第98話 「覗き妖怪しょうけら」
女子テニス部の更衣室でサンレイたちが着替えている。
「何度も着替えるのは面倒だぞ」
サンレイが愚痴りながらパンツを下ろす。
「だから何で裸になってんだ? 」
小乃子に怒鳴られてサンレイが慌ててパンツを上げた。
「おおぅ、いつの間にか脱いでたぞ」
サンレイの横、ドアの直ぐ傍ではガルルンが素っ裸になっていた。
「ガルはパンツ脱がないとトイレ出来ないがお、直ぐそこに温水洗浄便座のトイレがあるがお、行って来るがお」
女子テニス部の更衣室はガルルンが大好きな温水洗浄便座のあるトイレの横だ。
「だから何で真っ裸になってんだ? トイレ行くにしても上は着てていいだろが」
怒ってイライラする小乃子の前に晴美が出てくる。
「ガルちゃん、脱ぐならトイレで脱がないとダメだからね、早く服を着ようよ」
ガルルンが怒られないように晴美が必死でフォローする。
「パンツが無いから大丈夫がお、ガルはトイレは何時でも真剣勝負がお、ガルは温水洗浄便座に負けないがお」
「大丈夫じゃないからね、着せてあげるから服着ようね」
にぱっと可愛い笑みで言うガルルンに晴美が慌てて服を着せていく、それを見てパンツ一丁姿のサンレイがガルルンをバカにする。
「ボケ犬は負けっ放しだぞ、自動ケツ洗い機の虜になってるぞ」
「変な事言ってたら高野に怒られるわよ」
委員長に注意されてサンレイが嬉しそうな笑みをする。
「にゅへへっ、またほっぺ引っ張られるぞ」
ハチマルが体操服をサンレイに投げ付ける。
「バカはその辺にして早く服を着んか、次こそ捕まえるのじゃぞ」
「わかってんぞ、セクシーなおらに見惚れている間に捕まえてやるぞ」
体操服を拾うサンレイの横でガルルンが着替えを終える。
「匂いは覚えたがお、次はガルが追い掛けるがお、ガルが…… 」
ガルルンが言葉を止めて鼻をヒクヒク動かした。
「この匂い……来てるがお」
ドアの横にある窓を黒い影がサッと横切った。
ガララーッ、ガルルンが窓を開ける。
「なん? 秀輝だぞ」
窓の外に秀輝が立っていた。
窓を開けるのにガルルンが動いてサンレイが丁度正面だ。
体操服を手に持ったまま素っ裸のサンレイと秀輝が見つめ合う、
「いやぁ~~ん、おらの裸見られたぞ、おらに恋しても無駄だぞ、おらには英二って言う夫が居るからな、男を惑わすなんておらって罪な女だぞ」
体をクネクネさせて嬉しそうなサンレイを秀輝がじとーっと見ている。
「どけ! お前邪魔だ。それにしても後ろのおっぱいちゃんは堪らないな」
秀輝が邪魔というように手を振った。
サンレイが持っていた体操服をバサッと落とす。
「おらが邪魔……裸のおらより体操服を着てる委員長たちを……おっぱいだぞ……おっぱい、おっぱい、人間も妖怪もみんなおっぱいだぞ……このクソ妖怪がぁ~~ 」
素っ裸を無視されたサンレイがクワッと目を見開く、
「お前の血……ちち……お前の乳首は何色だぁ~~!! 」
バチッと雷光をあげてサンレイが姿を消した。
「ガルが捕まえてやるがお」
ガルルンの姿が変わっていく、鼻を突き出し頬を毛が覆う、人間80%獣20%といった普段の姿から獣40%ほどの獣人の姿になっていた。
「うおぅ! お前人間じゃないな」
秀輝に化けた妖怪が慌てて逃げ出し、それを追ってガルルンが窓から出て行った。
「ガルちゃんしっかりね」
「次は逃がすなよ」
不安気な晴美と呑気な小乃子の横で委員長が冷静に訊く、
「私たちはどうするの? 」
「サンレイに罠を仕掛けるように言っておる。では儂らも行くぞ」
愉しそうにニヤッと口元を歪めるハチマルについて小乃子たちが更衣室を出て行った。
運動場に出るとハチマルが辺りを見回す。
