第87話
倒れている男女からサンレイが手を離す。
「どうにか2人なら一遍にできるぞ、残り10人だぞ」
傍に居た宗哉がサーシャとララミを呼ぶ、
「3人を運動場へ運んでくれ、こっちは心配無いと委員長に伝えてくれ」
「了解しましたデス」
先に治した女子とサンレイの前で倒れている女子の2人をサーシャが両脇に抱える。
「御主人様の命令ですから汚い男を運んでやるです」
口悪く言いながらララミが男子を背負って、サーシャと一緒に教室を出て行った。
ガルルンが2人の女子を抱えてサンレイの前にやってくる。
「気絶してるからこの2人から先にやるがお」
2人の女子をサンレイの前に転がすとガルルンがくるっと回って構える。
「ハマグリが来たがお、英二こっちに戻ってくるがお」
「ハマグリ女房が! 」
手前で戦っていた英二が両手を前に突き出す。
「爆練、1寸玉! 」
小さな爆発する気を連続で放つと秀輝と一緒にガルルンの後ろ、女子を治すサンレイの前に戻ってきた。
「もう見つかっちゃった。うふふっ、流石に鼻は良いわね」
教室の前のドアからハマグリ女房が入ってきた。
「ふふふっ、楽しんでくれているかしら? 」
「てめぇ! どういうつもりだ」
いきり立つ秀輝の前でガルルンが止めろと手を横に出す。
「ガルに任せるがお、秀輝は英二を守るがお」
ガルルンが爪を伸ばして構え直す。
「ハマグリなら遠慮なく切り刻めるがお、バレンタインをぶち壊したお前はガルが許さないがお」
牙を見せるガルルンの前でハマグリ女房が愉しそうに微笑む、
「怖い怖い、でも簡単にはやられないわよ」
ハマグリ女房がサッと手を振る。
「お前たち山犬を殺しなさい」
残る8人の生徒たちが一斉にガルルンに向き直る。
「ううぅ……ああ……あががぁ~~ 」
操られていた生徒たちの虚ろな目が赤く光った。
「グガガァ~~、ギガァアァ~~、ブババァバァァ~~ 」
口から涎を垂らしながら一斉にガルルンに襲い掛かっていく、
「なっ……中川…… 」
正面から襲い掛かってくる中川を見てガルルンが一瞬躊躇した。
その隙を付いて左右から男子と女子がガルルンの両腕に噛みついた。
「ガルちゃん! 爆練、2寸玉! 」
正面から襲ってくる中川たちに向かって英二が爆発する気を連続で放つ、
「この野郎、ガルちゃんを放せ! 」
ガルルンの左腕に食らいついている男子を秀輝が殴って引き離す。
「ごめんがお」
右腕に食らいつく女子をガルルンが腕を振って床に叩き落とした。
英二の爆発する気にも怯まずに中川たちが襲ってくる。
「雷パァ~ンチ! 」
後ろから元気な声を出してサンレイがハマグリ女房に殴り掛かる。
「あぅぅ…… 」
バチバチと雷光をあげるパンチを受けてハマグリ女房が吹っ飛んで黒板に当たって呻きをあげた。
「くく……お前たちそのチビをやれ! 」
口の端から流れ出る血をサッと拭うとハマグリ女房が命じる。
「グガァァ~~ 」
ガルルンの前に居た中川たちがサンレイに襲い掛かっていく、
「中川……くそっ、ハマグリは後だぞ」
サンレイが中川とその横に居た女子の頭を掴むとバチッと消えた。
「2人を治すからまた頼むぞ」
宗哉の後ろに現われるとサンレイが中川と女子を床に寝かせて額に手を当てる。
そこへサーシャとララミが戻ってくる。
「サーシャ、2人を運んで直ぐに戻ってこい、ララミはサンレイちゃんの護衛だ」
宗哉が命じて先に治療を終えた生徒2人をサーシャに運ばせる。
術を掛けているサンレイの護衛をララミに任せると宗哉は近くにあった椅子を持ち上げて英二や秀輝と並んだ。
「僕も戦うよ、残り6人だ。操られている生徒は僕たちに任せてガルちゃんはハマグリ女房を倒してくれ」
ガルルンがバッと前に出る。
「わかったがお、ハマグリ女房はガルがやるがお、さっきは中川見て油断したがお、もう油断しないがお」
英二が秀輝と宗哉の間に入る。
「秀輝と宗哉がモップと椅子で押さえてくれ、そこを俺が爆発させてやる」
英二の両手の拳が白い光を帯びている。霊気を溜めているのだ。
「了解だ。爆発にビビって逃げるなよ宗哉」
