第91話 「ズバッと参上」
運動場の窓側の壁まで吹き飛ばされたハマグリ女房が起き上がる。
「2匹の雷獣を倒したのか? 電気攻撃の効かない雷獣をどうやって…… 」
ハマグリ女房の信じられないといった顔を見てサンレイがニヤッと笑う、
「おらは神だぞ、そこらの妖怪と一緒にするな、電気がダメなら他を使えばいいぞ」
「電気以外にも使えたのか……くそぅ…… 」
悔しがるハマグリ女房の向かいでサンレイの顔から笑みが消えた。
「降参しろ、お前の知ってる事を全部話せば命は助けてやるぞ」
ハマグリ女房が乱れた髪を整える。
「冗談でしょ、私が負けたように言わないで頂戴」
サンレイが愉しそうにニヤリと口元を歪めた。
「良かったぞ、降参したらお前をぶち殺せないからな、これで心置きなくボコボコにできるぞ、ガルルンやサーシャにララミの分までぶちのめしてやるぞ」
バチッと雷光をあげてサンレイが消えた。
「雷パァ~ンチ! 」
ハマグリ女房の右にバチッと現われると同時にバチバチと雷光をあげるパンチを叩き込んだ。
「きゃあぁ~~ 」
頬を殴られてハマグリ女房が教室の後ろまで吹っ飛んでいく、
「閃光キィ~ック! 」
ハマグリ女房の前にバチッと現われるや否や青い雷光に包まれた蹴りをぶちかます。
「ぐえぇ~~ 」
教室の前まで飛んで転がったハマグリ女房が呻きをあげて倒れ込む、
「ああ……敵わない、私では無理だ」
ハマグリ女房が待てと言うように手を伸ばす。
「当り前だぜ、卑怯なことしかできないお前がサンレイちゃんに勝てるかよ」
嬉しそうに言う秀輝の横で英二を抱えたまま宗哉が倒れているガルルンを見つめる。
「ガルちゃんの治療をしないと」
「おらがするから宗哉と秀輝は英二を頼むぞ」
サンレイがガルルンの傍にしゃがんだ。
「大丈夫だぞ、気絶してるだけだぞ、ガルルンがこれくらいで死ぬわけないぞ」
サンレイの言葉に秀輝と宗哉がほっと安堵した。
「取り敢えず出血を止めるぞ、治療は力使うからなハマグリを倒した後だぞ」
ごろっとガルルンを仰向けにすると化け杉に貫かれた腹部にサンレイが手を当てる。
バチバチと光っていた雷光がガルルンに吸い込まれていく、秀輝や宗哉が見守る中、ハマグリ女房が近くに倒れている男子に腕をゆっくりと伸ばしていく、
「これでいいぞ、血は止まったからこれ以上酷くならないぞ」
ガルルンから手を離すとサンレイが立ち上がった。
「んじゃ、ハマグリをボコボコにするぞ」
ニタリと不気味な笑みをしてサンレイが振り返る。
その時、ハマグリ女房の傍に倒れていた2人の男子生徒が起き上がった。
サンレイが治療している隙をついて男子を縛ってあるロープを解いたのだ。
「近寄るな、こいつを殺すぞ」
ハマグリ女房が男子の首にゴムのように伸ばした腕を絡ませた。
「他の奴らのロープを解け、お前たち全員でチビを殺せ」
1人を盾にするともう1人の男子にハマグリ女房が命令した。
「ううぅ……あうぅ…… 」
呻きをあげながら男子が倒れている女子のロープを引き千切った。
自由になった女子がムクリと起き上がる。
「くそっ、せっかく縛ったのによぅ」
悔しがる秀輝の前にサンレイがバチッと現われた。
「1人くらい犠牲が出てもいいなら今すぐハマグリをぶち殺してやるぞ」
「ダメだから、英二くんが起きたら悲しむよ」
どうするというように見上げるサンレイに宗哉が弱り顔でこたえた。
「英二に怒られるのは厭だぞ、んじゃ操られてるのは秀輝と宗哉に任せるぞ」
バチッと消えるとサンレイがハマグリ女房の直ぐ後ろに現われた。
「くっ、こいつを殺すぞ」
バッと振り返ったハマグリ女房に捕まっている男子の頭をサンレイが掴む、
「電光石火! 」
バチッと姿を消したサンレイが男子を秀輝の足下に転がした。
「なに? どうして…… 」
首に腕を巻いて捕まえていた男子がスッと消えたのを見てハマグリ女房が愕然と言葉を失った。
「電光石火はおらだけじゃなくて物も運べるぞ、もちろん人だってな、パワーアップした今のおらなら30人くらいなら一度に運べるぞ」