「体育倉庫の後ろじゃな、もう捕まえたらしいぞ」
ハチマルを追って小乃子たちも駆け出した。
体育倉庫の裏、軽トラックが2台ほど駐車できるほどの空き地でサンレイとガルルンが秀輝を倒して押さえ付けていた。
「ハチマル捕まえたぞ、ガルルンが追い掛けておらの電気で捕まえたぞ」
「弱過ぎるがお、本物の秀輝の方がずっと強いがう」
ドヤ顔のサンレイと一緒に偽物の秀輝を押さえていたガルルンが渋面だ。
得意の瞬間移動を使って更衣室を出たサンレイはガルルンに追い掛けられる偽物の秀輝を飛びながら雷を投網のように放って捕まえたのだ。
首根っこをサンレイに足をガルルンに押さえ付けられている偽秀輝が空を指差す。
「あっ! UFO!! 」
「同じ手が通用するか! 」
サンレイがボカッと偽秀輝の頭を殴る。
足を押さえていたガルルンが鼻を鳴らす。
「がふふん、ガルはできる女がお、そんな嘘に引っ掛からないがう、だいたいガルは食い物以外興味無いがお」
偽秀輝が右を指差す。右には学校の壁しかない。
「あんな所にジャーキーが! 」
「わふふ~~ん、ジャーキー食べるがおぉ~~ 」
尻尾をパタパタ振りながらガルルンが偽秀輝を押さえていた手を離す。
足をバタバタさせて逃げようとする偽秀輝をサンレイが殴りつけた。
「何やってんだ! ちゃんと押さえてろ」
「ジャーキーどこがう? 」
サンレイに怒鳴られてガルルンが子犬のように首を傾げる。
「嘘に決まってんぞ、おらが電気でグルグル巻にするからしっかり押さえとけ」
「がわわ~~ん、騙されたがお」
悔しそうに言うとガルルンが偽秀輝の足を押さえる。
「引っ掛かってるじゃない…… 」
「ボケ犬じゃからな」
じとーっと見つめる委員長の横でハチマルが何とも言えない表情だ。
「はっ、放せ、私が何をしたというのだ」
土が剥き出しの地面に押さえ付けられた偽物の秀輝がサンレイたちを睨み付ける。
「私だってさ」
小乃子が呆れ顔で委員長を見た。
「間違いなく偽物ね、伊東が私なんて言うわけないからね、まぁ声も全く違うけど」
「でも見掛けじゃ絶対に分からないよね、これからどうするの? 」
何処から見ても秀輝にそっくりなのを見て晴美が驚き顔で訊いた。
「先ずは正体を確かめるのじゃ」
ハチマルがやれと言うように手を振るとサンレイがニヤッと悪い顔で笑う、
「にゅひひひっ、セクシーなおらを無視したぞ、たっぷりお仕置きしてやるぞ」
馬乗りになったサンレイが偽物の秀輝をボカボカ殴り始めた。
「ぐはっ、うえっ、ひぎぃ、やめ……止めて……ぐがっ、たっ、助けて………… 」
偽秀輝がサンレイを払おうと伸ばした手がバチッと雷光をあげた。
「ビヒッ! 」
奇妙な叫びを上げた偽秀輝を見てサンレイがニタリと不気味に言う、
「にゅっひっひっひっひ、電気で捕まえてんだぞ、お前は何の抵抗も出来ないぞ、おらを無視したお前はぶち殺すぞ」
「電気使えば一コロがお、でも電気使わずに嬲り殺しにするつもりがお」
足を押さえていたガルルンが厭そうに顔を顰めた。
「殺す……ひぃ、ひぃぃ~~ 」
叫びを上げながら偽秀輝の姿が変わっていく、
「何なのあれ? 」
「キモい……キモすぎるよ」
顔を顰める委員長の後ろで晴美がブルッと震えた。
「凄ぇな、蛇って言うかトカゲみたいだな」
ハチマルの隣で見ていた小乃子は興味津々だ。
「やはり『しょうけら』じゃったか」
覗き妖怪しょうけらが正体を現わした。
ギョロリとした大きな目、後頭部の近くまで裂けた大きな口、頭はもちろん体にも毛は生えていない、イボのようなものが表面を覆っていて青灰色の皮膚をしている。
一言で言えば人の形をした鱗の無いトカゲといったような姿だ。
「サンレイ、その辺りでよかろう」