「はははっ、痛いのは厭だけど少し我慢するよ」
ニヤッと笑いながら言う秀輝を見て宗哉が爽やかに笑った。
「覚悟するがお、謝ったって許さないがお」
ハマグリ女房を睨み付けてガルルンが伸ばした爪に炎を灯す。
突っ込んでくる女子を両手で持った椅子で押し返しながら宗哉が口を開く、
「馬鹿力が出せると言っても只の人間だね、女の子なら僕でも防げるよ」
並んだ向こうでは秀輝が横にしたモップを使って3人の男子を食い止めている。
「まぁな、こっちは3人相手でギリギリだけどな」
2人の後ろで英二が両手を左右に向ける。
「爆練、2寸玉! 爆練、1寸玉! 」
秀輝が押さえている男子に少し大きめの爆発する気を放ち、宗哉が押さえている女子には小さな気を放った。
「がふふん、英二たちで充分がお、覚悟するがうハマグリ女房」
正面から飛び掛からんとするガルルンにハマグリ女房が待てという様に手を突き出す。
「うふふっ、覚悟するのはどちらかしら、私がこの程度の策だけで貴方たちに戦いを挑むわけないでしょ」
妖艶な笑みを湛えてハマグリ女房が左手を秀輝に向ける。
「お楽しみはこれからよ、ねぇ秀輝くん、私のあげたホワイトチョコは美味しかったでしょう? あれを食べたら私の虜よ」
ハマグリ女房が目をギラッと光らせる。
「傀儡霊糸縛り! 」
術を唱えるとハマグリ女房が命ずる。
「行きなさい秀輝、英二くんを捕まえて此方へ連れていらっしゃい」
妖艶に微笑むハマグリ女房を見て秀輝が首を捻る。
「何言ってんだ? 俺に何かしたのか? 」
きょとんとする秀輝を見てハマグリ女房の顔から笑みが消える。
「何故操れないの? 」
「操る? 俺をか? 」
「もしかしてチョコレートを食べていないのね」
笑みの消えたハマグリ女房を見て秀輝が知らないという様に聞き返す。
「チョコレート? なんだ? 」
「私が配ったホワイトチョコよ、食べずに誰かにあげたのね」
「ホワイトチョコ? 」
秀輝がいくら考えてもハマグリ女房にホワイトチョコを貰った記憶は出てこない。
「そうよホワイトチョコよ」
ハマグリ女房の企む様な眼を見て英二が思い出した。
「もしかして試供品のチョコか? 帰る時に配ってた。秀輝に配ってた女はお前だったんだな……その目付きで思い出したよ」
「うふふっ、そうよ、普通に術を掛けても見破られたら終わりでしょ、だからチョコに仕掛けをしたのよ、チョコを食べて消化するのと同じようにゆっくりと術が染みていく、チビの神も山犬も気付かなかったでしょ」
2日前、学校の校門から少し離れた道路で3人の女がチョコレートの試供品を配っていたことを秀輝が思い出す。
「あの時のホワイトチョコかよ、サンレイちゃんにあげて落として食べなかったぜ」
「落とした……ふっ、ふふふっ、無理矢理食べさすなんてできないし、そんな事をしてバレれば元も子もない、運が良かったわね」
自嘲する様に笑うハマグリ女房を英二と秀輝が睨み付ける。
「あのチョコに術を掛けてたのか」
「中川たちはお前に貰ったチョコを食ったって訳だな」
サンレイとガルルンも思い出したらしい、
「霊能力を持ってる人間だと思ってたがお」
「おらとガルルンが気付かないなんて何をしたんだ? 」
正体に気付かなかった事が悔しかったのか2人とも険しい表情だ。
ハマグリ女房が愉しそうに声を上げて笑い出す。
「あははははっ、気付かなくて当然です。私の主は大妖怪なのよ、その方の力を借りれば妖気を消すくらい簡単なことです」
険しい顔をしたガルルンが爪に炎を灯して構える。
「がふふん、大妖怪なんて怖くないがお、ガルとサンレイでぶっ殺してやるがお」
「中川は終わったぞ、あと6人だぞ、2人ずつやれば3回で終わるぞ、そしたらハマグリなんてぶっ殺してやるからな」
中川と女子の治療が終わったサンレイが立ち上がった。
黙って成り行きを見ていた宗哉が口を開く、
「成る程、数日前から仕組んでいたって訳だ。英二くん、サンレイちゃん、気を付けて、全て計画していたのなら他にも何か罠を仕掛けていてもおかしくないからね」
