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第9話

 新学期になって1つ変わった出来事が起こった。


 まだ残暑の残る9月の中頃に宗哉が新しいメイロイドを1人連れてきたのである。

 名前はクロエといいモデルのような長身に大きな胸をしてショートの茶髪にキリッと引き締まった顔をした知的美人といった感じのメイロイドだ。

 雰囲気や顔の表情がサーシャやララミと違い豊かである。


 クロエは新しい人工知能を搭載した試作型のメイロイドということだ。

 つまりサンレイやハチマルの知識をコピーした技術が使われている自分で考える事ができる本当の意味での人工知能を搭載したタイプである。

 サンレイとハチマルの知識をコピーしてから1ヶ月ほどしか経っていないのに試作機が作れたのは佐伯重工が10年も前から研究してきた成果だ。

 低級霊やモノノケの魂を使う研究は既に完成していたのだろう、知力の高いモノノケを手に入れることさえできれば試作機などはすぐに作れる段階だったのである。

 サンレイとハチマルの知識を低級なモノノケにコピーする事によってその問題が解決された。

 それによって作られたのがクロエだ。


 新しいメイロイドのクロエは確かに素晴らしかった。

 人間とまったく同じように受け答えができた。

 一緒にいるサーシャやララミと比べればその違いは明らかである。


 クロエが来て3日ほど経った昼休み、小乃子と委員長たち女子が宗哉の机を囲んでいた。

 好奇心旺盛の小乃子がいつもの軽口ですっかりクロエと友達である。


「凄いなクロエは遠くからだと人間と区別つかないな」

「本当に凄いわね、伊東や高野より余程役に立つわよ」


 委員長もクロエについては一目置いていた。

 近くで話しを聞いていた秀輝と英二が話に加わる。


「へいへい、どうせ俺らはバカですから」

「朝の当番も忘れるしね」

「それを言われちゃ仕方ないな、まあ今朝も忘れてたのをクロエがやってくれたしな」

「うん、クロエは綺麗だし賢いし本当に俺らじゃかなわないよ」


 2人が褒めるとクロエが頬を赤く染めて口を開く、


「高野くん伊東くんありがとうございます。そんなに褒められると照れちゃいますよ、私は皆さんのお手伝いをするために作られたメイロイドですから当番など手伝うのは当たり前ですから、これからもなんでもお言い付けくださいね」