タコ殴りをしているサンレイを止めるとハチマルがギラッと目を光らせた。
「訊きたいことは色々あるが……なぜ英二と秀輝に化けたんじゃ」
ハチマルと並んでサンレイが凄む、
「こたえないなら電撃だぞ」
「やっ、止めて……ビリビリは勘弁してください」
震えながら妖怪しょうけらが話し始める。
「私がこの学校へ来た時に見たんです。英二さんって言うんですか? 女の子たちに追い掛けられていて……モテモテみたいでしたから英二さんに化ければバレた時も言い訳ができるんじゃないかと思って…… 」
「モテモテ? 何のことじゃ」
不思議そうに訊くハチマルの後ろで委員長がパンッと手を叩いた。
「あれじゃない? ホレ女の術に掛かって英二くんを追い回した事があったでしょ」
「ああ、あれか」
「でもあれって1月末だよ」
小乃子と晴美も思い出した様子だ。
「ハイ、私は一月の終わりからこの学校へやって来ましたから」
愛想笑いをする妖怪しょうけらの頭をハチマルがべしっと叩く、
「赴任してきたように言うな! 」
「今3月だから2ヶ月間も覗いてたって言うの? 」
驚く委員長にしょうけらが愛想笑いを向ける。
「ハイ、そうなりますね……たっぷりと楽しませて貰いまし………… 」
言い終わる前にサンレイがバチバチを雷光をあげる手でしょうけらを殴りつけた。
「びぎゃへぇぇ~~ 」
ビクビクと体を突っ張らせて妖怪しょうけらが倒れた。
「2ヶ月も居たのに全然気付かなかったぞ、結界も張ったんだぞ」
悔しがるサンレイに続けてガルルンも顔を顰める。
「ガルも分からなかったがお、匂いしなかったがお」
「仕方あるまい、此奴はそれ程隠れるのが旨いんじゃ、その代わりに化けるくらいしか力は持っておらん、一芸に秀でるというか覗きに特化した妖怪じゃな」
ハチマルの話しに成る程と頷いてから委員長が口を開く、
「それで高野は分かるけど伊東は何で化けたの? 」
「もう1人ですか? 英二さんと仲良く話しているのを見たのでついでで化けました」
「ついでですってぇ~ 」
怖い顔で怒る委員長を見て妖怪しょうけらが慌てて続ける。
「ごっ、ごめんなさい、化けると言っても精々2人が限界です。私は記憶したものにしか化けることが出来ません、その限界が2人なのです。化ける相手を観察して出来れば髪の毛や爪など体の一部を手に入れられれば完璧に化けることが出来ます。それで英二さんと秀輝さんに化けたのです」
「だからって伊東を覗き魔にすることないでしょ」
怒り冷めやらぬ委員長の肩をハチマルが掴んだ。
「そう怒るな、先ずは話しを聞くんじゃ」
委員長を宥めるとハチマルが妖怪しょうけらを睨み付けた。
「弁解くらいはさせてやる。お主の知っておる事を全部話せば命は助けてやろう」
「ほっ、本当か? 助けてくれるんだな? わかった全部話す」
ガクガク震えていたしょうけらがパッと顔を明るくした。
「油断させて高野くんの霊力を狙ってるんじゃないの」
まだ怒っている委員長をサンレイが止める。
「こいつ英二の霊力吸ったり出来ないぞ、デカい霊力を吸い取るにもそれなりの妖力がいるぞ、最低でも旧鼠レベルの力はいるぞ、でもこいつは化けガエル程度の妖力しかないぞ」
「気配を消すのに特化した妖怪じゃな、その為に妖力を自ら削ぎ落としたのじゃ、妖力が強いと直ぐに見つかるからのぅ、じゃから術と言っても化けることしか出来ん、正に覗きのために生まれた存在じゃ」
続けて説明したハチマルの話しを聞いてしょうけらが笑い出す。
「ふははははっ、よくわかったな、油断させてこの学校の女子全てのおっぱいを見るのが私の目的だ」
「おっぱいって…… 」
嫌悪する晴美の前にガルルンが守るように立つ、
「ヘンタイ妖怪がお」
しょうけらがバッと振り向いた。