ペッタンコの胸を張ってドヤ顔のサンレイの後ろで秀輝が男子をロープで縛り上げた。
「こいつらは僕たちに任せてくれ、サンレイちゃんはハマグリ女房を倒してくれ」
「んじゃバチッとぶちのめしてくるぞ」
ニヤッと意地悪に笑うサンレイの向かいでハマグリ女房が大きな胸の間から小さな水晶玉を取り出した。
「まさか3匹目も使うとはね」
放り投げた水晶玉から雷獣が現われた。
「なんだアレは? 」
「まだ妖怪を持っていたのか」
驚く秀輝と宗哉にサンレイが教える。
「雷獣だぞ、おら屋上であれと戦ってたぞ、電気攻撃が効かないから結構てこずったぞ」
ハマグリ女房が愉しそうに口を開く、
「切り札は最後まで取っておくものよ」
「んだと! 雷獣なんて直ぐに倒してやるぞ」
口を尖らせて言い返すサンレイの前でハマグリ女房が丸薬を取り出すと雷獣に食わせる。
「水胆だぞ」
「うふふふふっ、これが切り札よ」
愉しそうに笑うハマグリ女房の前で雷獣の姿が変わっていく、
「ギャギャガガガーッ」
雄叫びを上げる雷獣は元の60センチくらいの鼬のような姿ではない、3メートルほどのツキノワグマのような姿に変化していた。
「行きなさい雷獣! そのチビを食い殺してやりなさい」
「ギャガガガガァーーッ 」
叫びを上げて雷獣がサンレイに襲い掛かる。
「閃光キィ~ック! 」
向かって来た雷獣に蹴りを入れるがサンレイが逆に吹っ飛んでいく、
「んだ? さっきのヤツと全然違うぞ、水胆で強くなってんぞ」
バチッと雷光をあげてサンレイが綺麗に着地した。
後ろでは秀輝と宗哉がロープを解いた生徒たちと戦っている。
「ふふふっ、雷獣と私、2人相手に何処まで持つかしらね」
愉しそうに笑いながらハマグリ女房がサンレイの後ろに回る。
「雑魚妖怪が2匹になっただけだぞ」
サンレイが雷獣に向かって行った。
「雷鳴踵落とし! 」
バチバチと激しく電気を走らせる足が雷獣の頭に落ちた。
「ギャギギィ~~ 」
熊のような雷獣が呻いて数歩後ろに下がる。
「デカくなった分、動きが遅いぞ」
余裕に笑うサンレイの後ろからハマグリ女房が腕を伸ばす。
「サンレイちゃん気を付けろ」
伸ばした腕が槍のように変化しているのを見て秀輝が大声で言った。
「なっ、くそぅ……邪魔をして」
悔しげに秀輝を睨み付けるハマグリ女房の目に教室前のドアの傍に倒れている英二が映る。
サンレイが助けに来た安心からか秀輝と宗哉は操られた生徒たちとの戦いに夢中になって英二にまで気が回っていない。
「んだ? おらを刺そうってか? 余裕で避けれるぞ」
振り返りもしないでサッと横に避けたサンレイに宗哉が声を掛ける。
「サンレイちゃん、毒に気を付けて、猛毒だよ」
「なんだ毒か、そんなもの効いたとしても一時的だぞ、おらは神だぞ」
サンレイが振り向いて笑みを見せた。
「けどサンキューな、今は一時的でも動けなくなったら困るぞ、んじゃさっさと雷獣を倒すぞ」
前に向き直ったサンレイに雷獣が飛び掛かる。
「ギャガガガァーーッ 」
「遅いぞ」
バチッとサンレイが消えると雷獣の後ろに現われる。
「雷パァ~ンチ! 閃光キィ~ック! 」
パンチとキックを連続でぶち込んだ。
「ゲギギギィ~~ 」
雷獣が吹っ飛んで教室の壁に当たって倒れ込む、
「やっぱ電気じゃダメだぞ」
倒れた雷獣の前にサンレイが立った。
「ガルルンの技で倒してやるぞ」
サンレイが爪に炎を灯した。
その後ろでハマグリ女房が倒れている英二にゴムのように伸ばした腕を絡めていた。
「捕まえた」
嬉しそうなハマグリ女房の声にサンレイが振り返る。
「英二! 」
叫ぶサンレイの前でハマグリ女房が英二を抱きかかえていた。
「英二くん、英二が…… 」
近くで戦っていた宗哉と秀輝も気付かないほどの早業だ。
「英二を離せ! 」
バチッと雷光をあげてサンレイが消える。
「同じ手は食わないわよ」
ハマグリ女房がゴムのように伸ばした手足で英二を包み込んだ。
