第83話
2月12日、実習2日前だ。
昼休み、サンレイたちがいつものように弁当を持ち寄って机を囲む、
「溶かすチョコも買ったし、ハートの形のカップも買ったぞ、これでチョコの準備は万端だぞ、クラスの男子全員だと結構お金も掛かったけど小遣い貯めてたから丁度良かったぞ」
サンレイが態と聞こえるように大きな声で言った。
ホワイトデーのお返しを期待しているのは言うまでもない、その会話を男子たちが耳をそばだてて聞いていた。
「早く明後日になって欲しいがお、みんなでチョコを作るなんて楽しみがお」
ガルルンが追従するように言うがサンレイのような下心は無い、純粋に料理を作るのが楽しみなのだ。
「チョコじゃなくてカップケーキとクッキーの調理実習だからね、チョコはあくまでおまけだからね」
委員長が優しく窘める。
ガルルンの隣で食べていた晴美が箸を置く、
「クッキーも少し一緒に包もうよ、私とガルちゃんとサンレイちゃんと久地木さんと委員長の分を合わせたらクッキー2つずつくらい包めるよ」
サンレイたちの御陰で人目を気にせずに宗哉にチョコを渡せることになって晴美も上機嫌である。
もちろんカップケーキは本命のチョコと一緒に宗哉に渡すつもりだ。
「そうね、カップケーキは無理だけどクッキーなら私たちの分合わせたら男子全員分くらい揃うわね」
直ぐに賛成する委員長の向かいで小乃子がお茶を一口飲んでから口を開く、
「そうだな、カップケーキは英二たちにやるとしてクッキーなら他にあげてもいいな」
「んじゃ決まりだぞ、ハートのチョコ3つとクッキー2つ包んで男子全員にあげるぞ」
モシャモシャ食べながら言うサンレイを見て晴美が笑いながら話し掛ける。
「ラッピングの袋も余分に買ってあるし先生たちにもあげようよ」
「いいねぇ、垣田以外の先生に渡そうぜ」
意地悪顔をした小乃子が賛成する。
「理科の澤渡と社会の辰永だぞ、テストで描いたおらの絵に80点と90点をくれたぞ、他の先生にもチョコやるぞ」
優しい澤渡先生と辰永先生の名前を出した後でサンレイがニタリと悪い笑みになる。
「垣田にもやるぞ、おらが呪いを掛けたチョコをやるぞ」
「それいいな、3日くらい寝込むヤツを…… 」
向かいに座る委員長が弁当箱の蓋で小乃子の頭をポンッと叩く、
「止めなさい! いくら垣田先生でもそこまでやったらかわいそうでしょ」
小乃子だけでなく自分にも怖い目を向ける委員長を見てサンレイが慌てて口を開く、
「そだな、垣田にも普通にチョコやるぞ、他の先生にやって1人だけ貰えないのはかわいそうだぞ」
「サンレイちゃんったら」
晴美が楽しそうに笑う、隣に座るガルルンが嬉しそうに鼻を鳴らした。
「わふふ~~ん、明後日が待ち遠しいがお」
ガルルンの言葉を聞いて男子全員が心の中で頷いた。
放課後、サンレイたちが校門から出てくる。
今日は英二のバイトがある日だ。
「何か配ってるぞ」
学校から少し離れた歩道で下校する生徒たちに3人の女が何かを手渡しているのをサンレイが逸速く見つけた。
ガルルンが鼻をヒクヒクさせる。
「チョコの匂いがするがお」
「チョコ配ってるのか? おらたちも貰うぞ」
言うか早いかサンレイとガルルンが駆けていく、
「ちょっとサンレイ…… 」
英二が慌てて2人を追う、
「遠慮のない子供みたいね」
呆れる委員長を見て小乃子が頷いた。
「何百年も生きてるのにな」
「そこが可愛いところだぜ」
ニヤつく秀輝を見て小乃子が顔を顰める。
「お前マジでヤバいぞ、ロリだけは止めとけよ」
