表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/139

第82話

 2月になった。

 呼子の一件でスマホが壊れたサンレイは宗哉に新しいスマホを貰っても暫くは不機嫌だったがやり込んでいたゲームが以前のレベルまで回復したのかここ2~3日は機嫌が良い。


「良かった。やっと元に戻ったみたいだぜ」


 帰り道、英二と並んで歩く秀輝が前を歩くサンレイを見て呟いた。


「うん、昨日ゲームが前と同じに戻ったって喜んでたからな」


 うんざりした様子の英二の背を秀輝がバンッと叩く、


「そうか、良かったぜ」


 痛そうに背中を捩って英二が振り向く、


「良くないからな、俺がスマホ壊したって言ってここ1週間ほど我儘放題だったからな、新しいゲームは買わされるわ、アイスは毎日ねだられるわ、俺が何も言い返せないのを見て好き放題してたぞ」

「あははははっ、サンレイちゃんらしいぜ」


 大笑いした後で秀輝がまた英二の背を叩く、


「でもよぅ、それっていつもと一緒じゃないか? 」

「ああ……そう言われれば普段と変わらないな、サンレイの我儘レベルが少しアップしたようなものか」


 少し考えてからこたえる英二を見て秀輝がまた声を出して笑う、


「はははははっ、この程度で済んで良かったぜ」

「そうだな、宗哉には感謝だよ」


 2人の話が聞こえたのか前を歩いていたサンレイがサッと振り返る。


「まだ許してないからな、今度の休みにカラオケ奢るんだぞ、小乃子たちの分もだぞ、そしたら許してやるぞ」

「まったく…… 」


 溜息をつくと英二が続ける。


「わかった。それで最後だからな、スマホ壊した事についての詫びはカラオケ奢るので終わりだからな」

「それでいいぞ、んじゃカラオケ決まりだぞ」


 サンレイの横を歩いていた小乃子と先頭を委員長と並んで歩いていたガルルンが手を上げて喜ぶ、


「やったぜ、テストのストレスをカラオケで発散してやる」

「やったぁ~~がお、また晴美と歌うがう、この前は80点出したがお、次は100点目指すがお」


 委員長が悪いというように手を小さく上げる。


「私たちの分も悪いわね、でもテスト終わった後の気晴らしには丁度いいわよ」

「そだぞ、テストの苦しみをカラオケで晴らすんだぞ、みんなで歌いまくるぞ」


 ペッタンコの胸を張って偉そうに力説するサンレイを見て英二が顔の前で手を振った。


「いやいやいや、サンレイとガルちゃんはテスト受けてないでしょ、テスト用紙の裏に絵を描いて出しただけでしょ」

「何言ってんだ。絵のテストだぞ、おらとガルルンは絵を描いて提出するんだぞ」


 口を尖らせて言い返すサンレイの後ろでガルルンが楽しそうに話し出す。


「恭子ちゃん先生と澤渡先生は点数も付けてくれるがお、この前は90点貰ったがお、昨日終わったテストは100点の自信があるがお」


 澤渡先生とは理科の先生だ。穏やかな人柄で生徒たちからの人気も高い、小さい子をあやすのが上手でサンレイやガルルンとも旨くやっている。

 ニヤッと悪い顔をしてサンレイが続ける。


「そだぞ、ちゃんと点数点けてくれる先生がいっぱいいるんだぞ、そんで垣田のヤツには呪いを込めた絵を描いてやったぞ、にひひひひっ」


 一寸した事で怒鳴り散らす数学の垣田は殆どの生徒から嫌われている先生だ。

 何をしたのかサンレイに対してだけはビビりまくって注意もしなくなっている。


「がひひひひっ、ガルは垣田のテストは漢字の練習に使ったがお、いいんちゅに教えて貰った『死』と『殺』と『呪』って漢字をテスト用紙の裏にびっしりと書いてやったがお」


 ガルルンの話しを聞いて英二の顔が引き攣っていく、


「漢字の練習じゃなくて呪ってるよね」


 隣から委員長がガルルンの頭をポンッと叩いた。


「いいんちゅじゃなくて委員長だからね、ガルちゃんが漢字を覚えるのは嬉しいけど……流石に垣田先生に同情するわね」