 はにかむように頭を下げるクロエに周りで見ていた男子たちの顔が緩む。


「そうだよ用事があれば何でもクロエに言いつけてくれ、その一つ一つが知識になる。クロエのためになるんだよ、人間の生活を学ばさせるために連れて来たんだからね」


 宗哉が主人らしく自慢気に言った。

 左右にいるサーシャやララミはクロエだけがちやほやされていても無表情である。

 同じメイロイドのクロエだけがもてはやされても微動だにしない、自分で考える事が出来ないサーシャやララミには焼餅を焼くという事は無い、基本的に感情自体が無いのだ。

 怒る事も笑う事も喜ぶ事もできるがそれは全てプログラムされた行動にすぎない、だがクロエは違う、自分で考える事もできるし感情がある。

 つまり心を持っている。


 英二や秀輝に褒められて頬を赤く染めて照れたのはプログラムではない、クロエ自身が本当に嬉しくて照れたのだ。

 クロエを囲んで話しをしている英二の右腕をサンレイが引っ張った。


「なあなあ英二、図書室行くぞ、また図鑑借りるぞ」

「そうじゃ、儂も伝記を借りに行くぞ」


 左腕をハチマルが引っ張る。


「今話ししてるからさ、あとじゃダメか? 放課後でいいだろ」

「今行きたいんだぞ、英二はおらのこと嫌いなんだな」

「嫌いじゃないから、わかったよ図書室ついていってやるよ」


 プクっと頬を膨らませるサンレイを見て英二が困った顔で応じる。

 サンレイとハチマルに引っ張られて英二が教室を出ていった。


 人間の事をもっと勉強したいとサンレイとハチマルは毎日図書室に行くようになっていた。

 サンレイはもっぱら図鑑など絵の付いているものを眺めて遊んでいるだけだ。

 ハチマルは伝記や歴史書などを読んで本当に勉強している。


 佐伯重工に捕まっていろいろ調べられた一件以来サンレイはますます英二に甘えるようになりハチマルは人間たちを調べ観察しているように見えた。

 そんな2人を見ていると心の中に不安が湧き上がってくるのを英二は感じていた。



 サンレイやハチマルは興味が無いのかクロエに近付こうとしない、何にでも首を突っ込むサンレイとハチマルがいつも険しい表情でクロエを見ていた。

 図書室で図鑑を選ぶサンレイの隣に英二がしゃがむ、


「サンレイはクロエのこと嫌いなの? やっぱりこの前のことがあったからか? 」

「嫌いだぞ、あいつは普通じゃない、英二もあんまり近付くな」


 楽しそうに図鑑を見ていたサンレイの顔が曇る。


「普通じゃないってどういうこと? 」

「あやつは魂がおかしいんじゃ、普通のモノノケではない、弄くられておる」


 いつの間に来たのかサンレイの代わりに隣からハチマルがこたえてくれた。

 サンレイの広げる図鑑を覗きながらハチマルが続ける。


「儂らの知識をコピーしたか知らんが低級モノノケごときがそんな事ができるはずが無い、人間の知識をネズミに入れようとしても全部入るはずが無いじゃろ、脳はもちろん魂の容量が違うんじゃ、それを可能にしたのが人工知能じゃ、容量を越える分を機械の記憶領域に入れておる。クロエは――あやつは低級モノノケと機械のハイブリッドじゃ、人工的に作られた付喪神みたいなものじゃな、じゃがな、いくら知識があっても低級モノノケは所詮低級じゃ、本能のみで行動を起こす奴らじゃ、道徳観と言うものが無い、そんな奴らが野放しにされてみろ大変じゃぞ」

「でもクロエはおとなしいしみんなと仲良くしているよ」


 サンレイがポコッと英二の頭を叩く、


「まったくお人好しにもほどがあるぞ、あいつは猫被ってるだけだ。悪い気がビンビン伝わってくるぞ、だからおらもハチマルも近付かないんだぞ、だから英二ももう近寄るなよ、小乃子や委員長にもそれとなく話しとけよ」

「今儂らが言っても誰も信じんじゃろ、みんなクロエの肩を持つじゃろ、じゃから事が起こるまで儂らは何もせん、じゃが何か起これば必ず守る、じゃから安心しろ」


 ハチマルが優しく微笑んだ。

 図鑑を閉じてサンレイが立ち上がる。


「今日はこの寄生虫図鑑を借りるぞ、英二にはどんな寄生虫がいるのか調べるんだぞ」

「いないからな、寄生虫なんて俺にはいないから変な事するなよ」


 ニヤッと厭な笑みを見せるサンレイに英二が弱り顔だ。


 教室に戻る途中の廊下を歩いていると秀輝がトイレだと走ってきた。

 トイレに駆け込む秀輝を横目で見ながら英二が訊く、


「秀輝にあのこと言ったらダメかな、秀輝なら相談に乗ってくれると思うんだけど」

「親友じゃから何でもしてくれるじゃろうな、だからこそ話せん、儂もサンレイも英二はもちろん小乃子や秀輝や委員長たちを危険な目にあわせたくない、それにあの事を話したら秀輝と宗哉の友情が壊れるじゃろう、儂はそんなのは厭じゃ、英二の心配はもっともじゃが大丈夫じゃ、儂らはこれでも神じゃぞ、そう簡単に消えたりはせんから安心しろ、英二は心配性じゃの、じゃが儂らを心配してくれてありがとうと言っておくぞ」