「違うからな、ロリじゃないからな、2人とも純粋に可愛いって思ってるだけだからな」
慌てて否定する秀輝を見て委員長が呆れ顔で続ける。
「まぁ、サンレイちゃんもガルちゃんも私たちよりずっと年上だからロリって言うより年増だけどね」
「ロリババァってヤツだな、どっちにしろ秀輝も英二もヘンタイだ」
ニヤッと笑いながらからかう小乃子に構わず秀輝が歩き出す。
「そんな事より俺たちも行くぞ」
「あっ、誤魔化した」
笑いながら小乃子と委員長が後に続いた。
3人の女が籠を小脇に抱えてチョコレートを配っていた。
「試供品でぇ~す。新発売のチョコの試供品ですよ~ 」
そこへニコニコ笑顔のサンレイとガルルンがやってくる。
「チョコくれるのか? 」
「はい、新発売のチョコレートを試して下さい」
幼女のようなサンレイを見て女が笑顔でチョコを差し出す。
「やったぞ、チョコ貰ったぞ」
喜ぶサンレイの隣ではもう1人の女がガルルンにチョコを手渡していた。
「2月から発売しているので気に入ったらお店でも買って下さいね」
「わかったがお、美味しかったら買うがお」
笑顔で受け取ったガルルンの手元をサンレイがじっと見る。
「おらが貰ったのと違うヤツだぞ」
「本当がお、ガルのはイチゴ味でサンレイのは普通の黒いチョコがお」
ガルルンがサンレイの持つチョコと自分の持つチョコを並べて見比べる。
試供品のチョコだ。普通の板チョコの3分の1くらいの大きさである。
サンレイが普通のミルクチョコでガルルンが季節限定と書いてあるイチゴ味のチョコだ。
「ガルルンいいなぁ、おらもイチゴがいいぞ」
「あげないがお、これはガルが貰ったがお」
物欲しそうなサンレイから隠すようにガルルンがチョコを鞄に仕舞う、
「おらもイチゴに換えてもらうぞ」
「ふふふっ、はい、イチゴ」
拗ねるように頬を膨らませるサンレイにガルルンにチョコを渡した女が苺味のチョコを差し出した。
「貰ってもいいのか? 普通のチョコも貰ったぞ」
「本当は1人1つって言われてるんだけど可愛いから特別ね、他の人には黙っててよ」
そこへサンレイにミルクチョコを渡した女もやって来た。
「1人だけ2つなんて不公平よね、だから貴女にもあげるわ」
「ありがとうがお、これも美味しかったら店で買うがお」
ミルクチョコを受け取ったガルルンが満面の笑みで礼を言うと女が優しい顔で微笑んだ。
「他の人には内緒だよ、本当は1人1つなんだからね」
後ろで見ていた英二が済みませんというように頭を下げた。
「よかったな、じゃあ帰ろうか」
笑顔の2人を連れて戻ろうとした英二の目に3人目の女からチョコを貰っている秀輝が映った。
「何だ秀輝もチョコ貰ってるぞ」
「匂いが違うがお、ホワイトチョコがう」
サンレイとガルルンがダダッと秀輝の元へと駆けていく、
「白いチョコ、おらも欲しいぞ」
元気よく言いながらサンレイが秀輝の前に出る。
口元は笑っているがその目はマジだ。
サンレイの横に立つとガルルンが女を睨み付ける。
「どうだ? 」
目配せするサンレイにガルルンが首を横に振る。
「大丈夫がお、普通の人間がお」
「そっか…… 」
サンレイがニパッと笑うと手を差し出す。
「白いチョコレート、おらも欲しいぞ」
「ガルもホワイトチョコ食べたいがお」
1人1つなど忘れた様子でガルルンも手を伸ばす。
「残念でした」
意地悪顔で言う小乃子の隣で委員長が話し出す。
「伊東ので最後の1つだって、さっきまで1番前で配ってたから直ぐに無くなったんだって、残念だったわね」
サンレイとガルルンがチョコを配っていた女を見つめる。