「あはははっ、垣田の顔が目に浮ぶな」

「垣田のヤツ、サンレイちゃんには完全にビビってるからな」


 楽しそうに笑う小乃子を見て秀輝もニヤッと意地悪顔だ。

 弱り顔の英二が口を開く、


「何をしたのかは訊かないけど……聞きたくないけど、やり過ぎるなよ、厭なヤツだけど一応先生だからな」


 サンレイが英二の腕をポンポン叩いた。


「にゅひひひっ、わかってんぞ、理不尽に怒らないように一寸注意してやっただけだぞ」


 悪い顔のサンレイを見て小乃子と秀輝が楽しそうに笑い出す。


「あはははっ、神様に注意されたんなら仕方ないよな、よくやったぞサンレイ」

「だな、俺たち生徒のためを思って叱ってるんじゃなくてこっちの訳も聞かずに怒るからな嫌われて当然だぜ、流石サンレイちゃんだぜ」

「褒めるなよ、調子に乗ると大変なんだからな」


 英二が弱り切った顔をして2人を睨み付けた。


「そんな事よりカラオケだぜ」

「そうそう、カラオケの話しだ。あたしは何時でもいいよ」


 秀輝と小乃子が話を逸らす。


「んじゃ、来週レストランでカラオケに行く日にちを決めるぞ」


 サンレイがにぱっと笑顔で言った。

 ガルルンが子犬のように首を傾げてサンレイを見つめる。


「宗哉のレストラン来週がお? 」

「そだぞ、月2回だぞ、2月は2週間目と最後の週に行くって決めたぞ」

「やったがう~~、グラタンとパフェ食べるがお」


 ガルルンが両手を上げて喜ぶのを見て英二が溜息をついた。

 サンレイのスマホを壊した手前反対するわけにも行かずに宗哉が月2回レストランで奢ってくれる事を悪いと思いながらも頼むしかなかった。



 駄弁りながら帰り道を歩いて行く、着信音が鳴ってガルルンがスマホを取りだした。


「晴美がお、メールがう」


 スマホを見つめてガルルンが声に出して読み始める。


「ガルちゃん、もう家に着いた? 私は今着いたよ」


 最近漢字を覚え始めたガルルンは漢字交じりの文章は声に出さないと読めないのだ。

 何事かと英二たちが見つめる中、ガルルンが嬉しそうに顔を上げる。


「ゲームの誘いがお、昨日から晴美とゲームしてるがう、協力して進むゲームがお」


 笑顔で言うとメールの返事を書き始める。


「ふ~ん、晴美ちゃんとゲームしてるのか……そだな………… 」


 少し考えてからサンレイがニヘッと悪い顔をしてスマホを取り出す。


「スマホも新しくなったし、おらも新しい事するぞ」

「何をする気だ? 」


 不安しかないと言った顔で英二がサンレイの顔を覗き込む、


「エッチな動画アップして有名なユーチューバーになんぞ」


 悪い顔で言うサンレイに対抗するようにガルルンが鼻を鳴らす。


「がふふん、ガルは歌い手になるがお、有名になってメジャーデビューするがお」

「おお、それいいぞ、んじゃおらがガルルンをプロデュースしてやるぞ」


 ニヤッと企む顔をしたサンレイの向かいでガルルンが子犬のように首を傾げる。


「サンレイがプロデュース? それでガルは有名になれるがう? 」

「なれるぞ、ガルルンならあっと言う間だぞ、胸元大きく開いた服着て短いスカート穿いて胸チラパンチラさせればあっと言う間に有名だぞ」

「やるがお、サンレイのプロデュースで…… 」


 やる気満々のガルルンの言葉を英二が遮る。


「ダメだからな! 歌じゃなくてエロい事で有名になるだけだからな」

「エロいがお? ガルは歌うだけがお」


 不思議そうに訊くガルルンの前で英二がサンレイの頬を摘まんで引っ張る。


「ガルちゃんにエロい格好させて歌わせてそれを配信して有名になるつもりだろが、サンレイはマジでゲスいよね」

「でひゅひゅひゅひゅ、ほっぺ引っ張るなよ、伸びるぞ、ガルルンが歌い手になりたいって言ったぞ、おらが歌って踊れる名犬に調教してやるぞ」


 体を捩って喜ぶサンレイを見て英二が頬から手を離す。


「ガルちゃんに変な事させたらスマホ取り上げるからな」


