第93話
暫くしてガルルンが目を覚ます。
「おはようがお、???? 」
教室の真ん中で上半身を起こしたガルルンが目を擦りながら辺りを見回す。
「ハチマルがお……まだ夢の中がう」
ハチマルと目を合わせるとガルルンがまた横になった。二度寝だ。
「何を寝惚けておるんじゃ、相変わらずボケ毛玉じゃの」
ハチマルがガルルンの頭をポカッと叩いた。
「痛いがお……夢じゃ無いがお」
ハッとした後、ガルルンがハチマルに抱き付く、
「わふふ~~ん、ハチマルがお、会いたかったがお」
「これこれ止さぬか、相変わらず犬臭いのぅ」
尻尾をブンブン振るガルルンをハチマルが引き離す。
「頑張ってくれたようじゃの、礼を言うぞ」
ハチマルに頭を撫でられてガルルンが尻尾をブルンブルン振って喜ぶ、
「わふふん、ガルはできる女がお、ガルが付いてるから英二には指一本触れさせないがお」
「攫われそうになっておったが……まぁよいじゃろ」
ポンポンと頭を叩いてサンレイが続ける。
「英二を頼むぞ、サンレイがハマグリ女房を捕まえておる頃じゃろうからの」
「ハマグリがお? わかったがう、ガルも一発殴らないと気が済まないがお」
2人の傍に英二を背負った秀輝がやって来る。
「英二は俺に任せてくれ」
「ハマグリ女房には全部話して貰わないとね」
厳しい顔で言う宗哉を見てハチマルが頷いた。
「そうじゃな、何を企んでおるのか全てを聞かねばならん」
ハチマルとガルルンを先頭に宗哉と英二を背負った秀輝が続いて校舎から出て行った。
時は少し遡る。
ハチマルが教室でガルルンの治療をしている頃、運動場ではサンレイがハマグリ女房と戦っていた。
「閃光キィ~ック! 」
バチバチと青い火花をあげるサンレイの蹴りを受けてハマグリ女房が吹っ飛んでいく、
「あうぅ……敵わない…… 」
ヨロヨロとハマグリ女房が起き上がる。
「雷パァ~ンチ! 」
雷光を纏ったパンチがハマグリ女房の頬にクリーンヒットした。
「がっ! 」
ハマグリ女房が呻きをあげて仰け反るように倒れていく、
「さっさと立てよ、英二やガルルンが受けた苦しみを百倍にして返してやるぞ」
「がはっ……まっ、待って………… 」
血の混じった胃液を吐くとハマグリ女房が待てというように手を伸ばす。
サンレイがハマグリ女房を蹴り上げた。
「かはぁ~~ 」
掠れた呻きをあげてハマグリ女房が吹っ飛んで倒れ込む、
「汚い遣り方でガルルンを殺そうとしたヤツなんて情けは掛けないぞ、助ける気なんて無いからな、お前は殺すぞ」
動かなくなったハマグリ女房にサンレイが言い放った。
少し離れた所で小乃子と晴美と委員長が見ていた。
「サンレイちゃん」
本気で怒っているサンレイを見て晴美は少し引き気味だ。
隣で小乃子が鼻息荒く口を開く、
「当然だよ、英二を攫うだけじゃなくてガルちゃんを殺そうとしたんだ」
「小乃子……サンレイちゃんが怒るのも無理はないけど…… 」
委員長が複雑な表情で小乃子を見つめた。
倒れて動かないハマグリ女房の首根っこを掴んでサンレイが押さえ込む、
「くっ、殺せ! 」
「言われなくともぶち殺してやるぞ、その前にお前の知ってる事を全部話して貰うぞ」
「ふふっ、話すと思う? 死んでも話さないわよ」
ハマグリ女房は満身創痍になりながらも口だけは達者だ。
サンレイがニタリと不気味な笑みを湛える。
「別にいいぞ、話さなくとも頭の中を調べればいいだけだぞ、おらじゃ無理だけどハチマルが居るんだぞ、雑魚妖怪の頭や心の中を調べるなんて簡単だぞ」
