第92話
ハマグリ女房が出て行った教室ではサンレイと水胆の力で強化された雷獣が戦っていた。
「焔爪! 」
サンレイが炎を灯した爪で殴り掛かる。
「ゲギャギャ~~ 」
雷獣が呻いて後退るが大した傷は負っていない。
後ろで操られている生徒たちと戦っていた秀輝が声を上げる。
「ガルちゃんの技だぜ」
「電気攻撃が効かないからね、ガルちゃんの技も使えるのは吃驚だけど」
秀輝が押さえた女子をロープで縛りながら宗哉が言った。
サンレイが振り返る。
「早く英二を助けに行きたいぞ……大技を使うのは秀輝たちが邪魔だぞ」
その時、雷獣が近くにいた操られた男子を殴り飛ばした。
「ギャガガガァーーッ 」
サンレイにやられた苛立ちをぶつけたのだろう、操られている生徒たちが仲間だという認識は雷獣には無い。
「ああぁ…… 」
倒れた男子が頭から血を流して苦しげに唸る。
「あの野郎! もう手加減無しだぞ、ぶち殺してやるぞ」
只でさえ英二を連れ去られて怒っていたところへ関係の無い生徒まで傷付けられてサンレイがキレた。
「ブンブンバリヤー、デラックスだぞ」
サンレイの両手から出た雷光が教室中に広がって秀輝や宗哉、操られている生徒たちを包み込んでいく、続けてサンレイが両手を雷獣に向けた。
「絞雷、獣縛り! 」
バチバチと雷光をあげる電気のロープが雷獣に纏わり付く、
「とどめだぞ、雷鳴山崩し! 」
サンレイの両手から眩しい光の塊が雷獣にぶち当たった。
「なん!? 」
「眩しい! 」
秀輝と宗哉が顔を手で覆う、目を閉じただけでは防げないほど眩しかった。
「ギャギャギャガギャァ~~ 」
絶叫をあげて雷獣の体が四散した。
雷獣だけでなく、運動場に面する教室の壁も吹き飛んでいく、
「うわぁ~ 」
秀輝と宗哉が揺れを感じてその場に蹲った。
立っていた操られている生徒たちが転がっていく、机や椅子に頭や体をぶつけているがサンレイが掛けてくれた電気のバリヤーで怪我はない様子だ。
直ぐに光が収まり揺れも止まる。
顔を上げた2人を見てサンレイがニッと笑う、
「終わったぞ、おらは英二を助けに行くからな」
壁に空いた大きな穴から出て行くサンレイを秀輝と宗哉が呆然と見送った。
眩しい光を放ち大きな音と共に校舎の壁が崩れていく、
「なんじゃ? サンレイのやつ、雑魚相手に大技を使いよったな」
校舎の壁に大穴を開けて青い雷光を纏ったサンレイが飛び出してきた。
「英二ぃ~~、英二ぃぃ~~~ 」
バチバチと雷光を纏うサンレイの体が半透明になっている。
力を使い過ぎると一時的に霊力が減って人としての姿を維持できなくなるのだ。
「チビの神が……雷獣を倒したのか」
驚くハマグリ女房の前にサンレイがすっ飛んできた。
「見つけたぞハマグリ!! ぶっ殺してやるぞ」
バチバチと青い光を走らせる腕で殴り掛かろうとしたサンレイをハチマルが止める。
「落ち着かんか、英二は無事じゃぞ」
バッと振り返ったサンレイが怒り顔のまま固まった。
「はっ、ハチマルだぞ……偽物か? 狸か狐じゃないだろうな」
怪訝な顔で言うサンレイの頭をハチマルがポンッと叩く、
「誰が狸じゃ、こんな美人の狸がおるか」
「おおぅ、狸みたいだけど本物のハチマルだぞ」
大袈裟に驚くサンレイの頭をハチマルがまた叩いた。
「誰が狸に似ておるんじゃ! まったく、キレて儂が来ておることにも気付いておらんかったのじゃな」
ハチマルを見上げてサンレイがプクッと頬を膨らませた。
「だって英二が…… 」
「英二は無事じゃぞ、儂が助けたからのぅ」
ハチマルが後ろで倒れている英二を指差した。
「お主は何をしておったんじゃ? 余裕と油断は違うと教えたはずじゃぞ」
「油断なんてしてないぞ…… 」
ばつが悪そうに言うサンレイの目が泳いでいる。
「そだぞ、こんな事してる場合じゃないぞ、ガルルンがやられたぞ」
思い付いたように話題を変えたサンレイにハチマルが食いついた。
「なんじゃと彼奴がやられるとはな」