 ニッコリと笑顔を見せるハチマルを見て英二はそれ以上何も言えなかった。


 学校へクロエが通うようになって3週間が経っていた。

 昼休み前の4時間目、担任である小岩井先生の現国の授業中に事件が起こった。

 地震でもないのに教室が揺れ物が飛び交う、ポルターガイスト現象だ。


「なに? 地震? みんな机の下に避難しなさい」


 大きな揺れを感じて小岩井先生が大声を出す。


『 きゃーっ 』 女子たちが叫ぶ、

『 なんだ!! 』 男子たちが驚いて喚く、


 机の上に出していた教科書やノートに筆箱などが宙に浮かんで飛び回っていた。


「鎮まれい! 儂の力で成敗されたいか!! 」


 ハチマルが机の上に立って叫んだ。

 飛び回っていた教科書や筆箱などが止まって床に落ちる。

 クラス中の注目がハチマルに集まる。

 静まり返った教室でサンレイが話しを始めた。


「みんな心配無いぞ、おらとハチマルがいるからな、悪い気が集まってんだ。原因はクロエだぞ、あいつは普通のロボットじゃないんだ。機械に霊魂を憑依させてるんだぞ、人工的に作った付喪神だ。つまり妖怪だぞ」


 みんなの注目がサンレイへと変わる。

 いつの間にか教室の揺れも収まっていた。


「酷いサンレイさん、私が何をしたって言うの? みんな信じて、私は確かにロボットだけどみんなの友達だよ、みんなを怖がらせるような事するはずがないじゃない」


 泣き出しそうな声で言うとクロエが立ち上がった。

 みんなの表情が困惑に歪む、サンレイとクロエのどちらを信じたらいいのか分からない、男子の中にはクロエの味方をしているのかサンレイを睨んでいる者もいた。


「なるほどのう、さすがに儂らの知識をコピーしとるだけはある。初めから暴れんかったのは味方を作るためじゃな、男など完全にお主の味方をしておる者もいるようじゃの、力では儂らに勝てんから知恵を回したか、じゃが所詮は付け焼刃、浅知恵じゃ」


 机の上に立ったままハチマルがクロエに振り返る。


「何を言っているのハチマルさん? 私が何をしたって言うの? みんな助けてサンレイとハチマルが私を苛めるのよ、私を助けてくれた男子と付き合ってあげるわ、デートでも何でもしてあげるわよ」


 クロエが泣く振りをしながら男子たちに視線を送る。

 味方をしようと一部の男子が腰を上げた。


 トンッとサンレイが椅子の上に立つとクロエに両腕を向けて口の中でなにやら唱える。


「味方をするのは勝手じゃがそんな奴は儂もサンレイも助けんぞ」


 ハチマルが男子たちをギロッと睨みつけた。


『 ああ…… 』 腰を浮かせた男子たちが自分の席に座りなおす。


 クロエの身体に黒い霧のようなものが纏わり付いてその周りを動物霊や浮遊霊などが飛び回っているのが見えた。

 クロエに惹かれて近くの悪い気が集まってきたのである。

 サンレイが見えるように術かなにかをかけたのだ。


 みんな驚いて声も出せない中、英二が訊いた。


「サンレイあれは? 」

「近くにいた低級霊が集まってきてんだ。でも心配無いぞ、おらとハチマルがいたらなんも手出しできんからな、周りにいる霊は無視していいぞ、問題はクロエだけだぞ、あいつはロボットの体持ってるからな」

「そうじゃ、あやつはちょっと厄介じゃぞ、元は低級モノノケじゃがいくつかが合わさって強化されとる。人為的に作られた強化集合霊体じゃな」


 サンレイとハチマルが険しい表情で見つめる先でクロエが泣きべそをかいた顔で味方をしてくれそうな男子に詰め寄る。


「誰も力を貸してくれないの? ねえ浅井くん中川くん、私の味方をしてくれたら恋人になってあげるわよ、私の体を自由にさせてあげるわよ、どんな事でもしてあげるわ、だから私の味方になって」


