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後悔のその先へ  作者: 神崎涼
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  結局のところ、遥香は危なげもなく就職先が決まった。俺の応援なんか必要ないくらいだった。

 遥香の内定祝いでちょっとお高い焼き肉屋に行った時に、遥香は一つ提案を持ちかけた。


「あのさ、四月から一緒に住まない?」


 考えたこともなかったその言葉は、思考が止まった頭をすり抜ける。


「え、なんて?」

「四月から、一緒に住まない?」

「遥香と、俺が?」


 的外れな返事に遥香は呆れながら笑った。


「そうに決まってるでしょ。就職先もそんなに離れてないし、私も一人暮らし始めるし、お互い一人暮らしするんだったらいっそのこと一緒に住んだらどうかなって思ったんだけど」


 願ってもない提案だった。就活が忙しくて一週間に一回程しか会えなかったこれまでに、もっと一緒にいたいと思うことは多くあったし、それに、将来のことを考えると一緒に住んでおくのも良い経験だ。遥香がどう思っているかは分からないが、俺は漠然と遥香との将来を夢見ていた。


「急だったからびっくりしたけど、いいと思う。遥香と一緒に暮らせたら楽しいだろうし」

「ほんとに? じゃあ部屋とかまた探さなきゃね」


 遥香と二人暮らしかあ、と少し想像してみる。朝起きたら遥香がいて、家に帰ったら遥香がいて……。なんて素敵だろうか。


「私ベランダが欲しい!」

「ベランダってなかなか無さそうだな……。それより和室が欲しいかな」

「あー、和室も欲しいよねえ。あとキッチン! できるだけ大きいのがいい」


 思いついた条件を無計画に言い合って、その勢いのまま明日部屋を探しに行こうという話になった。


 日を分けて二日に渡って部屋を探して、結局お互いの就職先からちょうど中間地点にあるマンションの1LDKの部屋に決めた。



 初出勤を一週間後に控えた三月下旬に俺と遥香は入居した。何も置いてない広々とした部屋を見ながらここで今日から遥香との二人暮らしが始まるのかと考えると無性にわくわくした。

 その日はコンビニのおにぎりを昼ご飯に食べて、昼からは近くの家電量販店へ必要な家具一式を買いにいった。冷蔵庫や洗濯機、机などの大きいものは後日に配達してもらうように手配し、料理器具や日用品の急ぎの物だけ買った。

 店から出ると、太陽はすでに沈みかけて空は綺麗な茜色をしていた。その空の下を遥香と手を繋いで歩き出す。


「本当に始まったんだね、二人暮らし」

「そうだな。まだあんまり実感わいてないけど」

「仕事も始まるし大変なこと増えるだろうね」

「いろいろ苦労はあるだろうし喧嘩もするかもしれないけど、遥香とならやっていけると俺は思ってるよ。これからもよろしく」


 繋いだ手を強く握ると、遥香もぎゅっと握り返してきた。


「こちらこそよろしくね、洸一」


 その日はベッドがまだ部屋に届いてなかったので、実家から持ってきた布団を二枚並べて敷いた。遥香と一緒に寝たのは初めてのことではなかったが、なんだか胸がどきどきしてよく眠れなかった。

 


 仕事にも同棲にも五月過ぎたあたりからようやく慣れてきた。

 初出勤の日は職場に馴染めなかったらどうしようなど心配していたが、上司も同期も気のいい人たちばかりで心配は杞憂に終わった。業務内容は主に営業なのだが、こっちはまだまだ慣れてなく上司に手取り足取り教えてもらっているところだ。

 どちらかというと遥香の方が大変そうだった。業務内容を覚えるのと同時に子どもたちのことも把握しなければならないらしく、だいぶ慣れ親しんでもらいつつはいるがまだまだ心を開いてくれない子どもたちもいるらしい。家に帰るのも遥香の方が遅くなる日の方が多いくらいだった。


 同棲をするうえで問題となることはやはり家事の分担だった。洗濯や掃除などは俺でもできるが、料理に関してはお世辞にもうまいとは言えないレベルである。一人暮らしをしていた大学時代にもろくに自炊をしたことはなくその上二人分も作ろうものなら、果たして実際に食べられるものができるかも定かではない。

 それに比べて遥香は小さい頃から家の手伝いをしていたらしく、料理をはじめとして家事全般をそつなくこなす。遥香が早く家に帰れる日は遥香が夕飯を作ってくれるのだが、そうでない日はスーパーで出来合いの物を買ってくるか外食になる。俺もいつかは作れるようにならなければと考えているのだが。


 その日も遥香は仕事が長引いたらしく終わってから近くのファミリーレストランで夕飯をすますことになった。


「あーー、疲れたあ。おなか減った」

「お疲れさま。今日は一段と疲れてるな」

「大人数の子供を相手にするのがこんなに大変だったとは、ちょっと予想以上だったよ。楽しいしやりがいはあるんだけどね」


 注文した料理が届くまでだらっと机に突っ伏していた遥香は、パスタが運ばれてくると嬉しそうにフォークでそれを巻き始める。


「だから、今日は洸一に癒してほしいな」

「えっ? 癒すって……」

「前に洸一が疲れて帰ってきた日は私が洸一の分の家事もやって肩まで揉んであげたんだけどなあ」

「分かったよ。俺にできることなら何でも言ってくれ」

「やった。じゃあまずは帰りにコンビニでアイス買ってもらおっと」


 まずはって……。果たして何をさせられるのやらと心配になったが、嬉しそうな遥香を見ると、この笑顔のためなら何でもできそうな気もした。



 新人一年目の一年間は毎日が飛ぶように過ぎていった。

 初めのうちは上司に怒られることも多く、正直やめたいと思ったこともあった。遥香が忙しいながらも楽しそうに仕事をしているのを見ると、本当に自分はこんなことをやっていていいのかと悩む日もあった。

 しかし、仕事とはこういうものだと割り切ってこなす。遥香とのこれからの生活のためにも稼がなければならない。秋にもなれば上司に怒られることも減っていった。


 遥香との生活も小さな喧嘩はありながらも順調だった。一緒にいてこんなに居心地がいい人は初めてだったし、遥香も俺との生活を満足してくれているように思えた。

 まだ就職一年目でお金も貯まってないが、あと二、三年して生活が安定しお金も貯まれば、いずれは結婚もと、本格的に考えるようになっていた。俺はいつまでもこの幸せな生活が続くことを信じて疑わなかった。



 しかし、その終わりは突然やってきた。

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