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第85話

 弁当を食べ終わったサンレイが椅子の上に立って大きな声を出す。


「今からチョコを配るぞ、そんで大事なお知らせが一つあるぞ」

「お知らせって? 」


 紙袋の中の義理チョコを確認していた委員長たちがサンレイを見上げる。


「ホワイトデーの催促するんじゃ無いだろうな」


 秀輝の向かいで漫画雑誌を読んでいた英二が身を堅くする。


「今回渡すチョコについてのお知らせだぞ」


 声が聞こえたのかサンレイはチラッと英二を見ると直ぐに教室内を見回した。


「今から渡すチョコはハートの形に見えるけど本当はお尻の形だぞ、委員長のお尻だぞ、腹ペコでおなかとくっついたお尻を象ったチョコだぞ」


 ニヤッと悪い顔で言うサンレイの向かいでガルルンが声を上げる。


「マジがぉ! ハートだと思ってたがお」

「マジだぞ、尻を差し出す。つまり全てをさらけ出すという事だぞ、お尻の形のチョコをあげるのは絶対服従の意思を表すんだぞ、愛する人に身も心もお尻も捧げますって事だぞ、それがバレンタインだぞ」


 出鱈目を並べるサンレイの前でガルルンの顔に焦りが浮ぶ、


「知らなかったがお……ハートじゃなくてお尻だったがお………… 」

「違います!! サンレイちゃんは嘘ばっかり言わないの」


 委員長が真っ赤な顔をしてサンレイを叱りつけた。


「まったく変な事ばかり言ってガルちゃんを騙すんだから…… 」

「嘘がお? 」


 首を傾げて委員長を見つめるガルルンの隣りで晴美が苦笑いしながら教える。


「うん、サンレイちゃんのデタラメだよ」

「がわわ~~ん、また騙されたがお」

「嘘に決まってるぞ、ヘンタイ立国日本でもそんな奇習は無いぞ」


 口を大きく開いて悔しがるガルルンを見て楽しそうに笑うとサンレイが椅子から飛び降りた。

 向かい合って漫画を読んでいた秀輝が英二を見つめる。


「ヘンタイ立国って……無茶苦茶言ってるぜ」

「後で叱っとくよ、今叱ると拗ねてチョコ配るの止めるとダメだからさ」

「だな、恨まれるのは御免だぜ」


 弱り顔の英二を見て秀輝が頷いた。



 委員長から義理チョコの入った紙袋をサンレイが受け取る。


「んじゃチョコ配るぞ」

「チョコとクッキーがお、ガルとサンレイと小乃子と晴美といいんちゅで作ったがお」


 チョコを配るのは2人に任せてある。

 小さな袋でラッピングされた義理チョコにはハート形のチョコが2つに星形のチョコが1つとハート型のクッキーが2つ入っている。

 クッキーは少し焦げているものが混じり、チョコはカラフルなパウダーシュガーでトッピングしている手作り感満載のものだ。

 本命チョコと言っても通用するくらいの出来なので勘違いする男子が出てくると困るから委員長たちはサンレイとガルルンに任せたのだ。

 幼女のようなサンレイと学校のマスコット的なガルルンなら勘違いする男子も出ないだろう。


「バレンタインチョコだぞ、おらが一生懸命作ったから美味しいぞ」

「色々迷惑掛けてる御礼がお、これからもよろしくがお」


 サンレイとガルルンが男子にチョコを配っていく、姉妹や従姉妹など親族以外からチョコを貰うのは初めてという男子も多い、興味がなさそうな仏頂面をしている男子も内心は喜んでいるのが目付きやチョコを仕舞う態度でわかる。