「違う!! ヘンタイではない、私はおっぱいを愛している。遙か遠い昔からおっぱいを見守ってきたのだ。大きさや形、乳首の色などおっぱいにはその人の人生が現われる」
しょうけらがぐっと噛み締める。
「そう、私は人々の人生を見守ってきたのだ。この学校の女子のおっぱいも8割方見守り完了している。全て終われば他の学校へ行く、そうして全国を回っているのだ。言わば私は全国の女子たちを見守っている正義の妖怪なのだ」
「そうだったがお」
大きく頷くガルルンの腕を小乃子が引っ張る。
「騙されるなガルちゃん、偉そうに言ってるが昔から覗いてたって事だからな」
じとーっと軽蔑の眼差しで見ていたサンレイが拳を振り上げる。
「只のおっぱい星人だぞ、取り敢えず一発殴っとくぞ」
「ひぃぃ~、止めて……痛い……痛いですから………… 」
一発と言いながらタコ殴りするサンレイをハチマルが止める。
「その辺でよいじゃろ、それで英二の霊力を狙っとるんじゃないのじゃな」
「英二? 誰ですか? 」
聞き返すしょうけらの胸倉をサンレイが掴んだ。
「とぼけてたら殺すぞ、さっき英二に化ける理由言ってたぞ、お前、ハマグリ女の手先じゃないのか」
「ひぃぃ~~、お助けを……ハマグリなんて知りません」
先程ボコボコに殴られたのが効いたのかしょうけらは顔を青くして助けを乞うた。
ガルルンがしょうけらの頭をガシッと掴む、
「本当がお? 嘘だったらマジで殺すがお、英二を狙ってるんじゃないがう、ハマグリ女房の手下じゃないがお」
「ひぎゃぁ~~ 」
ガルルンの爪が頭に食い込んでしょうけらが悲鳴を上げた。
「本当です。知りません、ハマグリ女房なんて本当に知りません」
ガクガク震えるしょうけらを見てサンレイがニタリと不気味に笑う、
「嘘言ってるかも知れないし面倒だから殺すぞ」
「がひひっ、それがいいがお、殺せば二度と覗きもできないがう、英二も助かるがお」
しょうけらの頭の上でガルルンが愉しそうに笑った。
「ひえぇぇ~~、たっ、助けてくれ、本当に何も知らない、私は女の子を覗いていただけだ。覗くために生まれた妖怪なんだ」
「英二のことは本当に知らんようじゃな」
サンレイとガルルンを止めるとハチマルが続ける。
「処分するにしても此処では迷惑じゃ、英二も待っておるじゃろうし教室へ行くとするかの、委員長は先生たちに犯人を捕まえたと連絡してきてくれ」
「了解、犯人は妖怪だったからハチマルとサンレイちゃんが始末したって報告しておくわ、でも私が戻るまでしょうけらの処分はしないでね、私も話しを聞きたいから」
敬礼するようにこたえる委員長を見てハチマルが頷く、
「うむ、頼んだぞ、委員長が戻ってくるまで勝手に終わらせたりせんから安心しておけ」
「んじゃ行くぞ、ヘンタイ妖怪はおらが運んでやるぞ」
しょうけらの首根っこを掴むとサンレイがバチッと消える。ハチマルたちもテニス部の更衣室を出て行った。
バチッと雷光をあげて妖怪しょうけらを連れたサンレイが教室に現われる。
「うおぅ、それが覗き妖怪か」
驚く英二の向かいで秀輝が読んでいた漫画を閉じる。
「キモ! 鱗の無いトカゲって感じだぜ」
難しそうな書類に目を通していた宗哉が顔を上げる。
「旨く行ったようだね、サーシャとララミは役に立ったかい」
爽やかに訊く宗哉にサンレイが笑顔を向ける。
「大助かりだぞ、ハチマルと委員長とサーシャのおっぱいに見とれたバカ妖怪を捕まえることが出来たぞ」
「おっぱいって……マジで只の覗きかよ」
「いいなぁ…… 」
顔を顰める英二の向かいで秀輝が羨ましそうに呟いた。
「はははっ、役に立ってよかったよ」
宗哉が楽しげに笑っているとハチマルたちが戻ってきた。