 弱り切った顔で注意する英二の後ろで秀輝が楽しそうに話しに入る。


「それにしても歌い手とかチューバーとかよく知ってるな」


 頬を摩りながらサンレイがこたえる。


「おらはパソコンの神だからな、ネットの事くらい知ってるぞ、せっかくおらが稼いで英二に楽をさせてやろうと思ったのにな」

「ガルちゃんを利用して稼ごうなんてゲスい真似するな」


 怒る英二の腕をガルルンが引っ張る。


「ダメがお? 有名になってガルが英二を養ってやろうとおもったがお」


 ガルルンと並んでサンレイがニヤつきながら口を開く、


「そだぞ、おらとガルルンが稼ぐから英二は一生自堕落な生活が出来るんだぞ」

「しませんから、人をダメ人間みたいに言うな」


 英二がサンレイの頭をポカッと叩いた。

 話しを聞いていた小乃子が笑いながら話しに入ってくる。


「あはははっ、惜しかったな、2人とも可愛いから直ぐに有名になれるのにな」


 後ろから委員長が小乃子の頭をペシッと叩く、


「あんたは黙ってなさい、そんな事してサンレイちゃんとガルちゃんが人間じゃないって知られたら大変でしょ」

「そうだよ、委員長の言う通りだ。変な事したらスマホ取り上げるからな、いいな」


 委員長という援軍を得て英二が2人を叱りつけた。


「わかったぞ、ゲームとか漫画だけにしとくぞ」

「ガルも分かったがお、晴美といいんちゅと小乃子とSNSで遊ぶがお」


 スマホを取り上げると聞いてサンレイとガルルンが素直に従った。


「エロい服着て踊るのか……一寸惜しい気もするけどガルちゃんとサンレイちゃんの歌ってる姿はカラオケで見れるからな」


 何気なく言った秀輝の顔を英二が覗き込む、


「お前マジで最近ロリになってきてないか? 」

「なっ、違ぇよ、2人とも可愛いから好きなだけでロリとかじゃない、サンレイちゃんだけでなくてハチマルちゃんも好きだからな、だから俺はロリじゃない」


 慌ててこたえる秀輝を見て小乃子が大笑いする。


「あはははっ、何でも有りって事だろ、一番ヤバいよな」

「ちっ、違うからな……そんな事より実習は何するんだ? 男はネームプレート作るのに決まったぜ」


 焦りまくってどうにか話題を変えようとする秀輝の横で英二は溜息をつくと話しに付き合う、


「2月14日の実習な、俺たちは木を削ってネームプレート作るのにしたんだ。女子は料理だろ? 何作るんだ」

「実習がお、また何か作るがう? 」

「そだぞ、またあんまんと蒸しパン作るんだぞ」


 期待顔のガルルンの横でサンレイが自信満々の顔で言った。


「同じの作ってどうするんだよ」


 小乃子がポンッとサンレイの頭を叩いた。

 委員長が前に出てきて教えてくれる。


「女子はカップケーキとクッキーを作るわよ、丁度バレンタインデーだからチョコを使ってチョコクッキーやケーキ作って彼にあげるって張り切ってる女子も多いわよ」


 ガルルンが首を傾げて委員長を見つめる。


「バレンタインって何がう? 」

「んだ、ガルルンはバレンタインも知らないのか? 」


 バカにするサンレイに構わずガルルンが続ける。


「知らないがお、ガルはずっと山に居たがう、町に行くのは食い逃げする時だけがお」

「食い逃げって…… 」


 英二だけでなく秀輝や小乃子に委員長も残念な子を見る目でガルルンを見つめる。

 サンレイが偉そうに説明を始める。


「バレンタインって言うのはチョコだぞ、チョコ祭りだぞ、チョコ食い放題なんだぞ、朝昼晩3食チョコ三昧だぞ」


 ガルルンの顔がパッと明るくなる。


「チョコ食べ放題がお、わふふ~~ん、バレンタイン楽しみがお」


 喜ぶガルルンを見てサンレイが偉そうに続ける。


「そだぞ、チョコ祭りだからな、チョコまみれになるんだぞ、妖怪だから犬でもチョコが大丈夫なガルルンでも死ぬくらいチョコが食えるぞ、そんでお尻から出てくるのがウンチかチョコか分からなくなるくらいチョコが食えるんだぞ」