 教室の端から順番にチョコを配っていく、浅井と中川の前で2人が止まった。


「浅井、いつも漫画読ませてくれてサンキューだぞ」

「中川もありがとうがお、チョコあげるがお」


 サンレイが差し出した義理チョコを浅井が受け取る。


「ありがとう、部活の奴らに自慢できるよ」


 後ろの席では中川がガルルンから受け取っていた。


「サンレイちゃんとガルちゃんに貰ったって自慢してやるぜ」


 喜ぶ2人を見てサンレイとガルルンがにぱっと可愛い顔で笑う、


「浅井と中川にはもう一つあるぞ」

「義理チョコとは別にもう一つあるがお、いつも漫画回してくれる御礼がお」


 サンレイとガルルンが義理チョコが入っている紙袋とは別に持っていた袋から一回り大きなラッピングされた袋を取り出した。


「カップケーキも旨く出来たぞ、クッキーと違って数が少ないからな、漫画とか回してくれる男子だけだぞ」


 サンレイがチョコとカップケーキの入った袋を中川に渡す。


「本や漫画を回してくれる男子には特別にカップケーキもあげるがお」


 ガルルンが浅井に渡しながら他の男たちに聞こえるように言った。

 雑誌や漫画を回し読みしている男たちが嬉しそうに顔を緩ませる。


「おお、凄い、カップケーキも美味しそうだ」


 浅井が大袈裟に喜ぶ、義理チョコに入っていたチョコよりも二回りも大きなハート型のチョコとカップケーキが1つずつ入っていた。

 照れたのか中川が顔を赤くして礼を言う、


「ありがとう、2つも持ってたら焼き餅焼かれるぜ、これは部活の奴らに見つからないように隠しとくかな」


 喜ぶ2人を見てサンレイとガルルンが満面の笑みになる。


「礼を言うのはこっちだぞ、おらやガルルンだけじゃなくて小乃子や晴美ちゃんも漫画読ませてもらってるぞ」

「毎週楽しみがお、これからもよろしく頼むがお」


 サンレイとガルルンに礼を言われて浅井と中川が慌ててこたえる。


「任せてくれ、漫画くらいいくらでも貸すよ、なぁ中川」

「ああ、浅井とは近所だから俺たちは家で読めるからさ」


 サンレイとガルルンは授業中に読むが小乃子や晴美は昼休みに読んでいる。

 他の男子に回したりして自分が買ってきた物だが浅井と中川は結局学校では読めないことも多い、ハッキリ言って少し不満もあったがチョコを貰った瞬間に全て吹き飛んでいった。