「なに? くそっ」
バチッと現われたサンレイがハマグリ女房の前で止まる。
「触らないとダメなんでしょ? 触らないと瞬間移動は出来ない、私が包み込んだ英二くんを助ける事はできない」
「んだと、ぶん殴ってその皮を剥がしてやればいいだけだぞ」
サンレイがバチバチと雷光を纏う拳を振り上げた。
「いいの? 英二くんを殺すわよ、私の毒なら30秒もあれば死ぬわよ」
「なん……英二を離せ! 」
拳を止めたサンレイを見てハマグリ女房がニヤリと口元を歪ませる。
「殴りたければ殴りなさい、殺したければ殺しなさい、でも30秒は絶対に英二くんを離さないわよ、確実に死ぬわよ、それでいいなら好きにしなさい」
「何処まで卑怯なんだ」
後ろで戦っていた宗哉と秀輝も顔を強張らせている。
「うふふふふっ、卑怯? 勝てばいいのよ、正々堂々とかルールに則って何て言って負けたら何にもならないじゃない、勝たないと意味がないのよ」
ハマグリ女房が雷獣の元へと歩いて行く、
「水胆の効果もあと少しですね」
ハマグリ女房が雷獣に水晶玉を飲み込ませる。
「妖力の詰まった水晶玉を喰らえばもう少し力が続きます。あのチビを殺しなさい」
「ギャガガガァーーッ」
叫びを上げると熊のような雷獣がサンレイに向かって突っ込んでいく、
「うふふふふっ、私が逃げる時間を稼いで頂戴な」
ハマグリ女房が窓を蹴破って運動場へと逃げ出した。
「雷パァ~ンチ! 」
雷獣を殴りつけて横に倒す。
ハマグリ女房を追い掛けようとしたサンレイの目に宗哉と秀輝が映った。
「くそが! 」
叫ぶとサンレイが雷獣に殴り掛かった。
雷獣を残していけば秀輝や宗哉が食われてしまう、素早く倒してハマグリ女房を追うしかない。
気を失った英二を抱いてハマグリ女房が運動場へ出てくる。
「うふふふっ、旨くいった。これであの人に褒められる」
愉しそうに呟くハマグリ女房の目に運動場に避難していた小乃子たちが映った。
「忌々しいチビへの見せしめに少し殺して行きましょうか」
立ち止まると品定めをするように小乃子たちを見る。
小乃子たちもハマグリ女房に気付いた。
「高野くんが…… 」
一番に気が付いた晴美の声に小乃子が顔を顰める。
「英二が……英二ぃ~~ 」
駆け出そうとした小乃子の腕を委員長が引っ張る。
「ダメよ! 」
「離せ!! 離せよ、英二が……英二が…… 」
掴まれた腕を引き抜こうとして小乃子が暴れる。
「貴女が行ってなんになるの? 落ち着きなさい」
小乃子に引き摺られまいと委員長が足を踏ん張る。
「そうだよ久地木さん、ガルちゃんとサンレイちゃんが助けてくれるよ」
説得しようと出てきた晴美を小乃子が怒鳴りつける。
「何言ってんだ! 英二が捕まってるんだぞ、サンレイがやられてたら……離せよ、英二を助けるんだ」
暴れる小乃子の頬を委員長が平手打ちした。
「落ち着きなさい!! 」
「菜子…… 」
動きを止めて小乃子がじっと委員長を見つめる。
小乃子を叩いた手をギュッと握り締めて委員長が続ける。
「貴女が行ってなんになるの? 貴女が怪我をしたら英二くんが悲しむのよ」
「そうだよ、ガルちゃんやサンレイちゃんが負けるわけないよ、直ぐに出てきて助けてくれるよ、だから私たちは此処で見守ってようよ」
晴美が行かせまいと小乃子の腕を掴んだ。
「委員長……篠崎も……でも英二が…………あたしじゃ何も出来ないのはわかってるけど英二が………… 」
「案ずるな」
その時、小乃子と委員長の間に一陣の風が吹き抜けた。
「な……なにが…… 」
「あんずるなって言ってたよね」
辺りを見回す委員長、晴美にも聞こえた様子だ。
気を緩めた委員長の手を振り払って小乃子が走り出す。
「英二ぃぃ~~ 」
駆けてくる小乃子を見てハマグリ女房が顔を顰める。
「なんだあの女は? 」
早く逃げればいいものを獲物を狙うかのようにハマグリ女房が立ち止まる。
「確か小乃子とか言ったわね、英二くんの恋人かしら? うふふっ、あれを殺しましょう、私に盾突いた秀輝と宗哉、それにチビの神が悔やむ顔が目に浮ぶわ」