「女の子がそういう事言うな! サンレイはちょくちょく下ネタ突っ込んでくるよね」


 英二がサンレイの頬を摘まんで引っ張る。


「ふゅひゅひゅひゅひゅ、引っ張るなよ、ほっぺ伸びるぞ」


 体を捩って喜ぶサンレイの向かいでガルルンが嬉しそうに英二を見つめる。


「わふふ~ん、チョコ食べ放題のチョコ祭りがお」

「違うから、チョコ食べ放題とかじゃないからね」


 喜ぶガルルンの前で弱り顔をする英二の隣で小乃子が話し出す。


「バレンタインってのは好きな男子にチョコをあげるんだ。チョコに愛を込めて渡すんだよ、チョコを使って告るんだな」

「チョコを好きなだけ食べる祭りじゃないがお? 好きな男の子にチョコレートあげるがお、愛の告白がお…… 」


 考えていたガルルンがくるっと英二に振り向く、


「ガルは英二にチョコあげるがお」

「ありがとうガルちゃん」


 喜ぶ英二の腕にサンレイがぶら下がるようにしがみつく、


「おらというものがありながら浮気する気だぞ」

「浮気って何だよ、そんなんじゃないからな」


 鬱陶しそうに払おうとするがサンレイはコアラのように腕にしがみついて離れない。


「ガルルンのチョコを受け取るって事はガルルンの愛を受け入れるって事だぞ、チョコ1つでガルルンに靡くなんて英二はとんだ甘党だぞ」


 じとーっと見上げるサンレイに弱り顔の英二が口を開く、


「甘党とか関係ないだろ、愛を受け入れるって言うかイベントだからな、女がチョコをプレゼントして男は1ヶ月後にホワイトデーで返すって感じのイベントだ」

「イベントがお? 」


 向かいで首を傾げるガルルンに英二が視線を合わせる。


「まぁ、バレンタインを使って告るってパターンもあるけど大抵は付き合っている恋人とか友達だけど気の合う人にチョコ渡すってイベントだよ」


 英二の隣で秀輝が苦笑いしながら話しに入ってくる。


「だな、宗哉みたいにイケメンは別だけどな、ファンがプレゼントするようにチョコを渡しにくる日って感じだな、俺や英二みたいなのは義理チョコ貰うのが精々だぜ」

「そうだな、俺たちは本命なんて無縁だったからな、小乃子や委員長が義理チョコくれるだけだったもんな、今年はサンレイとガルちゃんからも貰えそうだから少し増えるな」


 苦笑いでこたえる英二を見て秀輝がニヤッと笑う、


「お返しが怖いけどな」

「アイスで済むなら安いものだけど…… 」


 しがみつくサンレイを見て英二が言葉を濁した。


「お返しがお? 英二が何かくれるがう? 」


 首を傾げるガルルンの向かいで腕にしがみついていたサンレイが離れると英二の腰の辺りをポンポン叩いた。


「なぁなぁ、女がチョコをやるのはわかったぞ、んで男が返すって何だ? 」


 興味津々で訊くサンレイに小乃子が教える。


「バレンタインは知っててホワイトデーは知らないんだな、3月14日にホワイトデーってのがあってチョコを貰った男子が女子にお返しするんだよ、もちろん倍返しは当り前、海老で鯛を釣る。それがバレンタインだ」