ハマグリ女房の顔が引き攣っていく、
「殺せ! 今すぐに殺せ! 貴様らなどにあの方の事を…… 」
叫びながら暴れ出す。
電気のロープが体に食い込み血が流れるがお構いなしだ。
「貴様らに話すくらいならこの場で死んでやるわ」
ハマグリ女房の体が膨らんでいく、
「バカ! 何やってんだ。雷で縛ってんだぞ、体千切れてマジで死ぬぞ」
「ふふふ……覚悟無しで戦いなど挑まないわよ」
壮絶な笑みを見せるハマグリ女房を前にサンレイが言葉を失う、
「お前…… 」
その時、サンレイたちの周りに小さな玉が幾つも落ちてきた。
「ハマグリ女房、貴女の覚悟見せて貰いましたよ」
どこかから声が聞こえてくる。
同時に転がっていた小さな玉からぶわっと煙が立ち上る。
瞬く間に辺りが白い煙に包まれた。
「なんだ? 誰だ? 」
サンレイがバチバチと青い雷光を身に纏う、
「貴女がサンレイさんですか、成る程、神だけあって良い力をお持ちだ」
サンレイの目の前に狐面を付けた男がぬっと顔を近付けた。
面で顔はわからないが頭は剃っている。どうやら坊主らしい。
「んだ? お前何者だ? 」
「私ですか? 私はHQと申します。エッチなキューちゃんじゃ無いですよ、ハイクオリティーのHQです。HQさんと呼んでください、以後お見知りおきを」
男がスッと離れていく、煙で見えなくなった男にサンレイが殴り掛かる。
「雷パァ~ンチ! 」
バシッと音を立てて男がサンレイの拳を片手で受け止めた。
「おおっと、危ないですね、子供が火遊びしちゃいけませんよ」
いつの間にか反対の腕でハマグリ女房を抱えている。
「お前は……人間だぞ」
驚愕を浮かべてサンレイが拳を引っ込める。
妖怪を吹っ飛ばすパンチを人間が片手で受け止められるわけなど無いのだ。
「ハイクオリティーですから」
愉しそうに笑いながら男がバッと後ろに跳んで行く、
「逃がすか! 」
追い掛けようとしたサンレイをハチマルが止める。
「待つんじゃ、追ってはならん」
「何でだ! 英二に、ガルルンに酷い事したヤツだぞ」
食ってかかるサンレイの頭にハチマルが手を置いた。
「彼奴の気を感じたじゃろ? 只者ではないぞ」
「わかってんぞ、それに………… 」
サンレイが秀輝の背負っている英二をチラッと見た。
「そうじゃ、其方の心配もある。じゃから今は我慢するのじゃ、儂も本調子ではない、予定より早く出てきたからのぅ」
「わかったぞ、ハチマルが居ればどうでもなるぞ、だから今は見逃してやるぞ」
不服そうにしながらもサンレイが従った。
秀輝の背で英二が目を覚ます。
「ううぅ…… 」
「やっと起きたな」
動く英二を秀輝が背負い直す。
「うん? 秀輝か……サンレイは? ガルちゃんは? 」
「暴れるなよ」
よろめいた秀輝がしゃがんで英二を下ろす。
「サンレイちゃんもガルちゃんも無事だぜ」
フラつく英二を支えながら秀輝が指差した。
「サンレイ、ガルちゃんも……ハチマルも…………ハチマル? 」
サンレイとガルルンと一緒に並んでいるハチマルを見て英二が裏返った変な声を出す。
「夢か? ハマグリ女房に捕まって……夢を見てるのか…… 」
怪訝な顔をする英二を見てハチマルが微笑んだ。
「ガルルンと同じ事を言っておるぞ、夢の方がよかったかのぅ」
「夢の方がって…… 」
英二が自分の頬を両手で挟むように叩いた。
「痛い……夢じゃない」