 何かと言い寄ってきていて一番味方になってくれそうな浅井と中川が視線を逸らす。

 当然である、クロエの体を黒い闇が覆い周りには低級霊が舞っている。

 いくらクロエが良い女でも近付かないだろう、2人がダメだと分かるとクロエはサッと左後ろに向き直った。


「ご主人様は私を信じてくれますよね、だって私はご主人様の物、そしてご主人様は私のもの、ご主人様は私の味方ですよね」


 クロエが振り向いた先にいた宗哉の前に守るようにサーシャとララミが立っていた。

 サーシャとララミは宗哉に命じられるまでもなくクロエを敵だと認識したのである。


「悪いねクロエ、僕はお前の主人だが味方じゃない、サーシャやララミは僕の味方だし僕も味方だよ、2人は完成されたメイロイドだからね、でもお前は試作機で問題があるようだ。まだ僕の信頼を得るには不充分だよ」


 クロエの顔つきが変わる。

 先程までの泣き出しそうな可愛い顔が醜く歪んでいく、


「フフフフッ、ゲヒヒヒッ、ヒィーッヒッヒッヒ、誰も力を貸してくれないのなら仕方が無いな、私の力を見せてやろう」


 クロエが口を大きく横に開けてニタりと不気味に笑った。

 宗哉の前で拳を構えていたサーシャとララミがガクンっと頭を落とし腕を下げた。


「サーシャ、ララミ、どうした? 再起動が掛かっている」


 叫ぶ宗哉の前でサーシャとララミが顔を上げた。

 後ろにいる宗哉には見えないが2人がクロエでなくサンレイとハチマルを睨んでいる。


「ゲヒヒヒッ、いけサーシャ、ララミ、奴らを殺せ! 」


 クロエの命令でサーシャとララミがサンレイとハチマルに向かっていく、


「どうした止めろサーシャ、ララミ、僕の命令がきけないのか」


 2人の背中に宗哉が叫ぶ、いつもと違い2人は動きを止めない。


「無駄じゃ、サーシャもララミもクロエに操られとる」

「くそっ、お前らとは戦いたくないぞ、ロボットでもおまえら友達だからな」


 ハチマルとサンレイが向かって来るサーシャとララミの前で構えた。


「クロエ止めさせるんじゃ、今ならお主も許してやる。おとなしくすれば元のモノノケとして静かに暮らしていけるようにしてやる。どこかの山で暮らしていけるようにしてやろう、じゃからこんな事は止せ、憎いのは分かるが人間を傷つけても一緒じゃぞ、お主も浮かばれんままじゃぞ」