抱えていた英二を見てハマグリ女房がニヤッと企むように笑った。
小乃子を狙うハマグリ女房に向かって突風が吹く、
「なんだこの風は…… 」
乱れた髪を整えるハマグリ女房がはっと我に返って腕を見る。
「英二くんが? 何処に…… 」
抱えていた英二が消えていた。
「英二は此処じゃ」
ハマグリ女房の前に女が立っていた。
「英二くん……貴様何者だ! 」
怒鳴るハマグリ女房の前に立つ女を見て走っていた小乃子が立ち止まる。
「あっ、ああぁ………… 」
小乃子の目から涙が溢れ出す。
「何者じゃと? いいセリフじゃ、儂か? 儂はな」
女がサッとポーズを取る。
「ズバッと参上! ズバッと解決! ゼット・ハチマル参上じゃ」
ベリーショートな赤茶髪に少し吊り上がった悪戯っぽい目、身長は155センチほど、細身のやんちゃそうな体つき、薄紅色の着物の上からでもわかるくらいに巨乳を通し越した爆乳だ。
間違いないハチマルである。サンレイの姉に当たるパソコンの神様だ。
NECのPC―8801mkⅡSRはZ80A相当のCPUを使っている。
ハチマルという名前と同じ80が付いているZ80シリーズを気に入って眠りについたのだ。
ゼットというのはサンレイと同じで後から付けてゼット・ハチマルと名乗っているとのことだ。
晴美の顔に笑みが広がっていく、
「ハチマルさんだぁ~~ 」
「ハチマル……よくも……よかった」
委員長は涙ぐんでいた。
小乃子が溢れる涙をサッと拭った。
「英二は? 英二は無事なのかハチマル」
ハチマルがニッと笑う、
「心配無用じゃ、英二は気を失っておるだけじゃ」
「よかった……ハチマルありがとう」
安堵する小乃子にハチマルが優しく声を掛ける。
「心配掛けたの、儂が来たからもう安心じゃぞ」
ハチマルの名を聞いてハマグリ女房の顔が強張っていく、
「ハチマル……確かチビの姉の神でしたね」
ハチマルがくるっと振り返った。
「ほう、儂を知っておるか、なら話は早いじゃろ、観念せい、お主に勝ちは無いぞ」
「くっ……英二くんを返しなさい、私のものよ」
ハマグリ女房がハチマルの抱える英二を指差す。
「何を言っておるんじゃ? 英二は儂のものに決まっておるじゃろうが、これ程良質な霊力を持っておる人間は殆どおらん、しかも英二は無限と言ってよいほどの力を秘めておる。儂とサンレイの2人で分けても充分すぎるほどのな、それをお主のような三下妖怪にくれてやるわけなかろう」
とぼけ顔のハチマルの向かいでハマグリ女房の顔が上気する。
「三下ですって……貴様ぁ~~ 」
「怒ったか? ならば雑魚妖怪でどうじゃ、どちらにせよ儂から見れば塵芥じゃ」
嘲笑うハチマルの前でハマグリ女房がバッと構える。
「貴様ぁ~~、ここまでして英二くんを奪われて堪るか! 」
「ハマグリ風情が儂に敵うと思うてか? 傷1つ付けられんぞ」
ハチマルは構えもしない、余裕だ。
ハマグリ女房が左手をサッと振る。
「喰らえ、アンボイナ! 」
無数の矢が飛んでいく、ハチマルが右手をくるっと回した。
「風防、風車! 」
無数の矢がクルクルと回って地に落ちていく、
「矢など儂には効かんぞ」
抱えていた英二を後ろに寝かせるとハチマルが矢を1本拾う、
「毒矢じゃな、結構キツい毒じゃぞ、貝の持っておる毒じゃな」
攻撃を防ぎ尚且つ毒のことも一瞬で見抜いたハチマルの向かいでハマグリ女房が目を見開いた。
「違いすぎる……チビの神や山犬とはレベルが違うようですね」
「お姉さんじゃからな」
ハチマルが爆乳をブルンと揺らして得意気に胸を張る。
「くっ……私では敵わない」
ハマグリ女房が胸の谷間から丸薬を取り出す。
ハチマルの目がキラリと光った。
「それが水胆じゃな、じゃが使っても儂には勝てんぞ、儂が100だとしてお主は1じゃ、力が10倍になったとしても10と100では相手にもならん」
「くっ、くく…… 」
ハチマルの前でハマグリ女房が悔しげに唇を噛み締めた。