宗哉を見つめてハマグリ女房が妖艶に微笑んだ。
「うふふふっ、賢い男は好きよ、貴方の言う通り色々仕組んできたわよ」
中川と女子をサーシャに任せてサンレイが前に出てくる。
「何を企んでるか知らんが相手が悪かったな、おらとガルルンが居ればハマグリ女なんて直ぐに倒してやるぞ」
「そうがお、本気を出すがう、絶対に逃がさないがお」
ガルルンが変化していく、鼻先が少し突き出て手足の毛はもちろん、頬に少し生えていただけの毛が顔中に広がっていく、普段は獣20%に人間80%といった姿だが今は獣が40%を越えている。
戦闘モードと言ったところだ。
怒り顔のサンレイと戦闘モードのガルルンを見てもハマグリ女房は怯まない。
「そう旨く行くかしら、チョコは100個配ったのよ、秀輝くんのように自分で食べなかった人もいるみたいだけどこの学校には食べた人が32人もいたわよ、英二くんのクラスの14人引いて残り18人、全て私の手駒として使えるわ」
ハマグリ女房がサッと手を振ると同時に廊下のガラスが音を立てて崩れていく、
「ああぁ……ううぅ…………うあぁぁ…… 」
割れたガラスの向こうに操られた他のクラスの生徒たちがいた。
教室に残っている6人と合わせて24人の操られている生徒たちとの乱戦となる。
生徒たちを傷付けない様に電気で気絶させていたサンレイが振り返る。
「切りが無いぞ、先にハマグリ女を倒すぞ、ハマグリ倒して術を解かせればみんな正気に戻るからな」
直ぐ後ろで戦っていた英二が頷いた。
「わかった。ここは俺たちに任せてくれ、サンレイとガルちゃんはハマグリ女房を倒してみんなを助けてくれ」
「英二たちだけじゃ無理がお、廊下の奴らはガルが何とかするがお」
英二を守るように近くで戦っていたガルルンが廊下に飛び出して行く、
「頼んだぞ、ハマグリ女なんて直ぐに倒してやるぞ」
サンレイがバチッと雷光をあげて姿を消した。
後ろから生徒たちに指示を出していたハマグリ女房の直ぐ右にサンレイがバチッと現われる。
「閃光キィ~ック! 」
サンレイの回し蹴りをハマグリ女房が寸前で避ける。
「ふふふっ、バカにしないで頂戴な、この程度の攻撃くらい私も避けられますよ」
バッと後ろに跳ぶとハマグリ女房が続ける。
「準備万端です。ここからが本番ですよ」
ハマグリ女房が窓ガラスを叩き割ると運動場へと逃げていく、
「くそっ、また逃げる気かよ」
モップで戦っていた秀輝が叫ぶ、
「逃がすか! 」
バチッと雷光を残してサンレイが消えた。
運動場へ出たハマグリ女房が校舎の壁を登っていく、
「あれは? 」
「ハマグリ女房だ」
「校舎の壁を歩いて登っていくなんて…… 」
普通に道を歩く様に校舎の壁に向かって横になって歩いて行くハマグリ女房を見て委員長と小乃子と晴美が絶句した。
バチッと雷光をあげてサンレイが運動場に出てくる。
「サンレイちゃん、ハマグリ女房は屋上へ行ったわよ」
委員長が教えるとサンレイはこたえもせずにバチッと雷光をあげて消えた。
「大丈夫かな…… 」
「逃げたハマグリを追ってんだ。大丈夫だ」
不安気な晴美の隣で小乃子が自身に言い聞かせる様に言った。
バチッと雷光をあげて屋上に現われたサンレイをハマグリ女房が待ち構えていた。
「んだ? 逃げるの止めたんか? 」
ニヤッと笑うサンレイを見てハマグリ女房が微笑む、
「逃げる必要なんて無いわよ、貴女は罠に嵌まったんだから」
ハマグリ女房が大きな胸元から水晶玉を取り出した。
「水神潮溜まり! 」
水晶玉を放り投げてハマグリ女房が術を唱える。
サンレイを囲むように屋上の床から水柱が何本も立ち昇る。
「結界? 水の結界だぞ」
「うふふっ、捕まえたわよ」
愉しそうに笑うハマグリ女房の向かいでサンレイが顔を顰める。
「捕まえた? おらをか? お前程度の結界なんて無いのと一緒だぞ」
「そうね、結界だけならね、でもこれならどうかしら」
ハマグリ女房が胸元からまた水晶玉を取り出す。先程よりも小さいのが2つだ。
「出番ですよ雷獣、あのチビを食い殺しなさい」