 サンレイがバッと英二に振り向いた。


「マジか! おらもチョコやるぞ、そんで英二は冷蔵庫いっぱいのアイスを返すんだぞ」

「わふふ~~ん、ガルはチーカマいっぱい欲しいがお」


 喜ぶ2人を一瞥すると英二が小乃子を睨み付ける。


「無茶苦茶教えるな、お返しするのは確かだが倍返しとか変な事吹き込むな、ガルちゃんはともかくサンレイがマジになったら怖いからな」

「うん、サンレイがマジになったら面白いから言った」


 ケロッとした顔で言う小乃子を見て英二がムッと顔を顰める。


「お前なぁ~ 」

「はいはい、喧嘩はしない」


 怒鳴ろうとした英二を止めると委員長がサンレイとガルルンに向き直る。


「バレンタインは好きな男子に心を込めてチョコを送る日って覚えとくといいわよ、それと好きじゃなくてもお世話になっている男の人にチョコを送るのも忘れずにね」

「好きな英二や秀輝と宗哉だけじゃなくてお世話になってる人にも送るがう? 」


 子犬のように首を傾げるガルルンを見て小乃子が付け足すように口を開く、


「義理チョコって言うんだよ、友達や顔見知りの男に安いチョコを配ってやるんだ。ホワイトデーに倍になって返ってくるかも知れないからな」


 ニヤッと悪い顔で言った小乃子の頭に委員長が拳骨を落とした。


「だからそういう事は言わないの」


 怖い顔で言うと委員長がまた2人に向き直る。


「小乃子の言ったことは信じちゃダメよ、本当に好きな人には本命チョコって言って高いチョコや手作りのチョコをあげるのよ、義理チョコは挨拶みたいなものだからね、友達やお世話になった人にありがとうって渡すチョコだからね」

「わかったがお、義理チョコは漫画回してくれる浅井と中川がう、英二と秀輝と宗哉は本命チョコがお、ガルは3人とも大好きがお」


 満面の笑顔で言うガルルンを見て委員長が困った顔だ。


「う~ん、本命が3人か…… 」

「ガルちゃんらしくていいんじゃない」


 小乃子が他人事のように言った。顔には出さないが英二1人が本命じゃなくて心の奥でほっと安堵していた。


「マジかよ…… 」


 ガルルンに好きと言われて秀輝の顔が緩んでいく、それを見てサンレイが慌てて口を開いた。


「おらも秀輝は本命だぞ、英二と秀輝と宗哉に本命チョコあげるぞ、だってだって3人とも大好きだからな」


 ニッコリと満面の笑みで言うサンレイの目の奥が笑っていないのに英二が気付いた。


「マジか? サンレイちゃんも本命チョコかよ…… 」


 嬉しさに声が裏返る秀輝の横で英二が顔を顰める。


「ホワイトデー目当てだろ、俺と違って秀輝と宗哉なら何倍にもなって返ってくるって思ってるだけだろ」

「そっ、そんな事ないぞ、おらは純粋に感謝の気持ちと愛を込めてチョコを渡すだけだぞ、秀輝と宗哉にはお世話になってるからな」


 サンレイが目を泳がせて慌ててこたえた。


「サンレイちゃんとガルちゃんが本命チョコか……バレンタインが楽しみだぜ」


 何を考えているのか一目で分かるような嬉しそうな笑みをしたまま妄想から戻ってこない秀輝を見て英二が溜息をついた。


「それで秀輝が喜ぶならいいか…… 」

「それじゃぁさ、あたしも本命チョコやるからお返し頼むぞ」


 英二の背を叩きながら小乃子が冗談口調で言った。

 如何にも冗談といった様子だが目にマジが入っているのに英二は気付かない。


「サンレイの真似はしなくていいからな、お互いに悪影響受けまくりだからな」


 ジロッと睨む英二の背を小乃子が誤魔化すようにバンバン叩く、


「えへへっ、そんな事言うなよ、あたしの本命チョコ受け取れよ」

「お前やサンレイのチョコは後が怖いからな」


 痛そうに背を捩る英二の前で笑う小乃子の目が悲しそうなのに気付いた委員長が話に割り込む、


「それじゃあ、2月14日の実習で手作りチョコを作りましょうよ、型を前の日に用意すればチョコを溶かして入れるだけだからカップケーキとクッキーが焼き上がる間に出来るわよ」


