わった。


「うん、そうだね。私もそう思う!」


 この笑顔をもう二度と失いたくないと、改めてそう思った。

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