改めてハチマルを見つめた。
「ハチマルが……ハチマルが……よかった……よかったぁ~~ 」
目を潤ませる英二の右からサンレイが抱き付いた。
「ハチマルが英二を助けてくれたんだぞ」
「ガルも助けて貰ったがお、ハチマルがいれば無敵がお」
左からガルルンが抱き付く、
「また会えて嬉しいぞ、頑張っているようじゃの」
「ハチマル……ハチマル……ハチマルぅ~~ 」
正面に立ったハチマルに英二が抱き付いた。
「ハチマルだ。本物のハチマルだ」
涙を流す英二の頭をハチマルの爆乳が包み込む、
「よかったハチマル、また一緒に暮らせるんだよね」
「儂は英二の守り神じゃからな、ずっと一緒じゃ」
胸に顔を埋める英二の背をハチマルがあやすようにポンポン叩いてくれた。
右にいたサンレイがバッと英二の腕を引っ張る。
「何やってんだ英二! ハチマルとくっつきすぎだぞ、泣くならおらの胸で泣け」
直ぐ後ろで見ていた小乃子が怖い顔だ。
「嬉しそうに顔を埋めやがってマジでスケベだ。英二はヘンタイだ」
委員長が宥めるように小乃子の肩を掴んだ。
「まぁまぁ、本当に嬉しいんだから仕方無いじゃない」
「そうだよ、私だってハチマルさんに抱き付いて甘えたいよ」
隣で晴美が苦笑いだ。
「がわわ~~ん、ハチマルもライバルがお、サンレイと違って強敵がお」
英二の左にいたガルルンが口を大きく開けて嘆くように言った。
「ハッキリ言って羨ましいぜ、でもハチマルが戻ってきてくれただけで俺も幸せだ」
羨ましそうに英二を見ている秀輝の背を宗哉がポンッと叩く、
「そうだね、レストランにでも行こうか? 食べながらゆっくり話をしよう」
振り向いた秀輝がニヤッと嬉しそうに笑う、
「いいねぇ、暴れたんで腹ペコだぜ、今日はバイトも無いしな」
「じゃあ決まりだ」
2人の話しを聞いていたのか委員長が近付いてくる。
「でも派手に壊したわね、大騒ぎになってるわよ、このまま帰ってもいいのかしら」
「御陰で昼から授業潰れたぜ」
ニヤッと楽しそうに笑う秀輝の横で宗哉がスマホを取りだした。
「警察が来る前にサーシャとララミを回収して貰わないとね、レストランに行くから大型バンも呼ぶよ」
電話を掛ける宗哉の向かいでハチマルが辺りを見回した。
クラスメイトだけでなく他の生徒や先生たちまで運動場に出てきて大騒ぎになっている。
「そうじゃな、騒ぎを収めんといかんの」
ハチマルがふわっと宙に浮いた。
「おらも手伝うぞ、英二も手伝え」
バチッと雷光を纏ってサンレイが英二を連れて宙に浮ぶ、
「ビリビリする……何をするんだ? 」
「そうじゃな、英二の霊力を使わせて貰うとするかの」
ハチマルが英二と手を繋いだ。
サンレイとハチマルに挟まれて英二が続ける。
「俺の力なら幾らでも使ってくれ、それで何をするんだ? 」
「学校を直すぞ、そんでみんなの記憶を消すんだぞ」
英二がバッとサンレイを見つめる。
「記憶を消すのは知ってるけど学校って……あの校舎が直るのか? 」
「ふふん、任せておけ、儂は神じゃぞ、あの程度なら今の儂なら大丈夫じゃ、もっともお主の力があればこそじゃがの、儂はまだ完全でないからの、お主とサンレイに手伝って貰えば大丈夫じゃ」
手を繋いだまま英二が不安顔でハチマルを見つめる。
「無理しないでくれよ、また消えるなんて厭だからな」
反対側で手を繋ぐサンレイが自慢気に口を開く、
「大丈夫だぞ、おらの霊気と英二の霊力を使うんだぞ、少し疲れるけど後で宗哉にパフェとアイスたっぷり奢って貰うぞ」