 サンレイがパッと顔を明るくする。


「おお、流石委員長だぞ、チョコも作るぞ、森川先生は優しいからな、おらがチョコ作りたいって言えばオッケーしてくれるぞ」

「ガルもやるがお、チョコ作るがう、英二と秀輝と宗哉にあげるがお、英二の父ちゃんにもお世話になってるがお」


 やる気満々の2人を見て英二が溜息をつく、


「また勝手なこと言って…… 」

「大丈夫だぞ、森川先生は優しいからな」


 森川先生とは家庭科の先生だ。眼鏡の似合う可愛い先生である。


「それじゃあ、チョコの型は私が持ってるから溶かすチョコとトッピングに使う材料とラッピングを買いに行きましょうよ」


 料理が得意な委員長は作る気満々だ。


「賛成がお、晴美を誘ってみんなで行くがお」

「明日クラスの女子にもチョコ作るって持ちかけようよ」


 ガルルンと小乃子もやる気になったのを見てサンレイが頷く、


「んじゃ、決まりだぞ、今度の実習でチョコも作るぞ、そんで英二は黙っておらとガルルンと小乃子のチョコを受け取ればいいんだぞ」


 にぱっと満面の笑みで言うサンレイに下心を感じるが有無を言わせぬ目で見つめられて英二はうんうん首を縦に振るしかない。



 翌日、サンレイとガルルンが家庭科の森川先生に頼みに行って次の実習でのチョコ作りが許可された。

 昼休み、食事をしながら実習の話題で盛り上がる。


「手作りチョコか、カップケーキやクッキーにチョコ入れるのはみんな考えてたけどチョコそのものを作るのは考えてなかったよ、サンレイちゃんとガルちゃんの御陰だね」


 笑顔で言う晴美の向かいでガルルンが口の中のものをお茶で流し込む、


「カップケーキもクッキーも材料混ぜて後はオーブンに入れるだけがお、だから時間はいっぱいあるからチョコも作れるって森川先生が言ってたがお」

「そだぞ、時間あるから味見もたっぷり出来るぞ」


 男子に渡すよりも自分で食べる気満々のサンレイを見て晴美が楽しそうに笑う、


「あははっ、そうだね、味見しながら飛び切り美味しいのを作ろうね」


 晴美だけでなく他の女子たちも大張り切りだ。

 英二のクラスは比較的男女の仲がいいので話しを聞いた男子たちは1週間も先なのに既にそわそわしている。


 一緒に弁当を食べている小乃子たちをサンレイが見回す。


「おらとガルルンは英二と秀輝と宗哉に本命チョコあげるぞ、そんで小乃子は英二だろ、委員長は秀輝にやって晴美ちゃんは宗哉にあげるといいぞ」


 サンレイは本命チョコを今一分かっていない、一番豪華で大きいチョコという認識だ。


「なっ、なっ、なんであたしが英二なんだよ、あたしは別に秀輝や宗哉でもいいからな」


 動揺する小乃子を見て委員長がクスッと笑う、


「いいじゃない、丁度3人居るんだから私は伊東にあげるからあんたは高野に渡しなさい、篠崎さんは佐伯くんだからね」

「うん、私は初めから宗哉くんにあげるつもりだから…… 」


 悪戯っぽく目を細める委員長の横で晴美が真っ赤な顔をして俯いた。


「なんだよ、勝手に決めて……まぁいいや、どうせ義理だし英二にやるよ」


 いやいや承諾したように言う小乃子を見て委員長がまた楽しそうにクスッと笑った。



 弁当を食べ終わったサンレイが教室を見回して大声を出す。


「クラスの男子全員にチョコあげるぞ、おらとガルルンと委員長でみんなの分を作るからな、だから2月14日の昼休みは遊びに行かないで教室に残ってるんだぞ」


 実習は3~4時間目に行う、昼休みに作ったものを食べる事が出来るというわけだ。

 話しを聞いた男子たちの顔に笑みが広がっていく、義理チョコとはいえ幼女のようなサンレイはともかく可愛いガルルンや美人の委員長が作る手作りチョコを貰えるのだ。

 喜ばない男子は居ないだろう。


「やったぜ、手作りチョコ楽しみにしとくよ」