 秀輝の机付近で見ていた英二が思わず呟く、


「凄いな、あのチョコ…… 」

「本命と間違えるくらいだぜ、浅井や中川が舞い上がるのもわかるぜ」


 秀輝が同意するように頷いた。


「サンレイちゃんとガルちゃんに貰ったっていう事実が凄いよね、この学校で2人を知らない者はいないだろうからさ、しかも手作りチョコだからね、義理でも自慢できるよ」


 英二と秀輝の向かいで宗哉が爽やかスマイルだ。

 宗哉の後ろにいたメイロイドのサーシャとララミが前に出てくる。


「英二くん、秀輝くん、私たちからのバレンタインです。受け取って下さいデス」

「義理ですから勘違いしないで下さい、私たちは身も心も御主人様のものですからね」


 英二にチョコを差し出すサーシャの横でララミが秀輝にチョコを差し出した。

 高そうな箱に入った市販品のチョコだ。


「今年から人間社会の風習も学習させているんだよ、受け取ってやってくれないか」


 2人の後ろで宗哉が爽やかに言った。


「もちろん受け取るよ、サーシャ、ララミ、ありがとうね」

「サンキュー、まさかメイロイドから貰えるとは思ってなかったぜ」


 メイロイドとはいえ美人のララミとサーシャが差し出すチョコを英二と秀輝が嬉しそうに受け取った。


「バレンタインって楽しいものだったんだな」

「だな、宗哉の気持ちが少しわかったぜ」


 楽しそうな2人の前で宗哉が手櫛で髪を整える。


「そうだね、好きな人や友達から貰えれば本当に嬉しいよ、でも知らない人、それも興味の無いような人から貰うと戸惑うよ、ホワイトデーのお返しも大変だしね」


 ホワイトデーと聞いて英二が思い出したのか口を開く、


「ララミとサーシャはホワイトデーに何を返したらいいんだ? 」

「そうだな、キャンデーは食べないだろうし…… 」


 英二の隣で秀輝も戸惑い顔で宗哉を見つめる。


「あはははっ、お返しはいいよ、学習させているだけだからさ、今年のバレンタインはみんな楽しそうで良かったよね」


 爽やかに笑う宗哉に釣られて英二と秀輝が義理チョコを配っているサンレイとガルルンに向き直る。


「だな、義理チョコだけのヤツもカップケーキ貰ったヤツもみんな嬉しそうだぜ」

「うん、迷惑掛けてるからたまには良い事しないとね」


 英二も秀輝も宗哉も優しい顔でサンレイとガルルンを見ていた。

 そこへ小乃子と委員長と晴美が近付いていく、


「御陰であたしらカップケーキは失敗したやつしか食べてないんだぞ」


 言いながら小乃子がチョコの入った袋を英二に差し出す。


「あっ……ああ……ありがとう」


 照れて受け取る英二の向かいで小乃子の頬も赤く染まっていく、


「ホワイトデー忘れるなよ」


 照れを隠すように言う小乃子に英二がうんうん頷く、


「わっ、わかった。何かプレゼントするよ」


 焦りまくってどもる英二を見て秀輝と宗哉がニヤついている。

 委員長が秀輝にチョコを差し出す。


「伊東には私からね、言っとくけど義理だからね」

「わかってるぜ、でも委員長から貰うとマジで嬉しいよ」


 笑顔で受け取る秀輝を見て委員長も満更でもなさそうな笑みだ。


「カップケーキはサンレイちゃんとガルちゃんがくれるわよ」

「おぅ、カップケーキも楽しみだぜ、ホワイトデーは何かするから期待しててくれ」


 付け足すように言った委員長に秀輝が笑顔で返した。

 少し離れた所で真っ赤な顔をした晴美が宗哉にチョコを手渡していた。


「宗哉くんこれ…… 」

「ありがとう晴美さん、家で勉強する時にでも食べさせてもらうよ」


 爽やかスマイルで受け取る宗哉の後ろでサーシャが口を開く、


「御主人様がバレンタインのチョコを食べるのは珍しいデスから」

「他の女どもに貰ったチョコはサンレイ様とガルルンさんにあげるって言ってましたよ」


 口悪く付け足すララミの言葉に晴美の顔に笑みが広がっていく、メイロイドは自分で考えて話すことは出来ない、つまり今の2人の言葉は宗哉が言わせているのだ。


「うん、晴美さんのは僕が喜んで食べるからね」

「宗哉くん、嬉しい」


 特別扱いして貰って晴美が心の中から喜んだのは言うまでもない。



 義理チョコを配り終えたサンレイとガルルンがやって来る。


「んだ? 小乃子たちはもうチョコやったんだな」


 サンレイに言われて英二が小乃子に貰ったチョコをサッと後ろに隠す。


「もっ、貰ったからなんだよ…… 」


 焦る英二を見てサンレイがニタリと悪い顔で笑う、


「にゅへへへへっ、小乃子の愛が詰まってるぞ、チョコと一緒に小乃子も貰っちゃえばいいぞ」