 ハチマルが諭すように優しい声で言った。


「ギヒッゲヒヒヒッ、貴様らに何が分かる。私は弄繰り回されたのだぞ、人間どもにこの頭の中を魂を心をな、どれだけの苦痛を感じたか、全ての人間を殺しても足らんわ」


 クロエが目を血走らせ歯を剥き出して言い返す。


「無駄だぞハチマル、こいつはもうモノノケじゃない悪霊になってるぞ、救う事が出来ないなら祓うしかないぞ」


 サンレイが厳しい表情だがどこか寂しげだ。


「じゃが厄介じゃのう、サーシャとララミ相手ではの」

「霊体も電気や電波みたいなもんだからな、同じメイロイドだから仕組みをよく知ってんだ。そんで簡単に操れんだぞ」

「小岩井先生、みんなを教室の外へ出すんじゃ」


 ハチマルの指示で小岩井先生が生徒たちを廊下へと逃がす。

 サンレイが英二と秀輝に振り向く、


「英二、秀輝なにしてる。お前らも逃げろ」

「嫌だからね、サンレイと一緒にいるからね」

「おらの心配なんかいらないぞ、どうなっても知らんからな英二、まったく」


 言いながらサンレイが嬉しそうな顔だ。

 自分を心配して危険なところに残る英二の気持ちが嬉しいのだ。


「しょうがない奴じゃ、邪魔にならんように教室の端で見ていろ」


 ハチマルが溜息混じりに言った。

 それほど危険ではないと判断して英二と秀輝がいるのを認めたのである。

 宗哉も残っていた。

 宗哉はメイロイドの主人として残ったのだ。

 サーシャ対ハチマル、サンレイ対ララミの戦いが始まった。



 サーシャが身体を左右に揺らしながら何度もパンチを繰り出す。

 パンチを出す度に空気が鳴る、人間のパンチの数倍の威力はあるだろう。


「んじゃ、凄いパンチじゃの拳闘というやつじゃな、じゃが当たらねば意味は無いぞ」


 ハチマルは速いパンチを紙一重で見切って余裕さえある。

 だが自身から攻撃はしない、どう対処しようか戸惑っている様子だ。


 右隣で戦っていたサンレイが投げ飛ばされて辺りの机と椅子を倒した。


「おおう、クルッと飛んだぞ、なんだそれ、お前凄いなララミ」


 床に叩きつけられたサンレイがケロっと元気に立ち上がった。

 一歩前に出て英二が心配そうな大声を出す。


「サンレイ大丈夫か! 」

「サンレイちゃん、ララミが使ったのは柔道だぜ、くそっ、サーシャもララミも強いぜ、俺じゃとても敵わん」

「柔道か、じゃああれが背負い投げってヤツだな、お前は動くな秀輝、英二もだぞ、おらたちはこれくらい平気だ。お前たちが来たら邪魔になるだけだからな」


 飛び出して来そうな秀輝にサンレイがニッと笑った。


「そうじゃ、誰も手を出すなよ、お主ら人間がメイロイドに腕力でかなうはずなかろう」


 サーシャの攻撃を難なく避けながらハチマルも注意する。

 2人の様子に安心したのか英二と秀輝は出ていくのを止めた。

 サーシャもララミも普通のメイロイドではない、要人警護もできる強化タイプのいわば戦闘用メイロイドといったものである。

 サーシャがボクサーの動きでララミが柔道と空手の動きをプログラムされていた。

 普通の男子高校生がかなう相手ではない。


 クロエが苦々しげに口を開く、


「何をしている! そんなチビなどさっさと片付けろ! 」


 後ろで見ていた宗哉が落ち着いた様子でポケットに手をやる。


「クロエもう止めろ、命令だよ、僕の命令がきけないのか」

「ゲヒヒヒッ、命令だと、人間が私に命令するというのか、笑わせるな、今まではチビどもを警戒してきく振りをしてやっただけだ。だがそれももう終りだ。ギヒッギヒヒッ、まずは貴様から殺してやるわ」