「もう残ってないのか? あと1つ、おらの分だけでいいぞ」
物欲しそうに言うサンレイを見て女が苦笑いしながら口を開いた。
「御免なさいね、ホワイトチョコは全部配ったからもう無いのよ」
「本当にもう無いのか? おらの分だけでいいぞ」
女が持つ籠の中をサンレイが覗き込む、
「諦めろ、あたしたちも貰ってないよ、秀輝ので最後の一個だ」
「マジで無いぞ、おらの分だけでも残ってたらよかったのに…… 」
籠から頭を離したサンレイの頬を後ろから英二が摘まんで引っ張った。
「ガルちゃんのことは考えずに自分の分だけってサンレイは本当にゲスいよね」
「でひゅひゅひゅひゅ、ほっぺ伸びるぞ、止めろよ、チョコは諦めるぞ」
身を捩って喜ぶサンレイと叱る英二を見てホワイトチョコを配っていた女が微笑みながら口を開く、
「仲のいい兄妹ね、羨ましいわ」
兄妹と言いながら女はサンレイの事は一切見ずに意味ありげな目付きで英二だけを見つめていた。
「兄妹じゃないぞ、夫婦だぞ」
「誰が夫婦だ! 」
ドヤ顔でペッタンコの胸を張るサンレイの腕を英二が掴む、
「済みません」
ペコッと頭を下げるとサンレイの手を引いて英二が歩き出す。
「チョコありがとうがお」
ニコッと笑うとガルルンが英二とサンレイの後を追う、秀輝と小乃子と委員長がその後に続いた。
後ろから秀輝がサンレイの隣りにやって来る。
「サンレイちゃん、俺のチョコあげるぜ」
先程貰ったホワイトチョコを秀輝が差し出す。
「ほんとか? やったぞ、チョコ3つだぞ」
喜ぶサンレイの前で秀輝の持つチョコを英二が取り上げる。
「何すんだ! 秀輝がおらにくれたんだぞ」
取り戻そうとするサンレイから英二がチョコを持つ手を高く上げた。
「1人で食うつもりだろ」
「おらが貰ったんだぞ、おらが食って何が悪い」
チョコを取ろうとサンレイがピョンピョン跳ねるが高く上げた英二の手には届かない。
「ガルちゃんと半分こしろ、しないと今日はアイス買ってやらないからな」
「アイスは関係ないぞ、チョコと英二とおらの問題だぞ」
バイトの土産に買って貰うアイスを持ち出されてサンレイがプクッと頬を膨らませた。
「問題って……わかった。それじゃあガルちゃんにはコンビニで売ってるホワイトチョコの大きいヤツ買ってくるとしよう」
英二が試供品の小さなホワイトチョコをサンレイに差し出す。
「大きいチョコってズルいぞ、おらも大きいのがいいぞ」
サンレイが小さいチョコを握り締めて英二を見上げる。
「サンレイはこのチョコ1人で食べるといいだろ、俺はガルちゃんと大きなチョコ半分こして食べるからな」
「ズルいぞ、英二はガルルンばっかり贔屓すんだぞ」
口を尖らせるサンレイに英二が優しく声を掛ける。
「じゃあ、このチョコをガルちゃんと半分こしろ、そしたら大きいホワイトチョコもガルちゃんと半分こしてあげるよ」
「ほんとだな、約束だぞ」
サンレイが試供品のホワイトチョコをその場で開ける。
半分こしようと折ろうと力を入れた瞬間、手が滑ってチョコが道路に転がった。
「ああ~、おらのチョコが…… 」
「がわわ~~ん、一口も食べてないがお」
嘆く2人の傍で委員長が困り顔で口を開く、
「握り締めてたから少し溶けて滑ったのね」
「欲張るから罰が当たったんだよ」
普段ならからかう小乃子に言い返すのだが余程ショックだったのかサンレイは悲しそうな顔で落ちたチョコを見つめるだけだ。
「おらのチョコが…… 」
「ガルは落ちても平気がお、山に居た頃は落ちてる木の実を拾って食べてたがお」