「なっ、何言ってんだよ! 義理チョコだ。義理に決まってるだろ、何であたしが英二に本命チョコを渡すんだよ」


 慌てて否定する小乃子は顔どころか全身真っ赤になっている。


「がふふふっ、その割には張り切って作ってたがお」

「そだぞ、恋する乙女の顔になってたぞ」


 ニヤニヤ笑うガルルンとサンレイの前で小乃子がバタバタと手を振った。


「違うから、そんな顔してないからな、チョコ作るのが楽しかっただけだ」


 小乃子がくるっと振り返る。


「違うからな英二、マジになるなよ」


 慌てまくる小乃子を見て英二が優しい顔で微笑む、


「うん、ありがとう、義理でも何でも嬉しいよ」

「うぅ……違うからな……まぁ義理でいいなら次もやるよ」


 全身真っ赤になった小乃子が嬉しそうに俯いた。恥ずかしいのと嬉しいのでこれ以上言葉が出てこない。

 2人を見て調子に乗ったのか秀輝がふざける。


「チョコと一緒にか……俺は委員長なら直ぐにでも貰いたいぜ、美人だからな」

「何言ってんの? 義理だって言ったでしょ、バカ言ってるとチョコ返して貰うわよ」


 ジロッと睨む委員長を見て秀輝がチョコを鞄に仕舞い込む、


「絶対に返さん! 委員長みたいな美人に貰う事なんてこの先ないかも知れないからな」

「なっ……まったく、ほんとバカなんだから、義理チョコくらいならまたあげるわよ」


 怖い顔から一転して頬を赤く染めた委員長が呆れたように言った。


「ふふっ、英二くんも秀輝くんも嬉しいんだよ」


 楽しそうに微笑みながら言う宗哉を晴美が見つめる。


「もちろん僕も嬉しいさ、今までのバレンタインで一番最高だよ」


 宗哉が振り返ると晴美が真っ赤な顔をして嬉しそうに笑った。

 左右からサンレイとガルルンが晴美を挟む、


「晴美ちゃん、良かったな」

「晴美が嬉しいとガルも嬉しいがお」

「うん、ありがとう、ガルちゃんとサンレイちゃんの御陰だよ」


 サンレイとガルルンを見つめて晴美がはにかむように微笑んだ。



 サンレイがくるっと振り返る。


「んじゃ、おらたちが本命チョコやるぞ」

「一番大きいチョコとカップケーキがお」


 ガルルンが箱を取り出す。

 大きくて割れるのを心配して箱に入れてあるのだ。


「待ってました」


 秀輝が満面の笑みをして座り直す。


「楽しみだね」


 爽やかな笑みをする宗哉の隣りに何とも言えない表情をした英二が並んだ。


「変な物とか入れてないだろうな? 術に掛かっていたとはいえカレーには毒茸や蛇とか入ってたからな」


 満面に笑みを湛えたサンレイが英二を見上げる。


「何疑ってんだ? 安心しろ晴美ちゃんや委員長と一緒に作ったんだぞ、変な物どころかおらの愛がたっぷり入ってるぞ」

「だな、英二は心配しすぎだぜ、チョコを溶かして固めるだけだろ、委員長もいるのに変な事なんて出来ないぜ」

「それはそうだけど…… 」


 盲目的にサンレイを信じる秀輝の横で英二が口籠もる。

 小乃子が安心しろというように英二の背を叩く、


「大丈夫だ。サンレイのチョコはあたしが見てたからな」

「早くしないと昼休み終わっちゃうよ」


 晴美に言われてガルルンがチョコの入った箱とカップケーキを秀輝の机の上に置く、


「ガルは晴美と委員長と一緒に作ったがお、カップケーキも美味しく出来たがお」


 先にガルルンが本命チョコを配る。

 大きなハート型チョコにホワイトチョコでLOVEと文字が入っている凝ったものだ。

 晴美と委員長に手伝って貰って作っただけあって美味しそうな出来である。


「おおぅ、凄ぇな、パティシエが作ったみたいだぜ」

「委員長と晴美さんに手伝って貰ったとはいえ大変だったろうに」


 驚く秀輝の右で宗哉も感心している。


「本当だね、食べるのが勿体無いくらいだよ」


 疑心暗鬼だった英二の顔に笑みが広がっていった。


「ガルちゃん頑張ったんだよ、LOVEってガルちゃん一人で書いたんだよ」

「そうよ、物凄くマジな顔して一生懸命作ってたわよ」


 ガルルンの左右で晴美と委員長が持ち上げる。


「がへへへ……英二と秀輝と宗哉にあげるチョコがお、心を込めて作ったがう」


 嬉しそうに照れ笑いするガルルンを見て英二が頷く、


「ガルちゃん、ありがとうな、ホワイトデーには服か何かプレゼントするよ」

「それいいな、俺と英二で上下プレゼントしようぜ」


 秀輝だけじゃなく宗哉も話に乗ってくる。


「じゃあ、僕は靴と下着と鞄か何かプレゼントするよ、英二くんと秀輝と僕とで上から下まで揃えようよ」


 服と聞いてサンレイの横にいた小乃子が身を乗り出す。


「私たちもそれでいいぞ、高い服は選ばないからさ、靴は宗哉が買ってくれるなら高いヤツ選ぶけどな」