「サンレイちゃんとガルちゃんに委員長のチョコか、最高だな」


 いつも漫画雑誌を回してくれる浅井と中川が嬉しそうに言うとガルルンが振り返る。


「浅井と中川には3人で作った義理チョコとは別にガルもチョコあげるがお、漫画貸してくれる御礼がお」


 可愛い顔でニパッと笑うガルルンを見て浅井と中川が『やった』と言うように拳を握り締める。


「サンレイちゃんたちのチョコとは別にガルちゃんのチョコも貰えるのか、やったぜ」

「マジで嬉しいぜ、漫画くらい幾らでも貸してやるよ」


 2人は秀輝と仲がいいので回し読みしている漫画や雑誌は自然とサンレイやガルルンにも行くようになっただけだ。

 サンレイとガルルンは授業中に読むので回し読みの邪魔にもならないという事もありクラスメイトが持ってくる漫画や雑誌は全部回ってくるようになっている。


 思い付いたようにサンレイが付け加える。


「そだぞ、漫画とか回してくれる男子はおらやガルルンから義理チョコとは別に御礼チョコあげるぞ」


 思わぬ事でチョコが2つ貰えるのが確定した男子は内心ガッツポーズだ。



 教室の後ろ、秀輝の机で弁当を食べていた英二がボソッと呟く、


「調子乗りまくってるなサンレイ」

「ホワイトデー目的ってのは俺でもわかるぜ」


 向かいに座る秀輝がニヤッと笑う、


「わかっててもお返しするんだろ? 」

「当り前だ。サンレイちゃんとガルちゃんだぜ、何でもしてやるぜ」


 嬉しそうに話す秀輝を見て英二が溜息をつく、


「まぁ、まともに授業に参加するのは体育と実習だけだからいいけどさ」


 そこへ弁当を食べ終わったサンレイがやってくる。


「なぁなぁ英二ぃ~~、ホワイトデーの前借りでアイス奢るんだぞ」


 後ろから抱き付いてくるサンレイを英二が邪険に追い払う、


「前借り制度はありません、サンレイはこういう事は計算ずくだよね」


 英二の後ろでサンレイがゲス顔でニヤッと笑う、


「バレンタイン投資だぞ、チョコが何倍にもなって返ってくるぞ、にゅひひひひっ」

「そんな事だろうと思った。義理チョコのお返しなんて何倍にもならないからな、貰ったチョコと同じくらいのキャンデーやマシュマロを返すだけだからな」


 厭そうに話す英二の後ろからサンレイがまた抱き付く、


「なぁなぁ英二ぃ~~、前借りじゃなくてもいいからアイスが食べたいぞ、今日は一段と寒いからアイスを食べないとダメだぞ」

「前借りじゃなかったら俺が損するだけだよね、寒い日にアイスが食べたくなるのはサンレイだけだからな」


 サンレイを振り払う英二の向かいで秀輝が弁当箱を鞄に仕舞う、


「サンレイちゃん、俺は倍どころか10倍以上のアイスを返すから期待しててくれ」


 英二に抱き付いていたサンレイがバッと離れる。


「アイス10倍か? 流石秀輝だぞ、マジで義理じゃなくて英二と同じ本命チョコ作ってやるぞ」


 そこへガルルンがやって来る。


「ガルも秀輝と宗哉は好きがお、だから本命チョコ作るがう」

「マジかよ、サンレイちゃんとガルちゃんの本命チョコ……義理じゃなくて本命チョコ、今から楽しみだぜ」


 感極まるように上を向いて目をしばたたく秀輝の肩に英二が手を掛けた。


「良かったな、俺はお返しが怖いよ」


 弱り顔で言うと英二は空の弁当箱を仕舞いに自分の席に戻っていく、


「そんじゃアイス9倍でいいから今1つ食べたいぞ、前借りだぞ」

「オッケー、直ぐに買ってくるぜ」


 後ろからサンレイと秀輝の会話が聞こえてきた。


「チョコモナカだぞ、無かったらカップのバニラでいいぞ」

「了解だ。ガルちゃんはチーカマ買ってくるぜ」


 英二が止めようと振り返ると同時に秀輝が駆けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