道路に転がるチョコに手を伸ばすガルルンを英二が止める。
「ガルちゃん、ダメだからね、山はともかく町中じゃ汚いからな、落ちてるのを拾って食べるのは禁止だ」
「勿体無いがお……でもわかったがお」
手を引っ込めるガルルンの横でサンレイがニヤッと悪い顔をして話を始める。
「そんじゃこうするぞ、今落ちてるチョコをガルルンが食べて、おらは英二が買ってきたデカいホワイトチョコを食べるんだぞ、これで一個ずつだぞ」
バッと英二が振り返る。
「サンレイって根性腐ってるよね」
「違うぞ、根性なんて腐ってないぞ、あれだぞ」
とぼけ顔をして考えていたサンレイが思い出したのか続ける。
「諺にもあるぞ、腐って勿体無いだぞ、腐っても勿体無いから全部食えって意味だぞ、だから落ちたチョコはガルルンが食べるんだぞ、そんでおらは新しいチョコ食うぞ」
違うと言うように英二が手を振る。
「そんな諺ないからな、腐って勿体無いじゃなくて『腐っても鯛』だ。本当に優れたものは少しくらい痛んでも価値があるって意味だ」
「じゃあどうすんだ? おらは英二が買ってくれる新しいヤツ食べるとしてガルルンの分が無いぞ」
「サンレイぃぃ~~!! 」
怖い顔をした英二がサンレイの頬を摘まんで引っ張った。
「なんで1人で食べる気なんだ? ガルちゃんと半分こだろが! サンレイはマジでゲスいよね」
「でひゅひゅひゅひゅ、擽ったいぞ、ほっぺ伸びるだろ、犬はチョコダメなんだぞ、だからおらが食ってやるんだぞ、ガルルンのこと心配してんだぞ」
身を捩って喜ぶサンレイの向かいでガルルンが頬を膨らませて反論する。
「ガルは犬じゃないがお、妖怪がう、チョコもネギも食えるがお……ネギは食べ過ぎると腹壊すがう、でもそこらの犬みたいに死んだりしないがお、ガルはできる女がお」
「お腹壊すならネギは食べちゃダメだからね」
心配顔で言いながら英二がサンレイの頬から手を離す。
「大丈夫がお、バケツ一杯くらいなら食べても平気がう、山に居た頃に腹減って麓の畑の玉葱食い散らかした時におなか痛くなったくらいがお」
にぱっと笑顔で言うガルルンを見て委員長が何とも言えない表情で呟く、
「畑食い荒らすんだ…… 」
「害獣みたいだな」
委員長の横で小乃子も流石に弱り顔だ。
プクッと頬を膨らませてサンレイが口を開く、
「わかったぞ、ガルルンと半分こすればいいんだろ、その代わりアイスも忘れるなよ」
「なんでサンレイが怒ってるんだよ、チョコ落としたのサンレイだろ」
弱り顔の英二の肩を秀輝が掴む、
「じゃあこうしようぜ、英二がガルちゃんにチョコ買って俺がサンレイちゃんにチョコ奢れば1人1つずつだぜ」
サンレイがパッと顔を上げる。
「ナイスアイデアだぞ、流石秀輝だぞ、それで今回は許してやるぞ英二」
「なんで俺が悪者になってんだよ……秀輝はサンレイを甘やかしすぎだぞ」
弱り切った英二を見て小乃子や委員長が大笑いだ。
「サンレイちゃんの勝ちね」
「英二の勝ったところなんか見たことないけどな」
秀輝が英二の背をドンッと叩いた。
「と言うわけだから今日も張り切ってバイトやろうぜ」
「お前ら全員サンレイの味方だな…… 」
力無く呟く英二の手をサンレイが握る。
「にゃははははっ、そう言うなよ、バレンタインに愛の籠もったチョコやるぞ」
「ガルも頑張ってチョコ作るがお、英二も秀輝も楽しみにしとくといいがお」
反対の手をガルルン握り締めた。
サンレイとガルルンに挟まれて英二が歩き出す。
「バレンタインか……それでチョコ配ってたんだな」
英二が振り返るとチョコを配っていた女は2人になっていた。
