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後悔のその先へ  作者: 神崎涼
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 四月になり学年が変わると就活ではエントリーやリクルーター面接が本格的に始まった。

 未だにどんな職業に就きたいかよく分からなかった俺は、とりあえずそこそこ名の知れた企業を何社か選んでエントリーシートを送っておいた。


 遥香と付き合う時には遥香がいれば就活もうまくいくなんて思ったが、実際のところは遥香と付き合う前から、なんだかんだ大した苦労もなく就職は決まるだろう、と楽観視していた。

 難関校ではなかったが大学受験もほどほどに勉強して受かったし、今までもそうやって生きてこれたのだ。

 決して就活に対して手を抜いているつもりはないが、健治や学部の友達が就活に必死になっているのを、何をそんなに焦っているのかと少し冷めた目で見てもいた。


 遥香は四月末に保育士試験の筆記試験を控えていたため、その勉強をしていた。お互い忙しくてなかなか会えなかったが、週に一回は息抜きがてら一緒にご飯を食べに行ったりした。


「洸一は就活どう? 面接とかはまだだろうけど」

「とりあえず何社かエントリーシートを送ってみた。いろいろ調べてみてはいるんだけど、やっぱどの会社がいいとか分かんないなあ。遥香は? 試験そろそろだよね?」

「うん。毎日勉強してはいるんだけど、やっぱり不安かな」

「遥香ならきっと大丈夫だよ。いつも一生懸命勉強してるし」


 お互いの近況報告をした後はいつも、二人とも全部終わったら旅行にでも行こうね、なんて話をしていた。

 遥香の筆記試験が終わって、五月も似たような生活を送った。遥香も次の七月の実技試験までは就活に専念するらしかった。



 六月になって、いよいよ企業面接が始まった。

 この時期から薄々自分がどれほど甘い気持ちで就活に臨んでいたのかに気付き始めた。一向にいい返事がこないのだ。内々定どころではなく、一次面接すら通らない。

 早い人では六月で最終面接まで進み、内々定をもらう人もいるらしいのだが、俺には遠い話だった。

 そんな俺に対して、遥香には筆記試験の合格通知が届いた。

 俺は遥香と同じくらい喜んで、その日にはケーキを買って俺の部屋でささやかなお祝いをした。だけど、どんどん自分の夢に向かって進んでいく遥香を見て、焦りも感じていた。


 六月も終わろうかというある日、未だに一次面接も通ってなかった俺は、学校の食堂で一人で昼飯を食べている時に突然声をかけられた。


「お、洸一じゃねえか。久しぶりだな」

「健治か。就活が始まってからあんまり会わなくなったもんな」


 健治とは去年までは毎日のように会っていたのだが、四回生になってからは受ける講義数も減って被らなかったから会う機会も減っていた。


「みんな忙しそうだしなあ。洸一はどうなんだよ、最近」

「……うまくいってるとは言い難いな。健治は?」

「今のとこ内々定は一社もらってる。第一志望のとこじゃないから就活は続くけどな」


 予想外の返事に、俺は目を見開く。


「もう内定もらってんのかよ?!」

「内定じゃなくて内々定な。それに第一志望じゃねえし」

「同じようなものだろ。……もうみんな結構もらってんのかな」


 内定を実際にもらった奴を前にして急に不安になった。そんな俺に対して健治は軽いノリで答える。


「いやー、みんなってわけでもないんじゃね? 俺の知ってる感じ三分の一くらいかな」

「……実は俺まだ一次にも通ってなくてさ。やっぱやばいか?」

「やばいってほどでもないだろ。そんな奴もごまんといるさ。俺はお前ならすぐもらえると思ってるけどな」


 自分でもそう思っていただけにもらえてない現実が重く俺にのしかかっていたが、健治の言葉はありがたかった。普段は基本時にふざけている健治だが、俺の不安を感じ取って励ましてくれるあたりは、やはり空気の読める奴だ。

 俺は今までの自分が甘かったことを認め、これから頑張ろうと決意した。

 


 七月に入ってすぐに遥香の実技試験があった。これに合格すれば晴れて遥香は保育士免許をもらい、保育士として働くことができるようになる。就職先が決まれば、の話だが。

 しかし、遥香曰く保育士の人手が足りてない今の社会では、免許さえ取れれば就職先は簡単に見つかるらしい。一か月後の実技試験の結果発表まで、遥香にとってひと時の休みだった。