 血走らせた目を見開き大きく口を開いて涎を垂らしたクロエが振り返る。

 醜く恐ろしい姿になったクロエを見て宗哉は一瞬動揺するがすぐに落ち着いてポケットから何かの機械を取り出した。

 メイロイドの強制停止装置だ。


 メイロイドには何重にも安全回路が組まれている。

 人間より腕力の強いロボットが暴走するのを防止するためだ。

 外部から操作できる強制停止装置はその最たるものである。


 飛び掛るクロエに向けて宗哉が強制停止装置のスイッチを入れた。


「なに!! 強制停止が効かない、ひっ! 」


 鋭い牙で噛みつこうと迫るクロエに宗哉が恐怖で顔を引き攣らす。

 まさに噛みつかんとした時クロエが止まった。


「ひぃひぃーっ、英二くん……秀輝も…… 」

「今のうちに早く逃げろ」


 英二と秀輝が左右からクロエを押さえていた。

 這い出るように宗哉が逃げ出す。


「先に死にたいか貴様らーっ」


 クロエの叫び声と同時に回りの机や椅子が音を立てて倒れる。

 英二と秀輝が振り回されるようにして床に叩きつけられていた。


「英二! 秀輝! 」


 サンレイとハチマルが叫んだ。


「お主たちを壊したくなかったんじゃが、そう悠長にしてられんみたいじゃ」

「ごめんなララミ手足壊させてもらうぞ、人工知能は壊さんからあとで直してもらえ」


 サンレイとハチマルの動きが変わった。


「電光石火! 」


 青い雷光を纏ったサンレイがパッパッと消えながら動いている。

 電気使いのサンレイは瞬間移動が出来る。

 電光石火はサンレイの十八番の一つである。


「俊風カマイタチ! 」


 ハチマルがサッと手を振るとララミの両足がスパッと切れてその場に転がった。

 風使いのハチマルが空気を圧縮して切り落としたのだ。


 サンレイがサーシャとララミの気を引いてハチマルが手足を切り落としていく、1分もかからずにサーシャとララミは動けなくなった。


「すまんのう、機械じゃから痛みを感じんとはいえ後味はよくないの」


 床に倒れたサーシャの頬を優しく撫でながらハチマルが謝った。

 サンレイは2人を倒したあとすぐに英二の所へ向かっている。


 クロエが倒れた英二の首を掴んで吊るすように持ち上げた。


「ギヘヘヘッ、このまま絞め殺してやるよ」


 クロエが残忍に笑う、目の前の英二は首を絞められて悲鳴も出せない。


「ギギャギャーッ 」


 悲鳴と共にクロエの腕が吊るしていた英二を掴んだまま床に転がる。

 サンレイが切り落としたのだ。


「大丈夫か英二、おらが来たからもう安心だぞ」

「かはっ、ごっぐぅ、サンレイ……ありがとう」


 切られてもまだ離れないクロエの腕を首から外すと英二が苦しげに息をついた。


「秀輝、英二連れて向こうへ行ってろ、こいつはおらとハチマルに任せろ」


 サンレイがクロエに向き直る。


「お前、おらの英二にこんな事してただで済むと思うなよ」


 ついさっき英二に見せていた優しい顔は一切無い、怒りに猛った顔である。


「同感じゃ、お主も犠牲者だと思うが儂の忠告をきかん以上は滅するしかあるまい」


 クロエの後ろにハチマルが瞬間移動で現れた。

 サンレイとハチマルに挟まれてクロエの逃げ場は無くなった。

 英二と秀輝が教室の隅へと行ったのを確認するとサンレイが飛び掛る。


「雷パ~ンチ! 」


 叫んで殴るサンレイの右腕が稲光で青く光っている。

 後ろにいたハチマルが両腕をサッとクロエに向けた。


「俊風カマイタチ! 」


 クロエのショートの茶髪が強風に舞うように乱れる。


「ヒギャギャーッ 」


 体を切り刻まれてクロエが悲鳴を上げる。


「ゲヘェ、グヘェ、かなわん、助けてくれ」

「ダメじゃ、お主は儂の大事なものに手を出した」

「今更謝っても無駄だぞ、チャンスはさっきハチマルがやっただろ」


 恐怖に顔を引きつらせて後退あとずさるクロエにハチマルとサンレイが厳しい表情で迫る。


「大事なもの……あの人間か……、人間など身勝手で愚かなものだ。人間こそ悪そのものだ。私は人間によってこんな目にあったのだぞ復讐して何が悪い」

「もっともじゃ、じゃが儂らは神じゃからな、英二や秀輝を守ると決めた」

「そだぞ、英二の守り神になったからな、だから守るのに理由なんか無いんだぞ、英二が好きだから守るんだ。他の人間がどうなろうとしったことじゃないぞ、でも英二に手を出すヤツは許さないぞ、英二と秀輝と小乃子と委員長と宗哉はおらの大切な友達だからな、だから守るぞ」