ホワイトチョコを配っていた女が消えている。チョコを配り終えて帰ったのだろうと英二は気にもしない。
「バレンタインまだなのにチョコ配ってたがお」
左で手を繋ぐガルルンが不思議そうに訊いた。
「バレンタインがあるから宣伝でチョコ配ってたんだよ」
「そだぞ、チョコの宣伝だぞ、バレンタインで女子が買うと思って宣伝してんだぞ」
右で手を繋ぎながらサンレイが知ったか振りだ。
直ぐ後ろを歩いていた委員長が話しに入ってくる。
「バレンタインは明後日よ、今日配っても遅いんじゃない? みんなとっくに用意してるわよ、只の新製品の宣伝でしょ、丁度いいからバレンタインを使って宣伝しただけよ」
「そんなとこだな、男女関係なく配ってたしな」
サンレイとガルルンに挟まれて歩く英二が振り返りもせずに言った。
暫く歩いていたサンレイが英二を見上げる。
「英二はまだまだだぞ、秀輝がチョコ貰った女は霊感持ってたぞ、英二気付いてなかっただろ、敵だったらやられてるぞ」
左で手を繋いでいるガルルンも英二に振り向く、
「敵かと思ったがお、秀輝が危ないから慌てて駆け付けたがう、でも普通の人間だったがお、一寸霊感がある人間がお」
「それで俺を押し退けて前に出たんだな」
後ろを歩いてた秀輝が納得した様子で頷いた。
「ホワイトチョコが欲しかったわけじゃなかったのね」
感心する委員長に英二が首を回して後ろを向いた。
「秀輝を守ろうとしたのは本当だろうけどチョコも貰う気満々だったよ」
左右を歩くサンレイとガルルンが繋いでいた手を離して身体ごと振り返る。
「秀輝も守ってチョコも食う、完璧な作戦だぞ」
「もし敵だったらチョコ食べながら戦うがお、ガルはできる女がお」
自慢気に言う2人の間で英二が顔の前で手を振った。
「いやいやいや、さっきの女の人が妖怪か何かだとして敵から貰ったチョコなんて怖くて食べられないからね」
「毒が入っていてもおかしくないからね」
同意する委員長を見つめてサンレイが口を開く、
「そっか、敵の罠って事もあるぞ」
サンレイが右から首を伸ばして左に居るガルルンを見てニヤッと笑う、
「そんじゃ、ガルルンに先に食わせて様子を見れば大丈夫だぞ、アレだぞ、火中の栗は美味しいって諺にもあるぞ」
「美味しいがお? 美味しいならガルが先に食べるがう、ガルはおなか壊すくらい平気がお、山に棲んでた時は毎日おなかピーピーがお」
にぱっと嬉しそうに笑うガルルンの隣で英二がサンレイの頬を摘まんで引っ張る。
「またガルちゃんを出汁に使う、諺も間違ってるし、火中の栗は美味しいじゃなくて『火中の栗を拾う』だからな」
「でゅひゅひひひっ、ほっぺ伸びるぞ、擽ったいから止めろよ」
身を捩って喜ぶサンレイを呆れ顔で見ていた委員長がガルルンに優しく声を掛ける。
「ガルちゃんは美味しそうなものが落ちてても拾い食いとかしたらダメだからね」
ガルルンが大きく頷いた。
「わかってるがお、知らない人から食べ物貰ったらダメって言うがお、だからガルは貰わずに食い逃げするがう、畑も食い荒らすがお、そうやって今まで生きてきたがお」
サンレイの頬を引っ張りながら英二が弱り顔でガルルンを見つめる。
「いかにも怪しい人から貰うのはダメだけど食い逃げはもっとダメだからな」
「畑荒らしてるガルちゃん見つけたら対処に困るわね」
苦笑いする委員長の前で英二がサンレイの頬から手を離す。
「これからはそんな事はさせないからね、もうガルちゃんは家族の一員だからさ」
「わふふ~~ん、ガルは家族の一員がお、英二とずっと一緒に居るがお」