「汚い真似されたぞ、そんで秀輝と宗哉も戦ってるぞ、20人くらい操られてんだぞ、おらじゃ2人ずつしか術解けないぞ」
ハチマルがハマグリ女房を指差す。
「分かった。アレはお主に任せるぞ」
「にゅひひひひっ、言われなくともハマグリはおらがぶっ殺すぞ」
ニヤリと悪い顔で笑うサンレイの頭を軽く叩くとハチマルがふわっと浮んだ。
「殺すのは後じゃぞ、訊きたいことがあるからの、儂が行くまで捕まえておれ」
後ろで倒れていた英二を抱えるとハチマルが教室へと飛んでいく、
「わかったぞ、ガルルンにも一発殴らせてやりたいしな」
ハチマルの背に言うとサンレイがハマグリ女房に向き直る。
「にひひひひっ、ハチマルが来たらこっちのもんだぞ、おらに恥をかかせて只じゃ済まさないぞ、ぶち殺してお吸い物にしてやるぞ」
「うふふっ、私の負けね」
ハマグリ女房がスゥーッと姿を消して逃げようとした。
「逃がすか! 」
バチッと瞬間移動したサンレイが姿を消そうとしていたハマグリ女房を蹴り倒す。
「あうぅ…… 」
消えそうになっていたハマグリ女房が姿を現わして地面に転がる。
「蜃気楼だぞ、大ハマグリが使う妖術だろ、空気を歪めて消えたように見せかけるだけだぞ、おらの瞬間移動と違って実際は消えてないからな、見当を付けて殴れば一発だぞ」
倒れたハマグリ女房の前にサンレイが立った。
「お前だけは逃がさないぞ、マジでぶち殺すから覚悟しろ」
マジ顔で睨むサンレイを見てハマグリ女房の顔に怯えが浮かんだ。
英二を小脇に抱えて崩れた穴からハチマルが校舎へと入っていく、教室内では操られている10人ほどの男女相手に秀輝と宗哉が必死で戦っていた。
宙に浮んだままハチマルが辺りを見回す。
教室の真ん中でガルルンが倒れ、廊下側の壁にはバラバラにされたサーシャとララミが転がっている。
他にはロープで縛られて動きを封じられた生徒が10人ほど倒れてもがいていた。
「酷い有様じゃの」
英二を床に寝かせると血の海で倒れるガルルンの傍にしゃがんだ。
「ハチマルちゃん…… 」
「ハチマルさん」
秀輝と宗哉が思わず戦っていた手を止める。
操られた生徒たちが2人に襲い掛かる。
「おわっ! 」
「くそっ!! 」
押し倒された2人を見てハチマルがフッと笑いかける。
「何をやっておるんじゃ、其奴ら如きお主らで何とかせい」
「マジだ……マジでハチマルちゃんだ…… 」
涙を浮かべた秀輝が伸し掛かる男子生徒を押し退ける。
「やってやるぜ! 」
大声を出しながら宗哉に伸し掛かっている2人の女子生徒を引き離した。
「その意気じゃ、儂はガルルンの治癒に少々時間が掛かる。その間は任せたぞ」
「ハチマルさん…… 」
涙を流す宗哉の肩を秀輝が掴んだ。
「謝るのは後だぜ、今はハチマルちゃんの邪魔をさせないようにこいつらを引き離すぜ」
「わかった。操られている生徒は僕たちが押さえるよ」
ぐいっと涙を拭うと宗哉が落ちていたロープを拾った。
任せたぞと言うように頷くとハチマルがガルルンの額と腹に手を置いた。
「ようやったのぅ、お主がおらなんだら英二を攫われておったぞ、直ぐに治してやるからの、本当に頑張ったのぅ」
優しく言うとハチマルの両手が光り出す。
オレンジ色よりも少し薄い赤み掛かった黄色の光がガルルンを包み込む、みるみるうちにガルルンの腹に空いた穴が治っていく、サンレイの術では出血が止まっただけで穴は開いたままだったのだ。それが完全に塞がって傷など無かったかのように治っていた。
「これで良し、流石はガルルンじゃ、そこらの妖怪なら死んでおる。タフな犬じゃな」
光が消えてハチマルが愛おしそうにガルルンの頭を撫でる。
近付けまいと戦っていた秀輝が安堵の声を出す。
「ガルちゃんは治ったんだな、ありがとうハチマルちゃん」
「ハチマルさん、僕は……僕は……何と言って詫びたらいいのか…… 」
涙声で話す宗哉を見てハチマルが優しく微笑む、