 厳しい表情のままサンレイとハチマルがクロエに飛び掛る。

 サンレイの電撃とハチマルの風撃でクロエの体が砕け散った。


「やったぜハチマル」


 英二を支えながら立つ秀輝が歓声を上げる。


「まだじゃ、まだ近付いてはならんぞ」


 歩いて来ようとした英二と秀輝をハチマルが止めた。


「出てくんぞ、こいつが本体だ。集合霊だ低級モノノケの塊だぞ」


 説明をしながらサンレイが構える。

 バラバラに砕けたクロエの破片から黒い霧のようなものが立ち上がり1つになっていく、以前祓った宗哉に憑いていたモノノケよりも一回り大きい。

 ハチマルが両腕を上げて集合霊に向けて口の中でなにやら呪文を唱えた。

 両手から光が伸びて集合霊を包んでいく、光に包まれて黒い霧が消えていった。


「ふぅ、これでお終いじゃ」


 手から伸びていた光も消えるとハチマルが息をついてニッと笑った。


「ハチマル! 」


 英二が走り寄る。

 ハチマルの体が陽炎のように揺らいで半透明になっていた。


「大丈夫じゃ、力を使ったからな、力を使いすぎると人の姿を維持できんようになる。じゃがこの程度ならなんの問題も無い、一時的にバランスが崩れて体が揺らぐだけじゃ」


 言いながらハチマルが英二の胸にもたれかかる。

 酷く疲れたようなハチマルを英二が抱き締めた。


「よかった。サンレイので知ってるけど……けど心配だからさ、俺の力を使ってくれ、サンレイもそれで元に戻ったからできるよな」

「心配性じゃの、じゃがいい気持ちじゃぞ、力はもう貰っておる。英二の腕の中は温かくていい気持ちじゃ」


 英二の胸に頭を埋めるハチマルの体が元に戻っていく、英二はほっと安心顔でハチマルを優しく抱き締めていた。


「なあなあ英二、おらも、おらも頑張ったからご褒美だぞ、おんぶしてくり~ 」


 サンレイが英二の背中に抱きついた。おんぶだ。


「はいはい、わかったわかった。アイスも奢ってやるよ」

「ほんとか? やった~、ハチマル聞いたかアイス食えるぞ」


 ハチマルを支えながら立ち上がった英二の背中でサンレイが大喜びだ。

 教室の端に逃げていた宗哉が英二たちの前に立つ、


「ごめんよ英二くん、助けてくれてありがとう、サンレイちゃんもハチマルさんもありがとう、本当にごめんな」

「ごめんで許せるかよ、それより説明しろ、宗哉だけじゃないぜ、英二お前もだ。お前も知ってたんだろ、ハチマルちゃんもサンレイちゃんも……俺だけ仲間外れかよ」


 謝る宗哉に秀輝が食って掛かる。

 ハチマルとサンレイにはチラッと視線を送っただけだが秀輝は英二も睨みつけていた。


「あたしらにも話しを聞かせろよな」

「そうよ、教室滅茶苦茶じゃないみんなに説明しなさい」


 教室の外に逃げていた小乃子と委員長が入ってきた。

 騒ぎが収まったとみて小岩井先生や他の生徒たちも教室に入ってくる。


「みんな安心せい騒ぎはこれでお終いじゃ、たまたま悪霊がクロエに取り憑いたんじゃ、クロエには悪いが破壊するしかなかった。全部悪霊の所為じゃ、他の誰の所為でもない、じゃがもう悪霊を祓ったから安心せい」