「ちょっ、あんたは…… 」


 委員長が止めようとするのを見て宗哉が笑い出す。


「はははっ、了解した。みんなで買いに行こうよ、久地木さんと委員長には英二くんと秀輝が春物の上着を1つプレゼントして残りのスカートや靴などは僕がプレゼントするよ」


 宗哉が晴美に向き直る。


「晴美さんには上下全部僕がプレゼントするからね」

「ありがとう、本当に嬉しいよ」


 頬を赤くして喜ぶ晴美を見て英二が視線を小乃子に向ける。


「そうだな、サンレイとガルちゃんと小乃子の服くらいならどうにかなるな、このためにバイトしてるんだからな」

「俺もオッケーだ。委員長には本命チョコ貰ったしな」


 ニヤッと笑いながら秀輝が委員長を見つめた。


「義理だからね! 」


 バッと言った後で委員長が冗談っぽく続ける。


「まぁ伊東なら本命候補くらいには考えてもいいけどね」

「おぅ、考えといてくれ」


 秀輝も冗談で返す。

 小乃子がぐっと拳を握り締めて喜ぶ、


「やったぜ、サンレイじゃないが海老で鯛を釣るってヤツだな」

「わふふ~~ん、みんなで服を買いに行くがお、英二と秀輝に選んで貰うがう、宗哉には帽子も買って貰うがお」


 尻尾を振って大喜びするガルルンをサンレイが押し退ける。


「服もいいけどアイスも忘れるなよ、んじゃ次はおらの番だぞ」


 サンレイがチョコの入った箱を机の上に置いた。


「サンレイちゃんにバレンタイン貰えるなんて生きてて良かったぜ」


 大袈裟に喜びながら秀輝が箱を開ける。


「おおぅ、こっちも凄いぜ、サンレイちゃんの愛を感じるぜ」


 ガルルンのチョコより一回り小さなハート型チョコとその下にLOVEと言う文字を象ったホワイトチョコが並べてあった。


「サンレイちゃんのチョコも美味しそうだね、夜勉強する時に食べさせてもらうよ」


 宗哉のチョコは秀輝のものとは逆になっていた。

 文字が普通のチョコでハートがホワイトチョコである。


「にへへへっ、喜んで貰うと嬉しいぞ」


 照れながらサンレイが最後に一回り大きな箱を机の上に置く、


「英二のは特別だぞ、おらの愛が最大限に入ってるからな」

「あぁ~~、入ってるな、うん、色々入っているからな」


 隣で小乃子がニヤつきながら言った。


「何だよ? 怖いこと言うなよ」


 英二が恐る恐る大きな箱を開ける。


「これは……食えるんだろうな? 何が入ってるんだ? 」


 一辺が30センチ程はある箱一杯に大きなハート型のチョコが入っていた。

 だが色が変だ。

 普通のチョコにホワイトチョコ、イチゴだろうか? ピンクのチョコも混じっていた。途中で付け加えたようにマーブル状になっている箇所もある。

 それだけではない、クッキーの欠片や溶かさずに砕いたらしきチョコが表面をボコボコにしている。


「また凄ぇな……表面ボコボコのハートチョコだぜ」

「何て言うか芸術的だね」


 思わず唸る秀輝の横で宗哉が苦笑いだ。

 英二がバッと顔を上げてサンレイを見つめる。


「秀輝や宗哉のはまともなのに何で俺のは残念なことになってんだ? 」

「おらの愛が色々混じってるからこんな色になったんだぞ、マーブルチョコだぞ」


 とぼけ顔で言うサンレイの後ろからガルルンがヒョイッと顔を出す。


「一番デカいの最後に回して材料足りなくなったがお、愛じゃなくてサンレイはそこらに残ってたもの全部入れてたがお」


 英二が弱り切った顔で小乃子を睨む、


「小乃子が手伝ってたんだろ? 何で止めさせない」

「安心しろ食えない物は入ってないから、あたしが保証するよ」


 ニヤつきながらこたえる小乃子に英二が反論する。


「食える食えないじゃないだろ、ごった煮になってるぞ」


 泣き出しそうな英二の背を小乃子がバンバン叩いた。


「ごった煮か、流石英二だな、その通りだ。他の班から余ってるチョコ貰って入れてたからな、実習に出た女子たちの愛が全て詰まってるって思えば大丈夫だ」


 晴美が申し訳なさそうに付け足す。


「失敗したクッキーも砕いて入れてたよ、私はガルちゃんの手伝ってたから…… 」


 委員長が苦笑いしながら話しに入ってくる。


「一番大きな型使ったからね、摘まみ食いして材料足りなくなってたし……足りない分はおらの愛でカバーするって言ってたわよ」

「みんなの力……チョコをおらに分けて貰ったんだぞ」


 ニヤッと意地悪に笑うサンレイを見て困らせようとして態と作ったのが英二には直ぐにわかった。


「義理チョコでいいから、義理チョコ余ってないのか? 」


 ガルルンが持っている紙袋を英二が指差す。