両手を上げて喜ぶガルルンを見て英二の顔が緩んでいく、
「うん、ガルちゃんが居たければ好きなだけ居ればいいから、ずっと一緒でいいからね」
両手を頬に当てたサンレイがくるっと振り返る。
「いつもより長く引っ張られたぞ、ほんとにほっぺ伸びるぞ」
悪い顔をしたサンレイが頬を摩りながら続ける。
「そだぞ、ガルルンは家族の一員だぞ、駄犬として英二の子孫が代々飼ってくれるぞ」
「口の減らない…… 」
叱ろうとした英二の肩を秀輝が掴んだ。
「まぁ何にせよ、チョコ配ってた女の人が敵とかじゃなくて良かったぜ、バレンタインが潰れてサンレイちゃんとガルちゃんの手作りチョコが貰えないなんて最悪だからな」
「そうだな、只の霊感を持ってる女の人でよかったよ」
怒りを静めて頷く英二を見て小乃子がニヤつきながら口を開く、
「でもさ、英二は凄い霊能力持ってるんだろ? それなら同じ霊能力持ってる人とか妖怪とか悪霊とか見分けたり出来ないのか? 今までサンレイとガルちゃんだけで英二が気付いたことないよな」
「だな、テレビとかに出てくる霊能力者は霊が見えるとか言ってるしな、英二は見えたりしないのか? 」
秀輝にも訊かれて英二がばつが悪そうにサンレイやガルルンを見つめる。
「そんな事言われても……爆発する訓練しかしてないし………… 」
口籠もる英二にガルルンが助け船を出す。
「テレビに出てるのは殆どインチキがお、本物は目立つような事しないがお」
「そうね、マイノリティーって自覚してるから金儲けしようと企んでるような人以外はテレビに出たりはしないわよね」
同意する委員長の隣で小乃子が意地悪顔のまま頷く、
「成る程ね、つまり英二はまだまだって事か」
「そだぞ、英二はまだまだだぞ、霊気や妖気くらい察知できるようにならないとダメだぞ」
仕方無い奴だなと言うようにサンレイに見つめられて英二が項垂れる。
「見分ける修業なんてしてないからな、出来るように教えてくれ」
あの女の人は俺が霊能力持ってるって気付いてたんだな……、自分を見て意味ありげに微笑んだ女を思い出した。
向こうは気付いたのに自分が気付かなかったことに英二は悔しいと思った。
サンレイとガルルンが試供品のチョコを貰った道路から少し離れた路地裏でホワイトチョコを配っていた女がスマホを耳に当てている。
「うふふふっ、旨くいったわ、秀輝とか言ったわね、あの男を操ればチビの神も山犬も手が出せなくなるはず」
楽しそうに笑いながら女が歩いて行く、
「秀輝を入れて同じクラスの男女12人程が私の手駒となる」
誰かと話している様子ではない、電話を掛ける振りをしているだけだ。
女が小さなビルの中へと入っていく、エレベーターで3階へと上がり直ぐ脇のドアから部屋へと入っていった。
「ふふふっ、お疲れ様、貴女の代わりにアルバイトをしてあげたわよ」
事務所のような部屋のソファに瓜二つの女が横たわっていた。
「あの御方の親友だけあってHQ様の術は完璧ね」
女の姿がスーッと変わっていく、
「妖気を抑えるのも完璧だわ、あれだけ近付いても気付かれないならチョコをもっと用意して小乃子や委員長とか言う女たちにも渡せばよかったわ……そうすれば簡単に英二くんが手に入ったでしょうに」
ハマグリ女房だ。
チョコを配る女に化けていたのだ。本物の女はソファで眠っている。
「秀輝が手駒として使えるだけで由としましょう、あのチョコを食べれば私の思いのままに操れる。今度こそ私の勝ちだわ、うふふふふっ」
妖艶に笑うとハマグリ女房がスッと姿を消した。