 俺はというと、周りが着々と内々定をもらっていく中で相変わらず四苦八苦していた。意識を変え気合を入れ直したが、それで順風満帆にいくかというとそうは問屋が卸さなかった。  

 そんな俺に対して遥香は優しく励ましてくれた。自分も大変だっただろうが、電話をかけて悩みを聞いてくれたりもした。

 何社も一次面接で落ちて、いい加減自信を無くしていたが、遥香が「洸一なら大丈夫。きっと洸一のいいところを分かってくれる会社があるよ」と言ってくれると、それだけで少し気が楽になった。



 転機が訪れたのは、七月の終り頃だった。

 ついに俺に一次面接合格の連絡が届いた。中規模の自動車メーカーからだった。 自動車メーカーは第一志望の業種ではなかったのだが、そもそも俺には第一志望なんてなかったようなものだ。こんな自分を拾ってくれたことが本当に嬉しくて、絶対にこの会社に入ってやると心に誓った。


 二次面接は一週間後に行われた。俺はその会社についてより詳しく調べ、面接の対策も入念に行った。内容は一次試験と大きな変化はなく、詰まることもなくしっかりと受け答えできたし、面接官の反応も悪くはなかった。就活生活の中で初めて自分の中で納得のいく面接ができたと思えた。


 二次面接の結果は、遥香の実技試験の結果と同じ日に届いた。どちらも合格だった。その日は遥香の筆記試験の結果が出た日と同じようにケーキを買ってお祝いした。


「遥香、保育士試験合格おめでとう。遥香なら大丈夫だと思ってたけどやっぱりすごいよ」

「ありがとう。それに洸一だっておめでとうだよ」

「俺はまだ決まったわけじゃないからなあ」

「ううん、つい数週間前までは一次試験にすら合格しないって言ってたじゃない。それがもう最終面接まできたんだから、すごいことだよ」


 実際はこの時期にはもう過半数の就活生が内々定をもらっており、最終面接になったことはすごいことでもないのだが、それでも遥香はそれが本当にすごいこと

であるかのように言う。思えば遥香は、いつでも俺のことを肯定してくれた。


「……遥香、ありがとうな」

「え、どうしたの、急に」


 突然感謝を伝える俺を遥香は不思議そうな目で見つめる。


「いや、まだ早いのかもしれないけど、俺は遥香にすごく支えられてるなと思ってさ」

「ふふふ。うん、そういうのはまだ早いよ。まだまだ最後まで支えるからね。それに、私だって洸一にたくさん支えてもらってるよ」

「ほんとに? 俺、遥香の支えになってるかな」

「うん。自分のことで大変なのに洸一は私のこといつも励ましてくれるもん。すごく力になってるよ」


 いつも力をもらっていたのは俺の方なのに、こんな俺でも遥香は必要としてくれていたのか。改めて遥香のことを好きだと感じた。応援してくれている遥香のためにも来週の最終面接に絶対通らなければならない、と思った。



 最終面接は緊張しすぎて、何を話したかよく覚えていない。私が御社を志望した理由は~とか御社の企業理念は~なんてことを話したと思う。ここを落ちたら次はないと覚悟して臨んだので、熱量だけは伝わったと思いたかった。

 終わってから二、三日は抜け殻状態だった。来週の合否発表でもし落ちていれば、また一次面接から始めなければならない。その気力は正直なところもう残ってなかった。神に祈るのみだった。


 合否通知は電話で届いた。電話に出た俺の声は、自分で分かるほど震えていて、心臓はいつもの倍ほどの速さで波打っていた。

 五分ほどの電話を切った後、俺はすぐさま遥香に電話をしていた。


「もしもし、洸一?」

「遥香! 受かってた! 俺決まったよ!」

「わあ、ほんと? よかったね。おめでとう洸一」

「ありがとう。ほんとによかった……」

「洸一頑張ったもんね。本当におめでとう。私も頑張らないと……」

「うん、これからは遥香のこと全力で応援するよ」


 保育士は次年度の職員の配置を決めるのが他の職種より遅いため、内定が出るのも次の年の一月ごろと遅いらしい。

 今まで遥香に励まされてきた分、今度は俺が遥香を応援しようと心に誓った。

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