ハマグリ女房が放り投げた2つの水晶玉から妖怪雷獣が現われた。
雷獣とは落雷と共に空から降ってくるとされる妖怪である。
灰色の躰に太い尻尾をした狸や鼬に似た60センチくらいの小さな妖怪だ。鷲のように鋭い爪と狼の様な牙を持っている。
小さな躰なので力は無いが素早さでは並の妖怪は敵わない、スピードを活かした戦いが得意である。雷獣の名前からわかるように雷属性の妖怪だ。
「雷獣だぞ、何でお前が持ってんだ? ガルルンクラスじゃないと捕まえるのも大変だぞ、お前みたいな雑魚妖怪が捕まえられる妖怪じゃないぞ」
顰めっ面を驚きに変えるサンレイを見てハマグリ女房が愉しげに続ける。
「うふふふふっ、そうよ、雷獣よ、雷を使うおチビちゃんの相手をして貰おうと捕まえて来たのよ、苦労したわよ、そこらの獣と同じで話しなんてできないからね」
「術で操ってんだな、お前の力じゃ無いぞ、霊力を感じるぞ」
睨み付けるサンレイを見てハマグリ女房の顔から笑みが消えた。
「流石神様ね、そうよ、私が雷獣など操れるはずないわよ、だから力を借りたのよ」
「力を借りた? それだぞ、それが訊きたかったんだぞ、英二と同じ霊気を感じるぞ、英二の兄ちゃんだな、何でお前が英二の兄ちゃんを知ってんだ」
身を乗り出すようにして訊くサンレイの向かいでハマグリ女房が首を傾げる。
「英二くんのお兄さん? 知らないわよ、私の仕える大妖怪、その方に貰ったのよ」
「大妖怪? 何もんだ」
「うふふっ、知る必要は無いわ、貴女は此処で死ぬのだから」
「んだと! 雷獣如き何匹いてもおらの勝ちだぞ」
怒って飛び掛かろうとするサンレイの前で2匹の雷獣が牙を剥く、
「うふふっ、その二匹を倒さないと出られないわよ」
雷獣の後ろでハマグリ女房が目を細めた。
「んだと、こんな結界直ぐに出てやるぞ」
床に両手を着いたサンレイに雷獣が襲い掛かる。
「うわっ! くそっ」
跳んで避けたサンレイを見てハマグリ女房が愉しそうに笑う、
「あははははっ、言ったじゃない雷獣を倒さないと出られないって、確かに私の作った結界なんて神なら簡単に出れるでしょうね、でも結界を破ろうとする術を使う間は無防備になる。そこを雷獣が襲うわよ」
ハマグリ女房が勝ち誇る様ににんまりと笑った。
「つまり、2匹の雷獣を倒すまでは結界から出られない、その間に私は英二くんを捕まえるって事です」
「何言ってんだ! 英二に何かしたらぶち殺すからな」
怒り猛ったサンレイがバチッと姿を消した。
ハマグリ女房の直ぐ前にバチッと現われたサンレイに左右から雷獣がタックルだ。
「あうぅ…… 」
サンレイが転がって倒れ込む、
「無駄よ、雷には雷、倒せるとは思ってないわよ、でも貴女たちの弱点は調査済みだからね、英二くんを攫う時間が稼げればいいだけ」
床に倒れたサンレイが首を回してハマグリ女房を見上げる。
「調査済み……ガルルンもか? 」
「うふふふふっ、もちろんよ、山犬に期待してもダメよ、対策はバッチリだからね」
「く……そんな事させないぞ」
立ち上がったサンレイが全身に雷光を纏う、
「お前なんか直ぐに倒してやるぞ」
バッと飛び掛かるサンレイの前後に雷獣が現われた。
「雷パァ~ンチ! 」
前の雷獣に殴り掛かるサンレイに後ろからもう1匹の雷獣が噛みつこうと牙を剥く、
「閃光キィ~ック! 」
後ろから襲ってきた雷獣の鼻先にキックをぶち込む、
「キギャーーッ、ギガァーーッ 」
悲鳴をあげて雷獣が離れていくが直撃したはずなのに2匹とも倒れる様子は無い。
「なん!? おらの攻撃が効いてないぞ」
「うふふふっ、当り前よ、雷獣に雷攻撃は効かないわよ、おチビさんと同じ雷使いだからね、電気の力で威力を何倍にしようとも普通に殴られたのと同じ衝撃しか受けないわ」
「電気が効かない……くそっ! 」
愉しそうなハマグリ女房の前でサンレイが悔しげに吐き捨てた。
「じゃあね、貴女はそこで遊んでなさい」
ハマグリ女房がスッと姿を消した。
「まっ、待て…… 」
追い掛けようとしたサンレイの前に牙を剥いた2匹の雷獣が立った。