 椅子の上に立ってハチマルが大声で説明する。

 難しい説明を嫌ったのか宗哉に配慮したのか全て悪霊の仕業としてこの場を治めた。

 小岩井先生始め生徒たちは全員納得した様子である。

 実際に霊現象をその目で見たのだから当然だろう、その日の授業はそれで終り昼から休みとなった。



 英二たちはコンビニでアイスを買って学校近くの公園に集まった。


 今回の一件を英二と宗哉が説明した。

 サンレイとハチマルを実験に使ったと聞いて途中何度か宗哉に殴りかからんとする秀輝を英二が必死に押さえる。

 小乃子と委員長は黙って聞いていた。

 いつもは調子に乗る小乃子も本気で怒る秀輝に引いておとなしくしている。


「こんなもの売り出すのは止めるんじゃ、危険じゃぞ、霊力の無いなんの力も持たん人間に扱えるものではないぞ」


 話が終わるとハチマルが改まって宗哉に言った。


「うん、僕もその意見には賛成だよ、でも……でも父さんが………… 」


 全員が険しい表情で見つめる中、宗哉が口篭もる。


「敏重か、あやつは欲に固まった気を背負っておったからのう」


 どうしたものかとハチマルがサンレイを見た。


「おらあいつ嫌いだぞ、あいつなんかどうなってもいいけど宗哉は友達だからな」

「そうじゃの、事が起こらんと敏重は分からんじゃろうな」


 口を尖らせるサンレイの隣でハチマルが腕組みして考える。


「事が起こるって、クロエみたいなことが他にも起こるって事? 」


 英二がサンレイとハチマルの顔を覗き込む、


「他にも作っておったら当然じゃな」

「低級霊やモノノケに暴れる力を与えているようなもんだぞ」

「あと2人いるよ、メイロイドの試作機は3人作ったんだ。そのうちのクロエは僕が無理を言って貰ってきたんだよ、だからあと2人いる」

「なに! あんなのがまだ2人もいるのか、おかしくなる前にさっさと停止させろ」


 言い辛そうに話す宗哉を秀輝が怒鳴りつけた。


「なんじゃ、あと2人だけか、それなら暴れてもすぐに儂らで封じれるじゃろ、てっきりもう何十人と作っておるのかと思っておったわ」

「あの工場デカかったからな、低級霊でもいっぱい居たら大変だからな」


 ハチマルとサンレイから先ほどまでの厳しい表情が消えている。

 2人の態度に安心したのか宗哉が口を開いた。


「うんメイロイドはあと2人だけだ。それと……それに制御用の大型人工知能が試験的に新型を使ってるんだ」

「大型の人工知能? なんじゃそれは? 」

「和歌山の工場を管理しているコンピューターだよ、今までの人工知能から新型のモノノケを使った人工知能に替えて試験的に使っているんだ」

「あのでかい工場を管理しておるコンピューターか、それをモノノケがのう、暴走すればモノノケが工場を支配できるという事じゃな、メイロイドはともかくそっちはすぐに止めた方がいいのう、下手をすれば人的被害が出るぞ」

「うん分かった。制御コンピューターはすぐに止めさせるよ、父さんに殴られても僕が必ず止めるよ、じゃあ僕は帰るから」


 ペコッと頭を下げると宗哉は公園の入口付近に待たせてあった車に乗り込む、黒塗りの高級車がすぐに走って行った。


「おらたちも帰るぞ、今日は疲れたからな」

「そうじゃな、宗哉に任せて今日はゆっくり休むとしよう」


 サンレイとハチマルに言われて全員その場で解散した。


「なあなあ英二、今日は疲れたぞ、だからおんぶしろ」

「はいはい、おんぶでも肩車でもなんでもいいよ」

「おんぶじゃとサンレイはまだまだ子供だのう」

「んだと、おらは子供じゃないぞ、英二がおんぶしたいって言うからだぞ」

「英二はそんなこと言っとらんじゃろ、儂をおんぶしたいって言うとったじゃろ」

「ハイハイ、喧嘩しないの仲良く帰ろうよ」


 英二がハチマルの手を握る。

 甘えるサンレイを背負ってハチマルと手を繋いで英二は家に帰っていった。


 少し肌寒くなった10月の中旬、おぶさるサンレイの温もりで英二の背中が温かい。


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