「ふふふっ、楽しそうじゃのぅ、では始めるぞ」
ハチマルが大きく息を吸ってからスゥーッと吐いた。
風がクルクル回って小さな竜巻が起る。
その竜巻が壊れた窓や壁などの破片を巻き上げていく、
「風龍、風組み手! 」
轟々唸りを上げながら竜巻が教室へと入っていく、
「今じゃサンレイ、霊気を叩き込め」
「わかったぞ、英二の力を貰うぞ」
「ああ、幾らでも使ってくれ」
突き出したサンレイの手から雷光が竜巻に飲まれていく、轟々と唸りバチバチと雷光をあげる竜巻だ。
サンレイとハチマルと繋いだ手から霊力が流れていくのが英二にもわかった。
3分ほどしてスーッと天に昇るように竜巻が消えていった。
「凄い! 直ってる」
英二が驚くのも無理はない、大穴が空いていた校舎の壁が元通りだ。
ガラス一枚割れていない、下で見ていた秀輝たちも驚いた様子で指差している。
「んじゃ記憶も消すぞ」
「了解じゃ」
サンレイが空に手を上げてハチマルがくるっと手を回す。
「雷ド~ン! 」
晴れ渡った空から雷が落ちてくる。
「風防、風車! 」
3人の真上に落ちてきた雷がハチマルの回す手に従ってくるりと学校全体を囲んでいく、
「心風流し! 」
何事かと見ていた生徒や先生たちの胸に雷光が風のように吸い込まれていった。
「旨くいったようじゃな」
先程まで騒いでいた生徒や先生たちが立ち尽くしている。
記憶を消されて何が起ったのかわからず茫然自失といった様子だ。
3人が秀輝たちの元へと降りてくる。
「おぉっとと…… 」
よろける英二を秀輝が支える。
「霊力使って気絶するなよ」
「するかよ、レストランでハチマルと飯食うんだろ、俺だけ除け者にされて堪るかよ」
フラつきながらも元気な英二を見てハチマルがフッと微笑んだ。
「サンレイから聞いておったが鍛えておるようじゃの、昔の英二なら倒れておるぞ」
「へへっ、ハチマルに褒められるとマジで嬉しいよ」
秀輝に寄り掛かりながら英二が照れ笑いだ。
それを見てサンレイがペッタンコの胸を張る。
「なんたって先生がいいからな、おらが教えてるからな」
ガルルンが負けじと口を開く、
「ガルも教えてるがお、英二は筋が良いがお」
「うむ、お主ら全員が力を貸してくれておる御陰じゃ、ありがとう」
優しい顔で微笑むハチマルを見てサンレイとガルルンだけでなく秀輝たちも嬉しそうだ。
「車が来たよ、続きはレストランでしよう、好きなもの何でも頼んでくれ、遠慮は無しだ。英二くんもだよ、霊力を使ったんだからね、たっぷり食べてくれ、秀輝も委員長も小乃子さんも晴美さんも、今日は無礼講だよ」
宗哉の言葉でサンレイとガルルンが大喜びだ。
「聞いたかガルルン、今日は店ごと食っても怒られないぞ」
「がふふふっ、店のグラタン全部食ってやるがお、パフェと一緒に熱い冷たいでいくらでも食えるがお」
ニタリと悪い顔を見合わせるサンレイとガルルンを見て英二が溜息をつく、
「全部とかダメだからな、ガルちゃんはおなか壊す食べ方しちゃダメだからね」
呆れる英二の手をサンレイとガルルンが左右から引っ張る。
「早く行くぞ、なぁなぁ英二ぃ~、ずっと、ずぅーっと一緒だぞ」
「ガルも一緒がお、サンレイとハチマルと英二と晴美と秀輝と宗哉といいんちゅと小乃子とガルと、みんな、みんな一緒がお」
笑顔の2人に引っ張られて英二が歩き出す。
その後ろからハチマルや秀輝たちが笑顔で続いた。