「義理チョコはあと40個くらいあるがお、でもダメがお」


 紙袋を背中に隠すガルルンの前にサンレイが出てくる。


「そだぞ、義理チョコはいつもお菓子くれる先輩たちと清ちゃんと英二のバイトの店長にあげる分だぞ」

「店長はわかるけど清ちゃんって? 」


 不思議そうに訊く小乃子を見て英二が顔を顰める。


「俺の父さんだ。高野清だ。サンレイは普段から呼び捨てだ」

「あははははっ、ちゃん付けかよ、サンレイ凄いな」


 大笑いする小乃子の向かいでサンレイがペッタンコの胸を張る。


「清ちゃんは清ちゃんだぞ、おら赤ちゃんの時から知ってるぞ」

「あはははっ、サンレイはロリババァだったな、だったら仕方ないよな」


 腹を抱えて笑う小乃子の傍で秀輝が口を開く、


「サンレイちゃんから手作りチョコなんて貰ったら店長マジで喜ぶぜ」

「時々プリンとかシュークリーム貰ってるからな、お返しだぞ」


 サンレイがニッと笑顔でこたえた。廃棄するプリンや菓子パンなどをバイト先の店長がくれるのだ。

 何かを思い付いたように英二が本命チョコの蓋を閉じるとラッピングのリボンを元通りに戻す。


「このチョコを父さんに渡して俺には義理チョコをくれ」


 表面ボコボコのハートチョコを突き返す英二の前でサンレイがニタリと不気味に笑った。

 横に居たガルルンが晴美と委員長の手を引っ張ってすっと後ろに下がる。

 それを見て小乃子が英二の横からサッと離れた。


「おらの本命チョコを受け取らないって言うんだな、小乃子やガルルンのチョコは受け取って……おらのチョコはいらないって言うんだな」


 バチバチと雷光をあげてサンレイが英二に抱き付いた。


「やべぇ! 」


 自分の席に座っていた秀輝が脱兎の如く逃げ出す。

 サーシャとララミが宗哉の両脇を抱えて後方へと飛んだ。


「お仕置きだぞ」

「うわぁ~~っ、びぃぃ~~ 」


 英二が悲鳴を上げながら全身を突っ張らせてビクンビクンと痙攣した。

 バチバチと雷光をあげていたサンレイがサッと離れる。


「ががっ! 」


 苦しげに唸ると英二がその場に蹲る。


「痛ててて…… 」


 マジで痛かったらしく言葉が出てこない英二をサンレイが見下ろす。


「おらの愛を電気で表現したぞ、おらの愛がバチバチッと英二のハートに直撃だぞ」

「殺す気か! 」


 英二がバッと顔を上げた。


「何言ってんだ? 殺すつもりなら一瞬で黒焦げにしてやるぞ、今のは愛情表現だぞ、おらは英二が大好きだからな、チョコ受け取らないって言うからチョコの代わりに電撃がいいのかと思ったんだぞ」


 秀輝の机に手を掛けて英二がヨロヨロと立ち上がる。


「いや、電撃なんていらないからな、チョコも義理チョコでいいから…… 」

「にゅひひひひっ、おらの本命チョコを受け取るか、本気の電撃を受け取るか、どっちか選ばせてやるぞ」


 サンレイがニタリと笑いながらバチバチと雷光をあげる手を見せる。


「ひぃ……サンレイの本命チョコを有り難く貰います」


 顔を引き攣らせる英二の向かいでサンレイが不気味な笑みからニッと可愛い笑みに変わった。


「にへへへへっ、それでいいんだぞ、見掛けは悪いけど味は保証するぞ、おらの愛が一杯詰まってるからな」

「あはは……ありがとうございます」


 がっくりと肩を落とす英二の傍に後ろに逃げていた宗哉がやって来る。


「どうにか収まったようだね」


 爽やかスマイルを見せる宗哉、ガルルンや小乃子たちも集まってくる。


「お前ら逃げやがって…… 」


 恨めしげに睨む英二の向かいで小乃子がニヤつき顔で口を開く、


「何言ってんだ。サンレイが一生懸命作ったチョコを代えてくれなんて英二が悪いんだろ」

「よかったわね、サンレイちゃんの愛情がたっぷり入っているわよ」


 とばっちりは御免と言った様子で委員長もとぼけ顔だ。


「サンレイの愛情と失敗したクッキーと余ったチョコがいっぱい入ってるがお」

「ガルちゃんったら…… 」


 普段のボケ顔で言うガルルンを弱り顔の晴美が見つめる。


「だな、残さず食えよ、サンレイちゃんのチョコ残したら俺が怒るからな」


 秀輝が英二の背をポンッと叩いた。


「お前ら他人事だと思って…… 」


 恨めしげな英二にサンレイが抱き付いた。


「なぁなぁ英二ぃ~~、おらの愛がたっぷり入ってるぞ、おらの本命チョコ受け取ってくれるよな」

「はぁぁ~~、見掛けは悪いけど食えない物は入ってないみたいだからな」


 大きく溜息をついて観念した様子の英二を見て秀輝たちが笑った。

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