「もうよい、サンレイから全て聞いておる。英二の為に力を貸してくれたんじゃろ、今も英二のために命懸けで戦ってくれたんじゃろ、なら謝ることなど無い、寧ろ礼を言わんとならん、ありがとう宗哉」
「はっ、ハチマルさん…… 」
襲い掛かってくる女子を押し倒して一緒に倒れ込むと宗哉が泣いた。
ハチマルが秀輝を見つめる。
「秀輝もじゃ、頑張ってくれたんじゃな、礼を言うぞ、英二は良い友を持った。秀輝と宗哉、掛け替えの無い友じゃ」
「へへっ、ハチマルちゃんに褒められるとこそばゆいぜ」
目の前にいる男子を足払いで倒すと秀輝が照れるように笑った。
ハチマルが立ち上がる。
「操られておる生徒たちを元に戻してやらんとな」
ハチマルが両手を上げた。
「吹けよ清風! 」
暖かな風が教室内をぐるっと数度駆け巡る。
秀輝と宗哉に襲い掛かっていた生徒たちがバタバタとその場に倒れていく、
「気絶したのか? 」
「そうみたいだね、24人を一度に治せるなんて流石ハチマルさんだよ」
近くに倒れた男子を確認すると宗哉が頷いた。
「サンレイと違って儂は術が得意じゃからの」
自慢気に胸を張るハチマルの爆乳が揺れるのを見て秀輝が嬉しそうに頬を緩めた。
操られていた術が解けたという事で気を失って倒れている生徒たちを縛ってあったロープを秀輝と宗哉が解き始める。
「こんなに早くハチマルちゃんと会えるとは思ってなかったぜ」
「そうだよね、サンレイちゃんは数年は掛かるって言ってたからね」
秀輝と宗哉が嬉しそうに話しながらテキパキとロープを解いていく、
「英二の危機を察知したのでな、本調子では無いが出られたのでやって来たのじゃ」
ハチマルがこたえながら倒れている英二の額に手を当てる。
「英二は大丈夫じゃな、ハマグリの妖気で暫く目が覚めんじゃろう、起こすと煩そうじゃから自然と目覚めるのを待つとしようかの」
ロープを解き終えて秀輝が傍にやって来る。
「よかった。英二も頑張ったんだぜ、ハマグリ女房が邪魔しなきゃ化け杉を倒してたぜ」
「お主らの事はサンレイから聞いておる。英二はもちろんじゃが秀輝も宗哉も強くなったの、お主らと会えるのを楽しみにしておったぞ」
「また一緒に学校に通えるんだよな、サンレイちゃんとハチマルちゃんとガルちゃんと俺たちみんなで遊べるんだよな」
心から嬉しそうな秀輝を見てハチマルが優しく微笑む、
「そうじゃな、本調子では無いが何者かが組織的に英二を狙っておる以上は儂も寝ておられんからの、一旦戻って用意をして3月頃から学校へ通うとしようかの」
「やったぜ、3月からまたハチマルちゃんと一緒だぜ」
大喜びする秀輝の隣で宗哉が浮かぬ顔だ。
「万全を期すって言っていたのに……大丈夫なんですか? 」
ハチマルがマジ顔に変わる。
「うむ、正直後3ヶ月は欲しかったのぅ、豆腐小僧の三百年高野豆腐によって数年が数ヶ月に短縮されたが現状は儂の予定しておった万全の態勢では無いのぅ」
喜んでいた秀輝もマジ顔に変わった。
「英二を……俺たちを助けるために無理をして出てきたって事か」
「有り体に言えばそうじゃな、じゃが無理では無いぞ、あくまで万全の態勢では無いだけじゃ、じゃがそれも心配いらん、山神である姉と妹に色々頼んでおる。暫くの間はちょくちょく四国へ戻ることになるじゃろうがそれで儂が予定しておった万全の態勢とほぼ同じようにできるからの、じゃからお主らは心配せんでもよいのじゃ」
ニッと笑顔に戻るとハチマルが飛び付くように2人に抱き付いた。
「じゃから頼りにしておるぞ、宗哉の冷静な判断力と秀輝の勇気と力、サンレイや英二に足りんところをカバーしてやってくれ」
ハチマルの爆乳が秀輝と宗哉の頬に当たる。
着物越しだが柔らかで良い香りがして物凄く気持ち良かった。
「ああ……任せてくれ俺でよければ何でもするぜ」
「友達だからね、僕も何でもするよ」
秀輝と宗哉がギュッとハチマルを抱き締め返す。
宗哉の心の奥に引っ掛かっていた慚愧の念、秀輝は許したはずなのに心の底にこびり付いていた宗哉に対する憎しみ、2人の心がようやく晴れ渡った。